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碧とアデル(1)

 長閑な昼下がりの青天城にその声は響き渡った。


「ラカンなんか大嫌い!」

「大嫌いで結構!もう、うんざりだ!」

「うんざり?うんざり、ってどういう事!」

「うんざりはうんざりさ!そんな言葉は聞き飽きたって事さ!」

「なっ!そんな事言うラカンなんか、嫌い、嫌い、大嫌い!」

「はい、はい。嫌いで結構さ!」


 通りすがりの者達はまたかと思いながらもラカンのいつもと違う様子に足を止める。恋人同士になったラカンとアデルの喧嘩は青天城の名物になりつつある光景なのだが・・・皆が聞き耳を立てるように今回は様子が違っていた。〝嫌い〟と啖呵を切るアデルはいつもの事で、それに対するラカンはいつもなら平謝りして彼女のご機嫌を取っていた。だから喧嘩と言うには少し違っていたのだが・・・今回はそのラカンが険悪な表情で言い返しているのだ。だから本当に喧嘩のようだった。誰もが多分初めて見る光景に違いない。皆が驚いて様子を窺っている間にラカンとアデルは仲直りどころかお互いに怒ったまま背を向けて別れてしまったのだった―――


 アデルはラカンに背を向けて走り出した。怒ると言うよりも悔しくて悲しい気持ちでいっぱいだった。涙をぬぐっても、ぬぐっても溢れ出てくる。


(ラカンなんか嫌い!大嫌い!もう知るもんか!)


 アデルは嫌いだと心の中で叫んだ。勝気なアデルは滅多に泣かない。でも今回ばかりは涙が止まらなかった。それはきっとずっと溜め込んで来たものが一気に流れ出したからだ。ラカンと晴れて恋人同士になったもののアデルは不満と不安が日増しにふくれ上がっていた。最近のラカンはどうしたのかアデルに対して恋人のような口づけはもちろん、手さえ触れないような態度になったのだ。ラカンの気持ちが掴めず遠くに感じてしまう・・・

 アデルはまるで自分が硝子の箱の中にでも入れられているような感覚だった。良い方に解釈すれば大事にされているんだと思い。しかしそれを否定するかのようにラカンはアデルを昔のように子供扱いするのだ。アデルはラカンに、もっと自分に触れて欲しいし、大人として見てと言えなかった。年の離れた恋人には大人ぶりたかったのかもしれない・・・素直に甘えられないのだ。最近では子供扱いと言うよりも妹のような感覚―――ラカンは昔の関係が良いと思い直したのかもしれないという不安が沸き起こるのだ。だからラシードが言っていたことをアデルは思い出した。


『あいつは誰でも軽く誘うし、誰にでも優しい。自分では夢中になっている感じで騒ぐが今まで一人に執着した事は一度も無い。アーシアにも初め熱を上げていたが何時の間にかどうでも良くなっていたようなものだ。熱しやすく冷めやすいからな。あいつを射止めるのはかなり難しいのに大したものだ。やはり出会いが鮮烈だったせいかな?』


 ラシードはそう言って笑いながら褒めてくれたが、アデルは、どきりとしてしまった。


(誰にも執着しない?熱しやすく冷めやすい?あのアーシアにも冷めた・・・)


 あの宝珠の中の宝珠と言われる伝説の宝珠アーシアは誰が見ても素晴らしい。珠力も容姿も飛び抜けていてアデルも初めて会った時驚いたぐらいだ。彼女の恋人ラシードが以前アデルの事を極上の宝珠だと表現してくれたがアーシアには到底及ばない・・・そんなアーシアにラカンは恋した事があるのだ。


(それも振られた訳でも無く盛り上がった気持ちが自然消滅?)


 タニアからも同じようなことを言われたことがあった。

『あの子は昔から誰にでも愛想が良いから女の子には人気があるのは確かよ。だけど特定の子となるとね・・・続かないのよ。結局自分では熱烈な恋をしているつもりで実際は冷めているのかしらね。でも良かったわ、アデルちゃんと上手くいって。馬鹿な息子だけどこれからもラカンを宜しくね』


 アデルは自分よりラカンと長く一緒にいた親友と母親の評価が同じと言うことは・・・と悪い方向ばかりに考えが傾いてしまう。


(わたしにも冷めた?)


 そしてとうとう大喧嘩になってしまった。自分ではいつもの延長線のようなものだったのだがラカンは違っていた。癇癪を起こすアデルをいつもなら宥めてくれるのに反対に怒ったのだ。アデルは自分から止めたくてもラカンのその態度に困惑して歯止めが利かなかった。


(ラカン、うんざりって言った。わたしのことうんざりって・・・)


 アデルはやっぱり自分は子供だと思った。ラカンが優しいから言いたい放題だったが思い返せば子供の我が儘のようなものばかりだった。


(子供扱いされても仕方が無い・・・それに呆れられた?)


 アデルは自分の想いを一人で抱え込むには苦しかった。しかしラカンの母であるタニアには相談出来ない。味方になってくれるのは分かる。的確な助言をしてくれてラカンにも忠告してくれるだろう。しかしそれでは母親に言いつける子供のようだと思うのだ。思えばサードやルカドのような男友達はいてもこんな事を相談出来る女友達はいない。アデルは性格的に女の子同士の付き合いは苦手で、さっぱりとした男友達の方が話しも弾むし、付き合い易かったせいだ。それさえも自分が欠陥だらけの感じがして涙が止まらなくなってしまった。だから涙で霞む目で前を見て無かったアデルは誰かとぶつかった。

「きゃっ」

「ごめんなさい」

 誰とぶつかったのかも確認せずに顔を伏せたまま、謝って走り去ろうとするアデルの手をその人物は引いた。

「アデル、どうしたの?何があったの?」

 その声に、はっとしてアデルは立ち止まって振向いた。心配そうに少し眉を寄せて話しかけるその女性はアーシアだった。相変わらず目を奪われるようなその姿―――恋愛ではラカンより厄介そうなラシードを恋人に持つアーシア。


(もちろん彼女が誰よりも素晴らしいからかもしれないけど・・・でも・・・)


 アデルは憧れと羨望を抱くアーシアに見つめられてまた涙が溢れてきた。彼女に聞いて欲しい・・でもこんな相談しても・・・とも思う。

「このままだと話も出来そうに無いわね・・・私の部屋にでも行きましょう」

 アーシアは優しくアデルを誘った。アデルはアーシアの私室に一人で入ったのは初めてだ。此処には彼女と仲の良いラカンやルカドと一緒に何度か訪れたぐらいだ。だから彼らを挟んでの間柄で特別に親しいと言う訳では無かった。

「ねぇ、アデルお風呂に入らない?私はのんびり過ごそうと思う日はお昼から入るのが好きなの。その後もゆったりとした気分になるでしょう?それに私のお風呂は広くて自慢なのよ。ちょっと贅沢だけど長年冷たい氷の柱にいたせいかな?お風呂は妥協出来ないの」


 アデルは伝説を思い出した〝幾千の時を眠りし氷結の宝珠〟アーシアは魔龍王の手で氷の中に封印されていたのだ。そんな境遇を笑い話のようにしてアデルを落ち着かせようとしてくれていた。初めて出会った時のタニアと同じだ。警戒心を張り巡らすアデルに優しくお風呂に誘ってくれた。アデルの涙はまだ止まらないがコクリと頷きアーシア自慢の風呂に入った。

 少しぬるめの湯に浸かったアデルはいつの間にか緊張していたものが解れていった。湯船の中では何も考えなかったせいか涙は自然と止まったようだ。風呂から上がると脱衣所には着ていた衣は無く肌さわりの良い上等な衣が用意されていた。ほかほかとした身体にその衣を着ると、ひんやりとした生地が肌を滑り気持ち良かった。アデルは何だかくすぐったい気持ちでアーシアが待っている部屋へ戻ると彼女は香りの良いお茶を淹れていた。

「あっ、上がったのね。はい、湯上りにお茶をどうぞ。どうだった?気持ち良かったでしょう?衣は勝手に用意したけれどお風呂上りは着ていたものを又着るより良いと思ってね。新しい衣だから貰ってちょうだい」

 そこまで好意に甘える訳にはいかないと口を開きかけたアデルにアーシアは直ぐに付け加えた。


「遠慮しなくて良いのよ。さあ、座ってちょうだい。私ね、前からアデルともっと仲良くなりたかったの。私、親しい女の子いないのよ。それもこれも私のせいでは無く周りに居る男達が悪いと思うのだけどね。兄様から始まって四大龍全てみんな相手がいるのに女性の人気は衰えないでしょう?本当に嫌になる。彼女達は恋人になりたい訳じゃなくても彼らに近付きたいのよね。私がその皆と親しいから羨まれるのよ。だから友達も出来ないし近付いて来る人はみんな彼らと親しくなりたいって言う下心があるしね。そう思わない?アデル?」

 確かにアーシアの言っている通りだろうとアデルは思った。天龍王はもちろん彼女に甘々だが、世間では怖がられている銀の龍にしてもサード自慢の綺麗な翠の龍にラカンも彼女を特別扱いしていると思っていた。だから少し妬けることもあった。だから他の女性達の気持ちが分からないでもない。

「あら?アデル、他人事と思っているでしょう?あなたも同じよ」

「え?わたし?」

「ええ、そうよ。もちろんラカンの恋人だと言う位置は当然嫉妬の的だし、他にもね・・・兄様は昔の経緯もあるからでしょうけれどあなたには良く構うでしょう?それにルカドやサードと仲が良いから、イザヤにレンもあなたには親しく声かけるし・・・それにラシード。彼って自慢じゃないけれど一番女性にもてるの。でも基本的に女嫌いで宝珠嫌いだから冷たいのよ。そのラシードがあなたを気に入って普通に笑いかけるし話しかけるでしょう?」


「ラシードが女嫌いの宝珠嫌い?」


 そう言えば前にラカンが酒の席で愚痴ってラシードに絡んでいたのを思い出した。そんなラシードは女性に対してとても冷たいのにもてるから腹が立つとか言っていた。

「そうよ。四大龍の一人を恋人に持ち、その他の大龍と仲良し。それにまだ一応未契約のあなたは他の龍の人気もあるでしょう?これじゃあ同性からは嫉妬されるし敬遠される。ねっ、私達同じでしょう、ね?」

 アーシアはそう言って小さく首を横に傾けると、にっこり微笑んだ。夢のように綺麗なうえ仕草がとても愛らしいのが彼女の魅力の一つだ。優しく微笑む若草色の瞳とその可憐な仕草さは同性のアデルでさえ惹き込まれて頬を染めてしまう。自分と同じだとアーシアは言うが全然違うとアデルは思った。彼女の方がもっと現実味が無いから皆からは遠巻きにされるだろう。アーシアが言うように嫉妬されるのも半分あるだろうが自分達と余りにも違う存在に憧れても近寄り難いと思うのが普通だ。

「わたし・・・アーシアに憧れていて・・」

「あ~駄目、駄目。私に憧れるなんて駄目よ。目指すならイリス義姉様ね。私は姉様に憧れるわ」

「王妃?」

 天龍王の妻イリスは確かに美しくアーシアに劣るとしても極上の宝珠だ。四大龍も一目置いている存在だが・・・


「そうよ。私が封印から助け出されて初めて他の仲間達と会った時ね、姉様が気位の高いしかも個人主義の宝珠達をまとめていたのよ。誰もがイリスを慕って従っていた。彼女の一言で私もすんなりと皆から迎え入れられた感じだったのよ。珠力は強く美しく天龍王の傍らに居て四大龍からも慕われているのに今でも宝珠達は彼女を変わらず慕っているわ。ねぇ、私と大違いでしょう?」

 本気で拗ねた顔をするアーシアにアデルは思わず吹き出してしまった。誰もが憧れ羨む彼女が愚痴を言って人を羨んでいるのだ。

「あっ、やっと笑った!」

 アーシアも一転して、ぱぁっと花が開いたように微笑んだ。その一瞬の微笑みにアデルは目を奪われてしまった。

「やっぱり綺麗だね。アーシアは」

「ありがとう。アデルもね。ラカンがあなたを可愛くて仕方が無いって言う気持ちが分かるわ」

 ラカンの名前を聞いたアデルが途端に沈んだ顔に戻ってしまった。


「―――涙の原因はラカン?」


 アデルは小さく頷いた。

「そう・・・深刻そうね。私に話してみない?」

 アデルはどうしようかと一瞬悩んだが似たような立場でもあるアーシアの意見を聞いてみたいと思い直した。

「・・・アーシア、わたし、ラカンから捨てられたかもしれない・・・」

「えっ?どういうこと?捨てられたって」

「ラカンは今まで特定の女性と長く付き合った事が無いらしい。熱しやすく冷め易いんだって・・・ラシードもタニアも言っていた・・・最近態度が違うんだ。だから・・・」

「それは昔の話でしょう?考え過ぎじゃない?それに長続きしないのはラカンが捨てたのでは無くって女性側から離れて行くからと聞いているわよ」

「・・・それも知っている・・・付き合い始めても結局誰にでも平等だから女の方が嫌になるって・・・」

 アーシアはそれも聞いた事がある。誰にでも本気になるが確かに特別な感じはしなかった。でも今回のアデルは特別な感じがしていた。

「アデル、それも昔の話よ。だって、今は違うと思うわ」


「―――大嫌いでいいって・・・うんざりだって」


「え?なんて言ったの?」

 アデルの声が小さすぎて聞き取れなかったアーシアは訊ねた。

「ラカンに嫌いって言ったら、大嫌いでいいって!うんざりだ!って怒鳴った!わたし・・・わたし・・・」

 止まっていた涙がじわりと滲み出した。

「ラカンがそんな事言ったの?」

 アデルは頷くのが精一杯だった。

アーシアは考え込んでしまった。ラカンが女の子に向って怒鳴るなんて今まで見た事も聞いた事も無かった。しかも相手はアデルだ。それこそラカンらしく無い・・・

「アデル、怒鳴られて驚いたのかもしれないけれどラカンが怒るなんて余程のことだと思うの。ラカンはいつも陽気だし滅多に本気で怒らないのは知っているでしょう?どうしてそんな喧嘩になったの?」

「わからない・・・」

 アデルはわからないと言って首を振った。

「わからない・・・だって・・・ラカン、最近よそよそしくって抱きしめてもくれないし、手さえ握ってくれないから・・・わたしの方から後ろからふざけて抱きついたんだ。そしたら驚いたような顔をして払われたと思ったら無視されて・・・だからわたしも、かっとして何を言ったのか覚えて無い。いつの間にか言い合いになっていた・・・」

「確かにラカンが怒る理由が分からないわね・・・そのよそよそしい態度って言う方が私としては気になるけど。だってアデルにべったりだったでしょう?龍達は独占欲が強いのが多いけれどラカンはそれが希薄だったのよね。博愛主義の彼だったからでしょうけれど。それがアデルにはもう独占欲丸出しだったでしょう?ラシードもかなり強い方だけどラカンも負けて無かったもの。それがそうなるとなれば・・・」


 アデルはアーシアの意見を聞き逃さないように真剣に耳を傾けた。

アーシアはその様子を見ると微笑んで話しの途中で立ち上がりお茶を淹れ直した。

「はい、温かいうちに飲んでね」

 アーシアはお茶をアデルに勧めると自分もゆっくりと口をつけた。そして話しの続きをしだした。

「ラシードはラカンと何もかも正反対だと思うわ。逆に正反対だからこそそっくりとも言えるかもしれないけれどね―――私もね、ラシードが恋人となってから色々悩んだし苦しんだ時期があったのよ。ラシードが急によそよそしくなったり、堂々と浮気したりして私から離れようとしたわ」

「ラシードが?信じられない」

 アデルは信じられなかった。アーシアにベタ惚れのラシードしか知らないからだ。どんなにもてようが言い寄られようがアーシア以外に目もくれようとしないのは有名だ。それはもちろんアーシアが素晴らしい宝珠であり女性だからだろう。その彼女と何度か別れようとしたと言うのだ。

「最初のよそよそしさは直ぐに解決したから良かったわ。お互い秘密が多すぎて起こったものよ。だから秘密は無い方がいい。次も秘密から始まったようなものだけど理由は分からなかった。でもね、私は彼を信じようとしたし、努力も色々した。だけど努力は実らず信じる事も出来なかったの。でも結局、ラシードを愛している気持ちは変わらなかった。宝珠の無二の誓いと同じ不変の愛を貫いたの。それが彼に伝わらなくても私はいいと最後には思った・・・でもラシードも私を愛しているからそういう嘘をついていたのよ。お互いがお互いを想い愛し過ぎたすれ違いだったの」


「じゃあ・・・ラカンも何かあって?」

「私の勘だけどね。ラカンもラシードと同じよ。何か隠しているに違いないと思うのよね。本当にアデルの言うように冷めて別れようとするならもっと上手にする筈よ。ラカンは女性には特に優しいもの。だけどね、だからと言って黙っていたら駄目。ラカンが本当に好きなら自分でも行動して後悔しないようにね」

「わたし、頑張る!」

 何をどうするのか考えていないアデルだったが、アーシアの言葉に触発されてそう言った。

「そう、その意気!こうなったら私も手伝うわよ。こんなに可愛いアデルを泣かせるなんて許さないんだから!」

 すっかりアデルの姉気分のアーシアは頼もしい相談相手となったようだ。それから二人は計画を練った―――アデルのとる行動とは?


アーシアの話しているエピソードはこの碧シリーズ終わってから投稿します。

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