斬劇、射撃、ゆきしぐれ
火線が木々の影を裂いた。それも一発だけではなく、数十の弾雨となって次々とホログラムを打ち抜いていく。
「馬鹿な、あり得ん!」
フェルマーは目を覆いたくなった。それほどまでの射撃だった。もちろん、彼の手塩に掛けた生徒ではない。それは廃棄エリアからやってきた、恐るべき鬼子だった。
「あり得ないもなにも、あれこそ貴方が見下した貧困に喘ぐ少年ですよ、アナトミー先生」
「ヴィクトリア理事長、貴様は……」
「熱視線は嬉しいのですが、私を睨むよりもモニターを見たほうが楽しいですよ」
モニターに映し出されたのは、敵の砲撃を木で射線を切る様に避けたハルの姿だった。そのままインファイトに持ち込んで、蒼銀の輝煌武装を振り回せば、次々と幻影のライノスがポリゴンとなって消えていく。
「討伐数が70を超えましたか。入学すればよいライバルになりますね、リヴィ?」
「……冗談として受け取っておきます」
セリヴィエットとしては、四六時中あの大型犬の様な少年に絡まれた挙句、比較されるのは迷惑以外のなんでもない。渋面を浮かべる愛娘にくすり、とヴィクトリアが笑った。しかし、フェルマーにとっては何一つ面白くない。
「既に制限時間の半分を経過していると言うのに、なぜああも涼しい顔が出来る!?おい、奴を解析したデータを寄越せ!」
理不尽に怒鳴りつけられた若いスタッフは涙目になりながらも、フェルマーの手元にハルのパーソナルデータを表示した3Dスクリーンを表示する。同様のデータを受け取ったヴィクトリアはわざとらしい感嘆の声を上げた。
「精神感応係数が300を超えているとは。これは見事ですね」
室内がどよめいた。研究職でもある彼らは我先にとデータに群がった。
「確か今年の入学者の中央値って70前後だよな?」
「ああ。しかも、卒業するころになっても100を超える奴なんて一握りだぜ?それの3倍って、アイツどうなってんだよ!」
「天才はいるんだな、悔しいけど!」
「待て待て、理事長の娘も麒麟児だろ。折角だし比べてみようぜ、誰かデータベースから引っ張れってこいよ!」
(217よ。話すならもう少し静かにしてってば)
セリヴィエットはため息を堪えて窓の向こうに視線を流した。精神感応係数はいわば輝煌武装との相性を数値化したものであるから、研究職の彼らにとって数値の大きさは興奮の大きさに匹敵する。
「どれだけ戦闘センスが優れていようと、この精神感応係数が低ければ輝煌武装の真価を発揮できない。300もの数値を秘めた少年の晴れ舞台を見ずに、何を見ようと言うのですか、アナトミー先生?」
「戯けが!こんな数値が出る訳なかろうに!計測機器のエラーであろう!貴様ら無駄話をしてる暇があれば、再計測の準備でもしろ!」
「しかし、マシンにバグは見当たらず……」
「四の五の言わずさっさとやらんか!使えん奴らだ!」
フェルマーはスタッフを押しのけ、無理やり椅子に肥満体を押し込んでタッチパネルを叩き始める。
「やれやれ。アナトミー先生は人を貶めることに関しては、熱心な実践者ですね」
「しかし、お母様。それだけで片付けるにしては、随分と荒んでいるようにも見えますけど」
「どうやら妻に三下り半を突きつけられたようですよ、彼。親権も取り上げられ、こんなことにしかその熱意を向けられないようです」
「世間ではそれを八つ当たりと言いませんか?」
ひそひそと囁き合う親子の声をかき消す様に椅子を蹴り倒す音が響いた。どうやら再測定しても結果が変わらなかったようだ。
「この上に、討伐隊並みの火力を引き出せる……いや、単独でSQを相手取れるなら、討伐隊以上と言うべきなのか!?こんな子供が!?」
廃棄エリアで幾重もの戦闘を潜り抜けて円熟しつつあるハルの戦闘センスは、ホログラフィックリアリティのライノス如きが相手になるものではなかった。
「しかし、所詮は一人!戦場では質が数を凌駕するにも限度があることを示してくれる。おい、試験システムを此方に回すのだ!」
勝手にさせろ、と言わんばかりにヴィクトリアは顎をしゃくった。スタッフらも、これ以上刺激するのも癪らしく、誰一人阻止しようとしなかった。どうせ断ったとて、御託を並べて押し切られるのが見えているのだ。
「才覚に胡坐をかく愚か者め、天罰をくれてやるわ!」
₡
「これでえっと……とりあえず、沢山!」
ハルの輝煌武装が蒼い軌跡を残し、逃げようとしたライノスを頭から胴体まで唐竹割にした。即座にライノスの砲撃のラッシュをバックステップで避けつつ、空中に投影されたタイマーに一瞥をくれた。
「今は9分かぁ。結構戦ったけど、あと6分もあるのかぁ」
背面からのアッパーを軽々と避け、そのまま飛来したエネルギー球へと蹴り飛ばして消滅させる。両手でグリップを握り、反撃のターンと地面を踏み締めた瞬間だった。不意に、陽が沈んだように周囲に影が差す。
「やばっ!?」
咄嗟に転進、その場から全力で飛び退いた。ホログラフィックリアリティとは思えない突風を伴って、空から巨大なSQが降ってきた。それはハルの村に現れた恐竜型のSQ。確か名前は何と言ったか。
「どんぶら、だっけ……?」
『ドルメルスだ。聞いた話では貴様は一人で脅威度B+とされるコイツを倒したそうじゃないか。ならばそれが事実かどうか見せてもらおう!』
勝ち誇ったようなフェルマーの声と、けたたましいドルメルスの咆哮が重なる。スピーカーはどこかと周囲を見渡すハル目掛けて拡散砲撃が放たれる。横っ飛びに転がり、すぐさま銃撃で応戦する。が、弾丸がドルメルスを貫く前に、音を立てて霧散する。
「バリアまで再現されてるのかぁ。でも、その強度は一回見てるんだよね!」
前回の戦闘を思い出し、バリアの強度を予測する。ドルメルスの乱射を掻い潜って、出力を上げた弾丸を打ち出した。今度こそ、という確信は弾丸が掻き消えたのと同時に崩れた。
「あれ、あんなに硬かったっけ!?だったらプラン変更、接近戦で優勝していこうかな!」
攻略プランを変更すると、ハルは今度こそ前方へと走り出す。銃弾をばら撒き、周囲の地面を吹き飛ばし、木々をなぎ倒してドルメルスの視界を妨害する。猪口才と粒子の大砲が周囲を吹き飛ばすも、既にハルはそこには居ない。
「背中ががら空き、だよ!」
爆風の勢いすら利用して高く跳躍したハルが、背びれ目掛けて刃を振り降ろす。射撃のインパクトも重ねた一撃で決するとハルは考えていたが、それは叶わなかった。
「重っ!?」
近付くにつれて、まるで水圧に押しつぶされるかのような圧迫感が全身を覆ったのだ。負けじと銃剣を叩きつけたものの、容易く背びれの硬度にはじき返されてしまった。
「何なのさ、さっきの面白ギミック!前回の奴は、こんな能力持ってなかったのに!」
それでもドルメルスの行動は警戒していたから、振り回された尻尾を銃剣の腹で受け止めることが出来た。吹き飛ばされたお陰か、身体に圧し掛かっていた重さがふっと掻き消える。ハルは素早く刃を地面に突き立ててブレーキを掛けた。
『そうそう言い忘れていたよ。キミがあまりにも強いから、少しだけバリアを強化させてもらった』
ハルはフェルマーの言葉で全てを察した。このドルメルスもどきは、彼の愛情によってバリアの大幅な出力アップを得ているようだ。
「バリアを周囲に放つことで、僕の動きを鈍くしたのか。ホログラムもやるなぁ」
『そうだ。そしてこの技術はロジュニア学院のブランドを背負うべき者に与えられるべきだ!貴様の様な軽薄な子供に使わせる暇など……おい、お前、何をするか!』
ガタガタ、と音がした。椅子の倒れた音に似ているな、とはハルの勘だった。そして、すぐに聞こえた少女の声によって裏付けられた。
『聞こえますか、ハル=カルヴァード!』
「セリヴィエットさん!?あれ、フェルマー先生は!?」
『マイクを奪い取らせてもらいました!しかし、そんなことはどうでもいいんです!』
音割れとハウリングに思わず耳を塞ぎたくなるが、その間にもドルメルスは攻撃の手を緩めてくれないので、顔をしかめつつも回避に徹する。
『こんな馬鹿げたお遊びに付き合う必要はありません!直ぐに試験システムをシャットダウンさせますから、少しだけ』
「だったらさ!」
ハルは爆撃に負けじと声を張り上げ、セリヴィエットを遮った。
「このままやらせて貰えないかな!大丈夫、安心して見てて!」
『はぁ!?貴方、何を言っているのですか!バリアと力場フィールドなんて、一人で攻略するような能力ではありませんよ!』
「こいつは確かに厄介な相手だけど、倒せない敵じゃないよ」
ハルはドルメルスの巨体を見遣り、一秒後にはセリヴィエットが居るであろう見学室を見上げて、指を二本立てる。
「理由は二つ。単純にフェルマー先生がネタバラシしてくれたから、残り5分もあれば攻略法も見つけられるよ。これが全くのゼロからのスタートなら、ごめんなさいしてたけどさ」
『一度倒した相手だからって油断しているんですか、貴方は!』
「脅威度ってのも高い相手なんでしょ?だったら猶更気を引き締めてるよ。でね、もう一個の理由」
そこに居るであろう、セリヴィエットに向けてハルは微笑んだ。
「セリヴィエットさんの言葉があるから、かな」
『私の……?』
「キミが頑張ってくださいって背中を押してくれたから、やってやるぞって気になれたんだよ?」
けど、とハルが微笑みを湛えたままドルメルスの視界の中心にとらえる。柔和な表情の陰に潜んだ剣呑な気配は、データの虚像であっても身を竦ませるには十分であった。
「それをこんな奴に台無しにされるなんて、納得出来ないよ。かといって、ギブアップなんて言ったら、男の子としてどうなのって感じでダサいよね?」
『……』
直撃コースの砲弾を射撃で撃ち落としたハルは、セリヴィエットの言葉を待つように再び見学室を見上げた。
「だからさ、セリヴィエットさんの言葉に見合うだけの成果を上げてみせる。難しいけど、僕はそうするって決めたよ」
姿こそ見えないが、彼の視線に答えるように彼女の声がスピーカーから大音量でシミュレーションルームに響き渡った。
『勝手にすればいい!負けても知らない!心配なんか願い下げなんだから!』
「最高の激励ありがとう!」
ブチン!とは、これが通信が切れる音かセリヴィエットの堪忍袋の緒が切れた音なのか定かではない。しかし、負けられない理由がまた一つ増えてしまったことは確かだった。
「さて、それじゃあセリヴィエットさんをこれ以上刺激しないうちに、さっさとやっちゃりますか!」
制限時間は残り5分を切っているが、些細な問題だった。ハルはドルメルスの攻略法を探すべく、攻撃を開始した。
₡
モニターの向こうで、勝つと豪語したハルの身体をドルメルスの光線がついに掠めた。
「そうだ!そのままやってしまえ!」
次の瞬間には、命を散らすかもしれない状況にも関わらず、フェルマーが歓喜の声を上げる。最悪の光景を想像したらしく、思わず顔を背けるスタッフも散見される。尤もそれは、セリヴィエットが今にも三式八咫烏を抜刀しそうであったから、まずはフェルマーの首が空を飛ぶのではないかと幻想している者がこの場では大多数を占めているためなのだが。
そして、モニターを食い入るように見つめるヴィクトリアもまた、フェルマー同様に歓喜に打ち震えていた。
(この少年は素晴らしい……!)
ただ一方的に追い詰められているようにも見えるが、それは戦場を知らぬ者の意見だ。SQの討伐隊に配属され、数多の戦場に出たヴィクトリアには全く逆の光景に見えている。
無駄弾と思えるような射撃も、破れかぶれの斬撃も、それが結果として被弾に繋がろうとも。矢継ぎ早に行われる行動のすべてで、フェルマーの仕掛けた策を打破しようとしている。
(彼の動きの質が変わったことなど、誰が気付こうものか!)
ヴィクトリアは自らを恥じた。マクシミリアンに美辞麗句を並べたとて、自分とて人の親だ。ハルをセリヴィエットの当て馬として見ている部分があったが、改めねばなるまい。
「全力を出せ、と言ったのは私ですが、中々どうして心奪われる展開でしょうか……!」
かつてのマクシミリアンが見せた勇猛果敢な姿を思い出して高鳴りだした胸を抑えながら、ヴィクトリアはハルの一挙手一投足をさらに注視する。
「さあ、ハルさん。先輩に負けぬ敢然たる姿を見せてくれますか?」
₡
『どうした、ドブネズミ!もう残り時間は2分もないぞ!』
頭上からフェルマーが煽り立ててくるが、ハルが焦りで勝負を急くような真似をすることはなかった。そもそも、目の前の戦闘に集中している彼に声は届いていなかった。
「……うん、そろそろ情報を整理しようかな」
表情こそ、普段通りの笑顔だったがハルの声に抑揚はまるでなく、機械が喋っているかのように思えた。
「1つ、バリアは本体の中心部から約5メートルが有効範囲。同様に動きを縛るフィールドも同じく。近距離攻撃は殆ど無駄に終わるかな、これ」
ハルがドルメルスの頭部を狙って射撃する。彼の予想を裏付ける様に、一定の距離を境にして弾丸の勢いが減衰し、ついには体表に当たって消えてしまう。
「次。条件2つ目、」
反撃のエネルギー光球を避けつつ、今度は二連射する。しかし、ただ撃ったのではない。二発同時に着弾させるように、弾速をコントロールしての射撃だ。挟み込むように迫る弾丸は同じタイミングで速度を落とし、ついには掻き消えてしまった。
「バリアは有効範囲内なら複数対処可能。ただし、1つに対する減衰率は低下する。次、3つ目。これはフェルマー先生が言ってなかったことだけど」
輝煌武装の出力を上げ、減衰を前提とした射撃を繰り出す。砲弾にすら思える巨大な一撃はバリアを砕き、胴体へと直撃する。しかし、ドルメルスはたたらを踏んだだけで傷一つない。
「やっぱり装甲も硬くなってる。体感3割くらい硬度上げてるっぽいかな?中々に盛ったねぇ」
その4、とドルメルスの光の乱打を躱しつつ、ハルは射撃で応戦する。すると、ドルメルスは攻撃をピタリと止めて、防御に徹した。
「自分の攻撃も減衰するから、バリアが発生すると攻撃と動きが止まる、と。情報は十分に出揃ったかな?」
ハルは攻撃の手が止んだ隙にその場から退くと、大きく息を吐いた。
「あー!もう!テスト明けで頭痛いのに余計に使わせないでよ、ホントにさぁ!」
万感の思いを込めて、ハルは天井へ叫んでしまう。いつものハルの声音だった。
「初めてのテストで予想以上に精神的に疲労している脳みそをこれ以上酷使させないで欲しいよね!脳ミソトロけて流れ出ちゃうんじゃないかな、このままだと!」
『残り1分を切りました』
抑揚のないアナウンスがハルの泣き言に重なった。まだまだ言いたいことはあるが、そろそろ決着をつけねばなるまい。
ドルメルスの正面に立ち、巨大な顔面を指さす。
「お前に相応しいアビリティは決まった!……一度言ってみたかったんだよねぇ、このセリフ!」
わざとらしい宣言と共に、ハルはグリップエンドを引き抜いた。
【広範囲拡散射撃≪蛍雪≫起動】
輝煌武装が唸り、銃口に青白いエネルギーが収束する。
アビリティは輝煌武装のコアユニットに接続されたオプションによって発動する拡張機能である。スターターを介して起動させれば、武装内のエネルギー流動経路を変化させて防壁を展開したり、離れた相手に斬撃を見舞う事が出来るようになる。
今回起動させた≪蛍雪≫はさながらショットガンのように、同時かつ多面的に射撃を行えるアビリティである。しかし、それだけではドルメルスを攻略できないと踏んだハルはアレンジを加える。
「季節外れのホワイトクリスマァスッ!」
ハルはトリガーを引くと、全速力でドルメルスを囲うように疾走する。彼の走った跡には淡い光の玉が漂っている。それは蛍のようにも、雪のようにも見える無数の光の粒はゆっくりとドルメルスに向かっていく。
「オオオオ!」
しかし、それはただ儚い光ではなく純然たるハルの攻撃である。光の飛礫はドルメルスのバリアに次々触れ、けたたましい音を立てて破裂していく。たった一人による波状攻撃に晒され、委縮するかの如くドルメルスは身を縮こませてしまう。
『残り30秒』
「もういっちょ、スロットルアップ!」
【戦術破城槌≪穿孔≫起動】
スターターの連続起動によって、獣の雄たけびさながらにコアが咆哮する。エネルギーを超高硬度の杭として打ち出すアビリティ≪穿孔≫を以てドルメルスを再び倒すことは、フェルマーの疑惑を晴らすのに相応しい。
しかし前回と決定的に違うのは、
「見ててね、セリヴィエットさん!」
ハルがセリヴィエットの期待に応えようとしていたことである。
『おい、なんだこれ!精神感応係数がどんどん上がっていくぞ!?』
『350、400、500!?嘘だろ……一体どこまで上がっていくんだ!?』
『ハッタリだ!そんなコケ脅し打てるはずがない!』
『そんなこと言ってる場合ですか、フェルマー教諭!ハル=カルヴァード!聞こえているなら、即刻やめなさい!そんなものを撃ったら――』
彼ら彼女らの言葉は銃剣の駆動音に掻き消え、ハルには届かない。次の瞬間に、ハルはトリガーを引いた。引いてしまった。
ズドン!銃口から蒼銀の杭が勢いよく放たれそして。
ボンッ!!!
次回、ちょっと二人の仲が進展するようなしないような?