四十九 天女の羽衣
(前回あらすじ)
義兄弟の誓いに賭けてわが義兄小出紋次郎の助太刀を致す!と叫びながら小出紋次郎と共に入浴中のキルケを小脇に抱えた円綺堂。小出紋次郎の叱責にキルケを浴槽に投げ返すがキルケは頭から浴槽に突っ込んだため開脚状態で秘所が露になる。
円綺堂を追ってきた手下達が下劣な言葉ではやし立てる中、イシュタルは円綺堂に対し、また恥を掻かされたと立腹していた。
(登場人物紹介)
【私(二瓶十兵衛)】桃山時代にキルケの島へ漂着した織物商。既婚子あり。妻は子守歌が上手。
キルケに「(ある意味では)愛している」と告げた初めての男。そのせいでイシュタルの怒りを買い命の危機にさらされ、キルケによってきつつきの姿に変えられる事で生き延びることとなった。
【きるけえ(キルケ)】男を獣に変える人さらいとして恐れられる妖女。島で獣に囲まれて一人暮らしの喪女(ただし美人)。見た男すべてに一目ぼれする呪いをイシュタルから掛けられている。
【いしゅたる(イシュタル)】
自らを明星の大神と宣言する自信に満ち溢れた美しい女神。バビロニア時代からの恨みつらみがあるようで見た男すべてに一目ぼれ片思いをする呪いをキルケに掛けて海に投げ込んだ犯神。
【とむ(トミー・ビス)】リバプール出身の元潜水艦乗り現オオヤマネコ。人間時代は長身痩躯短髪。短気で気まぐれ飽きっぽい。イシュタルが嫌い。
地震が起こった際にハイブリッド型パイケーエス式潜水艦初号機で島を脱出し、母子南島の海鷹四方木神社の神猫様として祭られキルケの島について話している。
【海豚の顔をした男】元高僧。キルケの呪いを解こうとしたが撃沈し海豚の顔を持つ獣面人身になる。虚空蔵にアクセスして脱出用の船を設計製造していた所「私」が島にやってくる。モノによっては空から物質化もできる。
地震の際には荒れ狂うイシュタルを真っ向から封じようとした。今は水神エアの下で休んでいる。
【ふらんそわ(フランソワ・ド・ブロア)】シャンパーニュ出身。元十字軍志願者現黄金色の毛並みの犬。エルサレムに向かう途中で難破。キルケにとても懐いており、なぜかしばらく獣にならずに済んでいた。謹厳実直。
地震の際にはしろばち山の頂上にいるキルケの鷹と連絡を取り合って被害状況の把握などに努めていた。
【綿菓子のようなふわふわした何か(水神エア)】
イシュタルの古い知り合い。飲み比べに負けてイシュタルに水神としての権能以外を奪われる。「私」に呪い除けの水を持たせ、イシュタルとキルケの因縁と、キルケの怒りを防ぐ方法を教える。
地震の際に海豚の顔をした男とトムの安否について「私」に教える。
【小出紋次郎】
漁協から「化け物一匹につき百万円。きるけえは好きに任せる」との言質を取って化け物狩り《モンスターハンティング》にやってきた侠客の頭。
イシュタルとは並々ならぬ因縁があるようで……。
【円綺堂】
小出紋次郎の腹心である大男。何を考えているか良く分からないが無口で怪力。
バビロニア時代にイシュタルに酷く恥をかかせたらしいが……。
いしゅたるが放つ薔薇の芳香に呼応するように、綺堂の尻に噛みついていたふらんそわは、その牙を岩のような首に突き立てた。
「良いぞ犬。天の牡牛に変わりて、あの薄らとんちきを今度こそ懲らしめてやれ」
「イシュタル‼」
きるけえはイシュタルの存在に気づいたようだ。
「キルケよ。我を呼び捨てにするとは大した度胸よな」
いしゅたるはその姿を肉化させ、紋次郎にもはっきりと見えるようにした。
「久しいな、ギルガメシュ」
紋次郎は目の前の空間から突如現れたいしゅたるに怯むことは無かった。
紋次郎は干しヨモギが入った巾着袋を、いしゅたるに向かって差し出した。
「いつもいつも無駄に賢しらな男よな」
「何なのです、この女は」
紋次郎はきるけえに尋ねた。
「彼女はイシュタルと言う異形のものでございます。私はこの者に呪われているようなのです」
「ならば話は早い。実は私達は、ウツボ海の漁業組合からタコつぼ湾の化け物捕りを依頼されてここにやってきたのです。なるほどこの者が元凶と言うわけだ」
紋次郎が話している間も、綺堂とふらんそわは格闘を続けていた。
綺堂は頸動脈にかみついたふらんそわを引きはがして床に叩きつけた。
「熱くなるな。バビロンの大淫婦に使われてどうする」
私の放ったその言葉にはっと動きをとめたふらんそわは、肉化したいしゅたるには目もくれずじっときるけえを見守った。
「我を忘れたというか、ギルガメシュ」
肉化したいしゅたるは、わなわなと怒りに震えていた。
「貴方は誰だ。私には全く覚えがない」
興味がなさそうにあしらうと、紋次郎はきるけえを他の男たちの視線から隠すように立った。
「綺堂、手前ら。何故俺の命令に反してここに戻ってきたかは今は聞かぬ。船中のヨモギを絶やすことなく燻し続けておけ」
「はっ」
綺堂達は弾かれたように湯屋の外へ出て行った。
「ヨモギ如きで我がひるむとでも思うてか。明星の大神イシュタルに対して何たる侮蔑」
いしゅたるはよく響く透き通った声で紋次郎を詰った。
だが紋次郎にはもう何も聞こえないようで、いしゅたるには目もくれずきるけえの腰に手を這わせて唇を合わせた。
「私を愛してくださいますか」
唇を離すと、きるけえが祈るような面持ちで紋次郎に尋ねた。
「愛しましょう。あなたの事も」
きるけえの顔が複雑気に歪んだ。
きるけえは自分ただ一人だけを愛してほしいのだ。
きつつきに変化する前に、きるけえの呪いを解く愛はその愛ではないのだと私は伝えた。
だが必死の叫びは伝わらなかったらしい。
「私には三河に妻が一人いる他に、四人ほど愛人がおりますが宜しければぜひ」
「あなたは浮気な方なのですね」
きるけえははっきりと落ち込んだ表情で、紋次郎から身を離した。
「浮気ではありません。全員大切な私の宝です。無論貴女も」
私の隣では全裸になったいしゅたるが、美しい顔をゆがめて紋次郎に呪いの言葉をかけていた。
何ということはない。
明星の大神だの何だと偉そうに宣っていたが、紋次郎のかつての姿であった男に酷く振られた事を引きずっているだけだ。
そう思うと、肉化した上に全裸にまでなったのに、自分が呪いをかけた女を口説いているのを見せつけられている事をどうにもできないいしゅたるが滑稽でたまらなかった。
いや、何かがおかしい。
普段のいしゅたるならば何をおいても自分の思い通りにせねば気が済まぬ筈。
おめおめとこのような扱いを受け入れる存在ではないはずだ。
「ヨモギは化け物封じに効くとは真実のようですね」
ふらんそわが私に小声でつぶやいた。
「ああ。愛と言う言葉も効くぞ。ただし、胸が苦しくなるような恋ではない。広い、海のような母のような大きな愛だ」
私の言葉に、ふらんそわは愛、愛とつぶやきはじめた。
きるけえと紋次郎は、いしゅたるや私たちの存在も忘れてひとしきり睦みあった。
つい一日も経たぬ間に、私の事など忘れたように目の前の男に目を潤ませて足を開くきるけえを、私はきつつきの視線で見つめていた。
月の姫君のように、羽衣一つで生まれ変わりそれまでの思いもすべて忘れられるのは便利なのやら哀れなのやら私には判断がつかなかった。
ふらんそわは祈るように愛、愛とつぶやき続けていた。
ヨモギの芳香とふらんそわの愛の祈りのおかげか、いしゅたるはいつの間にか姿を消していた。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ブックマーク、下の評価を5つ星してくださると大変励みになります!ぜひよろしくお願いします!




