四十六 男の誉れ
(前回あらすじ)
異変を察知したトムは島の後事を海豚の顔をした男に任せてハイブリッド型パイケーエス式潜水艦初号機で島を脱出し、今頃は外界から皆を助けようとしているはずだと水神エアは言う。
獣体のまま脱出してどうするつもりなのだと訝しがる「私」の前に一艘の大きな船が見えてきた。
第六感の開発訓練のおかげで中の様子を千里眼で見ることが出来るようになった「私」は、乗組員の話からトムが母子南島の海鷹四方木神社の神猫様として崇められている事と、この島で起きていることを神社で告げている事を知る。
大きな船の首領は名を小出紋次郎と言い、漁協の依頼で「化け物狩り」をするらしく数十名の血気盛んな侠客を引き連れていた。
(登場人物紹介)
【私(二瓶十兵衛)】桃山時代にキルケの島へ漂着した織物商。既婚子あり。妻は子守歌が上手。
キルケに「(ある意味では)愛している」と告げた初めての男。そのせいでイシュタルの怒りを買い命の危機にさらされ、キルケによってきつつきの姿に変えられる事で生き延びることとなった。
【きるけえ(キルケ)】男を獣に変える人さらいとして恐れられる妖女。島で獣に囲まれて一人暮らしの喪女(ただし美人)。見た男すべてに一目ぼれする呪いをイシュタルから掛けられている。
【いしゅたる(イシュタル)】
自らを明星の大神と宣言する自信に満ち溢れた美しい女神。バビロニア時代からの恨みつらみがあるようで見た男すべてに一目ぼれ片思いをする呪いをキルケに掛けて海に投げ込んだ犯神。
【とむ(トミー・ビス)】リバプール出身の元潜水艦乗り現オオヤマネコ。人間時代は長身痩躯短髪。短気で気まぐれ飽きっぽい。イシュタルが嫌い。
地震が起こった際にハイブリッド型パイケーエス式潜水艦初号機で島を脱出し、母子南島の海鷹四方木神社の神猫様として祭られキルケの島について話している。
【海豚の顔をした男】元高僧。キルケの呪いを解こうとしたが撃沈し海豚の顔を持つ獣面人身になる。虚空蔵にアクセスして脱出用の船を設計製造していた所「私」が島にやってくる。モノによっては空から物質化もできる。
地震の際には荒れ狂うイシュタルを真っ向から封じようとした。今は水神エアの下で休んでいる。
【ふらんそわ(フランソワ・ド・ブロア)】シャンパーニュ出身。元十字軍志願者現黄金色の毛並みの犬。エルサレムに向かう途中で難破。キルケにとても懐いており、なぜかしばらく獣にならずに済んでいた。謹厳実直。
地震の際にはしろばち山の頂上にいるキルケの鷹と連絡を取り合って被害状況の把握などに努めていた。
【綿菓子のようなふわふわした何か(水神エア)】
イシュタルの古い知り合い。飲み比べに負けてイシュタルに水神としての権能以外を奪われる。「私」に呪い除けの水を持たせ、イシュタルとキルケの因縁と、キルケの怒りを防ぐ方法を教える。
地震の際に海豚の顔をした男とトムの安否について「私」に教える。
【小出紋次郎】
漁協から「化け物一匹につき百万円。きるけえは好きに任せる」との言質を取って化け物狩り《モンスターハンティング》にやってきた侠客の頭。
イシュタルとは並々ならぬ因縁があるようで……。
屋敷の中に残らず入った男たちを見渡せる庭の木に止まった私は、壊れた大窓越しに屋敷を荒らす男たちを見ていた。
きるけえを下種な言葉を叫び挑発しながら探す男達と、食堂の棚と言う棚を引っかきまわして金目の物を漁る男達。
二種類に男達の行状はきっぱりと別れた。
女と金は、いつの時代の男にとっても欲して止まぬものらしい。
きつつきの体になり、女も金も用無しとなった私は、人間の男とはかくも滑稽な生き物であったのかと彼らの行状にため息をつくばかりであった。
「あんた達、気に入ったよ。活きのいい男の血が欲しかったところさ」
うんざりしながら止まり木を離れようとした私の耳に、すっかり聞きなれてしまったあの声が響いた。
いしゅたるだ。
地震の前に見た時とは打って変わって、肉体が人の世の者のようにはっきりと見えていた。
「女だ!女だ!」
食堂の棚という棚を引っかきまわしていた男達が、興奮した声でいしゅたるに駆け寄った。
「女だと? きるけえか」
「おい、女だ。女は食堂にいるぞ」
物欲しげにきるけえを探し回っていた男達も、その声に呼応するかのように食堂に戻ってきた。
「どの男から食ってやろうか」
緋色の衣に鮮やかな紫色の外套を纏ったいしゅたるは、にやりと笑いながら薔薇の花弁を散らした。
きつつきとなった私の眼には、いしゅたるが男たちの肉欲と劣情を掻き立て吸い取り、己の力にしているのがはっきりと見えた。
「俺が欲しいんだろ、この淫売が」
「見た男全員を欲しがるって言うじゃねえか。俺たち皆で天国見せてやるよ」
男たちはいしゅたるに群がっては空を切って倒れた。
「あんた達、まだまだ若いね。女はもう少し焦らして扱うのが通ってもんだよ」
いしゅたるは、いそいそと下履きを脱ぎ始めた若い男達をからかうように、緋色の衣の裾をはためかせた。
「焦らすなよ、化け物。男日照りで疼いてたんだろ」
下履きを脱ぎ捨てたいかり肩の男が、いしゅたる向かって突進していった。
いしゅたるはふんと鼻で笑うと、濃い緋色の衣の裾をはためかせた。
「一人ずつは手間だ。全員我が面倒を見てやるぞ。来い」
濃い緋色の衣が突風でめくれ上がると同時に、いしゅたるに襲い掛かろうとしていた男たちは緋色の衣が起こした竜巻の中へと消えていった。
「次はどいつだ。我が欲しくてたまらぬだろう。恋と美の女神イシュタルに恋焦がれたのであろう?」
目の前で竜巻を起こし男たちを神隠しにしたのを見て、女だ女だと興奮しきりだった荒くれ男達は、下半身をだらしなく露出させたまま後ずさりをし始めた。
「いしゅたるだと。これが神猫様のお告げの御霊か」
「まずい。すぐ逃げろ」
冷静さを取り戻した男たちは、下履きを履き直しながらささやき合っていた。
だが、女に飢えた荒くれ男の方が圧倒的に多かった。
「きるけえに用があるんだよ。ババアはすっこんでろ!」
「ババアうぜえんだよ! きるけえ出せってんだよ」
「きるけえなら無料でヤリ放題なんだろ」
「きるけえ『は』良い女なんだろ」
まずい、と思う間もなく、『ババア』と『きるけえ』と言う単語にいしゅたるの怒気が膨れ上がるのがはっきり分かった。
「我でなく、あの小娘を欲すると言うか!」
いしゅたるの腕だけが肉化し、きるけえ『は』良い女と言い放った男の首を、野菊の花をもぐように床に打ち捨てた。
「ひいっ、殺されるううっ」
一人の若い男が金切り声を挙げたのが合図だった。
逃げ出そうとする男たちが将棋倒しになり、いしゅたるの体から放たれる薔薇の香りが止まり木までむわっと漂ってきた。
「この頃は我の神殿も馬や羊ばかりでな。若くて荒くれた男の欲望と生き血に飢えておったのよ」
倒れて呻く男たちを鼻であざ笑うと、いしゅたるは緋色の衣の裾を翻して男たちをを竜巻の渦に飲み込んだ。
はい出るように中庭に転がった一人の男を私はちらりと見たが、いしゅたるはその男には興味を示さなかった。
「二瓶十兵衛。我に下らず無力な水神にすがったせいでその様だ。後悔しておるだろう」
いしゅたるは、勝ち誇ったように止まり木に捕まる私を見下ろした。
私はいしゅたるに反駁する人語もすでに操れなかった。
「主は人では無くなった。今やろくに飛ぶことすら出来ぬ無力なきつつきよ。主はオオヤマネコになったトミー・ビスと同じく、愚かな過ちを犯したのだ。我に下れば良いものを、無力な者は無力な者に頼りたがる。愚かな事だ」
それでも私は後悔していない。
私は水神に下ったつもりもないが、いしゅたるに頭を下げなくて正解だったと改めて思った。
私はきつつきになったかもしれないが、私の精神は意に反して力に屈服する事を選ばなかった。
それは私にとって、最大級の誉れだった。
二十一人の男を食い散らかしたいしゅたるは、紫色の外套をはためかせて空に浮いた。
「血の気の多いばかりの雑魚は食いごたえが無い。これからきるけえに会いに来る男に用がある。今回こそきっちりケリをつける」
いしゅたる、とむとふらんそわにとってのばびろんの大淫婦は捕食動物のようににやりと笑うと、薔薇の花びらを一枚残して空へと消えた。
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