ラカンの誤解
贅を尽くすネイダ家別邸の風呂場は流石に広かった。豊富な温泉を引いた広々とした湯船に香りの良い薬草を霧状にして噴霧させている。湯煙とその霧で視界が余り良く無かったが、ラカンは先に入っている筈のアデルを探した。
「・・・・誰?」
アデルの声がしたのでラカンはその方向に向った。
「アデルどうだ?気持ちいいだろう――えっ?」
湯船から立ち上がっていたアデルを見つけたラカンは仰天したと同時に、アデルが叫び声をあげた。
「ギャ―――っ!○◎×○△××―――」
そしてアデルはラカンに湯をかけながら湯船に座り込んだ。
「何ごとなの!」
タニアが飛び込んで来た。
「まあ!ラカン!何ていう子なの!女の子の入っている湯殿に入るなんて!」
ラカンは裸のまま突っ立ってまだ呆然としている。
「お、女の子?あのチビが?た、確かにアレ無いし・・・小さいけど出っぱったのが二つ・・・・」
「小さくて悪かったな!馬鹿野郎!変態スケベ!」
アデルは真っ赤になってラカンを睨んだ。しかし思わずラカンの裸体を見てしまって更に真っ赤になってしまった。ドクンと胸が鳴る。
「ラカン!何やっているの!早く向こうへ行きなさい!」
ラカンは呆然自失のままとり合えず濡れた肌に衣を着て出て行った。ラシードが入り口に立っていた。そして呆れた顔をして肩をすくめた。
「はぁ―間に合わなかったか。まさか入って行くとはな・・」
「・・・・ラシードおまえ知っていたのか?あのチビが女の子だったって?」
ラシードが片眉を上げた。
「分かるだろう?普通。声も違うし骨格も見れば」
「あんな言葉使いだし、衣だってだぶだぶして男の子の格好だったし、分かる訳無いだろう?お前みたいに女慣れして無いからな俺は!」
ラシードの眉が更につり上がった。
「私に腹立てても仕方が無いだろう?まるで私が女好きみたいな言い方して」
「女好きとは言って無いさ!星の数ほど付き合っていたのは本当だろうが?」
「お前それとこれとは話が違うだろうが!論点がずれている!」
ラカンが頭をガシガシかき出した。
「うわぁ~もう失敗だ!女の子の裸を見たなんて!」
ラシードはそんなラカンに呆れた。
(タニア殿の教育の賜物だろうな・・・)
女性を大事にしなさいと厳しく躾けた母親のせいかラカンはそうラシードが呆れるくらい女性に対して優しい。ラシードは自分の女性関係について昔からラカンにあれこれ言われていたがラカンの方が女達にとって不誠実だと思っていた。何故なら皆に平等で優しいからだ。優しくされた女達は自分が特別だと思うらしいが実際はそうでは無いのだから結果は〝みんなに優しいのね!さようなら!〟だ。本人は自覚していないらしいが沢山の女達に気をもたせておくラカンの方が女にだらしないと思わずにはいられない。
「ラカン、お前がもちろん悪いが、わざとじゃないんだから謝って許してもらえばいいじゃないか。それに女と言ってもまだ子供だろう?ガキだのチビだの言っていたじゃないか?子供のうちは男も女も無いからな」
それこそラカンは青くなって頭をかかえた。
「そりゃそうだけど・・・ちょっとは女の子していたし・・・」
「お前は赤ん坊の裸見てもきっとそうなんだろうな?呆れて物が言えん」
ラカンがうろたえている間にアデルとタニアが湯殿から出て来た。その扉が開いたと同時にラカンは謝りだした。
「ごめん、本当にごめん!俺、気付かなくって!申し訳ない。打つなり叩くなり気が済むようにどうにでもしてくれ!」
ラカンの大げさな謝罪にアデルは逆に驚いてしまった。自分自身、男の子を装っていたのは確かだったからラカンを一方的に責めることは出来ない。年下の素性も知れない乞食同然の自分に誠実に謝ってくれる姿に少し心が動いた。
必死に謝り続けるラカンはアデルが浴びせた湯で髪が濡れていて床に水滴が滴っている。急いで着た衣もめちゃくちゃで殆ど着て無いような半裸状態だった。
アデルはさっき全部見てしまったラカンの裸を思い出して何だかドキドキしてきた。今も衣から覗く体は均整の取れた惚れ惚れとするようなものだ。思春期の少女にとって興味があるような恥ずかしいような感覚だった。だから思わず反発したくなった。許さないというようにぷいっと横を向く。
その態度にラカンはがっくりと肩を落とした。そっぽを向くアデルを良く見れば確かに女の子だった。薄汚れていた髪は洗われてかき分けた前髪から覗く瞳と同じ茶色。まだまだ子供といってもほっそりとした身体は幼さから少し抜け出だした感じで少女独特の甘やかさが漂っている。今は丁度いい衣が無いから適当なものを着せられているがちゃんとしたものを着れば女の子にしか見えないだろう。
ラカンの謝罪が素通りしたままアデルはタニアが連れて行ってしまった。
「やばいよな?絶対嫌われたよな?」
「気にする必要は無いだろう。子供のことだ明日になったら忘れているさ」
「ラシードおまえ全然変わって無いよな、そういうところ!」
「お前が気にし過ぎているだけだ」
「おまえなぁ~もしこれがあの子じゃなくて俺が見たのがアーシアだったらどうよ」
ラシードの真紅の瞳が光った。
「殺す!」
「うひゃ~ほら見ろ。しかし相変わらずアーシアの事だけはものすご~く心が狭いな。そんなに独占欲が強いと嫌われるぜ。やっぱり龍って最低ね!とかな」
「さ、最低?わ、私が?・・・・」
アーシアとラシードの仲をからかうのが最近のラカンが気に入っている一つだ。付き合っていた女が後を絶たなかったラシードが、彼女に対してまるで恋をしたての青臭い少年のようだから笑ってしまう。またもやそのからかいが的中したみたいでラカンはにんまりと笑った。そんなラシードの背中をどんとついたラカンは笑いながら言った。
「さあさ、ちょっと俺に付き合いなよ。おまえの力が借りたいからさ」
「何だ?何処に行くんだ」
「まあまあいいから」
ラカンはそう言いながら足踏みするラシードを押して邸宅から出て行った。
翌朝、久し振りにぐっすり寝たアデルは大きな伸びをして目覚めた。こんな気分は久し振りだった。美味しいものをお腹いっぱい食べて、ふかふかの寝床で外敵を気にせずに眠る。優しいタニアの心遣いにも硬く閉ざした心が少し解れたような気がした。それに自分の髪から良い香りして鼻腔をくすぐった。風呂に入ってお湯で身体を洗うのも本当に久し振りだった。身体中から香料の入った石鹸の香りがするのだ。風呂を思い出してアデルは少し顔が赤くなってしまった。そしてラカンの必死に謝る姿を思い出して素直に許さなかったからちょっと悪かったかな?と思った。
でも助けてくれた二人もタニアさえまだ信用出来なかった。
(あいつもそうだったんだ。みんな信じていたのに・・・あいつは!)
それを思い出しただけで胸の奥から身体が震えるぐらいの怒りが湧き上がる。
(だから誰も信用したら駄目だ!こっちが利用するだけ利用してやるんだ!)
その時、扉を軽く叩く音がした。タニアだ。
「アデルちゃん、起きているかしら?」
アデルは返事をした。扉が開きタニアがにこにこ微笑んで入って来た。
「おはよう。良く眠れたかしら?」
アデルは小さく頷いただけだった。再び警戒心を張り巡らせている。それをタニアは感じたが昨日と変わらない態度をとった。
「朝食の前にちょっと見せたいものがあるから来てもらえるかしら?」
そう言いながら先に部屋を出て付いてきて、と促していた。アデルが大人しく付いて行くと広い談話室のような場所に連れて来られた。ゆったりとした落ち着いた空間で暇な時間を過ごすには丁度良い感じだ。しかしその場所に山のように積まれた箱が雰囲気を壊していた。アデルは片付けたらいいのにと思った。
しかしその一つを取ったタニアがアデルにそれを差し出したのだ。
「アデルちゃんにこれをどうぞ、ですって。私の馬鹿息子からね」
「え?」
タニアはさっさと箱の蓋を開けて中身を取り出して見せた。それは女の子用の衣だった。驚くアデルの反応を見ながらタニアは次々に山積みの箱を開けていく。出てくるのは数々の衣類だった。
「昨日のお詫びだそうよ。ラカンにしては良く気がついたわね。ほらっ、出てきてアデルちゃんにもう一度ちゃんと謝りなさい」
いつの間にかラカンとラシードが入り口に立っていた。ラカンはおずおずと進みでた。
「・・・・・・アデル。昨日は本当にごめん・・・」
昨日の詫びにこんなに沢山の贈り物をするラカンにアデルは呆れてしまった。女の子なら飛び上がって喜びそうな可愛いものばかりだった。しかもかなり高級品。寸法も丁度よさそうだった。あの時間から買いに出かけたのだろうか?もしくは早朝?いずれにしても店が開いている時間では無い筈。タニアはどんどん箱を開けて見せてくれるがアデルは何と答えて良いか困ってしまった。
「ラカン、お前にしては上出来だけどラシードに相当迷惑かけたようね。お前の感覚だったらこうはいかないでしょうからね」
「ま、まあね」
ラシードは不機嫌そうに立っていた。昨晩、ラカンに散々引きずり回されて買い物に付き合わされたのだ。しかも閉めている店を無理やり開けさせての事だった。
ラカンは黙しているアデルに心配そうに声をかけた。
「アデル気にいらない?」
気に入らないとかそんなんじゃ無かった。親切にされるのが苦手だったし、慣れていないからどう答えて良いか分からなかったのだ。だからやっぱり心と反対の事を言ってしまう。
「オレは女みたいな格好は嫌いだ!」
ラカンは途端にしゅんとした顔になった。ラシードはそれ見た事かと目配せした。
「やっぱりラシードの言った通りだった。俺はアデルにはこんな衣を着てもらいたかったから・・・だから一応それも貰って欲しいんだけど・・・はい、これ。男の子用も用意したんだ。他にも数点向こうにあるし・・・こんなんで良いならもっと用意する」
ラシードから女物は拒否すると思うと言う助言を無視して買ったが一応それも用意したのだった。
差し出された箱をアデルはじっと見た。どうしようかと思ったが受け取った。
ラカンはぱあっと嬉しそうに笑った。その笑顔にアデルはドキっとしてしまった。
しかしタニアが不満そうに言った。
「アデルちゃん男物を着るの?せっかくこんなに可愛いものばかりあるのに?アデルちゃん可愛いからとっても似合うと思うのよねえ~私、女の子が欲しかったのにこんな大きくて可愛くない息子しかいないから楽しみが無かったわ。ねえ~お願い私の為にも着てくれないかしら?ね?」
ラカンは嘘だと心の中で母親に悪態をついた。何も知らない子供の頃、散々自分を着せ替え人形のように女の子の格好ばかりさせられていたからだ。
タニアは嬉しそうにアデルに衣を当ててお願いしている。ラカンは肩をすくめてその場から立ち去ろうとするとアデルがラカンの衣を咄嗟に引っ張った。振り向いた彼にアデルは口ごもりながら
「・・・あ・・ありがとう・・」
と小さな声で言った。
ラカンはアデルの頭をぽんぽんと叩いて微笑んだ。アデルはびっくりしてぱっと手を離した。その様子が可愛いとラカンは思った。野良猫をちょっと手懐けた気分だった。




