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孤島のキルケ  作者: モモチカケル
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八 海豚《いるか》とヤマネコと漂着者

 とかげの顔をした男の後を付いていくと、幾人かの大工衆らしき男達が車座になっていた。

 どうやら海豚いるかの顔をした男が設計の責任者のようだ。

 男は船の模型を私に見せてきた。

 まゆのような甲冑かっちゅうのようなそれは、もはや船と言って良いやら分からぬ代物であった。

 私は困惑の色を隠すこともなく、海豚いるかの顔をした男を見た。

 キンとした耳鳴りがすると共に、海豚いるかの顔をした男が手まねきをした。

 大工衆は私たちを見送り、私と海豚いるかの顔をした男だけが地下へと続く階段を下りた。


「ぱちっ」

 耳慣れない音と共に光が飛び込んでくる。

 無機質な部屋の壁には、海豚いるかの顔をした男が手にした模型の原寸大の船が海に浮かんでいる様が映し出されていた。

 昨夜私を引っ搔いたオオヤマネコが乗っている。

 影絵のようなからくりだろうが、風景をそのまま映すとはどのような原理なのか皆目見当もつかない。

「馬鹿な」

 映し出された船は、水筒のふたを閉めるようにオオヤマネコの体を隠すと瞬く間に海の中に消えた。


 私は船を作ってくれと言っているのだ。

 棺桶を作って海に沈めてくれと言った覚えはないぞ――。

 私は意思疎通の出来ない現状を呪った。

 海豚いるかの顔をした男は私の肩をたたき、壁を指さした。

 黙って見続けろと言うことかと思い直し、壁に映された光景を見てみる。

 水平線近くからぬっと棺桶のような船が現れて、水筒の蓋のような部分が開いた。

「どういう事なんだ。これは海女のように海底を泳ぐ船なのか。あり得ない!」

 私の驚きもどこ吹く風で、オオヤマネコがすまし顔で蓋の部分から出てきた。

 彼はそのまま船の上で丸くなって日光浴をしていた。


「私がここから抜け出すための船はこの棺桶のような船なのか。そもそもこの棺桶は何を動力にして動いているんだ」

 矢継ぎ早の質問に海豚いるかの顔をした男はしばし下を向くと、持っていた紙と筆で海藻の煮汁らしきものが分離した上澄みを描いた。

 それを黒い模型の後部にある弁当箱のような入れ物に入れるのだと手ぶりで示す。

「これは、何なんだ」

 人力でもなくゼンマイ式でもなく、何をどうしたら海藻の煮汁の上澄みで船が動くのかと私の頭はひどく痛み始めた。


「あなたは近場の漁師ではないのか。漁師が普通に使っているような船ではだめなのか。私はこんな見たことも聞いたこともない船は動かせないぞ」

 海豚いるかの顔をした男は、憐れんだような顔で私を一瞥いちべつした。

 そして聞いたこともない異国の言葉を、空に向かって早口でつぶやきはじめた。

「きええええっ!」

 海豚いるかの顔をした男は奇声を上げると同時に、私の額をぐりっと指でこじ開けた。

 背骨を火炎が駆け上るような衝撃と共に視界が異様に広がった。

 私は己の姿を、まるで他人を見るかのような視点で観察していた。


 私はたった一人深海に投げ出されたようだった。

 深海なのか闇夜の果てなのか分からない。

 静まり返った何の気配もない場所で、意識だけがいやに明晰めいせきだ。

 そして己が棺桶のような船に乗せられて海中に沈んでいくのを、他人の如く見ていた。

 私は船の中にいる自らの姿と外から見える船の姿を同時に見て、さらには船の構造や海流なども瞬時に捉えていた。

 どうやら海豚いるかの顔をした男の得体のしれない術によって、一時的に超感覚を開かれたらしい。

 棺桶のような船は、沈んでも水が中に入ってくることはなかった。


『この船は貴方の世界には未だ無いものですが、別世界ではすでに実用化されています』

 いしゅたるの時と同じく、脳内に直接声が流れ込んで来た。

『別世界とは何のことです』

 私は声を出したつもりだったが、声を出したつもりの私の声もまた脳内に直接流れ込んでくる。

 いや、体が船の中にあって私が私だと思っているこの意識は今体の中にない。

 となれば、直接声が流れ込んだと知覚している主体は何なのだろう――。

 私は闇夜の果てで、船の中の体とへその緒でつながれた胎児のような心持になった。


『タコつぼ湾の激流を避けて進むには、この船で海底に潜って進むのが最善の策です。自動で操縦できますので舵取りの必要はありません』

『流されるままでいろとでも』

 思わず私は声を荒げたが、その声も耳からは聞こえてこなかった。

『海藻の上澄みを動力源とし、動力源の補給なしで最大で半月の間航海可能です』

 海豚いるかの顔をした男はまるでからくり人形のように、一方的に情報を伝えてきた。

『これは以前手掛けた試作品ですが手を加えて十六夜いざよいの月には間に合わせます』

 今日が新月の筈だから随分と早く仕上がるものだと感嘆しつつ、この船以外の選択肢ははなから用意されていないのだと覚悟した。


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