青天城へ
事件後、アデルはタニアの元に引き取られ過ごしていた。タニアと共に色々な州を廻って成長していったのだった。タニアも実の娘のように彼女を可愛がっていた。
そんなある日の事だった。次ぎの滞在先の用意をしているタニアにアデルが言った。
「タニア。わたし、天龍都に行こうと思うんだ」
「天龍都?いつも行っているじゃない?」
アデルは首を振った。
「違うんだ。何って言ったらいいんだろう・・・そう!青天城に行って・・・えっと・・」
タニアはにっこり微笑んだ。
「青天城に行って宝珠のお披露目をする?」
「そ、そんなんじゃ――」
「そうね。アデルちゃんももう直ぐ十七になるものね。もうそろそろちゃんとした龍を見付けなくてはね?」
「ち、違う!龍なんて・・・龍なんて。そんな奴・・・・」
タニアは又、微笑んだ。
「青天城は良いわよ。立派な龍も沢山いるからアデルちゃんにお似合いの龍が見つかると思うわ。早速、ラカンに連絡とらないとね」
アデルはラカンと聞いてドキリとした。
「な、なんでラカンに!」
「何故って、可愛いアデルちゃんを一人で狼の中に放置出来ないでしょう?私は用事があるから付いていてあげられないし、一応ラカンでも城では顔が利くでしょうからね。アデルちゃんは私の娘同然だからラカンも妹のようなものよ。しっかり頼んでおくわ」
(ラカンとわたしが兄妹?)
アデルはその言葉に気持ちが暗くなった。いつもそうだった。ラカンはいつも自分の事を妹ぐらいにしか思ってくれなかった。ラカンを意識し始めてから幼い恋心は日増しに強くなっていった。恋をするには十分な年齢になってからは、その衝動を抑えるのに一生懸命だった。だから逆に辛くなってこの一年と半分はラカンと会っていなかった。自分が宝珠だから同じ属性の力の強いラカンに心が惹かれるのかと考えてもみた。実際、あまり龍と接触していなかったから分からないのだ。この恋は本当の恋なのか?それとも宝珠の特性なのか?それを確かめる為、決心したのだ。
後日、急に呼び出されたラカンは母親の突拍子も無い話に開いた口が塞がらなかった。
「でね、ラカン。アデルちゃんの嫁ぎ先をしっかり選んでちょうだい」
「か、母さん!嫁ぎ先って!何だよ!」
「あら、宝珠はまるで龍に嫁ぐみたいじゃない?それも従順な花嫁さんみたいでしょ。私の可愛いアデルちゃんが変な龍に引っかからないように、おまえがしっかり監督しなさいって言っているのよ」
「な、なんで俺が」
タニアは無邪気に微笑んでいる。悪い予感はしていたが・・・・・
「アデルちゃんはネイダ家が預かった大事なお嬢さんよ。ネイダ家の一員であるおまえが責任持って彼女を立派な龍の元へ嫁がせるのが当然でしょ。嫌とは言わせません!」
タニアが言い出したらもう誰にも止められないのもネイダ家では当たり前だった。ラカンははた迷惑な話を承知するしかなかった。
彼女は宝珠だったから普通の身寄りの無い者が入る施設に預けられなかったのだった。宝珠は貴重な存在だから強力な擁護者が必要だ。だから青天城の宝珠組織に入るのが一番理想だったがタニアが気に入って保護者になったのだった。確かに宝珠が独り立ちするには龍との契約が不可欠だ。いつまでもアデルは子供では無いということだろう。
最近アデルとは会っていない。最近というより一年以上は会っていない状態だった。前に会った時は随分幼さが抜けていたようだったがあれからの月日を考えると今はどうなっているやら・・・・昔でも十分可愛かったが年を重ねる毎にその姿は美しく変容しているだろう。
ラカンは城の龍達が色めき立つのが目に見えるようだった。本当に頭が痛い話だった。奔放で男にも負けない強い意志のアデルの良さを分かってやれる龍が果たしているのだろうか?ラカンの不安は募るばかりだ。
入城許可証を持ってアデルは天まで届きそうな青天城を見上げた。ラカンが迎えに来ると言ったが子供じゃないと言ってタニアに断ってもらっていた。久し振りにラカンに会う前に自分で自らの運命の場所をゆっくり見たかったからだ。
城には何度か来た事はあったがそれは一般的な表の部分だった。城に従事している多くの者はその表では無い場所に沢山いる。その場所をアデルは案内の者と一緒に進んでいた。通りすぎる龍達が立ち止まって彼女を見ている。毅然とした琥珀色の美しいアデルは宝珠を見慣れた城の龍達さえも目を釘付けにする程だったのだ。当然あっという間に騒がれた。龍達は集まるのはもちろん、自尊心の高い宝珠達は強力なライバルの出現に様子を窺うように集まって来る。
その様子に通りがかったラシードが足を止めた。騒ぎの中心人物は?
アデルもラシードに気がつき、さっと手をあげた。
「ラシード!久し振り!」
皆が、ぎょっとしてアデルの視線の方角を見た。〝紅の龍〟の称号を持つ四大龍の一人ラシードだった。昔より随分やわらかくなったとは言ってもその冷徹な感じは昔のままだ。滅多に表情を崩す事は無い。そのラシードが微笑んでいた。
「アデル相変わらずだな。聞いていたがもう着いたのか?奴は知っているのか?」
アデルは呆然と立ち尽くしている者達をぬってラシードに近づいた。
「さあ?どうだろう?どうせまた誰かの世話でもしているさ!」
アデルはそう言って可愛らしい頬を膨らませた。
「それはどうかな?奴はお前が来ると決まってから、それは笑えるぐらいおろおろして心配していたからな。見ている此方が楽しかった。奴と会うのは私より久しぶりなんだろう?きっと腰を抜かすかもな」
「なんで?」
ラシードは片眉を上げた。
「アデル、お前は自分が極上の宝珠だという事を自覚した方がいい。私はそれを武器に奴を攻撃するのを勧める」
アデルはラシードの言っている意味が分かって少し顔が赤くなった。自分がラカンの事を好きだと知っているみたいだからだ。
「アデル!」
遠くから彼女の名を呼び走ってくる人物に周りのものが更に驚いた。今度は〝碧の龍〟ラカンの登場だったからだ。気さくな彼でも一般の者達はラシード同様そう滅多に親しく出来るもので無かった。
ラカンはアデルの到着の連絡をもらったが、何やら城内が騒がしいと聞きつけ急いで駆けつけたのだ。騒ぎの中心にアデルがいた。昼下がりの陽の光りに照らされた淡い夢のようにつやめく琥珀色の長い髪が大きく揺れたと思ったらアデルが此方を見た。彼女は一緒にギャーギャー言って騒いでいた子供では無くもう立派な女性だった。本当に見とれてしまったぐらいだ。そのアデルが一瞬嬉しそうに微笑みかけたがプイと横を向いた。何が気に入らないのか?そういう所は変わっていないからラカンは何となく安心した。それにしてもこの人だかり・・・・不安が一気に現実となっている。
「アデル!来る時は前もって連絡しろって伝えていただろう?聞いて無かったのか?」
「・・・・・ラカンの迎えなんか必要ないんだ!ラシードに案内してもらう!」
アデルはそう言うとラシードの腕にしがみ付いた。
「アデル!ラシードは忙しいんだ!」
慌ててラカンはそう言ったが、アデルはラシードの腕にしがみ付いたまま彼の顔を見上げると悪戯っぽく微笑みながら言った。
「ラシード駄目?」
ラシードは苦笑を噛み殺した。タニアそっくりの仕草だったからだ。多くの男達を魅了して振り回したと云う魅惑的な駆け引き。青くなっている親友を見るのも楽しかった。いつもは反対にからかわれてばかりいるからだ。ラシードは滅多にみせない極上の微笑みを浮かべて微笑んだ。きっとこの場にアーシアがいたら嫉妬するに違い無い笑みだった。
「いいや。君に使う時間なら何時でも都合つけよう」
「ちょっと、待てよ!ラシード今から会議だっただろう?」
「会議?ああ、少し遅れると言っておいてくれ。大事なお客様中だからな」
アデルはおたおたするラカンをチラリと見て言った。
「そちらも、どうぞごゆっくり!」
ラカンの後ろに知らない綺麗な女性がいたのだ。彼と同じく走って来たから一緒にいたのだろう。それを見てムッとしたのだ。
その後の噂が凄かった。新しく来た宝珠は極上の美人でラカンとラシードが取り合っているという具合だ。そしてラカンが一緒だった女性は城の宝珠をまとめている人物だったと言う事が後で分かった。彼女をアデルに紹介しようとしていたらしいのだ。誤解は解けたが素直にはなれない。しかもタニアに頼まれているせいか何かと構うのが嫌で堪らなかった。本心からなら天にも昇る気持ちになるだろうが、あくまでも母親から言われた事に従っているのが分かるからだ。
それにラカンを観察していたが本当に誰にでも優しく調子が良いのだ。自分だけが特別かも・・・と今では思う事さえ出来ない。
アデルは大きな溜息をついて最近見つけた建物からは死角になる木陰に寝転がった。昼寝が出来る丁度良い場所だ。木漏れ日に向ってアデルは硝子玉を透かして見ていると、いきなり視界に鮮烈な赤が広がった。そして怒った声が降って来たのだ。
「おい!おまえ誰だ?ここはオレの昼寝の場所だぞ!」
アデルは驚いて飛び起きた。
目の前に立っている男は背も高くがっしりとした体格で、何といっても髪と瞳が燃えるような赤だった。整った顔を甘く見せないのは右頬にはしる大きな傷のせいだろう。しかも宝珠のようだった。この特徴はタニアの話に聞いたあの・・・
「あーっ!おまえ炎の宝珠だろう?」
〝炎の宝珠〟サードは驚いた。自分のお気に入りの場所に大嫌いな宝珠が大きな顔をして寝ていたから追い出そう思った。しかしこの宝珠は普通の奴らと違っていたからだ。まるで少年のような動作と喋り方で、この姿に相応しい女の宝珠独特の甘やかさが無いのだ。
「おまえ、人にものを尋ねる前に名を名乗れ!」
アデルはムッとした。
「そっちこそ人に名を聞く前に名乗ったら?」
二人は睨み合ったが双方とも吹き出してしまった。
「悪いな。オレはサードで?あんたは?」
「わたしはアデル。サードの事はタニアから聞いた事あったんだ」
「タニア?まさか・・・あのタニア・ネイダ?」
「そう。わたしの養い親」
サードはぞっとした。一度会って散々遊ばれて触られたのだ。
アデルは又、吹き出した。
「きっと散々な目にあったんだろう?タニアは美形好きだから。わたしも炎の宝珠の事たっぷり聞かされたしな」
サードは引きつって笑った。タニアのということは?
「じゃあ、おまえって今話題の宝珠か?例の美人で極上品という?」
確かにそうだが想像していた感じでは無かった。噂を聞いた時、新たにレンに言い寄る宝珠が増えるのでは?と心配もした。サードはジロジロとアデルを見回した。
「な、何だよ!」
「おまえの属性は水が強いみたいだな。でも他もまあまあいけるって感じか・・・おい、レンには手出すなよ!碧と紅だけにしておけよ!」
「何言ってんだ!わたしは誰にも手なんか出して無い!誰か構わず追いかけている馬鹿な宝珠と一緒にするな!」
サードはニヤリと笑った。
「おっ!気が合うね。やっぱあんたも尻軽な宝珠は馬鹿って思うだろう?おまえ本当に宝珠らしくないな」
宝珠らしくないのはお互い様だった。アデルは吹き出してしまった。サードとは良い友人になれそうだった。サードもそう思ったようだ。
そこへ今度は二人の笑い声に誘われてきたルカドが現れた。アデルは初めてルカドに会ったのだが彼の透き通るような綺麗さに驚いてしまった。昔は少女の宝珠と区別がつかなかったルカドも少年期を終えて、すっかり大人になってはいたが容姿の綺麗さは逆に増したようだった。女性の宝珠に引けは取らないだろう。
「どうした?アデル?」
サードの声にアデルは我に返った。
「――はあーびっくりした。男でこんなに綺麗なの初めて見た」
「はぁ~何言ってんの?確かにこいつもまあまあ綺麗だけどよ。オレのレンをおまえ見た事無いだろう?こんなのより、ずーっとずーっと綺麗だぜ!」
「酷いな、サード。レン様と僕を比べないで欲しいな。始めまして君が噂のアデルでしょう?僕はルカド・ラナ。〝銀の龍〟イザヤの弟で契約者だよ」
ルカドはそう言って手を差し出したのでアデルはその手を取って挨拶をした。サードとルカドは性格や雰囲気も正反対だが以外な事に仲が良いらしい。
アデルにとってもこの知らない場所で頼りになった。それからこの二人とはよく時間を共にすることとなったのだった。