二十七 愛人百人できるかな
(前回あらすじ)
チタン製チップを入れられた事で海豚の顔をした男にトムとフランソワと意思疎通が容易に出来るようになった「私」だが、チップが取り外せない事を施術の後になって知る。
慌てふためいた私に海豚の顔をした男は元の世界の「私」がいた桃山幕府が開かれた頃にはチップの存在を知る者自体がいないので読心術も使えて商売に有利だと説得する。
海豚の顔をした男とトムと話しているうちに「私」はふとある事に思い至る。
「きるけえは出会った男全てを愛してしまうのだろう。では仮にだ。漂着したのが大船団だった場合にはどうなる」
(登場人物紹介)
【私(二瓶十兵衛)】桃山時代にキルケの島へ漂着した織物商。既婚子あり。妻は子守歌が上手。
島で唯一の人間。島から脱出するための潜水艦に乗船するためキルケの誘惑を交わしながら奮闘中。
【きるけえ(キルケ)】男を獣に変える人さらいとして恐れられる妖女。島で獣に囲まれて一人暮らしの喪女(ただし美人)。見た男すべてに一目ぼれする呪いをイシュタルから掛けられている。
【いしゅたる(イシュタル)】自らを明星の大神と宣言する自信に満ち溢れた美しい女神。バビロニア時代からの恨みつらみがあるようで見た男すべてに一目ぼれ片思いをする呪いをキルケに掛けて海に投げ込んだ犯神。
【とむ(トミー・ビス)】リバプール出身の元潜水艦乗り現オオヤマネコ。人間時代は長身痩躯短髪。短気で気まぐれ飽きっぽい。イシュタルが嫌い。
【海豚の顔をした男】元高僧。キルケの呪いを解こうとしたが撃沈し海豚の顔を持つ獣面人身になる。虚空蔵にアクセスして脱出用の船を設計製造していた所「私」が島にやってくる。モノによっては空から物質化もできる。
【黄金色の毛並みの犬/ふらんそわ(フランソワ)】黄金色の毛並みの犬。キルケにとても懐いており、なぜかしばらく獣にならずに済んでいた。謹厳実直。
【綿菓子のようなふわふわした何か(水神エア)】イシュタルの古い知り合い。飲み比べに負けてイシュタルに水神としての権能以外を奪われる。「私」に呪い除けの水を持たせ、イシュタルとキルケの因縁と、キルケの怒りを防ぐ方法を教える。
きるけえは出会った男全てを愛する呪いを掛けられている。
ならば一度に何十人、いや百人以上の男達がこの島に降り立ったら呪いの力はどのように作用するのだろうか。
男の人数分一人当たりの呪いの力が分散されるのか。
それとも考えたくもないが、男の人数分のきるけえがこの島に現れるのか。
私は思考遊びのつもりで疑問を口にした。
「あんた面白い事を考えるな」
とむが飯だ飯だと言いながら一面真っ白な部屋を出て行った。
とむは余り物事をごちゃごちゃと考えたがらない性質らしい。
人間の頃から耳慣れぬ酒を飲んだくれは喧嘩に明け暮れていたらしいから、オオヤマネコに変化したから考え事が苦手になったと言うわけではなく元々の気性なのだろう。
とむに続いて海豚の顔をした男も部屋を出ていくので、私も握り飯の入った風呂敷をひっつかむと寝台を降りて彼らの後に続いた。
大きな鉄の扉の脇にある三角の印を海豚の顔をした男が押した。
ほどなく私たちをすっぽり包んでなお余りある巨大な箱が上に動き始め、一呼吸する間に扉が開いた。
太陽が空の真上で照り付けていたので、岩場の影にある鉄の扉までは直射日光が届いていなかった。
「ここなら涼しいや」
とむは岩場の陰に寝転がったまま、風呂敷包みを催促するように右前足で引っ掻いた。
「ちょっと待ってくれ」
私は開いた風呂敷包みを膝に乗せると、経木に包まれた握り飯の白飯部分をもいでとむの目の前に置いた。
「梅はあんたが食べてくれ」
白飯の部分だけをぺろりと食べると、とむは再度横になった。
海豚の顔をした男は、夢遊病者のようにふらふらと岩場の前を行ったり来たりしている。
私は水筒の水を飲むと、見るともなしに彼の動きを見やった。
ぼそぼそと経文をつぶやきながらフラフラと岩場をたゆたうその姿は、化け物そのものである。
「見目の良いものじゃないな」
私は岩場の先に見える潮だまりに太陽が真上から差し込んでいるのを見ながら、ほとんど梅しか残っていない握り飯を食べた。
「わかめは要らないのかよ」
「食べたいのか」
「半分でいい」
横になっていたとむは再びむくりと起き上がると、わかめの握り飯を飲み込んだ。
がっしりとした後ろ足で岩場を蹴ると、とむはやおら潮だまりに向かった。
潮だまりに前足を突っ込んでは、小魚と格闘しているようだった。
「二瓶様、先ほどの件ですが」
とむと分け合ったわかめの握り飯を食べ終わった私に、ふらふらとしていた筈の海豚の顔をした男が声を掛けてきた。
「実はこの島のキルケが元々いた世界で同じような事がありまして」
「昨日一時的に戻ったと言う場所か」
「ええ。そこでキルケは難破した船に乗った男たち四十余名をおよそ一年の間歓待しております。ただしその際は男全員を愛した訳ではなく、キルケはその船団の長であるオデュッセウスのみに惹かれたようで、残りの男たちはキルケの侍女たちと睦あったようですな」
「侍女たちはキルケの分身ではなくて」
私の問いに海豚の顔をした男は少々お待ちくださいと言うと、ぶつくさと経文を唱えながらあの幽鬼のような夢遊病者のような気味の悪い動きを岩場の陰で繰り広げた。
手持無沙汰になった私は、潮だまりに顔を突っ込むとむのしっぽがバンバンと岩場を叩くのをぼんやりと見ていた。
「別存在のようですな。キルケの影響を受けて他の男達とそれぞれ睦あったようですが。しかし興味深いのは、一度獣面人身にされてしまった男たちが膏薬の力で元通り、いや、元よりも見目麗しい青年の姿になっている事ですな。膏薬をこちらで再現できればあるいは」
「きるけえはある草があれば獣になった男たちを人間に戻す膏薬をこちらでも作れるとは言っていた。星形の花を咲かせるその草は九月の満月前の三日間のみ咲き、花がついた状態で刈って満月から次の新月まで月明かりにさらしながら干すことで効力が出るらしが、それがこの地で咲かない事に苦悩しているようだ」
海豚の顔をした男は一瞬難しそうな表情をすると、その顔をいつもの平静な面構えに戻した。
獣面にしか見えなかったはずの顔がちっぷとやらを入れられることで表情が分かってしまうのだから、後の世の技術とは大したものだ。
「ちょっとした物ならば虚空蔵に繋がれば情報を入手出来て物質化も出来るのですが、キルケが元いた世界は虚空蔵に繋がりにくく膏薬を物質化できるだけの情報がないのです。拙僧の修行もまだまだ半ばと言うことでしょうな」
目をすいっと細めた海豚の顔をした男の広い額から紫色の光が放たれるのが、私の目にもはっきりと見て取れた。
ちっぷを入れられた事で、とむが言う通り人体はつくづく退化した機能が多すぎるのだと思い知らされる。
犬猫に渡り鳥など、言葉も無いのにどうして意思疎通が出来るのかと不思議に思っていた。
しかし彼らが特有の周波数で声を出して通信をし合い、光や熱なども使って認識の共有が出来る。
人の使う言葉は誤解を招きやすく邪魔なぐらいだろう。
海豚の顔をした男が発する紫の光を通して、ぼんやりと当時のきるけえが月明りを背に花を干している姿が見えてきた。
確かにこれはうとんちゅ港で見たものとは背丈が違う。
「二瓶様がこの島を無事に出る事で私が得られる情報も莫大なものになりますから、二瓶様には念動力回路の発動に残り期間で慣れてくだるのが肝心です」
「地震で予定が狂ったのだろう。早ければ早いほど良いはず」
「ええ。十六夜の月に間に合わせるつもりではありましたが、貴方がチップの装着に同意してくださったおかげで同期の微調整が出来次第出立も可能になりそうです」
「同期の微調整か」
全く分からない概念だが分かったような口ぶりで頷くと、私は潮だまりで遊ぶとむを見やった。
「ふぁっく」
故郷の言葉を叫びながら水面を前足で叩いているのが見えた。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ブックマーク、下の評価を5つ星してくださると大変励みになります!ぜひよろしくお願いします!




