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商談成立

 繁華街を通り過ぎ、保養地界隈へと差し掛かった時点で二人は荷馬車を止めた。

「おいっ、小僧出てきていいぞ」

 ラカンが声をかけると、箱から勢いよくその子は飛び出して来た。そして警戒心を剥き出しにして睨んでいる。本当に野良猫のようだとラカンは思った。

「あんた達、オレをどうするつもりだ!」

 ラカンは呆れて肩をすくめた。

「助けてやったのに第一声がそれ?おまえみたいなガキをどうこうする訳ないだろう?ん?信じて無い顔だな?まぁ~そりゃそうだ」

 助けられたその子は二人から間合いを取りながらジリジリと後ろへ下がって行った。急に逃げたとしても体格が違うから直ぐに捕まってしまうと思った。大人は信用できない。しかし良くみればこの二人は悪い奴らには見えなかった。

「で?家はどこ?送ってやる」

「い、家なんか無い!大きなお世話だ!」

 ラカンとラシードは顔を見合わせた。この子の様子から見て浮浪孤児だと推測出来る。前は特に珍しくも無かったが、今はこのような子供達を集めた施設を整備しつつあった。子供が一人で生きていける程、世間は優しく無い。

「おまえは一人ぼっちなのか?良く頑張ってきたな」


 ラカンはそう言うとその子の頭をガシガシと撫でた。突然の事で逃げる間も無かったその子はラカンを見上げた。淡い空色の瞳が笑っていた。それは宝物の硝子玉と同じ色だった。〝頑張った〟と言う言葉が心に沁みこんできて泣きそうになった。だけど泣かないと誓っていたからグッと我慢した。だから強がって言った。

「こ、子供扱いするな!オレは十三だ!」

「十三?十ぐらいかと思った!おまえ小さいな?でも、十三でも十分子供だ!」

「子供じゃない!」「こ・ど・も・だ!」

「違う!」「違わない!」

「ラカン!いい加減にしろ。お前こそ子供じゃないんだからな」

「やあ~い。言われてやがんの」

「て、てめ――っ」

「ラカン!」

「はいはい、分かった。じゃあ子供じゃないおまえさんは今から何処に帰るんだ?」

 聞かれてその子は困った。何処と言われても定住先は無かった。いつも適当に街の片隅で丸くなって寝ていた。答えようが無いがあったとしても言う必要も無いのだ。

 意思表示として、ぷいっと横を向いた。

「・・・ある訳無いよな。じゃ、とりあえず俺の所に来るか?」

 ラシードもその子もラカンの申し出に驚いた。

 ラシードは眉間にシワを寄せてラカンに小声で言った。

「そんなことしている場合じゃないだろう?」

 まあまあとラカンは言いながら、どうだ?とその子に聞いた。

「ば、ばっかじゃない?何でオレがおまえん所に行かないといけないんだよ!」

「だって寝るところも無いんだろう?それに又、奴らが来たらどうする?隠れる家もないんだったら見付かるのも時間の問題だしな」


 そうだった。奴らはしつこく追って来るに違い無い。これを持っている限り―――

 だが何の見返りの無い親切は信用出来ない。

「それとおまえみたいな子供ばかり集めて保護している施設があるから、ほとぼりが冷めたら其処へ連れて行ってやる」

「何でそんなに親切なんだ?おかしいだろう?会ったばかりなのによ。そんなウマい話なんか絶対信じねえよ!」


(やっぱり逆毛と爪を立てて必死に威嚇している野良猫だなぁ~)


 ラカンはそう思うと笑いが込み上げてきた。

「な、何が可笑しいんだよ!」

「ぷっくくくく・・・・ゴメン、ゴメン。じゃあ一つ協力してくれるのを条件にしたらいいだろう?さっきの奴らは人身売買をしているんだろう?俺ら実はそれを調べている役人なんだ。顔を覚えているよな?だから犯人捕まえるのに協力して欲しい。だったら俺もおまえも両方得をするだろう?どうだ?」

「や、役人?あんたらが?」

 この二人はそんな風に見えなかった。どう見ても良いところのボンボンで歓楽街に遊びに来たとしか思えない。それを察知したのかラカンはおどけながら付け加えた。

「俺ら親のコネで入ったものの今はほら?色々と厳しくなっているだろう?ここで一つ手柄でも立てないと面目がたたないんだよ。なあ、ラシード」

 ラシードは無言でラカンを睨んだ。大事な任務の内容をこんな子供にベラベラと喋る意図は読めるが、もっと言いようがあるだろうと怒っていた。ぼやかして言ってはいたが殆どその通りだからだ。

 しかし、その子に対しては有効だった。胸に秘める思いと申し出は合致したようだった。人身売買に追われているとは嘘だったが、ある事で追われているのは確かで自分も奴らを調べたかった。それに彼らは役にたちそうじゃなくても一応役人なのだから都合が良かった。お坊ちゃん育ちのお人よしの役人なら簡単に騙せるだろうと思ったのだった。

「商談成立だ!俺はラカン。で、こっちがラシード。おまえは?」

「・・・・アデル・・・」

「アデルだな。じゃあ、腹も空いたからさっさと行こうか」

 夕暮れで空は茜色に染まりかけていたが、快活に笑うそのお人よしの瞳を見れば澄んだ昼間の空だった。


 そして到着したラカンの家にアデルは唖然とした。だいたい此処まで来る間も変だとは思っていた。保養地の中でも高級地区にあたる方向に進んでいたからだ。そして到着したのがただの〝家〟と呼ぶには抵抗を感じる大きさだった。

 同じ理由では無いがラシードも不愉快そうにその家を見上げていた。

「ラカン!どういうつもりだ?こんな目立つ家に寝泊りするつもりか?私達は遊びに来た訳じゃないんだ!もっと目立たない適当な――」

「適当?適当だろう十分。ラシードおまえさぁ~自覚ないだろう?俺はまだいいだろうけどおまえなんかが貧乏くさい格好をして安宿に泊まったら逆に目立っちまうぜ。俺らは今回隠密行動なんだし。なぁ~アデルそう思わねぇ?」

 そう思わないか?と聞かれてもそう言うラカンもこの界隈の住人にしか見えない雰囲気だ。一般的な生活とは無縁の感じは十分した。

「・・・・どうせあんた達はお坊ちゃん育ちだろうから普通の所に行ったってぼろが出るだろうさ!何にも出来ないんだろう?そんなんで良く役人クビにならなかったんだな?あんた達の上司も馬鹿だろう?」

「ひゃぁ~おまえチビのくせに口が達者だなあ~上司っていうと・・・まぁ~確かに兄馬鹿かな?」

 アデルはムッとした。

「チビって言うな!」

「だってチビだろう?俺なんかおまえぐらいの年なんかもっとでかかったからな」

 ラカンは愉快そうにからかった。

「おまえと一緒にするな!」

「まあまあ、美味しいもん食べさせてやるからさ、ちょっとぐらい伸びるかもよ」

「うるさい!」


 ラカンはアデルの反応が面白くてついついからかった。ラシードの言葉ではないが確かにこんな子供に関わっている場合では無かったがどうしても無視出来なかったのだ。昔の苦い記憶の中で、やはりこれぐらいの子供を助け出せなかった。その呵責が人身売買に追われていたアデルと重なったのだった。

 ラシードも文句は言ったがラカンの気持ちは察していた。それに、この事件が持ち上がってからラカンの様子を心配していたが、アデルのおかげで久し振りに彼らしさが戻っているのを感じていた。

 ギャーギャー言い合いながら邸宅に入って行く二人の後を、ラシードは溜息をつきながら付いて行った。

 邸内に入って今度驚いたのはラカンだった。

「おや?何かうるさいと思ったらラカンお前だったの?」

「か、母さん!なんで!」

 凛とした上品な物腰の婦人が驚いた様子で立っていた。ラカンの母親タニアだ。

「隣の州まで所用で来たからついでに温泉にでもつかって休養しようかと思ったのよ。あらっ、ラシード、お久し振りね。まあ~相変わらず男前だこと。ふふふっ目の保養だわぁ」

 婦人は見かけと違ってかなり気さくな感じだ。ラシードを見て少女のように頬を染めたりしている。

「ご無沙汰しております。ネイダ婦人」

「あら、駄目じゃない。タニアと呼んでと何時も言っているでしょ?ふふふっ」

「母さん!ラシードをからかうのもいい加減にしろよ。父さんに言いつけるぞ!」

「あら嫌だ!この子ったら、私がラシードばかり構うから焼もちやいて」

 ラカンは呆れたように溜息をついた。

「で?父さんも一緒?」

「さあ?知りませんよ。途中から何処かに行きましたからね!どうせ大好きな壷でも磨いているのでしょうよ!」

 ラカンはまた大きく溜息をついた。夫婦喧嘩のとばっちりだ。仲が良いのに喧嘩となると周りを巻き込んで大騒動になるのが何時もの事だった。全州に沢山ある別宅の中でよりによって此処に来るなんてと思わずにはいられない。

「母さん。父さんと喧嘩しようがどうしようが俺には関係ないけど、俺ら仕事でここに来ているんだ。分かるよね?仕事!だから――」

 タニアが、ぷいと横を向いた。

「私こそお前の仕事なんて関係無いもの。ここから出て行けとでも言うの?それこそお断りよ!」

「母さん!大事な仕事なんだ。言わなくても分かるだろう?」

 タニアは何か思いついたように微笑んだ。今でも十分美しいラカンの母は若い頃からその無邪気な微笑みで男達を翻弄したものだ。その母をどう陥落させたかと父が自慢げに話すのをうんざりするぐらいラカンは聞かされていた。しかしこの微笑をする時はだいたい母が無理難題を言う事が多いのも知っている。

「ふ~ん。秘密のお仕事なのね?それで此処にね・・・・良く分かったわ。じゃああなた達、私の愛人になりなさい!」

 ラカンも滅多に驚かないラシードもタニアの言葉に唖然とした。

「か、母さん?何言っているの?あ、愛人?俺とラシードが?か、母さんの?」

 タニアは自分の良い思いつきに今にも踊り出しそうにはしゃいでいる。

「そうよ!私もみんなが羽を伸ばすこ~んな場所で一人だなんて恥ずかしいもの。若い愛人でも連れ歩かなければ身分相応じゃないもの。お前もまあまあだしラシードはもう最高でしょ?男二人でいるより自然だわ。ね?」

 二人とも面食らっていたが顔を見合わせた。タニアも夫に負けない商才の持ち主だ。直感と洞察力に優れている。息子達が何の仕事をしに来たのか知らなくても堂々とする仕事では無いと察したのだろう。それに伴って自分の利益も考えた。流石に商売人だけある。金持ちのご婦人の若い愛人という設定はこの場所では良くある事で確かに使えるし動き易いだろう。

 タニアは勝ち誇ったように微笑んでいる。


「商談成立ね?それと変装しなさいよ。ラカンお前なんか私と同じ髪の色なんだから親子だってすぐ分かるでしょ。ラシードは・・・う~ん・・黒髪に真紅の瞳は魅力的だからそのままにしてもらいたいのだけど。私の好みだし・・・でもね・・・そうだ!レンみたいなら良いんじゃない?長髪にしましょう!それも素敵だわぁ~」

 タニアは一人で想像しながらうっとりとしている。

 彼女はいつもこの調子なのでラシードは大の苦手だが、ラカンの母親だから引きつりながらも耐えていた。その様子が面白いのでラカンが助け船を出さないのも何時もの事だった。

 一件落着したタニアが次ぎに見つけたものは三人の様子を後ろの方で用心深く見ていたアデルだった。

「ラカン、この子はどうしたの?」

 アデルは自分に話が移行してきたので警戒心を張り巡らせた。

「ああ、今回の仕事に協力してくれるアデルだよ。身寄りがいないそうだから連れて帰って来たんだ。母さん、この子の面倒を見てやってくれる?」

 タニアが、ぱあっと微笑んだ。

「まあ!本当!嬉しい!」

 アデルはびっくりした。こんなに歓迎されるとは思わなかったからだ。金持ちのボンボンの母親らしい上流の女性が自分みたいな汚らしい子供を見て嫌な顔するかと思っていた。しかも、いらっしゃいと言って手を差し伸べているから更に驚いた。

「さあ疲れたでしょう?ここは温泉を引いているからとても気持ちがいいのよ。入ってごらんなさい」

 汚いから入りなさいと言わない。アデルは戸惑った。人から親切にされるのは慣れていないのだ。タニアからなんだかふんわりと良い匂いがした。懐かしい母の香りだ。アデルは恐る恐る差し出す彼女の手に自分の手を重ねた。

 タニアはアデルの長い前髪を優しくかき分けると微笑んだ。

「アデルちゃん、仲良くしましょうね」

 アデルは小さく頷いた。

「まあ~なんて可愛いんでしょう。さあ行きましょう」

 うきうきとタニアはアデルを連れてその場から去って行った。残された二人は同時に大きく溜息をついた。


「お前の母上は相変わらずだな」

「ああ全く母さんにも困ったもんだよ。自分で噂を流して親父にでも焼もちやかせたいんだろうさ」

「お父上もお気の毒だ」

「しっかしこの手は好き合っていたらかなり効くよ。お前もアーシアと喧嘩したら使ってみるといいよ。そりゃ~盗られるものか――ってアーシアが嫉妬して戻ってくるからさ」

 ラカンが片目を瞑って言った。

「な、何を私が浮気する真似なんか!」

「ああアーシアにはこのやり方教えないから安心しろよな。母さんみたいにアーシアがやったら俺、嘘の恋人をやった奴の命まで保障出来ないしさあ~」

 ラシードは想像したのだろう真紅の瞳が燃え上がっている。

「うひゃ~恐い恐い。親父なんかはおろおろして来るけど、お前だったら速攻相手の男をぶっ殺すに違い無いからなぁ~」

「ラカン!」 

 ラカンは笑いながらラシードから殴られないように飛びのいた。そのまま奥へとすたすた進んで行った。そしてひらひらと手を振っている。

「じゃ、俺もあのチビと一緒に温泉でも入って来るな。広いからお前も来たらいい」

 腹を立てていたラシードは一時してぎょっとした。

「おい、ラカン!一緒って」

 ラシードが振り向いた時にはラカンの姿は無かった。


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