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孤島のキルケ  作者: モモチカケル
31/53

三十二 ハイブリッド型パイケーエス式潜水艦初号機

(前回あらすじ)

 朝食を食べようと食堂に入室した「私」だったが、陽だまりの中に在るフランソワとキルケに子供の頃に天草のセミナリヨで見た南蛮画が重なって邪魔せぬように館を出る。

 朝食を持って追いかけてきたフランソワから「私」とトムの分の朝食を受け取ると、「私」は島から脱出するために改造されたハイブリッド型パイケーエス式潜水艦の実物を見に行く。

(登場人物紹介)

 【私(二瓶十兵衛)】桃山時代にキルケの島へ漂着した織物商。既婚子あり。妻は子守歌が上手。

 島で唯一の人間。島から脱出するための潜水艦に乗船するためキルケの誘惑を交わしながら奮闘中。

【きるけえ(キルケ)】男を獣に変える人さらいとして恐れられる妖女。島で獣に囲まれて一人暮らしの喪女(ただし美人)。見た男すべてに一目ぼれする呪いをイシュタルから掛けられている。

【いしゅたる(イシュタル)】自らを明星の大神と宣言する自信に満ち溢れた美しい女神。バビロニア時代からの恨みつらみがあるようで見た男すべてに一目ぼれ片思いをする呪いをキルケに掛けて海に投げ込んだ犯神。

【とむ(トミー・ビス)】リバプール出身の元潜水艦乗り現オオヤマネコ。人間時代は長身痩躯短髪。短気で気まぐれ飽きっぽい。イシュタルが嫌い。

【海豚の顔をした男】元高僧。キルケの呪いを解こうとしたが撃沈し海豚の顔を持つ獣面人身になる。虚空蔵にアクセスして脱出用の船を設計製造していた所「私」が島にやってくる。モノによっては空から物質化もできる。

【ふらんそわ(フランソワ・ド・ブロア)】シャンパーニュ出身。元十字軍志願者現黄金色の毛並みの犬。エルサレムに向かう途中で難破。キルケにとても懐いており、なぜかしばらく獣にならずに済んでいた。謹厳実直。

【綿菓子のようなふわふわした何か(水神エア)】イシュタルの古い知り合い。飲み比べに負けてイシュタルに水神としての権能以外を奪われる。「私」に呪い除けの水を持たせ、イシュタルとキルケの因縁と、キルケの怒りを防ぐ方法を教える。





二瓶にへい様」

 到底オオヤマネコの全速力に叶うはずもなく、とむの足跡を頼りにぽつぽつと松林を歩く私の背後から声が聞こえてきた。

「朝食をキルケ様から預かってまいりました」

 ふらんそわは少しばかり息が切れているようだ。

「邪魔しちゃ悪いと思って、挨拶もせずに出て来たのだが」

 邪魔しちゃ悪い、に強勢を置いて見たがふらんそわには私が含んだ暗喩あんゆは届かないようだった。


「キルケ様が二瓶にへい様の機嫌を損ねてしまったかもしれないとお嘆きで」

「あなたがそばにいるのだから良いではないか」

 言ってからしまったと思った。

 これではまるで拗ねて嫉妬する子供のような言い草だ。

「私は獣になり果てましたから、もはや両の腕でキルケ様を抱きしめる事も叶わぬのです」

「抱きしめたいのか」

「あの悲しげな顔が少しでも安らぎに満たされるのならば、私はいくらでもこの体を差し出すつもりでした。しかし私の体は、もはやその用には耐えぬのです」


 ふらんそわの首に巻かれた風呂敷包みを解くと、経木の香りが鼻腔をくすぐった。

「昼食は別にお持ち致します。本日は造船所に向かわれるご予定ですね」

「私にも良く分からないが、恐らくはそうではないかと思う」

「かしこまりました。では後程」

 ふらんそわは踵を返すと、一目散に館を目指して走っていった。


 大きな鉄の扉で覆われた岩陰近くで、とむの足跡が消えていた。

『俺の居場所に来てみろよ』

 脳内にとむの声が響くので、私は何の手がかりもないままとむが好みそうな場所を探った。

 潮だまりを伝って海岸へと降りるが、とむの足跡も抜け毛も見当たらない。

『目を閉じて、目玉を上に動かして』

 海豚いるかの顔をした男の声がした。

 とむに笑われたみっともない顔になるのを承知の上で、目を閉じて目玉を上に動かす。

『外を見るでない、中のみを見られよ』

 胎息に近いほどかすかな息遣いを繰り返しながら、私はとむの気配を探った。

「分かった!」

 私は子供のように、海岸の岩場からかすかに見える奥まった洞窟へと一目散に走りだした。


「やれば出来るじゃねえか」

 引き潮の洞窟の中で、とむの目がぎらりと光った。

「そりゃちっぷなどと言う意味の分からぬものを体に入れられて、何の変わりもなけりゃ詐欺だろうさ。なあとむ、あの後ふらんそわが朝飯を持ってきたぞ。食うか」

「外で食おうぜ」

 とむはのそりと起き上がると、洞窟から日差しの降り注ぐ海岸線へとその身を現した。


「ここで良いか」

 潮で削られた平らな岩に腰を掛ける。

「俺の分も持ってきてら」

 昆布と貝しぐれの握り飯の他に、もう一つの経木の中に細かくほぐした魚が一杯に入っていた。

「飯の白い所もくれよ」

 昆布握りの白米部分をもいで、ほぐした魚が満載の経木の上に置くと、とむは旨そうにがっつき始めた。

「水」

 最小限の一言に応じて空いた経木を水受けにして差し出すと、とむは飯と水を交互に行き来した。

 腹が一杯になったのか、とむは満足しきった表情でごろりと横になった。

「行かなくていいのか」

「あんた一人で行ってろよ。俺はこれから日光浴だ。フランソワが昼飯を持ってくるだろうしな」

 それだけ言うと狸寝入り(猫のくせに!)を決め込んだので、私は一人洞窟の奥に入ることにした。


「どうぞ」

 洞窟の奥に鎮座する黒光りするそれは、私が地下室で見た時より一回り大きく感じられた。

「ハイブリッド型パイケーエス式潜水艦の初号機です。改良を重ねまして先日お見せしたものより航続距離が飛躍的に伸びております。操作性も高まっておりますので、直ぐに試乗訓練も出来ますでしょう」

 『初号機』があるなら『二号機』以降もあるのかと、私は少し引っ掛かりを覚えた。

 だが彼の説明は聞けば聞くほど意味が分からなくなることを思い出した私は、疑問を口に出さずに置いた。


 海豚いるかの顔をした男は、私に棺桶の蓋のような出入口を開けるように言った。

「どうやって」

「開くと思えば開きます」

 果たして、頑丈そうな出入り口は音もなくするりと開いた。

 私は勧められるままに狭い階段を下りた。

「出入口を閉めましょう」

 閉めようと思ったら閉まった。

「明かりを増やしましょう」

 同じ要領で明かりを増やすと思ったが、上手く明るくならない。

「あなたが思う明るさを思い描いてください」

 首をひねりながらもとむが浴びているであろう日光を思うと、暖かな光が船室全体を包んだ。


「一事が万事こんな調子なのか」

 私は辟易へきえきして思わず尋ねた。

「便利でしょう」

 いやいや、どこが便利なのだ。

 一つ一つの行為を頭の中で思い描かなければならない上に、本当は開けてはならない時に不意に出入口を開ける姿を思い描いてしまったらどうなるのだ。

 うんざりしながら私は海豚いるかの顔をした男を見た。

「無論、航行に支障を来す指示が操舵者から出た場合には自動運転プログラムが優先されますのでご安心を」

 どうにもご安心など出来そうにもないのだが、いちいち突っかかる時間もない。

「それ故チップの力のみに頼る事なく訓練が必要になるのです。的確な想念のみを明確に思い浮かべ、それ以外の雑念を一切捨て去る訓練が」

 その訓練が幽鬼のように歩き続ける事だったのか。

「あれは初歩の初歩に過ぎません」

 脳味噌が溶けだしたような昼下がりの数時間を思い出し、私は思わずうへえと気の抜けたため息を漏らした。


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