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孤島のキルケ  作者: モモチカケル
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四十二 黄金の夜明け(軽度の性的描写あり)

(前回あらすじ)

 キルケに対するフランソワの気持ちとかつて人間だった頃の欲を知らないフランソワがなぜキルケの成すが儘にされていたのかの答えを知ったトムは、お前は聖者の振りをした小役人でしかなく性欲をむき出しにした方がまだマシだとフランソワを強くなじった。

 うなだれるフランソワを用が済んだとばかりにトムは潜水艦から追い出した。

(登場人物紹介)

 【私(二瓶十兵衛)】桃山時代にキルケの島へ漂着した織物商。既婚子あり。妻は子守歌が上手。

 島で唯一の人間。島から脱出するための潜水艦に乗船するためキルケの誘惑を交わしながら奮闘中。

【きるけえ(キルケ)】男を獣に変える人さらいとして恐れられる妖女。島で獣に囲まれて一人暮らしの喪女(ただし美人)。見た男すべてに一目ぼれする呪いをイシュタルから掛けられている。

【いしゅたる(イシュタル)】自らを明星の大神と宣言する自信に満ち溢れた美しい女神。バビロニア時代からの恨みつらみがあるようで見た男すべてに一目ぼれ片思いをする呪いをキルケに掛けて海に投げ込んだ犯神。

【とむ(トミー・ビス)】リバプール出身の元潜水艦乗り現オオヤマネコ。人間時代は長身痩躯短髪。短気で気まぐれ飽きっぽい。イシュタルが嫌い。

【海豚の顔をした男】元高僧。キルケの呪いを解こうとしたが撃沈し海豚の顔を持つ獣面人身になる。虚空蔵にアクセスして脱出用の船を設計製造していた所「私」が島にやってくる。モノによっては空から物質化もできる。

【ふらんそわ(フランソワ・ド・ブロア)】シャンパーニュ出身。元十字軍志願者現黄金色の毛並みの犬。エルサレムに向かう途中で難破。キルケにとても懐いており、なぜかしばらく獣にならずに済んでいた。謹厳実直。

【綿菓子のようなふわふわした何か(水神エア)】イシュタルの古い知り合い。飲み比べに負けてイシュタルに水神としての権能以外を奪われる。「私」に呪い除けの水を持たせ、イシュタルとキルケの因縁と、キルケの怒りを防ぐ方法を教える。





 ふらんそわが出て行った部屋にしばしの沈黙が訪れた。

「もうすぐ夜が明けるな」

 洞窟の奥の真っ暗な船室に似合わない一言をつぶやいて、とむが伸びをした。

「夜が明ければニヘイさんがこの島に現れてからちょうど七日目だ。潜水艦自体の調整は終わっているだろ」

「ええ。潜水艦自体の改造調整はあらかた終わっています。出来れば本日より実際に潜水訓練を行いたい所ですが」

「ですが?」

 私の問いかけに海豚いるかの顔をした男は難し気な顔をした。

「出来るだけ潜水艦の中にいて欲しい所ですが、キルケが情緒不安定になる危険が高くなる」

「今のフランソワにキルケの相手が出来るかって言えば無理だしな。俺があんな事を言ったせいで、余計な気を使ってキルケのベッドに潜り込まなくなりそうだし」

「それは困ります。彼には極力キルケの気を惹いておいてもらわねば。船を作らせると約束したのはキルケ本人ですが、彼女の表層はともかく本心では大人しく二瓶にへい様を手放すとも思えない。彼女の術は本心に反応して発動するのですから」

 海豚いるかの顔をした男は、珍しく弱々しいため息をついた。


「潜水艦の中に出来るだけいて欲しい理由は」

「二つあります。一つ目は二瓶にへい様と潜水艦自体の同期を促進させるため。二つ目はキルケに二瓶にへい様の想念を読み取られないためです」

 無機物である潜水艦と私が同期する理屈が、今に至るまでまるで分らない。

 ただ、実際にそのように船を操った民族がいたと言うからには、無機物を人間の意志によって動かす事は不可能ではないのだろう。

 それが最も洗練された操舵方法とはとても思えないのではあるが。

「潜水艦との同期が進めばその分、私の思念送信力が高まる訳だ。きるけえが聞くまいとしても、私の思念が聞こえてしまう恐れがあるのだろう」

「それが最も怖い。地震の件もありましたから一刻も早く二瓶にへい様をこの島から送り出したいのです。チップのおかげで思念送信力を更に上げるように調整すれば、その分潜水艦との同期も早く強く進みます。本来ならそうしたい。ですが」

 海豚いるかの顔をした男は、いったん言葉を切って私を見据えた。

「さらに思念送信力を上げるように調整すれば、きるけえと同じ館で暮らす事は不可能なほど私の本音が丸聞こえになってしまう。そうでしょう」

 私の推測に、海豚いるかの顔をした男は大きくうなずいた。


二瓶にへい様は無になりきる事は出来ていないのですから、思念の垂れ流し状態です」

「それじゃ不安と焦りが最高潮に達したキルケが、ニヘイさんを獣にしてしまうのは確定じゃないか」

「さりとて潜水艦にこもり切りで戻ってこなくなっても、鬱陶しくなって捨てられたと思い込まれて発作が起こり、二瓶様は獣にされる事必定でして」

 とむは顔をくしゃくしゃにした。

「だからフランソワの野郎が小難しい御託なんぞ並べず、人間の時にとっととあの女のご機嫌取りをしてくれりゃ片付いたんだよ」

「ご機嫌取りもそう楽じゃない」

 私はうんざりとした表情を隠そうともせずため息をついた。

 この調子では、館の中ではすぐにきるけえに私の心中が伝わってしまうだろう。


「満月の夜までは後八日か」

 とむが最も気をつけるべきだと警告した満月の日までには、海豚いるかの顔をした男たちのおかげで出航できそうだ。

 後八日何とか自分の欲や憤怒などに飲み込まれなければ、この淫夢めいた悪夢のような日々からは解放されるのだ。

 初めのうちはきるけえを連れて出ようとも思っていたが、私ごとき凡夫には到底御しえない存在だと思い知った今となっては彼女を置いて出ていく他はない。

 私は心の中できるけえに謝った。

「やはり一度館に戻られた方が良さそうです。急いで」

 急に海豚いるかの顔をした男の声色が変わった。

「潜水艦の中での話は他言無用。潜水艦についても動力等については話されませぬよう」

 私に念動力を使わせるのももどかしかっったようで、海豚いるかの顔をした男は自ら出入口を開けると私を急かすように追い出した。

「いくばくかの愛の欠片を与えてやってください。それで時間稼ぎをするしかない」

「はんぎんぜあめーと(※)」

 とむは潜水艦の中に居残るようで、耳慣れぬ異国の言葉を私にかけるなり丸くなった。


 愛の欠片と言われても、愛せないものは愛せない。いや、その想念を拾われては逆上させて獣に変えられてしまう。

 愛、愛、愛。

 私はぶつぶつと二文字をつぶやきながら、朱色の光が差し込む洞窟で目を細めた。

 一体私のような男のどこが良いのだろうと思いながら頬を撫で、いやきるけえは翁相手にでも片思いに苦しんでしまうのだと思い直す。

 全くひどく意地の悪い呪いを思いついたものだと、いしゅたるに悪態をつきながら潜水艦が格納された洞窟を出た。

 見渡す限りの水平線が黄金色に染まっていた。

 息子が生まれた日の朝と同じだった。

 浜辺の小屋に白装束を着た身重の妻が籠って三日ほど経った日の朝、浜辺中に響き渡るほどの赤子の叫び声が響いた時と同じ海の色だった。

『旦那様。跡取り息子でございましたぞ』

『妻は無事か』

 海辺に立つ私の下に走り来た乳母がはいと答え、私は人目もはばからず息子と同じように声を上げて泣いたものだった。

 あの時と同じ海の色だ。黄金の海だ――。

 私は館へ戻る事も忘れて、放心したように昇る朝日が海に映るさまを見つめていた。


「旦那さま」

 乳母と似ても似つかぬ柔らかな声で、私は自分が今どこにいるかを思い起こした。

 きるけえは、妻に似ていない。

「朝食の用意が出来ましたから」

 甲斐甲斐しく振舞うが、それはきっと彼女の本質ではない。

 きるけえは自分の強さを忘れている。

 男に好かれるための演技が板につきすぎてしまっただけなのだ。

「いらないと言ったら」

 私はふときるけえに意地悪をしたくなってしまった。

 きるけえは一瞬黒真珠の瞳を見開いたかと思うと、長く影を落とす睫を震わせた。

「そうですか」

 それだけ言うと、うつむいてとぼとぼと館への道を歩き出す。

 私は遠ざかっていく彼女の背を無言で見つめた。

 ふらんそわはいなかった。

 たった一人で黄金色の光を浴びながら砂浜を歩く彼女の姿がどんどんと小さくなっていった。

 きるけえは振り返りもしなかった。


「旦那さまっ」

 なぜ自分がこのような行動に出ているのかが分からない。

 遠のく彼女の背に向かって韋駄天いだてんの如く駆け寄ると、私は彼女の薄い羽衣のような上掛けを引っ手繰った。

 浜昼顔の群生の上に、きるけえの藤色の下履きが良く映える。

 私はきるけえのすんなりと伸びた形の良い両の脚を大きく開いた。

「どうか、ここでは」

 胸元のあわせを押し開くと、形の良く弾力と透明感のある両の胸がさえぎるものもなく朝日に照らされた。

「これがあなたの望みでしょう」

 答えは聞かなかった。

 初めて会ったその瞬間に私を押し倒して唇を奪い、湯屋で私を犯そうとした女の答えなど聞くまでもない。


 この島には人など私ときるけえしかいないのだ。

 月の出ている昨夜は月の力に呑まれたのか私の記憶は消えていたが、太陽の下ならば月の支配が届かないようだ。

 きるけえは私と同期する事もなく、あえかな声を上げながら形式上私に抗うふりをした。

「嘘つき」

 抗うように見せかけて私を絡めとっていくきるけえの耳元で囁くと、彼女は内腿を震わせながら私を強く挟んだ。

 何度も何度も、きるけえがりんご酒を私に飲ませてせがんだ口づけ以上のそれを与えてやると、黒真珠の瞳を蕩けさせながら私の背にしなやかな両の腕を絡める。

 私たちは二体の蛸のように四肢の全てを絡み合わせて、浜昼顔の群生を押しつぶし続けた。

 きるけえが背を大きく反らせて高い声を上げた瞬間、私は太陽の残像を目に焼き付けた。

 彼女の上半身が私の胸板に崩れ落ちると同時に、私の聴覚は再び波の音を拾い始めた。

 私は無言できるけえの長い髪をきながら、その背を赤子をあやすように何度も軽くとんとんと叩いた。

 きるけえは何も言わず、私の胸板に体を預けたままだった。


※ Hang in there,mate!(頑張れよ。気合入れていけ)

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