学院へ帰還
アインズビルに帰ってからは、執務とサムエルとの訓練と、そしてルーグアの研究と魔獣の起源についての調べ物と、色々並行させながらリディオノーレは過ごしていた。
そして、2日に1回はグレイザックを執務から休ませるというリディオノーレの徹底ぶり。
彼は彼で研究をしたいので、丁度2人で交代しながら毎日執務をこなしていた。
そして、毎晩報告会をおこない、進捗状況を確認する。
「複製魔法、難しすぎませんか?」
リディオノーレは寝台で魔法書を読みながらそう言った。
ルーグアの発芽条件を探るための、種の複製魔法に手間取っていた。
「難しいから燃えるだろ。別に焦らなくてもいいしな。数年かかるかもしれんが」
グレイザックも魔法書を漁っている。
「そうですね。つい、この休暇が終わるまでに実現させようと焦っていました」
リディオノーレは目を瞬きながら答える。
「新しい魔法がそんなに簡単に出来たら困るだろ」
グレイザックは苦笑しながら答えた。
確かに、言われてみればその通りである。
「だから、ゆっくりでいい。あまり一生懸命になりすぎると視野が狭くなるから程々で良い」
「分かりました」
リディオノーレは頷く。
「この休暇が終われば学院にきちんと居ろよ。すぐ帰ってくるなよ」
グレイザックは読んでいた書籍に栞を挟み、閉じながらそう告げた。
「ええー!」
「帰ってくるのは週末にしろ、週末に。3年はあっという間だぞ。学院の図書室を漁れるのは3年しかないんだ。居れる内に図書室を活用しておけ」
「……確かに。それはそうですね」
リディオノーレは納得する。
「そうだろう?毎週帰ってくるのもどうかと思うが、そこは好きにしたら良い」
「分かりました」
「ほら、もう寝るぞ」
グレイザックは彼女の書籍を奪う。
「………少しは楽になってますか?」
リディオノーレは寝転びながらそう尋ねた。
「勿論だ。お前のおかげでかなり助かってる」
グレイザックは彼女の頭をひと撫でする。
「本当ですか?」
「ああ」
その答えに満足したのか、リディオノーレは微笑む。
「無茶はするなよ。学院生活もきちんと楽しめ」
「楽しむって何を楽しむんですか」
リディオノーレは聞き返す。
「それはだな……」
グレイザックは言葉を詰まらせる。
「私はグレイザック様やサムエル様といる方が楽しいですよ」
リディオノーレは答える。
「………お前は本当に変わってるな」
グレイザックは息を吐きながら答えた。
「だって、そりゃあ変わり者の師匠の弟子ですからね」
「何だと」
グレイザックは彼女の頬を摘む。
「いひゃいです」
「知ってる。ほら、寝ろ」
摘んでいた手を離し、今度は額を弾く。
「グレイザック様も、ですよ。早めに休んでくださいね」
リディオノーレは撫でられている内に目が閉じていった。
彼女が寝たのを確認すると、グレイザックはまた読書を続ける。
いつ何があってもいいように彼女に教えなければいけないことがたくさんある。
ふぅ、とグレイザックはひとつ息を吐き、寝ている彼女をちらりと見た。
幸せそうで何よりだ。
グレイザックはひと撫ですると、また研究に戻って行った。
あっという間に休暇期間が終わり、学院に帰らなければいけなくなったリディオノーレはめそめそしていた。
「いつでも帰ってこれるんですから」
見送りのムナグレークが呆れている。
「本当にその通りですよ。駄々をこねるものではありませんよ」
サムエルも咎める。
「だってぇ」
リディオノーレは唇を尖らせる。
「だっても何もありません。ほら、行きますよ」
バルデミアンが言った。
そう、バルデミアンである。
「フェルバール様、また進展ありましたら聞かせてくださいねー」
バルデミアンにずるずると引き摺られながら、リディオノーレは見送り組のフェルバールに手を振る。
フェルバールは順調に逢瀬を重ねているらしく、今回バルデミアンと側近の仕事を代わってもらった次第である。
「分かってますよ」
フェルバールは返事をするが、何も詳しいことは彼女に話していない。
絶対にべらべらと喋られる気がするからだ。
天馬に跨る為にバルデミアンはリディオノーレの服から手を離した。
その瞬間、彼女はグレイザック目掛けて一目散に戻って行く。
「あっ!!!」
バルデミアンはやられた、と呟き、額を押さえた。
グレイザックも呆れた顔をしつつも、両手を広げて待ってくれた。
彼の胸に飛び込むと、グレイザックは優しく頭と背中を抱きしめる。
「ほら、行ってこい」
一瞬抱擁したのち、グレイザックはすぐさま離す。
「これで終わりですか?」
リディオノーレは名残惜しげに尋ねる。
「ああ。1週間帰るの我慢してみろ。そしたら、今度会う時、骨が折れるくらい抱きしめてやる」
「……1週間ですね。言いましたよ」
リディオノーレは嫌そうに呟く。
「お前、俺が女嫌いなの知ってる癖にこれだけ抱きしめてやってるんだぞ?何か文句があるのか?」
「女嫌いは直ったでしょう?」
リディオノーレは首を傾げた。
「そんな訳あるか」
グレイザックは彼女の額を弾く。
「早く学院に帰れ」
グレイザックは促す。
「調合で迷惑かけたら、当分調合禁止だからな。ほどほどにしろよ」
「分かってますぅ」
「本当か?食事もきちんと摂れよ」
「知ってますぅ」
リディオノーレは拗ねたように答える。
「グレイザック様も研究ばっかは駄目ですからね?きちんと寝てくださいよ?」
「お前に言われたくない」
「仕事もなるべく先のことまで終わらせましたが、時々休みも取ってください」
「善処する」
「本当にグレイザック様こそ、無茶しないでくださいね?私は無茶したらすぐ倒れますが、グレイザック様は薬を多用して隠し通したりするんですから」
リディオノーレは言い放つ。
「……善処する」
グレイザックは目を逸らしながら答えた。
「行ってきますね」
リディオノーレはグレイザックの手を一瞬握って、そして離した。
「ああ、行ってこい」
グレイザックは優しい風を起こす。
そして、リディオノーレはバルデミアンと共に2人で学院に戻って行った。
リディオノーレとバルデミアンの姿が見えなくなって、皆は胸を撫で下ろした。
「いつまで経っても別れ際はあんな感じなんですね」
ムナグレークは苦笑する。
「自分が学生だという自覚もなさそうですし」
サムエルも言う。
「それは同感だ」
グレイザックも頷く。
「ですが、いつまでもグレイザック様の心配をする所は感心します」
ムナグレークが言う。
「自分のことだけ考えておけばいいものを」
グレイザックは彼女が消えた空を見上げながら言った。
「グレイザック様も彼女のことばかり考えているでしょう?」
ムナグレークは尋ねる。
「そんな訳あるか。俺は自分のことで手一杯だぞ」
「嘘ですね」
サムエルが突っ込む。そして、続ける。
「……まあ、お好きにしたら良いですが、リディはまあまあ勘がいいですからね」
「知っている」
グレイザックは頭を掻くと、踵を返した。




