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豪遊の罠

 それから四人は早速作戦を開始した。まずは変装だった。タニアは仮装舞踏会用らしい衣装箱から多量の変装用品を広げ始めた。そして自分を成金風に着飾ってアデルは指輪の男にバレないように淡い金髪の巻き毛のかつらを被らせた。ラシードも嫌々ながら長い黒髪のかつらを被って、タニアからうんざりするぐらい褒められていた。ラカンは地味な色のかつらを選んだがタニアがそんな地味な男は趣味じゃないとか言って豪華な金髪にされてしまった。鏡を見るとその髪はまるでカサルアのようだった。

「・・・・・母さん。もしかしてカサルアも好きだろう?」

「あらっ?言わなかったかしら?だ~い好きよ。今度この協力のお礼に私と逢瀬して頂くようにお願いしてちょうだいね。約束したわよ」

「約束って、そんな無理難題を」

「あら?嫌だと言うの?何も私と不倫してと言っている訳じゃないのよ。二人だけで会ってもらって散歩とか、お食事とかご一緒したいだけよ」

 タニアはそう言ってうっとりと想像していた。

 ラカンは呆れてしまった。いくらラカンでもカサルアに・・・いや天龍王に頼めるものでは無い。自分の母と逢引してくれなんて・・・・

 愉快そうに聞いていたラシードに空想の世界から抜け出したタニアが言った。

「そうそうラシードは口づけ一つで良いわよ。素敵なあつ~いものをね」

 ラシードは驚いて真紅の瞳を大きく見開いてしまった。その表情を見たラカンは思いっきり吹き出した。

「ラシード安く済んで良かったな!アーシアには黙っていてやるからなっ!」

 ぎょっとしたラシードはタニアには聞こえないようにラカンに文句を言った。

「冗談じゃない!安い高い、の問題じゃないだろう!そんなことするぐらいなら別荘でも宝石でも何でも贈った方がいい!」

 ラカンは笑いながら顔を青くしているラシードに耳打ちした。

「おまえさぁ~母さんにそんな提案は無駄だよ。あの人に買えない物なんてそうそう無いんだからさ!あきらめな」

 ラシードはにっこり微笑みながらクスクス笑うタニアが恐ろしくなった。

「冗談よ、ラシード。そこまで要求しないわよ。ふふふ・・うろたえた顔をしちゃって可愛いわね。あ~面白かったわ」

 タニアのそれを聞いたラシードはどっと疲れが押し寄せた。さすがラカンの母親だと思わずにはいられない。


 何やら内輪もめしている彼らよりもアデルは鏡に映る自分の姿に興味津々だった。こんなに豪華な衣装を着るのはもちろん初めてで、長く大きく巻いた髪をした自分はどこから見ても女の子だった。それもまるでお人形のようなのだ。街の店先に飾られた金持ちしか買えない可愛い人形。欲しくても手が届くものじゃなかった。死ぬ前に小さな妹にも見せてあげたかったといつもその店を見ていた。見ていると店の主人から汚らしいと言って追い払われたものだった。

 くるりと回ってみるとスカートがふわふわふくらんで広がった。何だかうきうきした気分になってきた。ふと鏡を見るとタニアがにっこりこっちを見て微笑んでいた。

「アデルちゃん、気に入ったみたいね?お人形みたいに可愛いわよ。さあ髪にリボンを結んであげましょうね」

「オ、オレ・・・」

 アデルは急に浮かれている自分が恥ずかしくなった。

 タニアはちょっと首を傾げた。

「アデルちゃん。〝オレ〟だとちょっとその格好じゃ合わないわ。〝わたし〟って言ってごらんなさい。お芝居は徹底しなくてはね。アデルちゃんは今から私の可愛い、可愛いお人形ちゃんなのよ」

 アデルははっとした。


(そうだ今からお芝居をしてみんなを殺した奴を見つけに行くんだ!)


 自分もちゃんとしなければこの計画は台無しになってしまうのだ。

「わかった。オ・・わたし頑張る」

「そうそう、可愛く女の子らしくね。黙っていても大丈夫だけど気をつけてね」

 タニアはアデルのリボンを結びながら言った。

 着替え終わったラカンとラシードも揃った。見事なまで綺羅、綺羅しい姿となっていてアデルは目をぱちくりしてしまった。

 その二人を上から下まで見回しているのはタニアだった。

「まあ合格かしら。でもその龍力どうにかもう少し抑えなさい。あなた達は顔と身体だけが売りの愛人なのだからそんな力は余計よ!」

 ラカンとラシードは顔を見合わせてお互い肩をすくませた。

「龍力?あんた達、龍だったんだ!」

 アデルは初めて知って驚いた声を出した。確かに役人は龍が多い。それに何か感じるものがあったのは確かだ。力が弱くても只人より遥かに頼りになる。

「そうさ!俺は水の龍でこいつは火の龍。俺達さ結構強いから安心しな」


 アデルはそうかと思った。彼らの瞳の色は真紅に空色―――

 宝物の硝子玉と同じ空色の瞳だ。アデルはラカンの瞳をチラリと見ると何だか胸がドキドキする感じがして落ち着かない。こんな気持ちは初めてだった。

 さあ行こう、とラカンが声をかけながらアデルの肩に手を置いたので、アデルは思わずその手を払いのけてしまった。

 ラカンは、きょとんとしたが苦笑しながら払われた手をぶらぶらさせただけだった。ラカンにしたらアデルが何で怒っているのか分からなかったが、やっぱり野良猫みたいだと思った。


 まずは街へ出て派手に遊び回るとの事らしい。意外とこういう遊びをしていないタニアは顔を知られていないらしい。道徳的じゃない人物と付き合う事も無いからかもしれないが彼女を知る人がいてもまさかタニアだとは思わないだろう。それぐらいの羽目の外し方だった。夜は男の社交場となる場所でも、昼間はそういったご婦人達の社交場となっている所がある。もちろん金持ち達の為だけにあるごく限られた場所だ。賭け事に色事なんでも有りの世界だった。そこへ颯爽と登場したタニア達は注目を浴びた。金まわりの良さと羨ましい限りの愛人を連れているのだから当然だろう。誰もが羨望の眼差しを送っていた。

 初日はまずまずの滑り出しだろう。だけどアデルは目の前でおこる煌びやかで派手な馬鹿騒ぎに慣れなくて疲れてしまった。最初は嬉しかったこの豪華な衣装も重く感じて早く脱ぎたかった。部屋へ戻ろうとするアデルをラカンが呼び止めた。彼は無造作に煩わしいかつらをむしり取って放り投げていた。そして何やらガサガサと包んでいたものを破ってその中身を取り出すと足を止めたアデルに向ってそれを差し出した。


 アデルはそれを見て驚いた。それはいつも街で見ていた人形だったからだ。

「これ、じっと見ていただろう?欲しいのかな?と思って」

 確かに今日も通りかかった街でこの人形をちょっと見ていた。でもちょっと足を止めて見たぐらいでそんなに物欲しそうにじっと見てはいない。でもそんな一瞬を見ていてくれたのかと思うと嬉しいと同時に恥ずかしかった。しかもいつ買ったのか分からなかった。ほとんど一緒にいたのに・・・・ラカンにはいつも驚かされるばかりだ。でも・・・何と言ったらいいのか言葉が見つからなくて黙り込んでしまった。

 そんな反応をラカンは誤解した。

「違った?アデル?気に入らなかった?」

 こんな時は〝ありがとう〟だけで言いのだろうか?それだけじゃ足りないような気がするのだ。そう考えると尚更分からなくなってきたので、アデルは結局無言でラカンからその人形を奪い取ると走って部屋に駆け込んだのだった。

 残されたラカンはぽかんと口を開けてしまった。


「なんだ?あれって!俺、なんだか野生動物に餌付けしている気分になってきた・・・」

 タニアはふふんと笑った。

「まったくおまえは馬鹿な子ね。女の子の気持ちが分かって無いのだから・・・まあ何が欲しいのか良く気が付いた事は褒めてあげるわ。日々精進なさい」

 そして笑いながらタニアも部屋へ去って行った。

「おい、ラシード!どういうことだよ」

 ふてくされて問う親友にラシードは大きく溜息をついて答えた。

「お前は本当にそれを無意識でやっているのか?」

 ラカンはムッとした。

「だから何がさ!」

「ど真ん中に命中だって事だ。あんな境遇の子なのだから素直じゃないだけだろう。こんなにしてもらった事も無いだろうからな。でもお前の構い方は度が過ぎると思う。まあ相手は子供だからいいが普通なら自分は特別に想われていると誤解しかねないな。お前にとってはいつもの事だろうが・・・タニア殿も奨励しているしな」

 褒められてけなされているような意見にラカンは気分を害した。ほんの少しだけ立ち止まったアデルの見ていた先にこの人形があったのだ。しかもそれを見つめていた彼女の瞳が何とも言えない感じだったから気になった。だから遊興の合間を縫って買ってきたのだ。二人の意見ではアデルは喜んでいるとのことだから良かったと思う事にした。


 数日、同じように豪遊していたところに怪しい招待状が届いた。うっかり洩らしたように装った罠にかかったのだ。タニアは噂好の婦人を狙ってその罠をかけたのだった。羨ましがるその婦人にアデルは買ったのだと告げたのだ。だから何をしても自分に逆らえ無いお人形なのだと―――そして最近少し飽きてきたから新しい子が欲しいとも。

 その話は瞬く間に大きくなって回ったのは言うまでも無い。そして来たのが表向き美術品の展示即売会の招待状だった。慎重に事を運ばなくてはならない。

 そしてその日がやってきた。アデルにラカンが何度もしつこく言い聞かせていた。指輪の主か家族を殺した者を見つけても絶対に先走らず自分達にすぐ教えるようにと。アデルはそれを聞くだけで緊張と怒りで頬を紅潮させていた。そして今日、犯人を捕まえる事が出来るのだと思うと震えが止まらなかった。

 案内された会場では仮面を付けての入場だった。売人もそうだった。これでは顔が分からない。アデルは焦った。

 ラカンは彼女のその様子を感じて小声で言った。

「アデル落ち着いて・・・今顔が分からなくても大丈夫だから。まだ今日は様子見だしね」

 そう言いながらラカンも今回は予想が外れて心では焦っていた。出てくる商品は確かに美少女に美少年だが宝珠では無いのだ。そして結局、出て来なかった。

 一度も手を上げない新たな金蔓と思ったタニアに主催者側らしき者が挨拶に来た。


「奥様。本日の商品はお気に召しませんでしたのでしょうか?」

 タニアは気だるげな様子で横柄に答えた。

「もっと良い子が出ると思ったのに時間の無駄だったわ。あれぐらいなら私のお人形の方が可愛いもの」

「さようでございましたか・・・・それは残念でございました」

 タニアはパラリと扇子を広げてそれを口元に当てて小声で言った。

「まだ本当はいるのではなくて?良くある手と思ったのだけど・・・値段をつり上げる為にじらしているのではないのかしら?」

 そして無邪気に微笑んだ。

 タニアの様子を窺うその男に商才の長けた彼女は商談を持ち込む。

「気に入ればあなたの言い値で頂いても良いのよ。最近ではこういうのが厳しくて面白く無いのよ私・・・・」

 男は微かに微笑んでいた。

「お気持ちは分かりました。しかし今は本当に手持ちがございませんので今しばらくお待ち頂けませんでしょうか?きっとお気に召して頂けるものをご用意いたしましょう」

「あらそう?極上品でも使い古しは嫌よ。前そんなのを掴まされたのよね。私が自由に躾出来る子がいいわよ」

「承知いたしました」

 二人の駆け引きをラカン達は黙って聞きその場から出て行った後は、止めていたかの息を大きく吐き出していた。そして馬車に乗り込むと同時にラカンが喋り出した。


「母さんマジで人買った事あるんじゃないかって思ってしまった」

 ラシードも小さく頷いた。

「本当におまえは馬鹿ね。商品が何であれ、こういった駆け引きは商人なら当たり前でしょう?あれはじらしているのでは無くて、今は本当に品切れのようね」

 ラカンとラシードは顔を見合わせた。

「母さん!それって本当?」

「私はこれでも一流の商人よ。間違い無いわね。取り扱ってはいるけど今は手元に無い・・・そういう感じ・・・だけど商売はしたいから用意出来るまで引き伸ばす。それに私みたいな一見客に用心もしているのは当たり前ね。大きな商売は度胸も必要だけど細心の注意も必要。だから今日は当然、元締めはいなかったでしょうね。ねえアデルちゃん、知っていそうな人いなかったでしょう?」

 アデルは頷いた。

「オレ、顔を隠してもあいつは絶対に分かる!それに指輪をしていた奴だって手を見れば分かる!だけど何であんたら、あそこで捕まえなかったんだよ!そりゃあ奴らがいなかったけど、あんた達が追っていた悪いことする奴らだったんだろう?オレの探していた奴らとは別かもしれないじゃないか!」

 アデルは彼らの本当の目的を知らないからそう思うだろう。此処まで関わらせているのだから詳細を伝えるべきだと彼らも思った。そして話は後で屋敷に帰ってからすると言ったのだった。そして部屋に落ち着くとラカンはおもむろに話し出した。


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