入学前が一番お金がかかるのですよ
「≪蛍雪≫と言いましたか、超スローの散弾をさながら機雷のようにエネミーの周囲に展開することで動きを拘束する。これはバリアを広げさせる狙いもあったのでしょう。そうして、薄いガードを≪穿孔≫なる杭を射出して割った。敵のデータ、自分の手札を理解している素晴らしい回答でした」
「お母様はあれを見てもよく平然としていられますね」
セリヴィエットは壁に目を向けた。ハルの渾身の一撃は確かにドルメルスを貫いた。しかし、余りある破壊力は敵を粉々に粉砕しただけでは止まらず、一直線に壁に飛んでいった。そうしてシミュレーションルームの壁もやっぱり粉々に粉砕し、大穴を開けてしまったのだ。
「輝煌武装の出力は精神感応係数によって決定する。よって高い数値を引き出せれば、当然こうもなりましょう」
楽し気に笑ってヴィクトリアが背後を仰いだので、セリヴィエットもそれに倣った。
「この度は、大変申し訳ございませんでした」
下手人であるハルは、先ほどからしきりに土下座している。悪意が全くないのが余計に質が悪い。怒るべきなのか呆れるべきなのか分からず、セリヴィエットは大穴の向こうの景色を見た。綺麗な夕日が浮かんでいた。
「壊した壁は一生かけてでも弁償しますから、村の人にまで借金を負わせるようなことにはならないよう、どうにか……」
「顔を上げてください、ハルさん。試験中の事故ですから、気に揉む必要などありません。責任は実技試験担当のフェルマー先生が負ってくれます。ですよね?」
「……」
「OKだそうです。良かったですね」
先ほどまでの狂気はどこへやら、フェルマーは大穴を呆然と眺めているだけで一言もしゃべらない。責任をすべて押し付けると、ヴィクトリアは「さて、」と姿勢を正した。
「ハルさんはシティの人間ではありません。ですが、破砕者足り得る資質をお持ちです。どなたか反論はありますか?」
スタッフたちに異論はない。そもそも、壁を破壊するほどの潜在能力を秘めるハルを手放す理由は一つもない。彼らに頷くと、続いてセリヴィエットへと向き直った。
「リヴィは如何でしょうか?彼の入学に反対ですか?」
「私は……」
心の奥まで見透かされそうな目から自分の心を隠す様に、セリヴィエットは顔を背けた。
「お母様の意見に従います」
「結構。フェルマー先生も「……」はい、ご意見ありがとうございます。それでは、ハル=カルヴァードさん」
「は、はい!」
ハルは慌てて、居住まいを正した。半ベソの顔を見ると、嗾けたセリヴィエットからしてみれば罪悪感が勝るのでやめて欲しかった。
「おめでとうございます、貴方をロジュニア学院の新入生として歓迎しましょう」
両手を大きく広げて、そう宣言した。スタッフからまばらな拍手が送られる。眼をしばたたかせたハルが現実を受け入れるまでたっぷり2、3秒の時間が必要だった。
「ぃやったぁぁぁぁぁぁ!合格だぁぁぁぁっ!」
飛び跳ねまくって喜びを全身で表現している様は、欲しかったオモチャを買ってもらった子供を連想させる。これが先ほどまで泣きべそをかいて正座をしていた男だなんて誰が分かるのだろうか。
「ハル=カルヴァード、落ち着きなさい。お母様の話はまだ終わっていませんよ」
ヴィクトリアが話したげにしているのに気付き、そろそろ止め時かとセリヴィエットが口を開いた。その時だった。
「セリヴィエットさん!」
ハルが駆け寄ってくるなり、セリヴィエットの右手を両手でつかんできたのだ。
「えっ、あ、あれ……?」
驚いたセリヴィエットが手を引こうとする。が、ハルは手を情熱的に握りしめたまま、離そうとしない。
「セリヴィエットさん、キミがいたから僕は皆との約束を守れたんだ!うん、キミは僕の運命の女神だよ!」
「え……」
握り締めたままの手を上下にブンブン振りながら、興奮冷めやらぬ口調で言う。ハルの顔を見上げるセリヴィエットの頬が、みるみる赤く染まる。母とスタッフの優しい視線に気づいてしまったからだった。断じて、ハルの笑顔に見とれたわけではない、断じて。
「本当はね、ズルいことしてきたからもういいやって投げようと思ったんだよ!でも、キミが背中を押してくれた時、負けたくないなぁって思えて力が湧いてきたんだ!」
「ハル=カルヴァード、あの、少し落ち着いてください。声が、大きいので」
「落ち着け?そんなの無理だよ、セリヴィエットさん!この嬉しさはキミから貰ったものだから、キミと分かち合いたいんだよ!いいでしょ!?ね?ね?」
いよいよ大型犬の耳と尻尾が見えてきた。かつて街角で見た、目をキラキラさせながら尻尾をぶんぶん振っているゴールデンレトリバーにそっくりだった。散歩中だったあの子も誰彼構わず抱きつきに行っていた。
「で、でしたら私の手を離してください……!皆さん、こっちを生暖かい目で見てますよ」
「え、なんでさ。キミの手、すっごく触り心地いいよ?ちょっと冷たいけど、ほっそりしてて柔らかくて女の子なんだなぁって思える、」
その先の言葉は続かなかった。セリヴィエットがハルの手を払いのけるなり腕をホールドし、彼の腰を跳ね上げた。少年が宙を舞い、哀れ受け身も取れずフロアに背中を叩きつけられた。身長差を物ともしない、見事なヤワラに拍手喝采が巻き起こった。
「私、デリカシーのない男性は死ぬべきだと思ってます」
血が凍るような声だった。途端にハルが、はっと我に返った顔になった。慌てて身を起こして恐る恐る周囲を見渡せば、好奇の視線に気づいて肩をすぼめた。
「……ごめんなさい、セリヴィエットさん」
しょんぼりとハルが言う。叱られた犬そのものとなったハルに向かって、ヴィクトリアが苦言を呈す。
「いいですか、ハルさん。これからロジュニア学院の一生徒として生活するにあたり、学内のルールを守っていただくことになります。宜しいですね?」
「……はい、宜しいです……」
「元気があるのは大変喜ばしいですが、この学院内には気難しい生徒もいらっしゃいます。大声やボディタッチは出来れば控えてください。そして握手は兎も角、ハグはもってのほかですよ?」
「――――」
ハルの沈黙が何を意味するのかを悟って、セリヴィエットの視線がより鋭さを増した。三枚おろししても有り余る鋭さであった。
「残念ながら我が校にハグの文化はありません。なので、もししたくなったのならリヴィにだけしてください」
「お母様?」
冗談のつもりなのだろうか、と思うがヴィクトリアの鉄面皮の上からではその本心を図ることは出来なかった。セリヴィエットはこれからのことを想像して、途方に暮れた。
(こんな奴に懐かれても全然嬉しくないわよ……)
₡
入学手続きに行くというヴィクトリアと別れ、ハルはセリヴィエットに学生寮へと案内してもらう事となった。ヴィクトリアが先んじて手配してくれたのだ。
「その締まりのない顔は何なんですか」
「ん?そうだね、なんかワクワクしててさ」
ハルは顔を揉むも、やはり期待に頬を緩んでしまう。
「僕、皆で寝たり起きたりするの始めてなんだよね。あぁ、すっごく楽しみだなぁ!」
「そんなことですか。いちいち大袈裟です」
「むむ、そうかな。セリヴィエットは慣れてるみたいだけど」
「入寮を済ませていますので。ですが、私だって寮生活は始めてですよ……あ」
セリヴィエットが失言したと気付いたのは、ハルの目が仲間を見つけたと爛々と輝いたのを見逃さなかったからだった。機先を制するように、セリヴィエットが咳払いをした。
「ンン!学生寮は複数ありますが、私と貴方は同じ寮で暮らすこととなります」
「なら、部屋に遊びに行ったり出来るんだ!」
「男性は五階以上には上がれません。女子生徒の個室や大浴場がありますので」
「えー!じゃあ、セリヴィエットさん遊びに来てよ!」
「……あちらに見えるのが件の学生寮です」
「おぉ!」
学院の広大な敷地の南方は、学生寮が乱立するエリアとなっている。その中央に、ボザール様式の瀟洒な建造物が聳えている。そして、ロジュニア学院において、第一学生寮≪トルディア≫より背の高い寮はない。そのような寮で生活する者は、平凡な者として周囲に認識されることはない。
例えハルがシティの外からやってきたとしても、そのステータスを裏付けてくれるである。
「貴方の部屋は2階の奥、211号室です」
指紋認証によるロックを解除したセリヴィエットの後に続く。共有階には他の入寮者の姿もあって、ハルの興味を悉く刺激するが、中でも興味を引いたのは甲斐甲斐しく動き回る燕尾服やロングスカートらだった。
彼らは年齢もまちまちで、中には老年の男性もいてついつい目で追ってしまう。
「あの人、学生じゃないよね?」
「まさかメイドやボーイを見るのも始めてですか?」
「あれがそうなんだ!メイドって言葉だけは父さんから聞いたことあるんだよ。あれだよね、男性が憧れる女性のハイクラスジョブ!」
不正解とばかりに白い目を向けられ、ハルは渋面を浮かべた。
「トルディアの寮生は特別に使用人をつけることが出来るのです。身の回りの世話などを行ってくれるようですよ」
「ようですよって……。キミにはああいうの居ないんだ?」
「実家では雇用していましたが、ここには連れてきていません。第一自分のことくらい自分で出来なくてどうしますか」
「だよねぇ」
すれ違ったメイドの紺色のロングスカートが波立つのを眺めていたハルに、「まさか」と尖った声が突き刺さった。
「貴方も雇用したいとでも言うんではないでしょうね?」
「服は欲しいかなぁ」
「メイド服を!?」
「そっちじゃないよ!?燕尾服ね、あっち!ほら、部屋はもうすぐだから急ごうか!?」
「ちょっと!背中を押さないでよ、ド変態!」
完全に引いたような表情で見られ、ハルは慌てて弁明する。指をさされた老年の執事に平身低頭して謝ると、セリヴィエットの背中を押して部屋に向かう。みすぼらしいハルの背格好をすれ違う者らが悉く訝し気に見てくるが、「こんばんわ!」とにこやかに応えることにした。
そうして辿り着いた211号室には、ネームプレート代わりのスクリーンに「ハル=カルヴァード」の文字が表示されていた。
「取っ手に指紋認証機能が付いていますので、それで開けてください」
「セリヴィエットさん、そんなに肩をごしごししなくてもいいんじゃないかな」
「私には指紋認証機能はありませんから」
「仲良くなるために実装してほしいな」
無言で笑顔を浮かべるセリヴィエット。早く入れと言わんばかりの圧力に屈し、ハルは自室へと足を踏み入れた。
「うっわぁ……!」
夕日が差し込む室内は、かつてのハルの部屋とは比較にならないほど広かった。それは寮の部屋と言うよりも、いっそ高級ホテルの一室といった趣さえある。ベッドを始めとした調度品も品がよく、先んじて運ばれていたハルのくたびれたキャリーケースが異物感を醸し出していた。
「お風呂がある!トイレもある!コンロもテレビも!」
「普通では?」
「村だと貴重品だよ!」
感動に打ち震え、部屋を走り回っていたハルだったが、あることに気付いて部屋を見回した。
「ところでセリヴィエットさん、スイッチはどこ?」
「switch?」
何を言っているのか分からない、と疑問符を浮かべるセリヴィエット。ハルは手を捻る動作をしてみせた。
「だって、パチンって電気を付けたり消したりするときに使うでしょ?トイレだってレバーがないし、お風呂に蛇口がないからお湯だって張れないよね?」
「そんなもの、寮にはありませんよ」
雷に打たれたような衝撃を受け、ハルはものすごい勢いでセリヴィエットを振り返った。
「嘘だよ!じゃあどうやって電気をつけたりするのさ!?」
「それはHRスクリーンを表示するとか、音声認識システムで指示するのが普通ですよ」
「そんな普通なんて知らないよぅ!なんなのさ、シティの人達はニュータイプなの!?」
「そうじゃなくて……」
がっくりうなだれるハルに代わって、セリヴィエットが手を振ってHRスクリーンを表示する。半透明の画面を操作して見せれば、部屋の照明が点灯する。
「こうやるんですよ、分かりましたか?」
「おぉぉぉ、魔法みたいだね!すごいすごい!」
「魔法って……。本当、感性が子供ですよね、貴方は」
見よう見真似でHRスクリーンを表示して、手当たり次第に弄りだした。証明が点滅し、冷暖房が生暖かい風を吹かし、全自動掃除機が踊り狂い、挙句の果てには洗濯機が勝手にドラムを鳴らす。最新機器の生演奏に、セリヴィエットの堪忍袋の緒が切れた。
「あぁ、もう!うるさいから辞めなさいっての!」
セリヴィエットの怒声が寮を震わせる。睨まれて、ハルはびくりとした様子で彼女を見下ろし、
「ごめんね、セリヴィエットさん。楽しくってつい」
「楽しいからって連打しない!ていうか、アンタのごめんは一々軽いのよ!なに、とりあえず謝っておけばいいって思ってるわけ!?」
「……ごめんなさい」
また謝ってきたものだから、セリヴィエットがハルを睨み付けた。けれど、怒りを滲ませる瞳を物ともせず、ハルは思わず嬉しそうな顔をしてしまう。
「あのさ、セリヴィエットさん」
「……こほん、なんですか、ハル=カルヴァード」
「敬語、もうやめない?」
セリヴィエットのコバルトブルーの双眸が真ん丸と見開かれた。
「キミがどんな理由でそんな喋り方をしているのか分からないけど、僕は何だか距離が遠くてやだなぁって思っちゃうんだよね」
「別に距離を取ってもいいではないですか。仲良くなるつもりはありませんし」
「大体、ちょこちょこ化けの皮が剥がれてるし、毎回取り繕うのも大変でしょ?だったら、普通に話したほうが楽だよ?」
「誰のせいでそんなことをしていると!」
怒鳴ろうとしたセリヴィエットは一転、あきれ返った様に顔に手を当てて黙りこくった。しかし、彼女が纏っていた張り詰めている様な空気がどこか柔らかい物へと変化する。
「そうね。アンタに敬語使っても徒労よね」
喜びから一転、蔑まれたハルが目を剥いた。
「嬉しいけど、何で!?」
「これは余所行きの私よ。あのね、アンタには理解できないと思うけど、ディルメンスの名前は目立つのよ。一挙手一投足が注目されるし、あーだこーだ言って持ち上げるの」
セリヴィエットは神経質そうに、自らの巻き毛を弄んでいた。
「だから持ち上げやすいように、仕方なく理想のディルメンスの娘を演じてるのよ。品行方正の親切なお嬢様、そんな特急呪物がいるわけないじゃない」
「いないんだ?」
「そーよ。マンガじゃあるまいし、そんなのメディアが作るアイドルよ。だからね、アンタに見せても疲れるだけだし、演じるの止めてあげる。残念だったわね」
「残念って?」
「清楚華憐なお嬢様じゃなくって」
此方を見下ろすセリヴィエットの目の奥に感情が揺れるのを目撃し、この少女のことが分かった気がした。
「そうかな?僕にとっては、セリヴィエットさんはセリヴィエットさんだったし」
「は?何言ってるんだか」
「ごめんね。僕の家族は変だから、全然うまく言えないや」
ハルにとっての家族とは、マクシミリアンと過ごした10年を指す言葉だった。曲がりなりにも普通の家庭です、とは言えない。
ハルは拙いながらも言葉を選んだ。
「キミは村が襲われたときに真っ先に飛び出してくれたし、エマちゃんも助けてくれた。それはディルメンスの娘だから助けてくれたんじゃないでしょ?フェルマー先生のズルにも食って掛かってくれたのも、背中を押してくれたのも全部ディルメンスのキミじゃなかったって僕は信じてるから」
「……」
「だから、えーっと!つまりは僕にとってはセリヴィエットさんって部分が重要なんだよ!」
興奮している様なワクワクとした口調で、嬉しそうな笑顔を浮かべて、セリヴィエットの顔を覗き込んだ。
「だから、敬語とかこれっぽっちも要らないんだよね!僕は仲良くなりたいし!」
「……アンタのこと、全然分からない」
セリヴィエットは呆気に取られて、もう一度瞬きした。
「ディルメンスに近いと色々言われるのに」
「その手の文言なら100回は言われてる。シティ出身だと村で色々言われるんだよねぇ」
「なにそれ。って言うかそもそも距離も近い」
両手で顔の真ん中を押されてバランスを崩して、転びそうになってしまった。セリヴィエットは笑っていた。それはハルの始めて見る笑顔であったから、つられて嬉しくなってくしゃりとした笑みを浮かべてしまう。
「それじゃあこれで友達だね!よろしく、セリヴィエットさん!」
「……友達、ね」
意気揚々と手を差し出すと、一瞬セリヴィエットの瞳に名状しがたい輝きがよぎったが、ハルが読み解く前にふっと溶けて見えなくなってしまった。
「それはお断り。それより、食堂とかの説明もあるから行くわよ、ハル=カルヴァード」
「え、ちょっと待ってよ!まだフルネーム呼びなの!?」
「別に私はアンタと仲良くしたいとか思ってないし」
「んひぃ!」
ハルを先導するセリヴィエットの歩幅が、今までよりも少しゆっくりになっていることに、ハルは気付いたが、それを口にすることはしなかった。
それくらいのデリカリーは持っているつもりだった。
₡
壁の一件は、有耶無耶の内に終わってしまった。
ハル=カルヴァードが実技試験で満点以上の成績をたたき出したというのもあるが、名門たるロジュニア学院がシティの外からやってきたと言うだけで入学を拒んだという恥部を、理事会の誰一人として追求したくなかったのだ。
とは言え、全責任を押し付けられたフェルマーが寮長の座を追われ、一介の教師になったと聞いた時にはハルとて流石に申し訳なく思ったが、謝るだけ逆効果だとセリヴィエットに言われたのでそれっきりだった。
ともあれ、入学試験を偏った成績で合格したハルは、晴れて候補生としてロジュニア学院へ入学を決め、ついに入学式の日を迎えるのだった。
ちょっとは仲良くなったかな……?
ともあれ次回で入学編もおしまいです




