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蒼い光のタンザナイト  作者: R.U.R.U.R
学院入学編
11/15

始めて着る制服は何だか動き辛い

 ロジュニア学院の入学式は、各種メディアに大々的に取り上げられる。彼らこそシティの希望だと美辞麗句を並べ立て、名前を列挙されるのは彼らに対してどれだけ期待しているかの現れである。尤も、徹底的な実力主義に切り捨てられる生徒も出てくるわけだから、これがポジティブな意味を持っているかは別である。

 セレモニーに列席する新入生とその家族も熱狂に包まれているが、全ての人がそうではない。未だ着慣れない制服にそでを通したセリヴィエットにしてみれば、ヴィクトリア理事長の秘蔵っ子として振るわねばならないイベントの一つでしかない。


「何が楽しくてこんなもの付けなくちゃならないんだか」


 エントランスホールの姿見の前で、マントをつまみ上げた。ディルメンスの威信と風格を示すというお題目で母から着用を指示された外套は、金糸が編み込まれていて煌びやかで嫌いではなかったが、出来ることならすぐにでも取っ払ってしまいたかった。


(私もあれだけでいいのに)


 寮から出ていく新入生を横目に思う。白と紺のツートンカラーの制服は、ボレロ型のワンピースをモデルにされていてガーリッシュだ。輝煌武装(レガリス)とリンクして強度を増す特殊加工もされているから、ロジュニア学院の学生は一日中これを着て過ごすことになる。


(フリルもついてていいデザインなのよね。本当、このマントさえなければ……)


 つい見とれていると、セリヴィエットが待ちぼうけを食らっていた理由の男の声が聞こえてきた。


「おはよう、セリヴィエットさん!」

「はいはい、おはよ――」


 セリヴィエットは目を疑った。

 エントランスに降りてきたハルの格好は制服ではなく、村で暮らしていた時の格好をしていたからだった。


「制服は?」

「……」


 余りに黙りこくるので、三式八咫烏の柄に手を伸ばした。


「だって、アレ着心地悪いんだよ!?シャツとかゴワゴワしてるし、ズボンなんて妙に硬くて動きずらいし!だったらこっちを着たほうがいいと思うんだ!」

「ワガママ言うな、子供かアンタは!もう学院の生徒になったんだから、行事をきちんとこなすのも役目なのよ!」


 ヴィクトリアが前もって「ハルを頼む」と言ってきたのは彼がマクシミリアンの息子であり、ディルメンスの家が抑えているのだとアプローチしたい側面もあっただろう。

 が、それ以上に、


「アンタがフリーダム過ぎると、メディアがロジュニア学院の伝統について懐疑的な目を向けてみなさいよ。理事長をやってるお母様が困るの」

「それを言われると弱いなぁ。分かった、着替えてくるってば」


 しょんぼりとハルは項垂れた。彼とて、誰かの迷惑になるのなら改められる素直さは持ち合わせているのだ。叱られた犬のような顔で、ハルが来た道を戻っていく。

 が、不意に振り返った。


「あのさ、良かったら着替えとか手伝ってくれたりは」

「先に行きます。入学式は講堂で行われますので、どうか遅刻しないよう」

「えぇ!?一緒に行くんじゃないの!?」


 セリヴィエットは外套を翻し、そそくさと寮を発つのであった。

 これ以上付き合っていては入学式が始まってしまう。いくらヴィクトリアたっての頼みとは言え、遅刻を是とするほどセリヴィエットはハルに対して心を開いてはないのだから。



 ₡



 政府機関の議員や職人組合の組長、教会の師父などの有力者の挨拶ほど新入生にとって、つまらないものはない。ロジュニア学院の運営に参画している以上、運営費用は彼らから預かったものであるから、新入生にお目通ししなければならなかった。

 オペラホールさながらの講堂に弛緩した空気が充満した頃、いよいよ彼女の挨拶となった。

 壇上にヴィクトリア=フォン=ディルメンスは、マイクの前に立つなり指でマイクを弾いた。

 ハウリングが弛んだ空気を参加者の眠気ごと吹き飛ばし、緊張を取り戻す様はまるで魔法のようであった。


「皆さん、入学おめでとうございます」


 ヴィクトリアは壇上からの景色を眺める。今年の新入生は396名。例年に比べると数は少ないが、質は良いと信じている。


「これから皆さんはロジュニア学院で破砕者(ブリンガー)候補生として研鑽を積んで頂きます。不安の念を抱く者もいるでしょう。ですが、私は皆さんは希望の象徴であると捉えております。皆さんが我々の平和を脅かすSQと対峙する、重要な任務を任せられるに足る逸材であるからです」


 未だに実感がない彼らを観察すれば、セリヴィエットの言葉の意味を理解している者は少ないことが分かる。結局のところ、自分を殺すつもりで振るわれた暴力に立ち向かえ、というのを理解させるなんて、一度で出来るわけがない。

 とは言え、自らの娘と言った例外もいるのだ。折角ならばとヴィクトリアは一人の例外を担ぎ上げることにした。


「さて、堅苦しい話はここまでにして。皆さんは既に聞き及んでいる者もいることでしょう。かの英雄、マクシミリアン=カルヴァードの息子が我が校に入学していることを」


 会場がざわめく。

 幾度となくSQの侵攻を食い止め、討伐隊のレベルを押し上げた伝説の破砕者(ブリンガー)、マクシミリアンの名前を知らぬものなどいない。歌劇やドラマで知っている若き英明なマクシミリアンは、突如として姿を消したが、それがいつの間にか子を儲けていたとは。


「彼はシティの外で育った故に、常に悪評が付きまとう事でしょう。やっかみもされる。しかし、下らぬ評価を跳ね除け、彼こそ破砕者(ブリンガー)の次代を担う一柱になるであろう事実を、皆さんは名と共に覚えておいてください」


 講堂の照明が落ちる。一身にスポットライトを浴びるヴィクトリアが大仰めいた動作で新入生の一角を指差した。


「彼の名は、ハル。ハル=カルヴァード!」


 高らかに名前を呼び、スポットライトが指差した先を照らす。新入生が、父兄が、メディアが、その一点に集中する。

 だが、その席には誰も座っていない。そもそも座った形跡すらない。


「……」


 ヴィクトリアは見事なポーズを決めたままであったが、細められた目がセリヴィエットを捉える。どういうことか、と詰問する視線だった。夏でもないのに、全身から冷や汗が噴き出るのではないかと錯覚するほどの冷徹な目であった。


(あの馬鹿!ホントに行事をボイコットするわけ!?)


 頭を抱えたいのは此方も同じであったから、親子のアイコンタクトで瞬時にやり取りをする。


「マクシミリアンの息子って言うんだから、肝が太いな!入学式を欠席するなんて!」

「馬鹿なだけだろ。シティの外で育ったんだから」

「ヴィクトリア=フォン=ディルメンスとマクシミリアン=カルヴァードの出会いはここロジュニア学院だと言われている。2人は実力は拮抗していて、主席と次席の熾烈な奪い合いをしたらしい」

「どうした急に」

「黎明期から破砕者(ブリンガー)としてノウハウを積み上げたディルメンスと、破天荒ながらも強さにどん欲なカルヴァードが在籍した三年間は、黄金時代なんて言われて最もロジュニア学院のレベルが高かったそうだぞ」

「つまり二人の子供がいる今年も黄金時代と期待されているのか。なら、候補生から歴史に名を残す戦士が生まれる可能性は無きにしも非ずだな」

(とびきり早口の奴いるわね……)


 僅かな息苦しさを感じて、セリヴィエットは天井に視線を逃がした。

 眼下では、ハル不在によって引き起こされたカオスを強引に纏めようと四苦八苦する母があった。


(アイツ、何やってるんだか)



 ₡



「おはようございます。1-Aのクラスを担当するナッシ=フィクセンです。よろしくお願いします」


 新入生、ライリー=フォン=アイリスベルは壇上で挨拶をする若い男性教師を見て、鼻を鳴らした。


(ロジュニアの教師と言うのは覇気がないのか?一流の戦士を育てるならば、身なりも整えたらどうなんだ、バカが)


 かつて第六戦略主要都市にその人ありと雷名を轟かせた祖父の血を色濃く受け継ぐライリーは、幼少のみぎりより破砕者(ブリンガー)となるべく教育を受けていた。彼の成長を周囲は誉めそやし、口々に祖父の跡を継ぐのは自分なのだと持ち上げる。

 そうして順調に成功体験と自己肯定感をどこまでも高めた彼が仮とは言え、破砕者(ブリンガー)としてのライセンスを発行された事実は、ライリーの人格形成に多大なる影響を与えることになる。


(どいつもこいつも腑抜けた奴ばかりじゃないか。SQを駆逐し、人類の恒久平和を実現する崇高な任務に就けるとは思えない。入試担当は脳が足りてないんじゃないか?)


 共に研鑽する学友を一笑に付し、彼の興味は最前列に座る少女へと移った。彼女と出会ったのは、5年前のダンスパーティーだったが、50人程度の生徒の中でもひときわ目立つ豪奢な金髪と美貌は見間違うはずもない。


(しばらく見ない間に美しく実ったものだな、セリヴィエット=フォン=ディルメンス)


 ロジュニア学院の制服に身を包んだセリヴィエットは、コンサバティブなエロスを感じさせ、ライリーは唇をなめとった。


(祖父がこの学院に通えと仰ったのは、偏に破砕者(ブリンガー)としての心積もりを周囲に授けるためかと思ったが、それだけではないのだな!戦士としての血を次の世代に残すために相応しい妻を得ることも目的であったか!)


 肥大化したエゴイズムと思春期特有の万能感、更には特権階級の選民意識がブレンドされたライリーは、正しくシティに生きる者の典型であると言える。


(何がカルヴァードか。カルヴァードなど前時代の英雄の息子など、アイリスベルの紡いできた歴史の前には――)


 ライリーの思考を遮るかの如く、勢いよくドアが開いたのはその時だった。


「間に合ったぁ!」

「はい、間に合ってませんよ」


 息を切らし、教室に駆け込んできたのは少年だった。かつての極東、ニッポンなる国の色を感じさせる顔立ちであった。しかし、そんなことよりも。


「え、もう制服汚してるよ。あれ、泥じゃないの?きったなぁ……」

「てか、アイツのネクタイの結び方変じゃね?」

「髪の毛とか汗でべったりじゃん」

「――――」


 ライリーは沈黙した。それほどまでに、ファーストインプレッションの場でこうも醜態を晒す、少年の正気が疑わしかったのだ。

 ナッシは慣れた様子で、タブレットの生徒名簿と少年の顔を照らし合わせた。学生である以上、遅刻はよくあることと割り切った態度だ。


「えっと確かキミの名前は……」

「あ、えっと、ハルです。ハル=カルヴァードです」

「あれが……カルヴァードの息子だと……!」


 彼の名前に教室が騒然とする中、ライリーがそれを口に出してしまったことに気付くには数秒の時間が必要であった。

 それ程までに生まれて初めて彼が味わう衝撃は大きく、重かったのだ。



 ₡



 ハルの席は幸いなことにセリヴィエットの隣であった。

 不幸であったのは席に着くなり彼女が抜き身の刃の如き目を向けてきたからだった。


「……ごめんなさい」

「怒られるようなことをしている自覚はあるんですね」

「でもね、聞いて欲しいんだ。ちゃんと理由はあるんだよ?」


 これ以上そんな目で見られたら、身体が二つに切り裂かれかねない。クラスメイトの自己紹介をしり目に、ハルは余所行きモードのセリヴィエットに慌てて次第を説明した。


「セリヴィエットさんに言われた通り、まずはちゃんと着替えたんだよ」

「見ればわかります。見事なネクタイの縛り方ですよ。私はそんな芸術的な縛り方を教えた覚えはありませんが」


 ハルの首元のネクタイはねじりスカーフの様相を呈していた。


「うぐっ、これから練習するってことでそこは見逃して欲しいよ。それでね、講堂に向かってる最中に寮への荷物を積んだトラックが止まってるのが見えたんだ」

「顛末はもう見えました。その荷物の配達をやっていたのでしょう?」

「無視するのも気分悪いしね。やっと終わって講堂に向かったら入学式は終わってたし、皆が教室に行ったって係の人が言うから急いだんだけどね……」


 ハルはがっくしと肩を落とした。


「貴方は本当に人助けが好きですね」

「困ってたら助けたいなぁって思っただけだよ。好きとか嫌いとかじゃなくってね」


 結びなおしたネクタイを見せびらかしつつそうハルは告げるも、帰ってきたのは冷ややかな視線のみだった。


「その心意気は立派ですが、何事にも限度があると言っているんです。貴方が来なかったので、入学式で少々混乱があったんですよ」

「うん、係の人から聞いたよ。迷惑かけちゃったし、あとでヴィクトリアさんにも謝りにいかないとなぁ……」


 意気消沈するハルに、セリヴィエットはおもむろにハンカチを差し出した。


「結果的に広告店を上手く動かせたので、貴方が気にすることではありません。あれはお母様の悪ふざけですから」

「娘がそれ言っちゃうんだ」

「娘だから言えるのですよ」


 セリヴィエットは無造作にハンカチをハルの机に置くと、「ですので」と言った。


「反省するのはもう辞めなさい、ハル=カルヴァード。それで顔の泥を拭って、学生の本分を全うしてください」

「……もしかして、気遣ってくれてる?」

「下らない。貴方に配慮など不必要でしょう」

「はは、そうかもね。ありがとう」


 セリヴィエットは話すことはもうないと視線を切った。

 薄青のレースのハンカチはいかにも高級品で使うのは気が引けたが、セリヴィエットの優しさを無下にしないべく顔の泥を拭う。

 そうこうしているうちに、ハルの自己紹介の番が回ってきた。


「では、カルヴァード君、壇上に」


 名前を呼ばれたので、軽く息を吸って壇上に上がる。色めき立っている教室が静かになるまで待ってから、ハルは口を開いた。


「えぇっと、ハル=カルヴァードです。シティに来てからまだ日が浅いので、皆さんにご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか仲良くしてもらえると嬉しいです」


 そう言って、ハルは教室を見渡して軽く会釈した。まばらな拍手を受けてほっと一安心したのもつかの間、気になる視線を感じた。


(あの人だけは何だか敵対ムードだなぁ)


 最後列の男子生徒がハルを睨み付けていた。短い頭髪がワックスでツンと立っているので、目つきの鋭さも相まってライオンのようにも見える男子だった。

 名前は確か、ライリーだったか。はて、自分が何かしたのかと問いかけようとしたものの、


「はいっ、質問いいですか?」

「えっ、あ、はい。僕に答えられるのなら」

「やった」


 女子生徒の一人が高々と手を上げたので驚いて意識が逸れてしまった。


「マクシミリアン様の息子なの?」「シティの外から来たって本当?」「実技試験で壁をぶっ壊したって聞いたぞ」「デブの寮長を首にしたってマジか?」「彼女いますか!?」


 矢継ぎ早の質問に目を回しつつも、応えているうちにライリーに問う事も出来ずに、彼の学院デビューはつつがなく進行していくのだった。

これにて入学編は完了。

次回から、本格的にセリヴィエット攻略編です

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