七 島の工場にて
目を覚ますとまだ夜明け前のようだった。
あれだけ饒舌だったいしゅたるの姿も気配も、忽然と消えていた。
妻と子は元気にしているだろうか。
そもそもこの小島と故郷での時間の進み方は同じなのだろうか――。
『死の世界だと決めつけたのはそなたであろう。ここはそなたが死の世界と思えばそうなり、生の続きだと思えばそうなる世界に過ぎぬ』
いしゅたるの言葉が何度も脳裏をめぐる。
例え私が未だ生の世界の住人であるとしても、竜宮城へ赴いた男のように故郷に戻った時には妻と子どころか子孫すら既に亡くなっている事もありうる。
私の脳裏に、出迎える者も無くただ一人老爺の姿で海岸に取り残されたかの男の姿が鮮明に浮かび上がった。
私は胃の中が空になるまで嘔吐した。
汚した寝台もそのままにふらふらと厠に向かった私は、蛙やとかげなどの顔をした人型の男達が、うずたかく積まれた木材を大八車で引いていくのを見た。
一刻も早く船を完成させ、この島から逃げ出したい――。
私は朝食を勧めるきるけえを制して一心に大八車のわだちの後を追った。
私は酷く焦っていた。
湿気を帯びた重い砂に何度も転びながら走り続けると、大八車が見えてきた。
「私はきるけえの客人で、故郷に向かう船を一艘仕立ててもらう約束をした。所であなた方は船大工だろうか」
とかげの瞳孔が刀のごとく縦に細くなった。
「もしそうなら私を現場に案内して頂きたい」
とかげはふいと前を向くと、そのまま大八車と共に歩き始めた。
大八車はうっそうとした低木が生い茂る低湿地を、車輪を泥にとられながら進む。
およそ四半刻(約三十分)で、川端に建つ石造りのやたらと高い天井の建物にたどり着いた。
中ではさまざまな動物の顔をした男たちがカンナで木材を削ったり、猫やうさぎの名残をもつ女たちが布を旗竿にせっせと巻き付けていた。
どうやらこの島の工場らしい。
食い入るように作業場を見つめる私に焦れたのか、とかげの顔をした男は指で船の作業場で戻るように指示した。
ここの船大工は元々はここいらの漁師たちであろうから、私の知る船作りの工程とはさほど変わるまい。
私は乾いた木材に糸で器用に印をつけていく大工たちを見ながら、少なからぬ安堵の念を抱いた。
「これはきるけえと約束した私のための船の準備か」
とかげの顔の男に尋ねたものの、彼の手ぶりからすると違うようだった。
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