いけいけ、ミスターフルスイング
「死に腐れ!」
怒りのまま突撃してきたライリーのフルスイングをハルは飛び退いて回避する。練習用とはいえ、あんな気合の乗った一撃を貰えば骨の一本くらいは持っていかれるだろう。狙いが首ならば猶の事だ。
「落ち着いて、ライリー君!まずは話し合いをしよう!?」
「その口を閉じろ、劣等種!」
踏み込んだライリーの苛烈な一閃を受け止める。そのまま押し込まれそうな重い一撃を体を捻って払いのけ、後退る。
「なんだか変な感じがするなぁ、これ!」
練習用の輝煌武装は余りにも軽すぎて、バランスが取り難いことこの上ない。愛用の輝煌武装との感覚の相違に歯嚙みしつつ、ライリーの切っ先を避けていく。
(まずは感覚のズレを直さないと!)
「どうした、避けてばかりでは勝負にならないぞ!」
守りを固めるハルにライリーの容赦のない斬撃が襲い掛かる。
足を止めての打ち合いとなるが、感覚を是正できていないハルの攻撃は空を切るばかりで、ライリーにはかすりもしない。
「ほら、足元がお留守じゃないか!」
対するライリーの攻撃は次々にハルを打ち据えていく。有効打こそ防いで入るものの、少しずつダメージが蓄積されていく。
「おいおい、アイリスベルが優勢じゃねぇか!このまま決まっちまうんじゃねぇの?」
「英雄の息子って持ち上げられてたけど、あんなもんなのかよ」
「ライセンス持ち同士の戦いだってのに、肩透かしね」
一方的な展開に、クラスメイトからの失望の声が上がる。それすらノイズとして聞き流し、ハルはようやく練習用の剣の感覚に馴染むことが出来た。
「俺の剣技の前にひれ伏せ!」
ブン、と音を立てて振り上げられるライリーの太刀筋は大上段!
「そこなら!」
隙だらけな胴体目掛けてカウンターを見舞うべく、刃を振るう。光刃の一刀が彼の胴を打ち据える、はずであったがそうはならなかった。
【エラー】
「……え?」
柄から煙が噴き出し、刃が消失したのだ。呆けたのも一瞬、振り降ろされたライリーの攻撃を前転してかろうじて回避する。
「エラーって、ちょっとどういう事!?」
慌てて再起動させるも、1メートルはあった刀身はその1割にすら満たない長さまでしか展開されない。それは剣というよりもダガーや、極東のニンジャが使うクナイのようですらあった。
「武器にも見捨てられたか!」
「うわぁっ!」
混乱の渦中にあるハル目掛け、ライリーは情け容赦なく攻撃を続ける。
「ストップストップ!僕の練習用の輝煌武装の様子がおかしいんだけど!?」
「泣き言を!お前だってライセンスを持つ戦士ならば、戦場でそのような道理が通用しないことくらい理解しているだろうに!それにだ!」
切り上げが迫る。咄嗟にタイミングを合わせ、短刀で受け流す。輝煌武装の身体能力向上が機能していなければ、防ぎきることは出来なかっただろう。
「事前の確認を怠った貴様の責任だろうが!」
「正論が痛い!」
そのまま仕切り直すように、互いに距離を取る。距離にして3歩半、攻め入るには遠い間合いだ。短刀を下段に構え、呼吸を整える。
(事前のチェックはしたのに、何が原因なんだろう?)
ライリーを眼前に捉えつつ真相解明に努めれば、おのずと答えは導けた。
(お昼ご飯にいいお肉を食べたから、絶妙に体調がおかしくなってるのかな?確かに美味しかったけど、味濃かったもんなぁ)
思い当たる点はそれしかないと思うも、既に消化されたステーキ肉を取り出す手段はない。そもそもイーグレンが試合を止めない以上、このまま継続するしかないのだ。
「隙だらけだぞ!」
「ステーキィ!」
連撃を受け流すハルの悲哀の篭った叫びに、クラスメイトは目を白黒させるのみであった。
₡
ぶしゅ、とハルの手元からみっともない音がして煙が出た瞬間、セリヴィエットは輝煌武装がエラーを吐いたのだと理解した。
(やったわね、アイツ!)
割り込もうと一歩踏み出したセリヴィエットの肩をイーグレンが掴んだ。
「ディルメンス、貴君はどう見る?」
「ベネトナシュ教諭」
傍らに立ったまま、イーグレンがセリヴィエットに問いかける。此方を見下ろす鉄面皮から、感情は読み取れない。
「推測が過分に含まれますが、宜しいので?」
「構わん」
力強く頷く教師に、セリヴィエットは数秒沈黙した後、静かに口を開いた。
「武装を展開する具現化関連のシステムに不具合が起きているんでしょう」
セリヴィエットは努めて、冷静な声を作った。
「輝煌武装は使用者の精神感応係数に応える形でコアユニットがエネルギー――第六元素を発生させ、これによって武装や弾丸を生成しています」
「破砕者が超人的な力を発揮する最たる理由も、第六元素によって身体能力向上を得ているから、であるな」
「数値が大きければ得られる対価も大きくなる。破砕者にとって、この数値の大小は生命線と言えます」
2人の目が、交錯する光の刃を追い掛ける。
「数値の上回るハル=カルヴァードが後手に回らざるを得ない輝煌武装の不調ですが、原因はウィルスに依るものかと」
「侵入経路は?」
「練習用の輝煌武装のオプションにでも仕込んでおいたのでしょう。学院指定の練習用となれば、身体能力向上のアビリティしか積んでいないと思いますのでオプションは空きだらけですし」
「であるか。ディルメンスの家では早くに武器に親しむだけあって、詳しいな」
セリヴィエットは目礼を返してから言う。
「確かなことはひとつ。これが作為的に行われています。そして、これは手段であって目的は自己顕示と他者の品格を貶めることにあります」
視界の端に、一人の少年を捉える。ハルに練習用の輝煌武装を手渡したアイツだ。どのような背景があるかは興味すらないが、小間使いに過ぎないだろう。
「父は立派であったが、倅はやんちゃで困るな」
蓄えた顎髭を摩りながら、イーグレンは剣をやたらめったらに振り回すライリーをそう評するのみだった。両者にとって誰が仕組んだなど言葉にするまでもなかった。
だから、セリヴィエットは進言した。
「試合を一時中断すべきではないのですか、ベネトナシュ教諭」
「必要ない」
それはイーグレンという男の、年相応の確信が込められた断言だった。
「カルヴァードは試験で大穴を開けるような男だ。賢しい細工を弄したところで、奴にとっては苦境にすらならん」
「まるで彼の勝利を確信してるかのような言い方をなさりますね」
「であれば、貴君は奴の敗北を望むか?」
「望んだところで叶いませんので」
セリヴィエットは首を横に振った。性格に爆弾を抱えているとはいえ、彼の実力は信頼に値している。口にすると調子に乗るので絶対に言ってやらないが。
(でも、何でステーキ!なんて叫んでるのかしら、アイツ)
そんなに気に入ったのだろうかと、心中で首をかしげるセリヴィエットであった。
₡
(なんだ、なんなんだコイツ!?)
ライリーはとにかく目の前の現実を受け入れられなかった。取り巻きに仕込ませたウィルスは機能し、奴の輝煌武装の機能を麻痺させている。
しかし、この体たらくはなんだ?
(なぜ攻撃が当たらなくなった!?)
光刃がぶつかり合って、スパークの粒をまき散らす。切り伏せると全力を込めているはずなのに、黒髪の少年は涼しい顔で受け流している。
攻撃を繰り返せども、もう刃がハルを掠めることはなくなっていた。
「チート、などという冗談があってたまるか!」
思わず口にした自分を顧みる余裕はすでになく、ライリーはそれでも果敢に攻めかかる。行く手を塞ぐ長剣を短刀で払い除け、そのまま懐に潜り込んできたハルの刃が彼の腹部を打ち据えた。
「がっは……!」
「あ、ごめん!今の痛かったよね?」
胃液が飛び出るほどの衝撃にえずいてしまう。ふらつくライリーに、狼狽の色を隠せないハルが駆け寄ろうとするのを斬撃で払い除ける。
(この俺を心配する余裕があるのか、貴様は!これでは、まるで手加減されているようじゃないか!)
教師や同級生らの前で恥を晒したよりも、ハルの余裕のある態度が何よりもプライドを傷つけるのだ。
「貴様なんぞに!」
もはや太刀筋もへったくれもなく、ライリーはぶんぶんと剣を振るう。乱撃は読み辛いようで、ハルは即座に回避に徹した。
「俺はエリートだ!血筋が証明している!ライセンスが証明している!勝利が確約されているこの俺が、貴様の様な残飯処理係に負けるなんてあってはいけないことなんだよ!」
「それって、僕がシティの出身じゃないから?」
「よく分かってるじゃあないか!」
鍔迫り合いの最中、ハルの視界にライリーがドアップに映った。
「英雄の息子だなんだと担ぎ上げを受けているようだが、結局はシティから見捨てられた敗北者だろうが!このシティじゃあ、フォンの家名を持つ俺たちこそヒーローさ!その俺が気に入らないニュービーは、早めに退場願わないと空気が汚れるんだよ!」
「僕はヴィクトリアさんに入学していいって言ってもらったよ!セリヴィエットさんにも、いいですよって言ってもらえた!……多分だけど」
「貴様がその名前を口にするな!名が汚れる!」
緑色に輝く刃を振り上げるライリーに追い立てられ、ハルは理不尽に眉を顰める。
「この質問、答えが僕でも分かるから敢えて聞かなかったんだけどさ」
短刀で得物を押さえ込んだハルがライリーの目を覗き込みながら、話を続ける。
「ライリー君、キミってシティの外はあんまり好きじゃないよね?」
「好きと思ったことなど一度もない!」
「やっぱり。理由を聞いてもいいかな?」
「知れたことを!シティに選ばれない人間の寄せ集めだぞ、好きになれる理由がない!」
ライリーは唾を飛ばして叫ぶ。
「同じ地球で暮らす、同じ人間じゃないか」
「才能にも乏しく、品性にも欠け、価値のない命を生む存在が同じ人間であるはずがないだろうが!SQへの撒き餌が精々なんだよ、そいつらはさぁ!」
「……」
不意に、ハルが動かなくなった。輝煌武装を持った右手がだらりと下がり、棒立ちするその姿は隙だらけであった。
唐突に訪れた勝機に、ライリーは剣を振り上げた。
「お前も同じ穴の狢なんだよ、田舎の屑共と仲良くごっこ遊びでもしてればいいんだ!」
勝利を確信し、振り降ろした光刃。それは一直線にハルの頭上目掛けて落下し、そして砕けた。
「……は?」
渇いた音を立てて、刃がシミュレーションルームの床を跳ねていったのをライリーはただ目で追い掛けた。何が起きたのか分からず、目を丸くしたまま手元の輝煌武装へと視線を移す。
刀身は中ほどから真っ二つにへし折られている。
「……よぉく分かったよ。質問に答えてくれてありがとう、ライリー君」
くす、と小さく笑ったハルの右手は拳を握っていた。
「お前、まさか輝煌武装を殴って折ったのか……!?」
「でもね、僕も聖人君主じゃないんだ。普通の人くらいには腹を立てることもあるんだよ?」
ハルは淡々とした口調で言うと、握り絞めたままだった右手を引き絞った。ライリーの顔が青ざめて引きつった。
「先に謝っておくよ。痛かったらごめんね」
次の瞬間、ライリーの顔がいびつに歪んだ。
₡
ライリーが宙を舞った。全身の筋肉を贅沢に使った強烈なアッパーが放たれたのだ。受け身すら取れず、ライリーの長身がシミュレーションルームの床に叩き付けられた。
(暫く流動食かしらね。ざまあみろ)
セリヴィエットは、ライリーの顎から嫌な音が聞こえたのを聞き逃さなかった。当面、物を噛むことは出来ないだろう。
「アイツ、たった一発でアイリスベルの奴をノシちまったぞ」
「精神感応係数が馬鹿みたいに高いんでしょ?そんなパワーでぶん殴られたらそりゃ空も飛ぶわよ」
「あー、だから剣もぽっきり逝っちまったのか。いや、十分おかしいけどさ」
一瞬の決着に、生徒たちのひそひそ話は止まらない。
「あの、先生……」
すると渦中の人物がイーグレンに声をかけた。今にも泣き出しそうな顔をして、大の字にのびているライリーを指差す。
「ライリー君を気絶させちゃったんですけど、僕はどうすればいいですか!?」
「まずは落ち着け、カルヴァード。救護班!」
イーグレンが手を叩くと、十字の腕章をつけた数名のスタッフが部屋に入ってくる。ライリーを担架に乗せると、此方に一礼して素早く去っていった。
「貴君が気にせずとも良い。放課後まで治療ポッドに入れておけば何とかなろう」
「そうなんですね……。あぁ、よかったぁ。思いっきり殴っちゃって、どうしようって思ったらもう冷や汗止まらなくって!」
ほっと胸を撫でおろすハル。180の長身を殴り飛ばした本人とは思えない。呆れたようにハルを眺めていると、その視線に気づいたハルが声をかけてきた。
「ん?どうしたの、セリヴィエットさん」
「いえ……。貴方ってずっとへらへら笑ってるだけだと思ってましたけど、あんな風に怒ることがあるんだな、と」
「そりゃあ怒りますとも!」
ぷく、とハルは頬を膨らませた。
「村のみんなを馬鹿にしたんだもん!これで怒らなかったら何に怒ればいいのかな!」
「気持ちは察しますが、私に聞かないでください」
ぷりぷりと怒っているハルを一笑し、イーグレンがセリヴィエットに向き直る。
「して、貴君の番であるな。次代のディルメンスの力を見せてもらおう」
「了解しました」
「セリヴィエットさん、頑張ってー!」
「うるさいです」
手をめちゃくちゃに振るハルの声援を無視して、イーグレンから練習用の輝煌武装を受け取ると部屋の真ん中へと向かった。
(まさか私の奴にも仕込まれてないわよね?)
念には念を。セリヴィエットはしつこい位に輝煌武装のチェックを行うのだった。
₡
セリヴィエットの相手はショートボブの女子生徒だった。名前は確かヘレンと言ったか。
2人の試合はハルの時とは真逆の静かな立ち上がりから始まった。相手の出方を窺うような、睨み合いがしばし続き、ついにしびれを切らしたヘレンが静寂を破って剣で切り込んでいったのだ。
「やあああ!」
「っ」
セリヴィエットは東洋剣型の練習用の輝煌武装を振るい、次々攻撃を捌いていく。三式八咫烏を振るっている時にも思ったことだが、彼女の戦い方は洗練されていて、流れるような太刀筋はつい目で追ってしまう。
「やっぱり綺麗だなぁ」
「!」
ハルの呟きが聞こえていたのか、セリヴィエットが此方を睨み付けてきた。ちょっと涙がこぼれた。
「あまり言葉に出さぬ方が良い。ああいう手合いは麗句に敏感であるからな」
「素直な気持ちなんですけどね」
名状しがたい表情をして、ハルは2人の攻防を眺める。セリヴィエットの鋭いカウンターにも臆せず、ヘレンは最奥へと攻め込んでいた。
「カルヴァード。長剣の使い手をどう見る?」
「ヘレンさんですか?えっと、いい腕をしてると思います」
ハルはわずかに目を細めた。
「剣の振り方、判断力、周りを見る視野の広さなんかは伸びしろになるんじゃないかなぁって。あと5000時間も剣を握れれば、強くなれると思います。でも……」
「なにか?」
「セリヴィエットさんに追いつくなら、その20倍は必要ですね。実力に開きがあり過ぎます」
「で、あるか」
セリヴィエットは刀を振るうスピードを少しずつ上げていた。多角的に攻撃を行って防御を意識させ、わざと隙を作って打たせている。ハルの目には、セリヴィエットがヘレンの実力を詳らかにしようとしているように見えた。
「そう、これはあくまでも実力を図るための組手である。間違っても気に入らない相手を叩き潰すための場ではないのだ」
イーグレンがちらり、と救護班が去っていった方向を見た。目を離した一瞬で、勝負は決した。
「ふッ!」
「きゃあ!」
鋭角にすくい上げられた刃が、ヘレンの手から輝煌武装を弾き飛ばした。首元に切っ先を突きつけられ、ヘレンは両手を上げた。
「……参りました」
「ありがとうございました」
キン、と甲高い音を立てて鞘に得物を収めたセリヴィエットが一礼をして戻ってくる。ハルは目いっぱいの拍手で迎えたのだが、当の本人は煩わしげな白い目を向けてくる。
「かつての時代に、シンバルを鳴らすサルのオモチャが発売されていたようですよ」
「それ僕のこと言ってる!?」
そのままタオルを取りに去っていくセリヴィエットを見つめていると、不意に周囲の声が聞こえてくる。
「やっぱディルメンスは強いなぁ。さっすがは理事長の娘だな」
「カルヴァードもヤバかったけど、技量ならディルメンスさんの方が巧かったかもね」
「化け物2人と同じクラスとか、はぁ、ユーウツってなもんだな。心折れちまうよ」
「そりゃあディルメンスっつったら血統のサラブレッドだもの。私たちとは生きる世界が違うのよ」
彼らの声は存外大きく、きっとセリヴィエットにも聞こえていただろう。彼女はタオルを頭から被っていて、その表情は此方からでは見えない。
(ディルメンスの家、かぁ)
セリヴィエットがハルの物言いたげな視線に気付いて睨み付けてきたから、ハルは今まさに始まった第三試合に意識を注いだ。
自分は何を言おうとしたのだろうか。自問しつつも答えは出なくて、時間だけが過ぎていった。
₡
そうして、ロジュニア学院の一日が終わった。破砕者候補生としての一歩を踏み出した彼らの日常は劇的に変化を余儀なくされる。
ハル=カルヴァードの変化は顕著であった。
2日目までは一日授業を受けていた彼だったが、三日目には数学などの一般科目に参加しなくなり、4日目にはSQ生態学すら出席することもしなくなった。
そして5日目、ついに彼は実技の授業しか参加しなくなってしまったのだ。




