ホットドッグにはたっぷりのケチャップと少しのマスタードを
あーおーはーるー('Д')
「ディルメンスさん、少し良いでしょうか?」
土曜、日曜の休息日を経た月曜日。
1コマ目の授業の準備をしていたセリヴィエットは担任のナッシに手招きされて、廊下へと呼び出された。
「登校して早々に申し訳ありません。カルヴァード君のことなんですけど、彼は今日も授業は出てくれませんか?」
(まぁたこの質問かっ!)
セリヴィエットは内心で叫ぶも、おくびにも出さないのは優等生の皮を被り続けた成果であった。朝の教室内を一瞥するも、そこにハルの姿はない。
「来ている気配はありません。恐らく今日も座学はボイコットかと」
「そうですか……またせっつかれるな……」
冴えない眼鏡面の教師は、月曜の朝とは思えぬ疲れ切った顔でため息をついた。
「他の先生方からクレームが出たんですよ。他の生徒らに示しが付かないから、何とか出席させるようにって……。ディルメンスさん、どうにかなりませんか?」
「どうにもなりませんので、午前中は諦めるしかありません」
「そんなぁ……」
突き放すような言い方をするしかないのだ。セリヴィエットも理由を尋ねたのだが、あん畜生は何時もアホのように笑って誤魔化してばかりなのだ。
「失礼を承知で言わせて頂きますが、問題児への対応は教師の役割ではないのですか?」
「それを言われると耳が痛いのですがね。こう、思春期の生徒へはまずは教師が押し付けるのではなく、同い年の生徒からアプローチが効果的かと思いまして」
如何にも教育者でございます、という屁理屈にセリヴィエットはもみ上げを弄ることで気を紛らわした。行儀が悪いと言われようが、そうでもしないと落ち着いて話が聞けないのだ。
「そうだとして、どうして私に白羽の矢が立ったのでしょう?」
「ディルメンスさんとカルヴァード君は友人ですから、まずはと思ったのですけれど」
「……はぁ?」
セリヴィエットは自分の耳にパンツァーファウストを撃ち込まれたのかと錯覚した。それほどに信じられない言葉だった。
聞いた拍子に指に力が入ってしまい、もみ上げが千切れるかと思うほど引っ張ってしまうほどだ。
「すみません、聞き逃してしまったようです。あの、誰と誰が友人だと」
「貴女とカルヴァード君です」
どうやら聞き間違いではないようだ。
「よくお話している姿をお見掛けしますし、実技でもよく組手をしているとイーグレンさんから聞いていますけれど」
「彼の席が隣だからです。そして実技では実力が近しいので、彼と相対することが多いだけです。高々2回昼食を共にしたことを校内の広報クラブが面白おかしく記事にしただけ。私は彼と交友関係があるなんてゴシップは断じて認めません」
セリヴィエットは早口でまくし立てる。ナッシに限らず、ハルの出席態度をどうにかしようと何人もの教師がセリヴィエットを頼ってきて、そのたびに説明してきたのでこのセリフを言うのも面倒になってきた。
そんな彼女のセンチメンタリズムを知らずに、ナッシは諦めずに食い下がってきた。
「そこを何とかお願いできませんか。他の皆さんはまだ学院の生活リズムに慣れておらず、自由に動けるのは貴女だけなんです」
ナッシがセリヴィエット越しに教室を見渡した。ホームルームまで5分もないのに、空席がまばらにある。
一般科目は問題ないとしても、候補生としての苛烈なトレーニングは生徒たちの生活に未だに根付いてはいないのだ。
「彼の立場は危ういんです。シティの外からやってきたという一点が余りにも大きく響いて、適当な理由をでっちあげて退学にすべきなんてアナトミー先生はずっと吠えてます」
(アイツまだ懲りてないの?本当あのチョコデブ元気よね)
「これ以上騒ぎが大きくなる前に、何とかしたいのは私も理事長も同じなんです。だからどうにか協力してくれませんか?」
彼は深々と頭を下げた。次第を見守っていたクラスメイトの好奇の視線が刺さって、非常に居心地が悪い。これで断ろうものならば、またゴシップクラブが嬉々として三面記事を執筆するだろう。
(うだつの上がらない風貌をしているくせに、周囲を利用した説得術を心得ているわね……。お母様が手ずから選んだ教師というだけはあるわね)
その一点にのみ感心し、セリヴィエットは大人しく白旗を上げた。
₡
さらに翌日。目覚めたハルはやっとの思いで呼び出したホログラフィックスクリーンに午前四時十五分の表示を確かめると、ベッドからのろのろと降りた。窓の外はまだ薄暗い。抱きかかえて眠ったせいですっかり折り目が付いた枕を床に転がして、制服を引っ掴んでバスルームへと向かった。
朝の身支度をぱっぱと終えてから、洗面台の鏡で寝癖を手櫛で雑に直して部屋の外に出た。そのまま寮を出ようとして――
「おはよう、ハル=カルヴァード」
「OH、ハヨウゴザイアス」
エントランスホールで仁王立ちしていたセリヴィエットに行く手を塞がれたのだった。そして小柄な身体から赤鬼の気配を感じれば、さらに焦りもした。
「ず、随分早起きだね?もしかして朝練かな?やっぱりセリヴィエットさんは凄いなぁ!」
下手な演技であった。ジュニアスクールの子供でもハルの10倍は上手くやってくれるだろう、そんな出来栄えであった。
「アンタこそこんな朝早くから外出?とっても頑張り屋さんなのね。本当、ステキな男ね」
「いやぁ、お褒めにあずかり光栄です……」
真夏でもないのに、汗が止まらない。体中の水分が揮発するのではないかという勢いだ。
「そんな素敵なハル=カルヴァードさんは、今日もご機嫌におサボりですか?いい御身分だこと」
「いや、その、サボってるわけじゃなくってね……」
「サボりじゃないならなんだってのよ!私はアンタの保護者じゃないし、友達でもない!なのにどいつもこいつも私に説得を求めてくるのよ!あのウザったい絡みのしつこさ、わーかーりーまーすーかァッ!?」
サラブレットの血が成せる恐るべき肺活量で、まなじりを吊り上げたセリヴィエットは窓ガラスが震えるほどに叫んだ。
そのままの勢いで三式八咫烏に手が伸びたものだから、ハルの顔は青くなった。
「駄目ダメだめ!それ抜いちゃったら本当に寮が真っ二つになっちゃうよ!?」
「だったら、私をこれ以上怒らせないで!ちゃんと授業に出なさいよ!」
「えっと、それはごめんなさいになっちゃうかな……」
シャキンッ。それは明確な拒否であったから、ついに三式八咫烏が抜刀された。
「だって、まだ答えが見つかってないんだよぅ!」
「なんの答えよ!」
「なんて言えばいいのかな……うぅん……」
赤い刃を鼻先につきつけられ、ハルは答えに窮した。腕を組んで唸る彼が必死に言語化しようとしているのを悟ったのか、セリヴィエットも一旦の落ち着きを見せた。
「あ、分かった。うん、これが一番かもしれない」
ハルは一人で納得すると、セリヴィエットの手を取った。
「セリヴィエットさんも一緒に来てくれればきっと答えも見つかるよ!」
「え、ちょっと!」
引き摺る様にハルが走り出すものだから、セリヴィエットは転びそうになった。
そんな彼らの様子を管理人室からふくよかな女性の管理人に見られていたのに気付いて、セリヴィエットは自分の頬に朱が差したのを分かってしまった。
₡
ヴィクトリア=フォン=ディルメンスは理事長となってから、基本的に家に帰ることはなくなった。
フォンの名を与えられた華族として恥じない行いをすべき、という責任感も多分にあったが、何よりも、
(使用人の住処になっているだけの我が家に戻っても、虚しいだけですね)
という心情が根底にあるのは否定できないところであった。特に娘のセリヴィエットがロジュニア学院に入学した今、ますます寂しさを感じるだけであろう。
ともあれ、アナグラと化した理事長室でイーグレンの提案した実地訓練の予算繰りに頭を悩ませていた彼女の元に、メイドドレスの女性が入室してくる。
「メリビット、どうしましたか?」
「たった今、校門の監視カメラがコイツをパシャリさ」
かれこれ20年の付き合いとなる秘書兼専属使用人兼親友であるメリビット=プルーフが差し出した写真には、黒髪の少年が映っていた。
「ハルさんは今日も校外活動ですか」
「サボりだろうにサボり。ったく若いってのにいい身分じゃあないかい」
ハルが実技以外の授業に参加していないことは彼女も知るところであった。なぜ頑なに参加しようとしないのか、理事長としてのヴィクトリアは予想を付けているが、だからと言ってそれを喧伝するつもりはなかった。
それを見つけるのは、ハル自身であるのだから。
「そっちはいつものことだからどうでもいいけど、問題は二枚目さ」
言われるがまま写真を捲れば、彼と共に校門を走り抜けるセリヴィエットの姿があった。
「今日はあの子も一緒ですか」
「リヴィが前々からカルヴァードの件で突き上げを受けているとの報告は貰ってたんよ。今回の同行は、それ絡みの可能性が高いね」
カメラを避ける様に目を伏せる金色の髪を見間違うはずもない。毎日、執務机の上の写真立ての娘に朝の挨拶を欠かさないのだから。
「どうするの、あのボンクラ処する?」
そこでヴィクトリアが言いよどんだのは、不用意に答えたら本気でやりかねない気迫を読み取ったからだった。多忙なヴィクトリアに代わって娘の面倒を見ていたのは、他ならぬメリビットである。
「リヴィからは連絡もありませんか?」
「あるもんかい。こっちからしたほうがいいかい?」
「不要ですよ。今はただ、彼女の思惑を尊重しましょう。心配なようならば空撮用のドローンを使っても良いですよ」
「もう出してるっての。あと、リヴィは午前中は公務の付き添いで公欠ってやっとくけどいいね?」
「これではどちらが親なのか分かりませんね」
メリビットの窺う目を見ずに、ヴィクトリアはくつくつと喉を鳴らした。
「……ヴィッキー、なんでそんなに楽しそうなわけ?」
「娘がボーイフレンドと仲睦まじい姿を見せてくれているのですよ。母としては、楽しいに決まっているではないですか」
「アタシだって気持ちは分からるが、ねぇ」
セリヴィエットがディルメンスの人間たれ、というスタンスを頑なに守った結果、対人コミュニケーションが苦手になっているのは2人とも理解している。
だからこそ、先入観に囚われないハルには期待しているのだ。とはいえ、あんなへにゃへにゃした軟弱者を認めれるほど、メリビットはお優しくはない。
「アタシはリヴィにはもっと相応しい男性が居ると思うけどね。せめて腹筋が板チョコくらいバッキバキの奴」
メリビット=プルーフ。御年32歳にして独身。男性の判断基準は筋肉量。
₡
「どうしてこんなことに……」
セリヴィエットはショックを受けていた。まさか生まれて初めて授業をサボる羽目になるとは。
制服姿で歩く街は、平日であることと、隣に男子がいる、という慣れない状況から、まるで見知らぬ街に舞い込んでしまったようにも錯覚する。
「学院に戻る?」
「アンタが戻るならね」
「午後には戻るよ、安心して」
他方、ハルは観光客のようであった。あっちこっちへ駆け出すので、目を離す隙などありはしない。
「シティって広くて、まだ全部を見回ってないんだよね。僕一人でも観光していいけど、土地勘のある誰かと一緒だったらもっと楽しいかなってさ」
「だったら、私じゃなくていいじゃない」
「あはは」
ハルは楽しそうに笑った。セリヴィエットだから誘った、といったら彼女は苦虫を嚙み潰したような表情をするだろうから、ハルは口にしなかった。
「まったくもう……!大体ね、私はディルメンスの者として授業をきちんと受けなきゃいけないの!」
「おじさん、おはよう!」
「無視すんな!」
そこまで言ったものの、ハルは彼女を無視してシャッターを開けようとしている男性の元へと駆け出していた。
「おう、ハルじゃねぇか!なんだよ今日もサボりか?」
「前も言ったでしょ、違うよって!」
「バァカ、こんな時間に出歩いてるんだからサボりじゃねぇなら何だってのさ、こいつめ!」
キンカン頭の男性はハルの首を軽く締め、髪の毛を掻き毟る。年の差などあってないような親しさに、セリヴィエットはじっとその様子を眺めるだけだった。
「それで、今日もウチの飯を買ってってくれるのか?」
「うん。でも今日は僕の分だけじゃなくって、2人分お願い」
「2人分だぁ!?お前、今日は随分と大食いじゃねぇか?」
「そうじゃなくって、ほら。今日はもう一人と一緒なんだよね」
畏まって頭を下げたセリヴィエットに気付き、キンカン頭の男性は口笛を吹いた。
「なんだよ、隅に置けねぇじゃねぇか!さてはアレか、お前の恋人かぁ?」
「これってなんなのさ……えっとね」
からかう男性の声に答えを探す。セリヴィエットはことあるごとに友達ではないと言うのならば……。
「男女の関係だね」
「ぶんなぐりますよ!?」
そんな言葉が飛び出るとは考えていなかったらしく、セリヴィエットが大いに慌てる。
「ミスター、違いますからね!私と彼は断じてそんな関係ではなく……!」
「いやいや皆まで言いなさんな!そのくれぇの年なら恥ずかしがっても仕方ねぇってもんさ!待ってなご両人、マッハで用意してやるよ!」
言い訳する間もなく、呵々と笑いながら店の奥に引っ込んでしまった。
「このド天然!アンタね、言葉の意味をちゃんと理解してる!?」
「え、ばっちり適切な言葉じゃないの!?」
「ばっちり違うわよ!」
自分とセリヴィエットの性差から男女の関係とは言い得て妙だと思っていたハルにとって、何が違うのか分からなかった。
「じゃあ僕らの関係ってなんなの?青なじみ?」
「言葉の意味は分からないけど、違う。断じて、ち・が・う!」
「そんな勢いで否定するの?」
どうして誰もがそういう関係を持ち込もうとするのか、セリヴィエットには理解できなかった。
「……それより、アンタ街に知り合いなんて出来たんだ?」
「うん。椅子が壊れちゃったって言ってたのを聞いてさ、直してあげたんだよね」
「やっぱり人助けしてるのね、アンタって」
どうしてか嬉しそうにハルが笑って、犬のようにくるんとその場で半回転。
「他にもウチのぼろいところを直してくれたりもしたからな!マジで助かったぜ!ほれ、お待ちどう!」
再びやってきた男が二人の手に押し付けたのは、ホットドッグだった。
セリヴィエットはようやく屋根に掲げられたソーセージのお茶目なキャラクターに気が付いた。
「バンズ柔らかめケチャップ多めのマスタード少な目!これが美味しいんだよ!」
「そう言ってくれるとありがたいぜ!お嬢ちゃんは嫌いかい?」
「あ、いえ……ありがとう、ございます。そうだ、お会計は」
「いいっていいって!ハルには世話になったからな、サービスってもんだ!」
「ありがとう、おじさん!また手伝いに来るね!」
サムズアップをして、店主は引っ込んでいった。セリヴィエットは呆然と手元のホットドッグとハルを交互に見遣った。
「あ、タンスイカブツ……パンはダメなんだっけ?」
「……そうじゃなくて。私までタダで貰っちゃっていいの?」
「おじさんがいいって言ったんだから、僕らは好意に甘えちゃえばいいんだよ」
「甘える、か」
困惑して問いかけるセリヴィエットに答えるなり、ハルはホットドッグに被りついた。香ばしく焼き上げたソーセージの肉汁が空きっ腹に突き刺さる。
「私、ホットドッグ食べるのは初めて」
「そうなんだ?」
彼女は、おずおずとホットドッグをその小さい口に運んだ。
「美味しいでしょ?」
「歩きながら食べるなんて、はしたない」
そう言いつつも、口に着いたケチャップを舐めとったセリヴィエットは満足そうに微笑んだ。
それだけで、ハルには十分だった。
次回も続くよデート回




