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蒼い光のタンザナイト  作者: R.U.R.U.R
学院入学編
15/15

見つからない答えを教えて?

デートイベントの続きからなのです

 第六戦略主要都市≪ラ・ファミリア≫の地下2層目は、農業用に作られている。ナノテクノロジーで強化された豊かな土壌の上には草原があり、森があった。

 SQに大地を汚染される前は、このような豊かな地球であったのだと痛感させるインパクトがある。


「地下で青空が見えるのも凄いよねぇ!」

「動植物に閉塞感と圧迫感を与えないように、プラネタリウムの技術を応用してるのよ」


 本来なら関係者以外立ち入り禁止の森林に入学したてのハルらが入れるのも、ライセンスを持っているからこそであった。

 人造であっても、温暖な日差しの中をハルは走り回っている。その姿は、リードから解き放たれた犬そのものだ。


「緑色の木がこんなに沢山生えてるなんて……父さんの話の中だけだとずっと思ってた!夢の国だなぁ!」

「夢の国、ね」


 セリヴィエットははしゃぎまわるハルを冷ややかに見つめていた。両親の公務の付き添いで幾度と見た木々は、見慣れた景色でしかない。


「綺麗なのは認めるけど、所詮は人工よ?」

「人の手でこんなに綺麗になるなら凄いよ。村の周りの木なんて真っ赤っ赤だよ?」

「あれ、SQの影響よね」

「そうそう。アイツらの体液とかコアが土に浸み込んじゃってて、どうしようもないんだよ。木の幹も細いし、葉っぱは何時の季節も赤色ばっかりでさ。目がおかしくなりそう」


 その光景を思い出して、セリヴィエットは身震いした。SQの全身は毒であるとは教わっていたが、環境を無視して赤々と生い茂る森をグロテスクだと思ってしまうのは、当然だった。


「だから、僕にとっては新鮮なんだ!草木の匂いも、丁度いい土の硬さも、ここにはたくさんあるんだ!」

「あっそ。でも、足元には注意しなさい」

「えっ」


 ハルがくるりと回った拍子に、こんもりと盛り上がった土くれに足を引っかけた。大きく体勢を崩したハルはそのまま芝生の上に倒れてしまった。


「何やってんのよ、バカ」


 ハルは困っているような、照れ臭いようなそんな顔をしていた。


「何をやってるんだろうね?」

「私に聞かないでよ……あ、動かないで」


 セリヴィエットはしゃがみ込み、ハルの手を取った。転んだ拍子に擦りむいたらしく、血が滲んでいた。


「別にこれくらいなら大丈夫だよ」

「アンタ、シティの外から来たんでしょ。万が一ってことがあるから」


 懐から簡易治療キットを取り出して、手際よく処理していく。

 感謝を述べようとしたハルを、セリヴィエットは視線で制した。


「ありがとうとか言わないで。……ホットドッグの借りを返してるだけだから」

「気にしなくてもいいのに。セリヴィエットさんは真面目だよねぇ」

「アンタと比べたら、誰でも真面目ちゃんになっちゃうわよ」


 消毒した傷口に絆創膏を張る。セクションの防菌処理は信用しているが、用心に越したことはない。


「はい、おしまい。次からはアンタも医療キットを持ち歩くようになさいよ」

「でもちょっとかさ張るんだよねぇ、それ」

「これからの訓練で生傷なんて日常茶飯事になってくるわよ。それに実地訓練もあるって話だし、備えておいて損はないでしょ」

「楽しみだよねぇ。イーグレン先生がどんなメニューを提案してくれるのか」

「――ねぇ、学院は楽しい?」


 セリヴィエットはすぐ隣の草むらに座った。ハルは愛想笑いで誤魔化そうとして、言いよどんだ。セリヴィエットが誠実な瞳で見つめているからだった。


「楽しいよ」


 だから、ハルは素直に答えた。


「ここでの生活は知らないことばっかりで、驚いたり訳が分からなかったりでさ。でも、それが逆に面白いんだ。そう言ったものが少しずつ分かると楽しいんだ」

「じゃあ、どうして座学に出ないのよ」

「必要ないって感じたから」


 ハルは人工の空を見上げた。


「僕ら破砕者(ブリンガー)に勉強って必要なの?例えば数学の授業。Xがどうとかさ、数字の勉強なのになんで言語学じみた授業を受けなくちゃならないのかな?」

「そんなの、学生は勉強するのが本分だからじゃない。特に、将来の戦力基盤を育てるロジュニア学院ってブランドを掲げるんだから、最低限の教養は持っていて当然でしょ」

「それで強くなれるの?」


 ハルの問いかけはシンプルで、だからこそセリヴィエットは言葉に詰まった。


破砕者(ブリンガー)にとって強さが全部だよ。それって、椅子に座ってペンを持ったら誰でも得られるの?違うよね。戦って、訓練を積んで、場数を踏んでようやく磨かれるんだ。いくら教養があるからって言ったって、実力がなければただSQに殺されるだけだよ」


 死線を潜り抜けてきたハルだからこそ言えるものだったから、セリヴィエットはそういう視座のない自分が小さく見えてしまった。


「強くなければ認められないんだったら、破砕者(ぼくら)は実技だけを受ければいいんじゃないのかな」


 おもむろに立ち上がり、ハルは輝煌武装(レガリス)を起動させる。青白く光る銃剣を振る動作は、さながら舞のようであった。彼が培ってきた技量を体現する剣舞は、セリヴィエットに呼吸を忘れさせるものがあった。


「いろいろな先生に勉強しろって注意は受けたんだよ?でも、どうしても納得できなくって。第一さ、破砕者(ブリンガー)としての格を証明するライセンスを上げておいて、教養を培えって何を学べばいいんだろうね?」


 15の若造が何を言っているのか、とイーグレンあたりが聞いたら失笑されるところであったが、本人はいたって真剣だった。それだけに、セリヴィエットは何と答えたらいいのか、見当がつかなかった。

 ハルの感じている疑問や理不尽は、世襲の家に生まれたセリヴィエットにとって当然のことであったから。


「ごめんね、困らせたかったんじゃないんだ」


 その深刻な顔を、ハルの指がつついた。


「アンタって、ただのノーテンキラキラじゃないわよね」

「馬鹿って言ったの、訂正する?」

「訂正してほしかったら、授業に出て証明しなさいよ」

「こんな調子で勉強したって、なぁんにも身につかないよ」


 微苦笑を浮かべたハルの手から、銃剣が消える。


「さっきも言ったけど、まだ呑み込めてないからね。僕自身が納得できる答えがなくっちゃ、授業に参加したって意味はないよ」

「答えを見つけたいから、毎日学院を飛び出してるのね」

「学院の外にも人は沢山いるからね。なにか拾えるものがあればなぁ、って思ったんだけど、簡単じゃないなぁ」


 芝生の上に、身を投げた。セリヴィエットが今まで見たことがない、悩みを抱えた年相応の横顔だった。


「村のみんなや父さんに、強くなるって約束したんだ。その期待に応えたいって気持ちは変わらない。でも、どうしてかな。この場所は、どうしようもなくままならなくって。それが歯がゆくて、苦しいな」


 日向ぼっこを堪能し始めたハルは、それっきり口を閉ざしてしまった。

 聞くべきことは聞いたのだから、これ以上彼に付き合う必要なんてない。自分はディルメンスの家督を継ぐ女として、直ぐにでもロジュニア学院へと戻るべきだ。そして、口煩い教師陣にこのことを報告すれば、煩わしさからも解放される。

 そう理解しているはずなのに、だからこそセリヴィエットはその場を動けずにいた。


「風、心地いいわね」


 理由なんて、それだけでよかった。



 ₡



 メリビット=プルーフは有能である。彼女はヴィクトリアの秘蔵っ子であり、「他人に任せるよりも自分で処理したほうが基本的に早い」異才が専属の使用人として立ち働かせる、数少ない女性であった。

 そんな彼女の稀有な能力がシティのメインシステムへのハッキングに使われているなど、当の本人すらも予想できなかっただろう。


「お嬢様たち、第二セクターを猛進中。走行スピードから24秒後に信号機と接触します」

「アタシの予想より甘いね。20秒さ」


 連絡を受けるよりも早く、仮想コンソールの上を指が走る。交通管理システムへのハックを完了し、信号機が青へと切り替わる。商業ビルの屋上のへりに座ったままでも、この程度ならば造作もない。

 ピッタリ20秒、ターゲットもといセリヴィエットらが駆け込んでくる。


「やった、また青だね!」

「喜んでないで、さっさと急ぐ!」

「アイ・コピー!」


 連続する青信号に喜色を浮かべるハルとは対照的に、セリヴィエットの顔は必死そのものだ。使用人が信号を操作しているなど、夢にも思うまい。


「お嬢様、かわいいよねぇ。放っておけなくって、結局一緒にうたた寝しちゃうんだもん」

「その結果、2人揃って午後の授業に間に合わなくって走ってるのよ?ッア゛ァ、青春の香りがするわ!」

「舟をこいでるときのお嬢様の顔、すっごく穏やかだったわ。写真撮っとけばよかったなぁ」

「あ、私写メったからグループチャットに上げとくわ」


 かしましくセリヴィエット談議に花を咲かせるのは、メリビットの部下であるメイド隊である。彼女らの職務は本来、ディルメンス邸宅の保全活動であるが、今日は()()セリヴィエットが男性と外出するとのことで、彼女の周辺警護を仰せつかっていた。


(優秀な奴らばっかりなんだけどねぇ)


 やいのやいのとヘッドセットから聞こえてくるのは、男女の睦言に興奮している声ばかりで辟易してしまう。

 刺激に飢えているメイドのお姉さまらにとって、セリヴィエットのデートというイベントは青天の霹靂であった。メイド隊にとってセリヴィエットは娘であり、妹でもあるから猶更センセーショナルなのだろう。


(あの子が……ついこの間まで、訓練で泣きじゃくってた子供だったあの子がお出かけとはねぇ……)

「メイド長、進行ルート上にトラブルが発生しました。指示を」

「あん?」


 部下の声が耳朶に届き、メリビットはドローンの映像をジャックした。

 どうやら通行人同士で揉めているようで、怒号と罵声が飛び交っている。数は10人を超えるくらいだろうか、いずれもセリヴィエットとそう年は変わらない。


「学院をドロップアウトした連中っぽいねぇ。さっさと仕事でも見つけりゃあいいものを」


 ロジュニア学院を去った者は別の教育機関に編入するか、就職するかのどちらかを選ぶ。

 しかし素行の悪い者らは、暴走族紛いのグループを形成するに至る場合もある。尤も、ヴィクトリアが理事長に就任してからの締め付けで随分とその数も減り、その大多数がアングラへと姿を消したはずなのだが……。


「どうにも嫌な予感がするねぇ」


 メリビットはセリヴィエットの元へと赴くべく、その場から飛んだ。



 ₡



 学院までもう少し、というところで前方が騒がしいことに気付いた。


「トラブルみたいだね」

「学院を辞めた候補生崩れね。グループ同士のもめ事みたいだから、首を突っ込む必要もないわ」


 走る速度を緩め、遠巻きにチェックする。サイケデリックな衣装をまとった彼らは粗雑な言葉を大声でまくし立てているので、鼓膜が悲鳴を上げる。

 セリヴィエットも嫌そうな顔を隠そうともせず、片耳を抑えていた。


「……放ってはおけない気持ちもあるけど、今は先を急ごうか」


 セリヴィエットを察してかハルが先を急がせるが、同じタイミングでメンバーの殴り合いを切っ掛けに、グループを巻き込んだ乱闘に発展してしまう。


「やな予感……」

「ッラぁ!」


 不吉な予感ばかりあたるもので、ハル目掛けて拳を振り上げた青年が突っ込んできた。


「あっぶなぁ!」


 慌てて避ける。今のは、間違いなどではなく明確にハルを狙った一撃だった。

 いつの間にか傍に立つセリヴィエット諸共、彼らに囲まれてしまっていて逃げ道を塞がれている。


「やられたわね」

「えっ?」

「こいつら、アンタを狙ってるのよ。チンピラに金を握らせて、痛めつけてやろうって魂胆の奴がいるっぽいわね」

「僕、そこまで恨みを買ってる人なんて……」


 先日見事に打ち上げた少年の顔が脳裏を擦過して、あ、と声を上げた。


「ここまでやる!?」

「プライドが服を着てるような奴って言ったでしょ。男の恨みは怖いわね」


 巻き添えを食った形のセリヴィエットも、攻撃を繰り返す青年らをあしらい続けている。構えを取ったハルを彼女は押し留めた。


「ロジュニア学院の生徒の私闘は厳罰対象よ。ライセンス持ちなら余計に厳しく取り締まられるわ」

「容赦なく叩きのめしそうなのに、手加減しているようにも見えたのは見間違いじゃないんだね」


 じろ、と睨まれハルはわざとらしく咳払いした。


「これだけの騒ぎよ。直に都市警備隊が来てくれるからそれまで……」


 セリヴィエットが言い切る前だった。


「えい」


 ハルは突進してきた男をひらりと躱すと、その背中を蹴り飛ばしてやった。

 男はそのまま街灯に強かに顔面を打ち付けて沈黙した。


「ちょっと!話聞いてた!?」

「罰があるからって助けを待ってたら、その前にぼっこぼこだよ?僕、マゾッ気はないからね。それにね」


 ハルは不良の首根っこを掴んで思いっきりコンビニのゴミ箱へと投げ飛ばした。

 ゴミはゴミ箱へ、と言わんばかりの彼の態度に殺気がより肌に刺さる。


「相手が規則(ルール)を守らないんだから、守ってもしょうがないよ。自分の身は守れてないんだから」


 ハルの言葉にシティの外で生きてきた者としての本気を感じ、セリヴィエットは言葉に詰まった。


「でも、ルールを守りたいセリヴィエットさんは暴力はNG。ふむ、そうだなぁ」


 閃いたとばかりに手をポン、と叩いた。


「僕一人で相手してくるよ!セリヴィエットさんは学院に戻ってて」

「え、アンタ授業はどうするのよ!」

「悪いんだけど、間に合わなかったらイーグレン先生には謝っておいて。じゃあね!」


 不良のバリケードを跳び箱でも飛ぶような気軽さで飛び越えたハルはセリヴィエットに手を振ると、来た道を逆走していく。

 ハルを狙っているだけあってセリヴィエットには目もくれず、罵詈雑言と共に2グループまとめて追い掛けてくる。


「とりあえず、他の人を巻き込んじゃヤバいから裏路地を使わせてもらおうかなっと」


 路地の角を曲がって道なりに進んでから、足を止めた。汚れたポリバケツが転がる路地裏は男連中が押し掛けるには余りにも狭い。

 換気扇から漂う油臭い排気に顔をしかめつつも、今まさに殴り掛かろうとした男に拳を振り上げたその時であった。

 頭上から降ってきた黒い影が男を踏み潰したのだ。


「邪魔するよっと!」


 飛び降りてきたのは、メイドドレスだ。ふくよかな胸と声からして恐らく女性だろう。こんなにも曖昧な言い方になってしまったのは、すっぽりと茶色い紙袋を頭から被っているせいだった。

 仁王立ちする紙袋に、ハルも含めた全員に動揺が走ったのは言わずもがなである。


「父さん……空から不審者が……!」


 人を見かけで判断するな、と心掛けているハルも、紙袋を被るような人物と出会うのは初めての経験だったので、思わず情けない声を上げてしまった。


「アタシが誰だっていいじゃないかい。義によって助太刀してやるよ!」

「ギ?」

「寄って集って殴るのはフェアじゃないってことさ」


 動揺するハルをしり目に、紙袋のメイドは呆然としている不良の横っ面にヒールを叩き込んだ。動きずらい服装であることを感じさせない、華麗な回し蹴りであった。

 ヒーローさながらのパワフルなキックを魅せられては、もはやハルに動揺など微塵もなかった。


「何だったら、アタシ一人でやってやってもいいよ?」

「むっ、自分の身くらい自分で守れるもんね!」


 挑発的な目を向けられては黙っていられない。ハルは改めて構えを取った。

 学生とメイド、異色のタッグによる乱闘劇はこうして幕を開け、翌日の日刊紙の紙面を彩るのであった。



 ₡



 事実として、不良グループたちは大したことない実力であった。だからと言って、ハルが規則を破ったことは事実であるから、厳罰が下るのは当然の帰結だ。

 その日のうちに、ハルは懲罰として十日間の自室謹慎を命じられた。

 本来ならばライセンス剥奪もあり得る一般人との乱闘騒ぎがさしたる処罰もなく終わったのは、ハル側に非がない、とその場に居合わせたセリヴィエットと匿名の通報(メリビット)があったこともある。

 ハルのおかげでまた一つアングラの不良グループを摘発できたヴィクトリアが彼を庇ったのも要因の一つだ。

 それどころか、


「武勲を上げた家系が行うならば、せめてこれくらいやって欲しいですね」


 ヴィクトリアがその場で完璧な襲撃プランを手慰みに作って見せて、ライリーの父に提出したものだから、アイリスベルが顔面蒼白となって火消しに走った影響もあるだろう。

 とは言え、そんな大人たちのパワーゲームを知らぬハルだからこそ、自室で目についたフィットネスの動画で退屈を紛らわせていられるのだった。


「何やってんの、ホントに」

「あれ、セリヴィエットさん!?」


 ベランダにセリヴィエットの姿を見つけ、ハルはぎょっとして駆け寄った。そして、その手に抜き身の三式八咫烏があったので、余計に目を剥いた。


「アンタの部屋が二階で良かったわ。ジャンプするだけで届いたから」

「あ、だから愛刀(レガリス)を握ってたんだ。いや、そうじゃなくって!」

「どうしてってのは聞かないでよね。別に遊びに来たわけじゃないから、開けなくていいわよ」


 鞘へと納めると、セリヴィエットは鍵を開けようとするハルを言い留めた。


「授業には間に合った?」


 ハルはその場に腰を下ろしつつ、尋ねてみた。乱闘騒ぎの後は、駆け付けた都市警備隊に捕縛されてしまったので、彼女が遅刻しなかったか気になったのだ。


「おかげさまで。というか、こんな時でも他人の心配?」

「僕の事情に巻き込んだみたいになっちゃったし、当然だよ」

「当然、ね」


 セリヴィエットは背中を窓に預けた。そして、ぽつりと言った。


「……悪かったわね」


 ハルは、目をぱちくりさせた。

 聞き間違いでなければ、セリヴィエットは今自分に謝罪したのか?


「キミ、謝罪の言葉を知ってたんだね?」

「斬るわよ」


 般若の如く睨まれたので、両手を上げた。失言だったようだ。


「これでもね、アンタを見捨てたような格好になって申し訳ないって思ってるのよ。だから、こうして部屋まで来てやったのに、なんで罵倒されなきゃならないのよ」

「厄介事の大本は僕なのに?」

「関係ないわよ」


 セリヴィエットは笑った。それはどこか、彼女自身を嘲笑っているようにも見えた。


「関係ないって?」

「正しさを愛さなきゃいけないのよ、私は」

「キミの話は時々難しいよね」


 ハルが眉を顰めているのに気づいて、セリヴィエットは言い換えた。


「私はセリヴィエット=フォン=ディルメンスよ。学院を預かる才媛ヴィクトリア=フォン=ディルメンスの娘。だから、今を生きる新しい貴族の血統として正しい事をしなきゃいけない。それが、親から血肉を与えられた子供の役割なのよ」


 ハルは言葉を無くした。

 呪詛を吐くかのような口ぶりなのに、セリヴィエットはどうしてか笑っていたのだ。出来の悪いコラージュを見ているような、不気味で気分を害する佇まいの彼女だったから、ハルは思わず聞いてしまった。


「キミは、自分の名前が嫌いなの?」


 セリヴィエットは首を横に振った。それが問いかけへの答えではないことくらい、ハルにも分かった。


「つまらない話をしちゃったわね。もう行くわ。謹慎が終わるまで部屋でじっとしてなさいよ」


 ベランダの手すりを飛び越え、セリヴィエットは去っていった。

 ハルはそれを呆然と見送り、同時に胸の奥に鈍い痛みを感じた。


「正しい事、か」


 誰もいなくなったベランダを眺めながら、ハルは短く、そう呟いた。

次回、風雲急を告げる?

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