タニアの微笑<閑話>
「ラカン、あなた忘れてないでしょうね?まさかと思うけれど踏み倒すとか思ってないわよね?ラ・カ・ン?」
「そ、そんな・・・えっと・・今忙しくって・・・だから」
ラカンはこう言われるのが分かっていたから実家には近づかなかった。しかし青天城にある自分の部屋に入ったところ、魔の取立て屋タニアがお茶を飲んでいたのだった。それも勝手にラカンの部下を使ってお茶にお菓子にと、もてなしをさせていた。
ラカンは入り口に立ったまま愕然としたのだった。今から始まるタニアの攻撃をかわすことが出来るのか?もうその事しか頭に浮かばない・・・
「ラカン、あなたがそう言うと思ったから、今日ここに来てすぐに天龍王に明日、面会出来るように申し込んで来たわ。だからあなたはそれをただの面会では無いようにお話をして来るのよ。わかった?逃げたらどうなるか分かっているでしょうね?ラカン?」
タニアはキラリと瞳を光らせ、あの微笑を浮かべた。
ラカンはもう逃れられないと思った。母に逆らえばどうなるかなんて考えたくも無いのだ。ラカンは元来た道を戻るしか無かった。そして天龍王カサルアの居室へと向かったのだった。
「ラカンどうした?さっき帰ったのでは無かったのか?」
カサルアは書類を読む手を止めて尋ねた。
(ちぇっ、イザヤもまだ居やがった)
ラカンは心の中で悪態をついた。仕事熱心なイザヤはまだカサルアを解放していなかったようだ。二人でまだ仕事をしていたところだった。ラカンは覚悟を決めて用件を切り出した。
「その・・・明日、俺の母との面会が入っているだろう?」
「ああ、タニア殿とだね。先ほど報告を受けたけれど、わざわざ一般の者が使う手順で申し込まれていたから驚いていたところだよ。それが何?」
「・・・・実は・・・」
何事かとイザヤの冷たい視線もひしひしと感じながら、ラカンは一度言葉を区切ったが、覚悟を決めて一気に喋った。
「俺の母はものすごく根性曲がりで商売根性も右に出るものもいない程の強欲で!それでこないだの宝珠売買の時なんだけど協力する代わりに約束させられてしまったんだ!」
「約束?何を?」
ラカンは既に拝むように頭を下げていた。
「すまん!本当ごめん!カサルア、うちの母さんと逢引してくれ!」
「はあ?」
その突飛な言葉にカサルアは驚いたが、イザヤも持っていた書類を思わず落としてしまった。しかし気を取り直すとカサルアでは無く彼が詰問してきた。
「どういう事だ。ラカン。聞き違いでなければ、カサルアにお前の母と浮気しろと言っているのか?」
カサルアには今愛するイリスがいる。それにタニアは人妻だ。それを?
「浮気!そんな大それたもんじゃないんだ!ちょっと茶飲んだり、話したり微笑かけてくれるだけでいいんだよ。母さん美形好きでカサルアの崇拝者なんだ。だからちょっとだけ、そんな風に独り占めしたいって馬鹿みたいなこと言うんだ!年増の変な趣味なんだよ」
カサルアとイザヤは顔を見合わせた。ラカンの母らしいというか・・何と言うか・・・そんな一面があったとは思わなかった。
「タニア殿は愉快な方なんだな。知らなかったよ。彼女にはいつも資金面でもかなり協力を貰っているからそんな事で良かったらそうしよう」
ラカンは笑いながら言うカサルアを、じっと見た。
「軽く言うなよ。本当にいいのか?母さんは今までかっこつけて大人しかったけど・・・そんなこと一回でも許したら後戻りは出来ないんだからな」
カサルアの笑いが止まった。
「そんなに?」
「ラシードなんかいつも標的さ!イザヤ、お前だって人事だと思っている場合じゃないぜ!とにかく母さんは美形好きなんだからな。今にその魔の手が来るから覚悟しておけよ」
「そこまで酷いのか?じゃあ断ろうか」
「ちょ、ちょっと待った!それは俺が困る!」
「ラカン、やれと言ったり、いいのかと言ったり・・・私はどうしたらいいんだ?」
「うんーん・・・カサルア!ごめん!お願いします!この通り!」
余程母親が恐ろしいんだな、とカサルアとイザヤは思ったのだった。
翌日、いくつかの仕事を先送りにしてカサルアは半日タニアに付き合うこととなった。その時間を切り上げる役目はイザヤだった。仕事が入ったと助け船を出すのだ。恐る恐る呼びに行ったイザヤにタニアは無邪気に微笑んだ。何故かイザヤはぞっとしたのだったが・・・・タニアの次なる標的が決まった瞬間だった。