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孤島のキルケ  作者: モモチカケル
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五十三 鳩の代わりにきつつき、箱舟の代わりに潜水艦

 船が大波にさらわれたのだと思ったが間違いだったらしい。

「何も心配は要らぬ。ワシはこう見えてイシュタルに力を奪われる前は立派な神だったのだぞ。ちょっと酒が好きすぎたのが祟ったがな」

 鷹の背に乗った私は水神と共に、タコつぼ湾のタコつぼ渦が巨大な目のように海を移動しながら全てを吸い込んでいくのを呆然と見つめていた。


 鷹の背に乗った私はしろばち山の頂上に送り届けられた。

 陸地らしい陸地はしろばち山の頂上のみだった。

 館も工場も跡形もなくなり、ふらんそわも紋次郎もんじろうも綺堂もいなかった。

「いしゅたるはどうしたのです」

「イシュタルの父親がお灸を据えたよ。あの娘は死すべき者の前では自分を全能の神と言ってはばからなかったが、天空を司るいと高き神の娘でしかないからな」

 水神は穏やかな声で答えた。


「ワシがうっかりしていたものだからイシュタルに地上の権能が殆ど移ってしまったが、最終的に神々の力を与えるのも奪うのもいと高き神の御業であるからね。その意味ではイシュタルとて全能ではなかったのだ」

「彼女の所業は我々死すべき者から見れば神のようにも悪鬼のようにも見えましたが、彼女が神である事自体は真実なのですか」

 私は羊のような巻き毛の髭を蓄えた水神のひざ元に止まって尋ねた。

「左様。彼女は神ぞ。荒ぶる自然そのものぞ。大地が激しく揺れ山が火を噴き水に風が死すべき者を飲み込み吹き散らしても、死すべき者はその営みを止める事は出来ぬ」

 私は黙って水神の言葉を聞いた。


「死すべき者は荒ぶる神と向き合う事で、神から与えられた力の一分を試行錯誤を繰り返しながら死すべき者の天地にあらわすのだ。その積み重ねを死すべき者が世代を超えて引き継ぐ営みそのものが、人の歩みであり文明と呼ばれるのだよ」

「水に飲まれた者たちは皆人に戻れるのですか。元の世界に戻れるのですか」

「本人にとって最も良き所に行っておる。半獣人や獣人から元の姿には戻るがね」

「では私も今からでもあの渦に飲み込まれれば」

 飛び立とうとする私を水神は優しく掌で包んだ。

「トミー・ビスにも言われただろう。主は早合点がすぎるぞ。主がきつつきになり、今こうして全てを見ている事に意味があるのだ」

「どのような意味があるのでしょう」

「それを外に尋ねてはあやまつぞ。主自身の内に問うておれば、いずれ答えも見つかるじゃろう」

 私は水神の掌の上で、一つ目のような海を見つめた。


 下弦の月が新月へとやせ細る間、私は鷹と水神と共に海をただ見つめていた。

「そろそろ良いじゃろ」

 三日月の夜が明けかかった頃水神は私を肩に乗せ、しろばち山の頂上からふもとへと歩き始めた。

 水神のために道を開くがごとく水は引いていき、海岸にまで押し寄せていたタコつぼ渦も跡形もなくなった。

 水が引いた跡には館の痕跡の石と木の根がわずかに残るのみで、今までに起こった全ての事が幻であったのだとさえ思えてきた。

「さて、誰が来るかな」

 水神は心なしか弾んだ声で、すっかり穏やかになった波の向こう側を見つめていた。


「おいおい、まだリバプールに戻れねえのかよ全く勘弁してくれよ」

 黒とも茶色ともつかぬ髪を短く切ったトムは、頭巾のついただぼだぼの白い上着にくるぶしまでのからし色の細い袴のような服を身に着けて、ハイブリッド型パイケーエス式潜水艦の残骸につかまっていた。

「よう、あんたは結局きつつきになったまま戻れなかったんだな」

「まあな」

 私の声は人間の声になっていた。

「声だけ人間で体がきつつきってんじゃどうにも出来ねえ」

 とむは水神をちらりと見ると、誰だこいつと失礼な問いを私に投げかけた。

「拙僧はこちらに来てしまいましたか。まだ修行が足らぬと言う事でしょうな」

 海豚いるかの顔をした男は、草船に流されていた時のような若く秀麗な顔立ちをした青年僧の姿になっていた。


「あんたもこっち組かい。お互い苦労するぜ、何一つ残っちゃいねえ」

「いやいや、何一つ心配はいりませんよ。あると思えばある世界なのですから」

「あんたの言うゼンモンドウって奴は相変わらず分けが分らんな」

 それで構わんと言い残すと、海豚いるかの顔をした男は私に向かって問いを立てた。

「さて、拙僧は自分に何という名前を付けるべきか」

「いや、知らんな」

「ではそれで。拙僧の名はイヤ・シランナ。改めてよろしくお付き合いのほどを」

 私は目の前の男が冗談を言っているのかと思ったが、本人は至って本気のようでイヤ・シランナと三回唱えると奇声を発して空中に浮かんた。


「なあ、俺たちこれからどうなっちまうんだろう」

 とむは言葉とは裏腹に、まっさらな島で起こるこれからの事を楽しみにしているようだった。

「いや、知らんな」

「何か御用で」

 空中で浮いたままの海豚いるかの顔をした男改めイヤ・シランナが問うてきたので、今後返答に『いや、知らんな』という言葉は使うまいと私は思った。

「なあ、とむが神猫に成りすまして紋次郎もんじろう達を焚きつけて、島に寄越したんだろ」

 私はとむの肩に飛び乗って軽く髪をつまんだ。

「俺は勝手に神社のマスコット猫にされただけだ。神主は俺の言葉が分かるってんで色々と話してやったら面白がりやがってな」

 とむは髪をむしられると思ったのか、私を肩口からしっしと追い払った。


「あの神主の野郎、飲み友達に話を思いっきり膨らませてしゃべりまくってよ。週刊誌で話題になったのを良いことに、神猫金運アゲアゲ財布やら神猫ラブいちゃペンダントに神猫ご長寿枕カバーなんぞをせっせと作っては通信販売で売りさばいてウハウハよ」

「つうしんはんばいって何だ?」

 私はきつつきとなった今となっても、『売りさばく』と言う単語には敏感だった。

「あんたが商売していた時代にゃ無かった物の売り方さ。神主の野郎、俺のおかげでハーレーだのポルシェだの乗ってやがるくせに、俺にはべちょべちょのキャットフードしかくれねえのな。ケチだぜあいつは」

 はーれーだのぽるしぇだのきゃっとふーどだの、また私の分からない言葉が増えた。


「それじゃ紋次郎もんじろう達を島に送り込んだのは、とむの計画じゃないって事か」

「あいつら本当にたどり着けたのか。漁協のおっさんの所に、元気な兄ちゃん達が化け物狩りをしてやるんだってやってきてな。それでおっさんが面白がって、一体百万円でどうだなんて言ってた所までは俺も知ってるがまさかなあ」

 とむは呆れたと言わんばかりに顔をしかめた。


「そりゃそうと神主の野郎、俺のお告げだなんて言いながら勝手に作り話しやがって参ったぜ。タコつぼ渦の中心にゃ水色のドレスを着た色っぺえお姉さんがいるだの、そいつに十本の腕があって、その手が狛犬やケルベロスみたいな犬の顔になっててぐるぐる回って渦を作ってるだの言ってよう。それで雑誌に載って通信販売でまた金儲け。大した錬金術だぜ全く」

「けるべろすって何だ」

「めちゃくちゃ怖い地獄の犬。きつつきなんか一瞬で食われちまわあ」

「おお嫌だ」

 私はとむの肩に飛び移った。


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