ただのむらびと ハル=カルヴァード
闇色の外套が翻る。まるで舞い踊る様に、派手に蒼銀の銃剣を振り回し次々にSQを撃破していく。
父に骨の髄まで叩きこまれた戦闘技術で外敵を根こそぎ撃滅せしめるのが、ハルが村でやるべき事だった。
「オォォォォォ!」
雑魚を蹴散らされ、一際マッシブな怪物が怒号をあげた。
頭頂部はカブトムシではなく、クワガタムシのように二又の角が雄々しく天に伸びている。
丸太のような手足には鋭利な刃が生え、微かに赤い斑点も見える。
ハルにはそれだけで、その個体がボスであると判断できた。
「成程、人間を殺った個体なら納得かな」
貫手でライノスを抉り抜きながら、ハルは群れの動きを素早く観察する。
「ボスを中心に2、3体残してるのはお守りのつもりかな。にしては、あちこち穴だらけなのは何だか嫌な予感がするんだけど、うーん?」
独り言ちながら、ハルは次々と雑魚を切り捨てていく。
戦闘の真っただ中にしては緊張感のない口調で喋り続けているが、これが彼なりのルーティンであった。例え背後からの一撃であっても軽やかに避け、強烈なカウンターが怪物の上半身を切り飛ばす。
「フルォォォォォォォッ!」
二本角が吠えた瞬間、ハルの予感は確信に変わった。
頭上でバリバリとけたたましい音が聞こえ、次の瞬間には真紅の穴が開いた。
「やっぱり扉のお代わりを隠してたんだねぇ!分かってたけど、人の味を知ってる奴は小賢しいなぁ!」
守りを薄くしたのは、ハルを誘い込むための囮だった。
次々に降り立った援軍のライノスの角に真紅のエネルギーが収束する。砲撃の予感に、ハルは即座にグリップエンドのスターターを起動させる。
【全周囲防御障壁≪石動≫起動】
エネルギーの流れが切り替わり、コアユニットに組み込んだアビリティが発動する。
武器から吹き上がった蒼白い粒子がハルの周囲をボール状に覆いつくす。
「カアァァァァァ!」
四方から赤い光球が嵐の様に降り注ぐ。
衝撃波が木々をなぎ倒し、地面を抉って砂埃を巻き上げる。
「ルフゥ!」
二本角が勝ち誇ったように口角を吊り上げた。爆風だけで木をへし折る威力なのだ、直撃すればひとたまりもない。
そう、当たりさえすれば。
「ギャ!」「べッ!」「ブルァ!」
黒煙の向こうから飛来した弾丸が、ライノス三匹の頭を立て続けに打ち抜いた。
「キミらの足は飾りかな?僕としてはそっちの方が嬉しいけど、ね!」
弾丸が次々に侵略者を穿つ。
勝利を確信して棒立ちしている敵を銃撃するなどハルにとっては造作もない。煙に巻かれているなど、ハンデにすらならないのだ。
「グオオオオオオオッ!」
黒煙の奥に無傷のハルの姿が見えると、二本角の顔が憎悪に歪んでいく。
ここに至って、漸く自分たちが狩られる側であると理解してしまったのだ。だが、侵略者の矜持なのか、二本角は撤退を選択しなかった。
「ォォォォォォォッ!」
やけっぱちとも思えるリーダーの指示に、光弾が、怪物共が、闇雲にハルへと列挙する。砲撃を避け、眼前の一匹の腹部をゼロ距離射撃で打ち抜いたハルが舞い踊る。
「破砕者の教えの一つに冷静を欠くな!ってのがあってさぁ!冷静さを無くした奴からあの世へご招待らしいよ!」
ハルの独壇場を止められるバケモノなどこの場には居ない。
瞬く間にライノスの大群は切り崩され、残すところ二本角を残すだけとなってしまう。
「ガァァァァァッ!」
振り降ろした右腕が大地をえぐり取る。落雷の如く降り注ぐ二本角の攻撃。だが、追い付かない。人をたらふく食って得た力が、通用しない。
二本角は知らない。両親を失った日から、ハルがどれだけ血反吐を吐いてきたのか。どれだけ青あざを作ろうとも、どれだけ骨を折られようとも、戦う事を諦めなかったのかを知らない。
癇癪じみた大振りの一撃の間隙を縫って、ついに二本角へ肉薄したハルは銃口を顎へと突き付けた。
「バイバイ!いい夢見ろよ!」
マズルフラッシュが迸り、頭部を吹き飛ばされた巨体が仰向けに倒れ込んだ。敵の全滅を確認し、息を整えたハルは天に向かってブイサインを掲げた。
「イエス、ビクトリー!……って言ってないで、コア回収しなきゃ」
面倒臭いとブサクサ言いつつ、ハルは倒した二本角の胸を切り開くと六角形の塊を取り出し、木の枝にぶら下げっぱなしだったミルク缶を引っ張り下ろして放り込んだ。すると、巨体が赤いガラス片になって消えていく。
SQの心臓部であるコアを放置しておくと扉を呼び込むだけでなく、周囲に毒素をばら撒いて悪影響を及ぼしてしまう。周囲の木々の葉が赤色なのも土壌が汚染されたその結果である。もっとも、地上の7割は既に大なり小なり汚染されているので、今更どうだという事でもないのだが。
「でも一個一個拾うの面倒臭いんだよねぇ……はぁ」
溜息をついた瞬間であった。胸ポケットの通信デバイスが振動した。別の場所でSQの出現反応が観測されたのだ。
「ああもう、最近多いんだけど!」
デバイスを地面に叩きつけたくなるが、自分は我慢の子だと言い聞かせてぐっと堪える。大慌てでミルク缶にコアを次々ぶち込むと、観測地点へ走り出す。
怪物退治の駆け込み寺、ハル=カルヴァードの一日はまだ始まったばかりである。
₡
「つ、疲れたぁ……」
怪物処理を粗方片付けてきたハルが村へと帰ってきた時には、既に陽もどっぷりと沈んだ後であった。
精根尽き果て足を引き摺る彼に、門番の男が声をかけてきた。
「よぉ、ハル坊。今日も随分とやつれたなぁ!」
「叩かないでよ、痛いってば!」
呵々と笑い飛ばし、ハルの背中を容赦なく叩く。
ハルの暮らす場所に名前はない。16年前に大規模な汚染が起きて隔離された第30廃棄エリアの一角にある発電施設の周りに、トタンの家屋を寄せ集めただけの場所を村と呼んでいるだけなのだ。人種、国籍、年齢、性別は関係なく、ありとあらゆる人間たちが身を寄せ合って生活している。木材と有刺鉄線の粗末な門の内側は活気に満ちている。
そんな村の灯りを見ると、疲れた体も少しは活が入る。
「そう言やさ、ついさっきマックスの家に来客があったんだが、ハル坊は知ってたのか?」
「父さんに?いや、聞いてないよ。どんな人だった?」
「いけすかねぇ天上人サマだよ」
門番は吐き捨てるようにして言ったものだから、ハルは苦笑しつつも納得した。
「そっか。シティの人なんだね」
この世界にはシティと呼ばれるSQに対する戦略的拠点が存在する。生産と消費が自己完結されたアーコロジーを形成しており、住民は衣食住を確保されている。だからか、シティの住民は廃棄エリアで暮らす人間を蔑み、見下す傾向にある。
(シティの建造は急務なんて言われてるけど、その間に切り捨てられた側の気持ちは整理されないから、互いにいがみ合っちゃうんだよねぇ)
ハルもシティに住んでいた経験もあるので、彼らの気持ちも理解できないこともない。シティから切り捨てられた廃棄エリアの住民に彼らを敬えだなんて、言えるほどタフではなかった。
「でもよ、悔しいけどすげぇ顔が良いのよ」
「へぇ。詳しく」
「一人はちょっと年が行ってるけど、色気のある金髪の女だった。もう一人は娘かね、髪の色が一緒でさ、ちょっと背と胸が足りないけど、後々化けるタイプと見た」
「それを聞いて安心した、さっさと家に帰るよ」
怪物級の実力を持っているとはいえ、ハルも15の少年だ。美人と聞けばお目通しを願うのも仕方のない。
小走りに門を潜り抜け、焚き木の灯りが微かに照らす道を突っ切っていく。
その姿を村人たちが見つけ、次々に声をかけていく。
「おかえり、ハル坊!今度の日曜、定食屋のヘルプを頼まれてくれねぇかい?」
「ただいま、ベルおじさん。SQが出なかったらね!」
「ちょいとハル坊!この間荷運び手伝ってくれただろ?魚の切り身持ってきな!」
「マジで!?マリおばさん、ありがとう!」
怪物を退治することしかできないハルにとって、住人の手伝いをするのは彼にとっての礼儀だった。そうでなくとも、元シティの住民であるハルを受け入れてくれた恩人たちだから、何かを返したいと思えるのが、ハルが持ち合わせている善性である。
「おっとハル坊、俺たちの田植えも手伝ってくれよな。この時期どうしても人手がたりなくってよぉ」
「おいおいハル坊、馬の手入れも――」
「ハル坊、孫の遊び相手も――」
「あはは……、何とかするから順番でいいよね?」
ハル坊と村人たちが彼を慕い、頼るのはその性根を理解しているからであり、ハルを支えたいと思うのもまた当然であった。
ハルの使用している武器のイメージはff14のAF4装備こと、ライオンハートをイメージしてます。
ガンブレいいよね。格好いいよね、私はヒラしか録に出来ないけど