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誰にもやらない!

「私が助けた小さな命がこんなに輝く人になったとは嬉しいよ。その記念に一曲踊ってもらいたい。どうかな?」

 カサルアはそう言って手を差し伸べた。その手を取りながらアデルは答えた。

「もちろん、いいよ。命の恩人の願いを断る訳ないだろう」

 カサルアはあっさりとアデルをその場から連れ出したのだった。そして楽しそうに踊りだした。イリス以外と滅多に踊らない王に皆が驚き注目をしていた。

 その二人を見守るイリスにタニアが声をかけた。

「申し訳ございません。陛下をお借りしまして」

 イリスはにっこりと微笑んだ。

「いいえ。アデルは私も大好きなのでお役に立てるなら良いのですけれど・・・あの人もこういう話に首を突っ込むのが好きでして・・・困った人です。でも逆にややこしくしたら申し訳ないですわ」

「いえ、いえ十分役立って頂いておりますよ。ほら、うちの馬鹿息子をご覧くださいな。青くなっていますわ」

 イリスはタニアの視線の先を見た。

「まあ本当ですね。では、私も協力してまいりましょう」

 イリスはそう言うとラカンのもとへと向った。そして後ろから声をかけた。

「まあ、本当に陛下はアデルが気に入られたみたいね」

 ラカンは、ぎょっとして振向いた。

「イ、イリス!あわわっ、違うと思うよ!アデルみたいな小娘にカサルアが気にかける事無いよ。ちょっと今踊っているだけでさ!」

「そうかしら?でもアデルの事いつも褒めていましたのよ。私は彼女が好きだから陛下が宝珠として望まれても良いと思っていますのよ。いいえ望んで欲しいくらいだわ。妹が出来たみたいで楽しいでしょうね」

 ラカンはいっそう青くなった。妻公認の宝珠なんて!しかもあのカサルアだ。イザヤやレンには難癖つけたがカサルアの問題だと思うイリスが薦めているのだ。踊っているアデルをカサルアから奪って隠せるはずもない。


(奪って隠す?なんだ!その考え!俺の頭がおかしくなってしまったのか?)


 ラカンは曲が終わるのを、まるで野良犬がうろつき回るようにして待っていた。

「ねえラシード、ラカンどうしたの?」

 アーシアが尋ねた。

「ラカンの奴、アデルが気になって仕方が無いみたいだ。未だに保護者気分なのだろう」

「でも・・・あれって・・・」

「本人だけ気が付いて無いみたいだろう?アデルに変な虫が付かないようにするって息巻いていたが・・・さてどうだろう」

「変な虫?兄さまだったら問題無いでしょう?良い虫だと思うわ。と言う事は・・・」

 アーシアは何か考えついたみたいで微笑んだ。そしてラシードに耳打ちした。ラシードもその提案に笑いながら同意したのだった。


 曲が終わって早速アデルを取り返そうとしたラカンより先にラシードが攫って行ってしまった。もう次の曲が始まってしまった。

「ラシードの奴!いったい何だってアデルと!」

 悪態つくラカンにアーシアが寄って来た。

「ラカン、私達も踊らない?」

 ラカンは、はっとした。

「アーシア!いいの?ラシードが君以外と踊っているよ!」

「アデルでしょう?別にいいわよ。ラシードってば彼女のこと結構気に入っているのよね。妹がいたらあんなんだろうか?って言っていたもの。私もアデルは好きよ」

 ラカンは又青くなった。

「アーシアそれって!ラシードが浮気してもいいの?」

「浮気?何それ?そんなんじゃないわよ。でもアデルがラシードを望んだなら彼も応えるかもね・・・私はそれでもいいわ。恋人は私だし。私も妹が出来たみたいで嬉しいもの」


「何ってこった!イリスもアーシアも!そんなんじゃ駄目じゃないか!」


 更にサードとルカドも、それぞれレンとイザヤに耳打ちをしていた。彼らもアデルの気持ちはお見通しなのだ。同じ宝珠だから彼女の気持ちは良く分かっていた。レンもイザヤもその作戦に賛成したようだった。二人は顔を見合わせて密かに微笑んだ。

 ラカンは次こそと思ったら、次にレンにアデルを取られその次にはイザヤだった。王はもとより四大龍らがアデルを奪い合うようにしているので、他の龍達は叶わぬ相手とみなしたようだ。ラカンは何かと邪魔をされてアデルに近づけず苛々は増すばかりだった。しまいには恨めしそうに眺めているヴァリスに八つ当たりをしていた。

「ヴァリス!おまえが今日アデルの同伴者だろうが!何でアデルと一緒にいないんだ!」

 上司であるラカンから怒鳴られてヴァリスはしどろもどろで答えた。

「そ、そう言われましても・・・俺には無理です。相手は四大龍・・・あの方達を押し退けるなどとても不可能です」

 ラカンは舌打ちした。楽しそうにしているアデルにもムカついた。


(なんでこんなに苛々してムカつくんだ!)


 ラカンはもうそれらを見るとそう思うので会場から外の庭へ出て行った。

 気が付いたタニアは呆れて呟いた。

「ほんと我が息子ながら情け無い・・・」

 アデルと踊っていたルカドが彼女に耳打ちした。

「ラカン様が出て行ったよ。随分落ち込んでいるみたいかな?そりゃそうだろうね。アデル、追いかけてみたら?」

「え?」

 ルカドはにっこりと笑っていた。ふと周りを見ればサードも行けよ、と親指を立てて笑っていた。それに天龍王夫妻やレンやイザヤ、ラシード達も・・・・

 アデルは、あっと思った。引っ切り無しに彼らが誘っていたが全てラカンを煽って彼の反応を見ていたのだ。しかし・・・

「だけど・・・わたしは何時まで経っても妹みたいだし・・・」

「そうかな?僕はそう思わないよ。だってそれならあんなに怒らないし、落ち込まないでしょ?僕が見たところラカン様は嫉妬でメラメラしていたよ」

 本当だろうか?皆に後押しされるままにアデルは行ってみる事にした。

 ラカンはふて腐れたように石段に腰かけて小石を投げていた。


「ラカンはわたしを踊りに誘わないのか?」


 後ろから急にアデルの声がしてラカンは驚いて振向いた。宴の灯りがアデルの琥珀色の髪を後ろから縁取っていた。月夜の中でもアデルは輝いているようだった。ラカンは一瞬声が出なかった。

「・・・俺は・・踊りはあまり好きじゃないんだ」

 嘘を言った。

 アデルはちょっと落胆したが顔には出さなかった。

「そう・・・じゃあ」

 そう言ってくるりと踵を返し始めたアデルの手をラカンが思わずつかんだ。二人の目線が合う。

「何?」

 と、アデルは言った。

「・・・い、いや・・・なんでも無いけど・・・」

 ラカンはそう言いながら放そうとしない。アデルは仕方なく彼の隣に座った。長い沈黙が続いた。アデルは自分から告白したい気持ちを堪えていた。本当はすっきり言って玉砕なりなんなりハッキリしたいのだが、恋愛術に長けたタニアから教わった必勝法だから我慢した。

「・・・・アデル・・その・・・あいつらの誰かを気に入った?」

「そうだと言ったら何か問題でもあるのか?」

 ラカンは言葉に詰まった。アデルはやっぱり・・・

「・・・まあ・・奴らは昔からの付き合いで・・・良い奴らだけど・・・」

 アデルは、キッとラカンを睨んだ。

「もう分かった!保護者代わりのラカンはわたしがあの人達の誰を選んでも賛成という事でしょ!じゃあもう行くから!」

 立ち上がろうといたアデルをラカンがいきなり抱きしめた。


「違う!違うんだ!アデルを誰にもやるもんか!」


 その叫ぶように言った言葉にアデルも驚いたが、言った本人のラカンが一番驚いていた。

「ははは・・俺今なんて言った?」

「・・・・わたしを誰にもやらないって・・・」

 アデルの方が冷静に答えていた。

 ラカンは動揺してしまった。しかも抱きしめているアデルの身体は良い香りがして柔らかかった。野良猫みたいだったあの小さな姿は何処にも無い。挑むような瞳は昔と一緒でも見つめればこっちが落ち着かなくなっていた。淡い夢のようなその琥珀色の瞳がそうさせていた。妹みたいなものだと思っていたのにいつの間にか一人の異性として魅了されていたのだ。今まで気付かなかった自分に呆れた。

 アデルを抱きしめていた腕を少し緩めて彼女の顔を覗きこんだ。

「アデル聞いて。俺はもう君の保護者の役は降りるからね。こんなこと急に言ったら驚くだろうけど・・・俺は君が好きなんだ。他の奴らなんかに渡したく無い!だからこれから俺の事を考えてくれないか?もちろん龍として恋人として」

 アデルの瞳が大きく見開いた。その瞳が輝いたのをラカンは見た。

「バカ!バカ!考えてくれだって?わたしはずっとラカンの事しか想ってなかったんだよ!ずっとずっと好きだったんだからな!バカ!」

「嘘だろう?アデル!本当に?前からだって?」

 アデルはもう頷くことしか出来なかった。涙が溢れて声が出ないのだ。小さな声でバカとだけ繰り返し言っていた。そして大好きなラカンの瞳を見つめた。宝物の硝子玉と同じく彼の瞳は澄み渡る空の色だった。


 ラカンはバカと呟いているアデルの唇をふさいだ。アデルは驚いて一瞬瞳を見開いたがいつの間にか閉じてしまった。その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

 そして耳元で囁く声がした。

「アデル・・・好きだよ」

 アデルは答える代わりにラカンを押し倒してその胸に顔を埋めた。石段に強かに後頭部を打ちつけたラカンはそれに耐えながら上に重なるアデルの髪を撫でていた。

 アデルは少し顔を上げて不服そうに言った。

「ラカン!頭はぽんぽんとするなよ!もう子供じゃないんだからな!」

 ラカンは大きく溜息をついた。

「はいはい。それに子供にこんな事はしません」

 ラカンはそう言い終わらないうちに再びアデルに口づけをした。

「んっ・・・・・もう!」

「まだまだ・・・もう一回」

 ラカンは笑いながら口づけを繰り返す。

 密かに見守っていたタニアとラシードは呆れていた。

「タニア殿・・・こう言うのも何だが・・・」

「馬鹿?馬鹿と思っていたけれど真性の馬鹿だったとはね。はあー我が息子ながら呆れるわ。ラシードこれからも見捨てないで良い友達でいてちょうだいね」

 自分の息子にも容赦ないタニアにラシードは苦笑いした。それにしてもどうなる事かと思ってしまった。ラカンの誰にでも大きく広がっていた愛情がアデルに集中されるのだ。考えただけで見ている此方が赤面するような状態になるに違い無いと思ったのだった。

 その後の彼らと言えばラシードの予感的中で、限りなく甘えるラカンをピシャリと叩くアデルの姿が青天城の名物となったのだった。


「碧の龍」編はここで「完」としたかったのですが、その後を少し書いています。

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