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碧とアデル<最終話>

それから衝立を挟んだ状態でアデル側にはアーシアが・・・ラカン側にはラシードが付き添って話しが始まった。ラカンが話す一言、一言を聞き逃すまいとアデルは微動だせずに座っていた。そしてラカンの話しが終るとその場は重い沈黙が落ちた―――

「―――分かった」

 アデルは長い沈黙を破りその一言だけはっきりと告げた。〝分かった〟と言った彼女は何が分かったのだろうか?ラカンの胸がざわめいた。

 アデルは勢い良く立ち上がりアーシアが止める間も無く衝立を押しのけラカンの目の前に立った。そして驚くラカンが立ち上がりかけたところに抱き付くと唇を重ねてきたのだ!

「まっ、アデ・・・う・・・」

 更に唇を重ねたままアデルはラカンの手を掴み、自分の服の中へ突っ込ませ直に胸のふくらみを触らせた!触った事も無いやわらかな感触にラカンは何が何だか分からなくなってしまった。離そうとしてもアデルが押さえ込んでいて無理矢理離すと彼女を傷付けてしまいそうだった。だから慌てて手のひらを握り込んでその何とも言えない感触から逃れようとした。それを感じたアデルは唇を解いた。


「駄目!ラカン!呪詛が本当か試すんだから!」


「た、試すって?」

「それは欲情したら殺したくなるんだろう?だからちゃんとしてみて!それとも衣を全部脱いだ方がいいか?」

 ラカンは思わずラシードを見た。こんなところでアデルに脱がれては大変だ。しかし彼女ならやるに違いない。

「ま、待てって!あわわわっ!」

 焦ったラカンは握っていた手のひらを開いてしまい再び慌てた。

「駄目!ラカン!」

「ア、アデル!ラ、ラシード助けてくれ!」

 押し倒されそうになっているラカンは親友に助けを求めた。求められたラシードは呆れたような溜息をついた。

「ラカン、今日はそんなに急ぐ仕事も無いだろうから碧の龍は急用が出来たと府に伝えておこう。まあ、ゆっくりな」

「ちょっと待て!ラシード!おいっ、助けるって言っただろう?」

「助けるも何も呪詛は無いようだし・・・」

「な、無いって?」

「アデルにそこまでされて何も感じない筈無いだろう?不能なら分かるが・・・それで殺意は湧いたか?湧かないだろう?お前が言ったような変な気分には今なっているだろうがな」

 ラシードは呆れ果てて答えた。側にいたアーシアも成程と頷いている。

「そ、そうだよ。ヤバイって!変な気分なんだからアデルを傷つけてしまう!」

「まあ・・・分からないでも無いが・・・お前って本当に女経験無かったんだ。まさかとは思っていたが・・・最初から飛ばすなよ。優しくしてやれよ」

「は?何?」

「まだ分からないのか?アデルとの幼い恋人ごっこにお前は物足りなくなっていたんじゃないか?お互い成人した大人なんだから当然の成り行きなんだか・・・だから呪詛だと言われたように性的な欲情が強くなって殺す〟では無く、それを〝充たしたい〟と思っただけだ。しかもお前自身、女の子は大切にとタニア殿から刷り込まれているから今まで無意識に抑圧していたんだろうし。全く人騒がせな奴だ」

「ラカンらしいと言えばそうだけどね。何だか気が抜けちゃった。私達は邪魔でしょうから行きましょう、ラシード」

 言いたい事を言われたラカンはもう呆然と親友とその恋人を見送っていた。既にアデルから押し倒されている状態で彼女が上に重なっている。もちろん片手は彼女の熟したふくらみに触れたままだ。


「あ・・えっと・・・アデル」

 彼女と目が合った途端、アデルの瞳から大粒の涙がこぼれた。滅多に泣かない彼女の涙を見るのは久し振りだった。

「ごめん、アデル。本当にごめん」

 アデルは何も言わない。いつもならバカ!と言ってぽかぽか叩くのに今はただ、涙をぽろぽろと落とすだけだった。そしてラカンの胸元に擦り寄るように頬を寄せた。ラカンの手のひらから伝わるアデルの鼓動が段々と落ち着いたリズムを刻み始めている。とても温かいそれにもっと・・・と言う気持ちが溢れて来るようだった。これがラシードの示唆した衝動と言うものだろう。

「ごめん、アデル。もう我慢出来そうにもない・・・」

 アデルの顔色がさっと変わった。

「やっぱり呪詛?」

 ラシードとの会話の意味をアデルは分かっていなかったようだ。ラカンもそうだが彼の母、タニアから虫が付かないように大事にされて来た彼女だったから当然といえば当然だろう。

 ラカンは、くすっと笑った。アデルは彼の空色の瞳が笑むだけで頬が赤く染まってしまう。

「な、何!」

「そう・・・苦しいんだよ。アデル・・・」

「どこ?どこが苦しいんだ?」

 心配するアデルの唇にそっと口づけしたラカンはまた微笑んだ。

「君が欲しくて、欲しくて、胸が苦しいんだよ。アデル。意味が分かるならこの苦しみから救ってくれないかな?」

 アデルは、ぱっと顔を赤らめた。意味は分かったようだが・・・


「わ、分からなかったらどうするんだ?」

「う~ん、もう少し我慢するかな」

「さっき我慢出来ないって言った。嘘つき!」

「嘘つきって、アデル!アデル?」

「ラカンのバカ・・・もう知らない」

 アデルはそう言いながらラカンの胸に再び擦り寄った。

「アデル、好きだよ・・・」

 ラカンの声が胸から伝わってアデルに直接響いて来るようだった。音の振動が肌に感じる・・・それだけで涙が出そうだ。

「大嫌いって言ったのは嘘・・・だからもう・・うんざりって言わない?」

「言わない。アデルが〝嫌い〟って何度言っても信じないよ。それに君の嫌いは好きの裏返しだって知っているからね。そうだろう?アデル?」

「意地悪・・・嫌いよ」

「何だって?好き?そうだろう」

「違う、嫌いって言ったの!それにいつまでわたしの胸触っているんだ!もう呪詛なんか無いって証明しただろう!」

「うわっ、ご、ごめん!」

 ラカンは反射的に手を離してしまった。

「い、嫌、そうじゃなくって・・・アデル、その・・・何だ・・・えっと。そう、そうあれ、ほらさっき見せてくれた下着、良く見て無かったんだよな。もっと良く見せてくれないかな?」

 アデルの視線が冷たい。


「はは・・・冗談だよ。冗談・・・」

 引きつって笑ったラカンだったが、すっと顔を引き締めた。普段殆ど見ないその表情にアデルは急に不安になった。

「ラカン?」

「アデル、今ここで宝珠の契約をしてくれないか?嫌、お願いだからしてくれ」

「ラカン、急にどうしたんだ?そんなのいつでも良いって言っていたのに?」

「・・・・今日、アーシアから言われて目の前が真っ暗になったんだ。宝珠は恋人よりも龍が優先で、たまたまその二つが合致する場合もあってもあくまでも宝珠は龍に惹かれるって言った。それって俺達龍には良く分からない感覚だろう?そしてラシードがアデルと宝珠契約をすると言ったんだ。あいつは昔から宝珠嫌いな癖に一番宝珠から契約を望まれていた。そのラシードが本気でアデルを・・・と聞いたら俺・・・」

「ラシードとなんてしない!わたしはラカンだけだ!なんでそんな事言うんだ?」

 アデルは驚いてラカンの腕にすがって言った。

「君はベタベタされるの嫌いだろうけれど俺は心配なんだよ。アデルは可愛くて綺麗で輝いている。君と親しくなりたいと思っている奴らは数えきれない程いるんだ。だから誰かに盗られそうで怖いんだよ。女々しいよな・・・」

「馬鹿!わたしは恥ずかしかっただけだ!ずっと憧れていたんだから触られると恥ずかしいに決まっているだろう!それにラカンにだって女の人がいっぱい寄っていたし・・・ラカンは優しいから仕方が無いって思っても嫌な気分だったんだからな!」

「じゃあ」

 ラカンの空色の瞳が輝いて、それに惑わされそうになったアデルだったが差し伸べられた彼の手を払った。


「駄目!宝珠の儀式を勝手にするなってタニアから言われているから駄目!」

「母さんが?何で?」

「宝珠の儀式は・・・け・・結婚式の時に盛大にする予定だからラカンに迫られても駄目だと言いなさいって」

「はぁ~母さん・・・お祭り好きだからな・・・目眩がしそうだ」

 ラカンは呆れて上を見上げると大きな溜息をついた。その様子を、じっと見ていたアデルは珍しく気弱に小さな声で話し出した。

「も、もちろん・・・ラカンが・・・結婚してくれるならの話しだけど・・・」

 はっとしたラカンはアデルを見ると彼女は不安そうにしている。

「結婚してくれたらって・・・あっ!俺・・・言ってなかったっけ?」

 アデルは小さく頷いた。

「誰にも渡したく無いとか・・・好きだとか言われたけど・・・」

 ラカンの性格上、自分から言わせないと駄目だとタニアからは再三忠告されていた。アデルはラカンから好きだ愛していると何回言われても不安で仕方が無かった。宝珠契約の正式な申し入れも無ければ結婚の約束も無かったのだ。

「ごめん、アデル。そんなの俺すっかり言っているつもりだった」

 アデルは自分にとって重要なことを〝そんなの〟と言われて腹が立ってしまった。

「もういい!分かった!」

「ちょっ、ちょっと待って!アデル!」

 くるりと向きを変えて立ち去ろうとアデルをラカンは慌てて引き止めた。そしてその手を払おうとする彼女の瞳に滲む涙を見つけたラカンは自分の迂闊な言葉を反省した。


「アデル、ごめん・・・」

 ラカンは逃れようとするアデルをそのまま無理矢理抱きしめた。

「アデル、本当にごめん。俺、誰かを本当に好きになるなんて初めてだったから嬉しくて浮かれ過ぎていた。大事なこと言わないでいたなんて俺本当に馬鹿だ・・・ごめんね、アデル」

 アデルは何も言わないがラカンの腕の中で大人しくなった。それを見計らったラカンはそっと腕を解きそのまま彼女の前に跪いて最礼をした。いつもいい加減なラカンの態度から想像出来ないその優雅な仕草にアデルは驚いて思わず魅入ってしまった。そしてそのラカンが顔を上げてアデルを見つめたので、かっと頬が熱くなった。

「私、碧の龍ラカン・ネイダは龍力の全てをアデルに捧げる。そして君の龍となることを乞い願い、そして我が妻にと乞い願う―――一生大事にするよアデル。俺の宝珠と奥さんになってくれないかな?」

 ラカンらしく無い言葉使いの正式な申し込みと、彼らしい言葉にアデルは胸がいっぱいになった。返事も忘れて立ち上がりかけたラカンに飛びついてしまった。体当たりされたラカンはよろめきかけたがそのアデルをひょいと抱き上げた。

「ラカン?」

「急がないとね」

「何を急ぐんだ?」

 アデルは意味が分からない。

「母さんに断りに行くんだよ。結婚式は俺がちゃんとするから口出しするなって。そうじゃないと見世物状態の結婚式になってしまう。しかも準備で何ヶ月かかるか・・・」

 最後には本音が出ていた。タニアの趣味に合わせていたら準備に時間がかかるのは目に見えた。それこそ金をかけて大掛かりなものになること間違えなしだ。しかし無視してやれば後が怖い。

 そのラカンの行動にアデルは呆れたが嬉しかったから何も言わなかった。大好きな人の腕の中は気持ちがいい。

「ラカン、大好きだよ」

 アデルは心に想った言葉を口に出していた。

 急ぎ足だったラカンの足が止まった。返事の代わりに優しい口づけが落ちて来た。アデルは大好きなラカンがタニアに勝てますようにと密かに祈ったのだった。


ラカン編、如何だったでしょうか?最後の3話は短編で書いていたものを「碧の龍」にまとめたので時系列的にはこの3話の前にラシードとアーシアの話が入ります。なので会話の中に知らないエピソードがありました。続けて読んでくださっている方は??と思われたかと・・・申し訳ございませんでした。いづれにしても最後の優良物件(笑)の行く先が決まって良かったです。

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