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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

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杖の調合


素材庫は離れにある。

素材庫と呼んでいるが、小さい倉庫である。


中を開けると少し埃っぽくて咳が出た。


「魔石や薬の素材、魔獣の毛皮など、この倉庫に置いてある」

あまり使われていないようだが、きれいに整理されている。


リディオノーレは素材などを見たことがないので、どれだけすごいのかは分からないが、1つ分かったことがある。


グレイザックを見つめて、口を開いた。

「グレイザック様が管理されてますよね?」


彼女の言葉にグレイザックは唇の端を上げる。


「どうしてそう思う?」

「だって、並べ方というか、整理の仕方がグレイザック様です」

そうですよね?と彼女は笑った。


グレイザックは答える代わりに彼女の頭をぽん、と叩くと「こっちだ」と案内する。


「杖の素材となる樹の枝と魔石だ」

グリュエールの樹と書いてある。他にもたくさんの樹の種類があり、大体は5本ほどあるのだが、リンデロンと書いてある樹だけ一本しかない。


魔石は鼠、兎、猫、犬、鳩、烏などたくさんある。その中に狼もあった。それらは2つ3つあるのだが、熊や虎、獅子などは1つずつしかない。


「小動物は手に入れやすいけど、大型はなかなか手に入らないということですか?」

推測してみる。


「その通りだ。そしてそれぞれの魔力の大きさに合わせ、杖の魔石の種類が変わる。魔力が大きければ大きいほど、大型動物の魔石を使うことになる」


初めて知る内容なので、興味深い。


「因みに魔石の色で大体の動物が分かる。杖に埋め込まれている魔石で当人の魔力量が大体わかるので、杖を見た時点で格差が決まる」


リディオノーレは集中して話を聞いている。


「大人になれば口には出さないが、学院では格差がものを言う。あまりにも強大な魔力や弱小な魔力だと差別の対象になる」

「強大でも、ですか?」

リディオノーレは首を傾げる。


「ああ。尊敬や畏怖の対象ならば良いが、嫉妬は怖いぞ」

「……経験談、ですか?」

彼女はごくりと唾を飲み込む。


「どうだかな」

グレイザックは爽やかな微笑みを見せた。

どうやら、正解だったらしい。


「もしそうなれば、魔石の色を誤魔化す魔法陣を組み込むつもりだ」

グレイザックは色々考えているらしい。


「この樹の枝も魔力量によって変えるんですか?」

「そうだ。基本の樹はグリュエール。最も普通な樹だ。この中ならリンデロンが1番貴重だ」


「覚えることがたくさんで、面白いです」

リディオノーレは興味津々だ。


「杖はな、学院入学前に保護者が素材を集め、調合加工し、渡すのが習わしなんだ。俺はお前にきちんと合った杖をつくるから待っててくれ」

その言葉にじーん、と胸を打たれるリディオノーレ。


「グレイザック様に引き取ってもらえて本当に良かったと、しみじみ思っています」

彼女が感動の目を向ける。


「感謝してくれるのはありがたいが、これからは杖を早く欲しいなどと言わないことを願う」

「……そっちが本音ですか」

リディオノーレの感動が消え去った。


「俺が中途半端な杖をつくるわけないだろう?完璧にするには時間がいるんだ」

「はぁい」

「分かれば良い。サムエル、これとこれを3つずつ持って帰るか」


後ろでずっと静かに控えていたサムエルに命じる。


「良かったですね、リディ」

「はい!」

リディオノーレは満面の笑顔で返事した。




素材を持ち帰り、グレイザックの私室に運ぶ。

「わぁ」

初めてグレイザックの部屋に入らせてもらい、リディオノーレは感嘆の声を上げる。


部屋の大きさは執務室と同じくらいだ。リディオノーレの自室の2倍はある。


だが、半分は本、半分は調合器具みたいな物で埋め尽くされている。

寝台ではなく、長椅子にふかふかの座布団が敷いてある。


「あ、前に私が使った椅子」

よく見れば、強制睡眠させられた長椅子だ。

「グレイザック様の私物だったんですね。あの時はありがとうございました」


「ああ、本当にな」

グレイザックは苦笑いだ。


サムエルは慣れたように調合器具を準備し始めている。

リディオノーレは本棚に手をかけたくてうずうずした顔でグレイザックを見つめている。


「俺の研究結果や過程など、失敗したやつもまとめてあるやつばっかりだぞ。まともな本はないぞ」

グレイザックも準備をしながら、うずうずしている彼女に呆れたように話しかける。


「え、この量が全部グレイザック様の自筆なんですか!!」

衝撃的すぎる。

ゆうに100冊は超えているだろう。


「学生時代の産物だ。あとで貸してやろう。ほら、準備できたからこっちに来い」


机を見てみると調合鍋、グリュエールの樹の枝、魔石、何かの液体があった。液体は赤褐色だ。


「この液体が癒着剤の役割を果たす。まず、鍋に液体を注ぐ。鍋に対して半分くらいだな。中身が浸るくらい注ぐこと。その中に素材を入れてしまう。今日はこの枝と魔石だな」

ぽんぽん、とグレイザックは素材を投入する。


「そして、自分の杖で魔力を流しながら混ぜる」

グレイザックは杖を取り出し、ゆっくりと混ぜる。


「この作業で重要なのは、魔力を均等に流しこむこと。混ぜる速さも一定に。完成間近になると液体の色が変わってくるし、液体も減ってくる。見ておけ」


リディオノーレは鍋をじーっと見つめている。

赤褐色の液体が少しずつ減ってきた。

枝が入っているので、正直混ぜにくそうだ。


「枝が邪魔で混ぜにくいから、大きい鍋を使うんだ」

「……色が変わってきてます!」


赤褐色から黄色になってきた。


「見てろ」

液体がどんどんなくなっていく。

ぐ、と混ぜる手にグレイザックが力を込めるのが分かった。

すると、黄色に眩く光った。その一瞬、鍋の中身が光で見えなくなった。


光が消えて覗くと、鍋の中には枝が1つだけ。

魔石が消えている。


「触っていいぞ」

グレイザックが枝を、いや、杖を渡してくれた。


「ここに魔石が埋め込まれているだろう?これは狼の魔石でつくってある」

ささくれだっていた枝がつるりとキレイになっている。

手のひら大の魔石が枝におさまるようなサイズになっていた。


リディオノーレは杖を両手で持ちながら、光にかざして見てみたり、くるくると回してみたり色んな角度で見たりする。


その様子を見ていたサムエルが、ぷ、と笑い声を漏らした。


「あ、ごめんなさい」

リディオノーレは慌てて杖を返す。


「まあ試してみろ。サムエル、笑うな」

グレイザックは眉間に皺を寄せている。


「試すって、試していいんですか!?」

リディオノーレは目を瞬きつつも、すごい嬉しそうな声を上げた。

「何だその質問は。試していいぞ」

グレイザックはため息をつく。


「わぁ」

リディオノーレは破顔して、本棚に杖を向ける。

本で実際に呪文はいっぱい知っているが、直接見たことがあるのはこの呪文だ。

「バニヴィアン」

右に薙ぎ払い、下に振り下ろす。


ふわ、と本棚の本が1冊浮いて、彼女のもとにやってきた。

「わあぁぁぁ」

届いた本を見て、彼女は杖と本に頬ずりした。


「グレイザック様!見ましたか!?できました!わぁ、嬉しい。もう死んでもいいです」

ぎゅう、と杖と本を抱きしめる。


その様子を見て、サムエルは堪えきれず、吹き出した。


「き、気にせず、続けてください…っ」

サムエルは2人に背を向け、壁を向く。

声に出さないようにはしているが、ぷるぷると体が震えている。


グレイザックはまた眉間に皺を寄せる。

「……私、なにか悪いことしました?」

首を傾げるリディオノーレ。

「いや、何でもない」

眉間の皺が増える。


「それより見ましたか!?できましたよ!」

彼女はとても幸せそうに話す。

「分かった。分かったから、それを返せ」

グレイザックはぶすっとした顔で杖を取り上げた。


「ええええっっっ」

「この世の終わりかのような顔をするな」

グレイザックは杖で彼女の頭を軽く叩く。


「このまま持って帰るとひたすら術を試すだろう?魔力が枯渇すると動けなくなるぞ」

「……もう一回くらい、やりたかったです……」

うるうるとした目で見てくるが、グレイザックは毅然とした態度で睨む。


「駄目だ。お前のやりそうなことは分かるから駄目だ」

「何が分かるんですか。まだ何もやってませんよ」

唇を尖らせるリディオノーレ。


「もうやった。だからサムエルがあれほど笑っている」

グレイザックはため息をつく。


「魔法陣のことを少しでもやっておこうかと思ったが、今日はやめておいた方が良さそうだ。明日にしよう。俺はこのまま何本か杖の調合をする。お前は俺の書類仕事を頼めるか」


「……続き見たいです」

「ここで仕事してもいいが、お前は調合に集中して仕事にならんだろう?だから俺の執務室で仕事してこい」


「…………」

リディオノーレは懇願の目を向ける。

口を開く前にグレイザックが先に口を開いた。

「師匠と呼んでも無理なものは無理だ」


「……」

彼女はまた唇を尖らせた。

「ほら、行け。分からなければ聞きにこい」

グレイザックに促され、後ろ髪を引かれながら彼女は彼の私室を後にした。


リディオノーレの気配が消え、サムエルはグレイザックの方に振り向く。


「笑いすぎだ」

グレイザックは眉間にまた皺を寄せる。


「あまりにもグレイザック様に似すぎていて……」

サムエルは口元を押さえている。

杖を検分するところなんてそっくりだった。


「それより、見てみろ」

グレイザックは取り上げた杖をサムエルに見せる。

サムエルは受け取ると杖を眺める。


「!!」

目を見開いてサムエルは驚いた。


「これは、あの倉庫の素材では足りんかもな」

グレイザックは杖のとある部分を撫でる。


魔石の部分に少しヒビが入っている。その付近にも杖にヒビが走っている。ほんの少しだが。

「あと1回で崩壊していたかもしれん」

グレイザックは苦笑いだ。


「グレイザック様といい、リディも規格外ですね」

「まあ、◯◯◯は保有魔力が段違いだからな」

グレイザックは苦笑する。

どこまで隠し通せるだろうか、と思案する。


「樹に関しては、リンデロンの方が良さそうだな」

「リンデロンなんて普通はありませんよ。他国の高級樹ですよ?王族だけが所有していると噂の。それがあんな倉庫に無造作に置いてあるなんて」

サムエルも苦笑いだ。


「俺が勝ち取ったものだ。使うときはないと思っていたが記念に置いといて良かった」

グレイザックはため息をつく。

学生時代の天馬合戦での勝利条件にリンデロンを請求したのだ。

あの時勝ってよかった、としみじみ思う。


「問題は魔石でしょう。入学までにどれだけ魔力が増えるか分かりませんし」

サムエルは困った顔をする。


「魔石はいくつも埋め込む。5個くらいだな。崩壊してもまたつくってやるさ」

グレイザックはがしがしと頭を掻く。


「色は誤魔化すために魔法陣をかけておくし、俺のように布で巻いていたら残りの4つの魔石は見えないだろう」

グレイザックは自分の杖を出す。


見えてる魔石は1つ。

そこから下の持ち手部分には細く切った黒色の布を包帯のようにぐるぐる巻いてある。

その布を取ると、魔石が縦に4つ埋め込まれていた。

合計5つの魔石が輝いている。どれも同じ色だ。


「それだと、少し見栄えが悪いです」

サムエルは苦言を呈す。

「………考える」

グレイザックはぶつぶつと考えを口にしながら、残りの調合をした。

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