それが血の繋がらない親子の始まり
父と母が、殺された。
あのごつごつとした手で父が自分を撫でてくれることも、母が優しく微笑んでくれることももうない。
代わりに、2人だったものが少年の半身に届き、肉と臓物で包み込んでいる。
「どうしてだよ……!」
ズボンを小便でみっともなく漏らしながら、立つことすらままならない少年は問いかけた。
巨大な拳から血を滴らせているゴリラにも似たソイツは巨体のあちこちから、赤い結晶体が生えている。
スピリット・クォーツと名称された異形生物。
生きる結晶体と名付けられた奴らに対話するだけの知能はない。勝手に現れては人を街を蹂躙していく侵略者だ。運悪く出会ってしまったら、殺される前に逃げるしかない。
けれど、少年にとってそんな鉄則など知ったことではなかった。
「返せよ……っ」
恐怖を噛み殺して立ち上がり、怪物を睨み付ける。
このまま逃げるなど、誰がするものか!
「父さんと母さんを、返せよぉぉぉぉ!」
肉片を振り払い、少年が怪物目掛けて走り出す。そして、振り被った拳を叩きつける。だが、ただの子供の拳では殺せない。
煩わし気に払った怪物の手のひらが彼を吹き飛ばす。
受け身も取れず地面に叩きつけられ、右腕から嫌な音が聞こえた。
「っ……!」
激痛に泣き叫びたくなるが、歯を噛み締めて飲み込んだ。
「諦めない……諦めるもんか!」
巨体を睨み付け、少年が叫ぶ。
「お前が殺したんだ!父さんも!母さんも!お前は、絶対に許さない!」
右腕を押さえて、彼は立ち上がった。
「腕が一本折れたからなんだ!腕はもう一本ある!脚も二本ある!全部潰されても、身体を、頭を使ってでも倒してやる!」
畳みかけるような怒号に、怪物が身震いした。只の少年の気迫に、怪物が怯えたのだ。彼が一歩踏み出せば、気後れして後退りする。
「良い啖呵だったな、坊主」
「え?」
その時だった。くたびれた声が聞こえた。
男が、少年の頭に手を乗せていた。
「SQを怯ませるなんて俺にも出来ねぇ。お前、俺よりも戦いに向いてるぜ」
黒髪に赤いメッシュを入れたその男が乱暴に頭をかきむしるものだから、張りつめていた緊張の糸が切れて、押し留めていた涙がぼろぼろと零れていく。
「安心しろ、坊主。お前の怒りは俺がキッチリ晴らしてやる」
男が、少年を背中に隠すように立った。大きな背中から、安心感を感じた自分を見つけて、少年は返事代わりにその背中を叩いた。
「痛ぇんだけど!」
「ふざけんな、おじさん!これは僕の感情だ!アンタなんかにやってたまるか!」
「……」
子供の我儘であることくらい、本能的に理解していた。叫ぶだけの無力な子供だと。それでも、言わざるを得なかった。父と母の仇を他人の手に任せることだけは、どうしても許せなかったのだ。
「お前、名前は?」
先ほどまでとは打って変わって、真摯な声音で男は尋ねてきた。
何気ない言葉なのに、少年も、怪物でさえも動けないほどの圧があった。
「は、ハル……」
「ハル。オーケーオーケー、覚えたぜ。それじゃあハル」
壊れた少年の世界は、この瞬間に覚醒した。
「お前、今日から俺の息子になれよ」
₡
2077年 第30廃棄エリア――旧ベラルーシ ホメリ州
紅葉を生い茂らせた針葉樹の森林。枝の一つに腰を下ろしていたハルはその瞬間を待っていた。
数メートル先では空間がひび割れ、次の瞬間には木端微塵に吹き飛んだ。
真っ赤な穴となったそこから、怪物が大挙を成して現れる。
2メートルほどの二足歩行で、頭にはカブトムシの如き見事な結晶状の角が生えている。
「ライノスだね。メジャーなタイプだけど、最近どうにも出会いが増えたなぁ」
ハルは数える手を止めて、腰の六角形のケースから得物を引き抜いた。
彼の手に収まっているのは、蒼銀色に点滅するキューブだった。
「それじゃあ、片付けますか!」
狙いを定めると、彼は枝を蹴り飛ばして、宙へと舞った。同時、キューブがシステム音声を鳴らした。
【アドヴェント開始】
目も眩む閃光がハルの手から吹き上がる。頭上から降り注いだ光の雨に、ライノスの大隊がどよめき、動揺が走る。
「どっこい、しょぉ!」
その隙を逃さず、ハルが光を振り降ろした。光はライノスを脳天から砕き、一瞬にして体を粉微塵へと変える。
もしも怪物に表情があるのならば、きっと驚愕していることだろう。光と思っていたそれは今や銃と大剣を混成させた凶悪にして強靭な武器へと変貌を遂げていたからだ。
その大きさたるや、15歳となったハルの身の丈を追い越すほどであった。
【展開安定】
「団体様ご案内!ウェルカァムっ!」