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碧とアデル(2)

 アデルは翌日、いつもと変わらず碧の龍の府へ向った。彼女は自分がその府の主の恋人でも王や四大龍から特別扱いされていてもそこで勤める皆と変わらない時間に入り同じ仕事をする。もちろんそれを好ましく思ってくれるのは龍達だけで他は人気取りだと言って陰口を叩いていた。しかしアデルは気にした事は無かった。何を言われても平気だ。生きるか死ぬかの状況を生き抜いた彼女にとってそんな些細な悪意で傷付く程心は弱く無い。でも今はアーシアと考えた計画通りに上手く出来るかどうかの方が心配で気弱になっていた。アーシアの助言は・・・


『いい、アデル。一つ目はラカンの誘導に惑わされないこと――』


 ラカンはアデルを突き放して嫌われようとしているからこれに乗せられないようにと言うのだ。だから昨日の喧嘩は無かった事として普通通りに接して、自分から短気を起こさないようにするのが第一段階だ。

 ラカンがやって来た。何時もより少し遅いぐらいだ。顔色が少し悪いような気がした。少し心配になったアデルだったがラカンと視線が合ったので微笑んだ。するとあからさまに無視されてしまった。昨日までのアデルなら、むっとした所だがそこを、ぐっと我慢した。それからラカンに用事がある者達が何人も執務室を出たり入ったりしていたがそれも落ち着きとうとうアデルと二人だけになってしまった。以前のラカンならこれ幸いにと、アデルが怒り出すまで鬱陶しいくらい纏わり付いていた。しかし此処数日はそういう素振りも見せず重苦しい空気が立ち込めているだけだった。


「・・・アデル、どうして此処にいるんだ?俺のこと大嫌いなんだろう?」

 やっと口を利いてくれたと思ったら涙が出そうな言葉だ。

「何のこと?わたしがラカンを嫌いになる訳無いじゃない。夢でも見たの?」

「・・・・・・・・・」

 ラカンは無視を決め込んだのか急ぎでも無い書類に目を通し始めた。


(アーシアの言う通りだ・・・)


 男は答えに窮したら無視するとアーシアは言った。もちろんその時の助言も聞いている。


『無視されるなら無視出来ない状況に追い込む。これ二つ目ね。ラカンが驚くような事をするのよ』

『驚くような事?どんな?アーシアの時はどうしたんだ?』

『私?私の時はすけすけの下着姿でラシードの部屋に押しかけて迫ってみたのよ。でもあっさり玉砕!後で聞けばかなり驚いたようだけど、その時の彼はそれぐらいで崩せるような覚悟じゃ無かったから当然だったけどね』

『そこまでしたのに?駄目だったんだ。じゃあ、わたしはどうしたら・・・』

『そうね・・・ラカンの抱えている内容次第だろうけれど・・・取りあえず様子見ということで同じことしてみる?ラカンはラシードと違ってそういう免疫無いから有効かもよ』


 アーシアから同じ事をしてみたらと言われたが・・・


(一応アーシアからお色気下着貰って着たけど・・・)


 隠れる所が少なくて本当にすけすけで、ぴらぴらの下着はなんでもラシード好みだそうでラカンなら悩殺間違えなしとアーシアは自信たっぷりだった。以前お色気修行をした成果らしい。


(裸みたいなもんだけど・・・ラカンは免疫がないってことは慣れてないんだから比べられないよな・・・)


 着痩せするアデルだから普段は気にしないが裸になれば、あちこち出っ張っているからなんだか嫌だった。しかし迷っている場合じゃない!覚悟を決めたアデルは書類から目を離そうとしないラカンの前でするすると衣を脱ぎ出した。

「ラカン、見て。こっちを見てってば!ラカン!アーシアから貰ったんだ。ラカンに見せようと思って着てきたんだ。見てってば!」

 一向に書類から顔を上げないラカンに自分を見て貰うだけでも大変だった。完全無視のラカンにアデルは段々腹が立ってきた。

「ラカンが見てくれないなら他の人に見て貰う!」

「好きにしたらいい」

 ラカンは目もくれずにそう言った。

「見てから返事して!」

 ラカンはどうせつまらないものだろうと言うように溜息をついてやっと視線を上げてくれた。


「なっ!な、な、何やってんだ!ア、ア、アデル、そ、そのか、かか格好!」


 ラカンは執務机をひっくり返しそうな勢いで飛び上がるように立ち上がって叫んだ。成功だ!とアデルは喜んだ。

「どう?似合う?ラカンに見せたら喜ぶってアーシアがくれたんだ。少しは大人っぽい?」

 アデルはそう言いながら、くるっと回って見せた。すけすけ、ぴらぴらの布がふわりと広がって肌から離れると曲線を描きながら戻っていく。それはかなり刺激的な光景だ。呆然と立ち尽くすラカンの周りでアデルが、くるくる回る。

「ラカン、感想は?ラ・カ・ン?」

 アデルは止めを刺すように執務机の上に座ってラカンを見上げた。座った拍子に細い肩紐が、はらりと腕に落ちると際どく隠れていた胸がこぼれ落ち、ラカンの位置からだと丸見えだ。慌ててラカンが視線を外すと唸り出した。


「うううっ・・・お前は・・・つっ・・・馬鹿野郎!そんな格好するなよ!」


 ラカンは堪りかねた様子で怒鳴ると目の前に座っているアデルを残し、出口へ大股で向った。そして一度振り返り命令した。

「いいか!衣をちゃんと着るまで此処から出たら駄目だ!いいな!そんな格好で外うろついたら牢にぶち込むぞ!」

 そして扉が乱暴に開かれ大きな音を立てて閉じられた。扉の外では何事かと集まった者達をラカンが追い払っている声が聞こえてきた。執務室に誰も近付くなと怒鳴っているようだ。

 取り残されたアデルは聞き耳を立てて、くすりと笑った。

「取りあえず、揺さぶり作戦成功かな?よいしょっ」

 座っていた机からぴょんと飛び降りたアデルは緊張を解すように両手を組んで腕を前に伸ばした。その時初めて肩紐がずれて胸があらわになっているのに気が付いた。

「あ~ラカン、それであんなに慌てて出て行ったんだ。ふ~ん、そうか・・・それなら全部脱いだ方がもっと驚いたかな?」

 さばさばした性格のアデルは初めの羞恥心は何処かに消えて、そんな事を思ってしまった。


 一方、自分の執務室を飛び出したラカンは紅の龍ラシードの執務室へ押しかけていた。運良くラシードしかいない。

「おいっ!ラシード、俺を助けてくれ!」

「いきなり飛び込んで来て何の話だ?」

「俺、今更ながらお前の気持ちがよ~く分かった。お前を信じなかったのは謝るし、お前を尊敬するから助けてくれ!お前にしか出来ない!」

 人当たりの良い陽気なラカンと人付き合いの悪い冷淡なラシード。性格も趣味も何もかも全く正反対の彼らが親友同士だと言うのは誰もが不思議がるものだった。それでも彼らは固い友情で結ばれている。

 ラシードは相変わらず落ち着きの無い友を、じろりと睨んで重ねて訪ねた。

「だから何だ?要点を言え」

「アデルを誘惑してくれ!得意だろう?なっ、頼む。この通り!」

 ラカンが手を合わせると大げさに頭を下げた。

「お前・・・誘惑って?少し落ち着け、どういうことか説明しろ」

「アーシアから貰ったってやつをアデルが・・・ああ――もうっ、俺、駄目だ!お前みたいに出来ない!無理だ!」

「アーシア?」

 ラシードは彼女からアデルの事は聞いていた。ラシードにも協力して貰う必要が出て来るだろうとアーシアは思って話したようだ。もちろんラカンにしようとしている内容も伝えていた。


(・・・もう早速始めたんだな・・・)


 ラシードはまだ自分が見た事が無かったアーシアの下着をラカンが見たというだけでも気分が悪い。こうなってしまった責任をラカンに取らせるまで気が済まない感じだ。

「ラカン、落ち着け!お前の話しは支離滅裂だ。最初から順序立てて話せ!」

 淡々と聞き返していたラシードが堪りかねて大きな声を出した。

ラカンはその声に、はっと我に返った。

「あっ、すまん」

「座れ、立っていたら落ち着いて話も出来ないだろう」

「あ、ああ・・・」

 ラカンは促された席に疲れ果てたように腰掛けた。

「で?何がどうなって何をしたいんだ?」

「つい最近、廃村に変な力場があるって調査に行っただろう?」

「ああ、邪教集団が根城にしていたと言う所だろう?それがどうした?」

「そこでやられたのさ・・・」

「何を?まさか・・・」

「そのまさかさ。油断していたから全部俺が悪いんだけど、見事に仕掛けられていた術にはまってしまったんだ」

「そんな報告聞いてない!」

「報告も何もその場でまさか自分が呪詛にかかったなんて分からなかったんだ。仕掛けた呪者を捕まえた時に分かった間抜けぶりさ。しかもそれは女にもてない自分が、もてる男を呪う為に作ったと言う馬鹿馬鹿しい呪詛だった訳。聞いて呆れたのなんのって」

 呪詛関係は大なり小なりある。主に力の無い只人が傾倒するのが多いが、力の種類で言えば強い暗示のようなものだ。

「犯人を捕まえたのなら解除出来たのだろう?」

「いいや、それがその馬鹿はその解除方法忘れたんだとよ。出来たのも偶然だったから全く分からない。しかも素人に近い奴だったから方式無視の偶然の産物のようで専門家達もお手上げさ」

 結局、素人が滅茶苦茶に作った呪詛で解除方法も見つからないと言う訳だ。


「それでその呪詛の内容は?」

 ラカンが大きな溜息をついてうな垂れた。

「俺が性的欲情を感じるとその相手を殺そうとする・・・」

「なっ、そんなに強制力の強い呪詛なのか!」

 ラカンはうな垂れたまま頷いた。

「試しては無いだろう?呪者が大げさに言っているだけじゃないのか?」

「俺もそう思ったさ。だけど本当かもしれない・・・確かめようが無いだろう?でも確かめてないけどアデルを見るだけで変な気分になるんだ・・・だから本当のような気がする・・・」

「それでアデルを避けた・・・で、誘惑してくれとなる訳か・・・」

 ラシードはラカンの短絡的な考え方に呆れはしたがその苦悩を分からない訳では無い。自分も似たような事をしたからだ。アーシアを守る為に自分を嫌わせようとして彼女を散々苦しめ傷付けた。あの時はそうしなければアーシアが死ぬという事実に心が押し潰されて深く考えることが出来ず一人で抱え込み空回りしてしまった―――


「ラカン、この件、アデルに言った方がいい。そうじゃないと彼女が傷付くぞ」

「言う?言える訳ないだろう?いつまで続くか分からない呪詛なのに、その間、俺に触れるな、それどころか俺の視界に入るな!なんて言えるか?さっきも感情を抑えるのに自制心をどれだけ総動員したと思う?お前とやる〝火水の陣〟より力使ったんだぞ!」

 ラカンの得意とする水系とラシードの火系は相反するものだ。しかし彼らはその属性の違う二つの力を融和させ凄まじい威力を爆発させる必殺技を持っている。それは二人の絶対の信頼と力のバランスが無いと出来ない。そのバランスこそ精神力をかなり要するものだ。

「火水の陣ほどの力か・・・それは凄いな。しかし――」

 ラシードは答えかかって黙ると入り口に視線を流した。その先に所用から戻って来たアーシアが入って来たのだ。

「何が凄いの?」

「アーシア!」

 ラカンは、ぎょっとして振向いた。アーシアの気配を全く感知出来ないくらい動揺している自分に驚いてしまった。

「ラカン、ここで何をしているの?」

「な、ななにをって・・・べ、別に」

「ラカン、誤魔化す事は無いだろう?アーシア、我が親友殿は私にアデルを誘惑してくれと頼みに来たんだ」

「ラシード!お前!」

 ラカンは更にぎょっとしてラシードを睨んだ。

「どういうこと?」

 こんな事を聞いたアーシアは怒り出すと思ったが冷静に聞き返して来たので、ラシードは事の成り行きを掻い摘んで説明した。

「なるほど・・・そう言うことだったのね・・・何でそんなこと内緒にするのよ!ラシードといいラカンといいどうして自分だけで解決しようなんて思うの!そんなことされる私達の気持ちを考えて欲しいわ!大変でもつらくても一緒に悩みたいのよ!アデルが可哀想・・・ラカンは恋人失格よ!こうなったらラシード、遠慮はいらないわ!彼女を誘惑していいわよ!ラカンなんかすっかり忘れられてしまうくらい念入りね!」


 ラカンどころかラシードまで唖然としてしまった。しかしいち早く我に返ったラシードが無茶を言う恋人に同調しだした。

「アーシアがそれを了承するのなら私も協力しよう。アデルは嫌いじゃないから問題は無いし・・・もう一度聞く、本当にいいんだな?その呪詛が本当かどうかも分からないのに?」

 ラカンからラシードへと心変わりした恋人達は過去に何人もいた。その時はラシードが口説いた訳では無いのに多かった。それが本気で誘惑してくれるとなると成功する確率は高いだろう。アデルに悲しい思いをさせたく無いという考えだったのだが・・・

「うっうう・・・ちょ、ちょと待ってくれ!考えてみればお前に心変わりさせてもアデルが可愛そうだ!結局お前はアーシアが一番だろう?それにアーシアだって言い気持ちしないだろうし・・・ううっ、どうしよう」

「私は大丈夫よ。アデル好きだしラシードと三人で色々結構上手くやって行けると思うわよ」

「な、何言ってんだよ!ふ、不道徳だろう!男一人に女が二人なんて!」

 ラカンは変な想像をして真っ赤になって怒鳴った。

「何、変な想像しているの?普通じゃない?龍一人に宝珠が何人もって。ねぇ、ラシード」

「そうだ。恋人はアーシアでも龍としてアデルに接するのだから問題は無い」

「ちょっと待て!誘惑するって言っただろう?それは恋人にする意味じゃ・・・」


「恋人はアーシアだけだ。だから彼女とは宝珠契約を結ぶ」

「えっ!」

「そうよ。龍にしたら当たり前でしょう?〝龍は宝珠に乞いし〟なんだし、ラカン忘れてない?私達宝珠は恋人よりも龍が優先よ。たまたまその二つが合致する場合もあるけど、あくまでも私達は龍に惹かれる」

 ラカンは思ってもいなかった事に呆然としてしまった。ラカン自身、アデルを宝珠として見ていなかった。幼い頃から見守り続けた妹のようだった彼女が、艶やかに一人の女性として成長した時、恋をしてしまったのだ。だからアデルが宝珠として誰かを選ぶなんて考えてもいなかった。

「お前はアデルから嫌われるような真似が出来ないのだろう?なら黙ってふられろ。彼女は私が大事にしてやる」

 ラカンは下を向いて唸り出した。そして、

「やっぱり駄目だ!駄目!俺には耐えられない!絶対無理!アデルとお前が――なんて想像するだけでお前を底無し沼に沈めたくなる」

 ラシードとアーシアはお互いに顔を見合わせて肩をすくめた。

「頼まれて底無し沼に沈められるなんて冗談じゃない」

「そうよ。アデルはかなり悩んでいたんだから事情が分かれば取りあえず安心だけはする筈よ。それからはまた皆で考えましょう」

「・・・・分かった・・・今から彼女に話すよ。二人共一緒に来てくれ・・・もしもの時は止めて欲しい・・・」

 ラシードは少しだけ唇の端を上げるとラカンの肩を、ぽんと叩いた。

「ああ、任せておけ。お前を半殺しにしてもアデルは守ってやる」

「は・・はは・・・それはちょっと怖いな。お前が言うと冗談に聞こえないからな・・・」

 ラカンは面白くも無いのに笑ったのだった。


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