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孤島のキルケ  作者: モモチカケル
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二 きるけえと珍しい粥

 目を覚ますと、きるけえが貝とわかめを煮たてたかゆを枕元にまで運んできた。

 しかし私が知るかゆとは少しばかり匂いが違う。

 私は嗅ぎ慣れぬ匂いのかゆに少なからぬ抵抗を覚えた

「熱うございますからゆっくり召し上がられませ」

 男を食らい獣に変える恐るべき妖女だとは聞いていたが、実際のきるけえは幼子の如く素直で従順な気性のようだった。

 きるけえは私の要求通り、性急に私を求める事を止め、私の気持ちが落ち着くまでそっと見守る事にしたようだ。


「この赤い種のようなものも貝でしょうか」

 私は小指の爪ほどの赤いかぼちゃの種のようなものをすくい上げると、きるけえに尋ねた。

「それはクコにございます。旦那様のように体力が落ちた方には特に良い薬草です」

 赤い実を中央にあしらったどろりとした粥は、絶妙な塩加減の中にほのかな苦味と蜂蜜のような甘味がした。

 冷ましながら飲み下すと、わかめに混じった草の香りが鼻をついた。

「このような味付けの粥は初めて食べました。薬膳の一種ですかな」

「はい。旦那さまのようにお体を冷やしてしまわれた方には、特に良うございます」

 きるけえは恥ずかしそうにうつむきながら粥の説明をした。

「薬膳料理は得意なのですか」

 私の質問に、きるけえはしばらく押し黙ると、こくりとうなずいた。

「そうですか」

 それ以上何を言ってよいやら分からず黙って粥をすくっているうちに、きるけえの大きくあいた胸元からちらりと見える両胸の突端がクコの実に見えてきた。

 私の体はかゆの力で体温と生気を少なからず取り戻したようだった。


「大層おいしゅうございました。ごちそうさまでした」

「気に入っていただけたようで良うございました。またお作りしましょうか」

「では冷え込んだ夜にでもまたお願いいたしましょう」

 私の言葉にきるけえは生娘のように頬を染め、はにかんだように微笑んだ。

 その笑みは、妻のあけっぴろげな笑顔とは似ても似つかぬものだった。

「失礼ながらお休みの間に、家の者に命じてお体は拭き清めておきました。改めて湯をつかわれますなら案内いたしますが、いかがなさいますか」

 言われて初めて、潮が皮膚にまとわりつく特有の心地悪さが無いことに気が付いた。

「いえ、まだまだ寝足りぬのです」

「かしこまりました。ではごゆっくりお休みくださいませ」

 きるけえは空になったかゆを下げて部屋を出た。


 再び一人になった私は、改めて部屋を見回した。

 部屋の寝台は、私が慣れ親しんだものとは相当異なっていた。

 ふくらはぎほどまでの高さの足台の上に、敷き布団にしてはやけにかさ高な布団が敷かれている。

 掛布団は触るとさわさわとかすかに音が鳴り、ずいぶん軽いが温かい。

 このような品はどこで手に入れられるのか、次にきるけえが来たら聞いてみようと私の胸は高鳴った。

 だが今の私はどこで手に入れられるのかを知った所で、二度と商いに出る事も出来ぬのだと直ぐに目の前の現実に打ちのめされた。


 気が付けば私は、妻が子供に聞かせていた子守歌を口ずさんでいた。

 私が私のために子守歌を歌ったところで、一向に眠くもならなければ安心もしないのは承知の上だ。

 妻は特段目立つ女では無かったが、歌声だけは雲雀ひばりか天女かと言うほどに伸びやかで、妻が歌う子守歌を聞いているだけで私の心は清められた。

 妻の声に似ても似つかぬ野太い男の声ではあったが、子守歌を歌っている間だけは余計な事を考えずに済みそうで、私は一心に子守歌を歌い続けた。


 さすがに子守歌を歌い続けて喉が痛くなってきたので再度部屋を見直した。

 部屋には見たことのないような調度品に溢れていた。

 子供のころに父に連れられて見学した天草のせみなりよの調度品に似ているが、それよりもずっと豪奢で、少し趣向が違う。

 平べったい瓦が無造作に積み上げられている一角に、羊皮紙に文字とも落書きともつかぬ書付が置かれていた。

 よくよく見ると、くさびのような何かの暗号のような記号が規則的に並んでいた。

 私は伸びをすると、部屋の奥の円卓へと歩み寄った。


 私の腰のあたりまであろうかという程の高さの円卓には、リンゴと桃を掛け合わせたような果物がかごいっぱいにこれまた無造作に積まれていた。

「何だこれは、珍しい」

 私にあてがわれた部屋のものなのだから、私が食べてもよいのだろうとリンゴと桃を掛け合わせたような果物に手を伸ばした。

 刹那せつな、私の手に落雷が走った。

「無礼者」

 鋭い叱責しっせきの声に、私は思わずひれ伏した。

 若い、しかしながら威厳に満ちた女性の声であった。

「そなたが六十人目の男か。中々良い」

 声の主に目を向けかけると、閃光せんこうが私の目をくらませた。

「無礼者、神の姿を見る奴がおるか。ひれ伏せい」

 私は訳も分からないまま、平べったい瓦が積み上げられた一角に向かってひれ伏した。

 そこが声の出どころのようであった。

 むわっとした薔薇ばらの芳香に、くちなしと青りんごの香りが混じったような空気が私を取り巻いた


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