恐竜時代
この物語はフィクションであり、実在の人物、事件、団体等とは、一切、関係ありません。
覚醒
慶長5年9月。日本の関ヶ原で、戦が起こっていた。
「治部少輔め…。」
東西両軍20万とも言われる人間たちが、そこにいた。が、朝から降っていた小雨が止み、霧が晴れて、ようやく辺りの視界が見えてきたとき、人々の目の前に移っていたのは、とてつもないなく、巨大な生き物であった。
「何事だ!?」
城の天守にも届く程の巨大な鳥のような生き物が、平野に佇んでいる。
「これは夢か!?」
それは夢ではなかった。というのも、次の瞬間、その巨大な生き物が、雄叫びを上げた。
「…!」
そして、次々に兵たちを襲い、喰らった。
「大殿!」
「皆、逃げい!!」
家康は旗本に連れられて、山へ逃げた。
暴君の怒り
「何なのだ…。一体。」
「気を落ち着かれませ。」
小姓の一人が家康を宥めた。本陣は、一瞬で、壊滅状態になった。3万人近くいた兵たちの半数以上は、消え失せてしまった。
「殿。」
「平八郎。無事であったか。」
「殿も、よくぞ、ご無事でござった。」
本多忠勝であった。彼の軍は、家康本隊のやや前方に布陣していたが、彼の隊400人程は、騒ぎを聞き付けて、やって来たのだった。
「奇襲にござるか?」
「見なかったのか?」
「敵の姿は、何処にも。」
「兵ではない。鳥、いや獣だ、城程もある。大きな獣が、兵たちを喰らいおった。」
「…。」
忠勝は、家康の気が触れたのだと思った。
「大殿の仰られることは、真にございます。」
傍らにいた小姓が申した。
「城程の大きさの獣とは…。」
「そうだ。平八郎。戦は、どうなっている?」
「霧が濃くなり視界が見えませぬ故、何とも。」
忠勝は、偵察の兵を辺りに放つことにした。
大地の巨竜
「徳川の軍勢の姿は、見えぬか?」
「は。未だ、物見は、戻りませぬ。」
「もしや、霧に紛れて、この場を離れたのか…。」
石田三成は、島左近に遣いを出した。すると、本陣に、左近自らが、訪れた。
「しばらく、霧は晴れそうにありませぬ故、某が、霧に紛れて、奇襲を掛けまする。」
「其方が申すならば、許そう。」
左近は、手勢1000人程を連れて、濃霧の中を進んだ。
「馬が怖れているな…。」
途中で、馬の歩みが止まることがあった。左近自身も、何か空気の振動のようなものを感じていた。
「殿。何か見えまするぞ…?」
兵たちが足を止めた。その視界の先、五十間程の所に、何か大きな太さの木が立っているようであった。
「何だ、あれは?」
霧が晴れると、その全貌が明らかになった。
「おい。これは幻か?」
「さて…。」
見たこともないものがそこにいて、木の葉を食べていた。
「生き物なのか?」
四足で立つその脚の太さは、人一人程もあり、体の高さは、城の櫓程高い。長い尾と長い首は、どれほどだろうか。左近の視界一目だけでは、見渡せなかった。
「竜…。にございましょうか?」
「竜だと?」
そう見えなくもないが、何故、このような所に、竜が現れたのだろうか。
「放っておくぞ。」
左近は言った。目の前で行っている事態が呑み込めず、とりあえず後回しにした。
「徳川勢を探せ。」
兵たちのざわめきを抑え、左近は、竜から離れて、先に進んだ。
逆説の狩人
その頃、関ヶ原中心部でも、異変が起こりつつあった。
「ええい!何だこの生き物は。」
人ほどの背丈の鳥が、何匹も集っていた。最初は、兵たちも、めずらしそうに見ていたが、突然、その鳥たちが、噛みつき始めた。
「ぎゃあ!!」
噛みつかれた所の肉は削げていた。
「くそったれ!」
兵士が槍で突くと、鳥たちは、攻撃をし始めた。そして、陣内が、混乱に陥った。
「撃てっ!!」
組頭の命令で、足軽たちが、鉄砲を放つと、大きな音に驚いたのか、鳥たちは散って行った。
「南蛮の生き物か、これは…?」
1匹だけ、槍や鉄砲によって討ち果たした鳥が倒れていた。
「蛇のような肌触りにございまする。」
体表は爬虫類の皮のようだが、体の一部から明らかに鳥の羽が生えている。口の中は、剃刀のような牙が並んでいた。
「大坂方が放ったのか?」
「さて…。」
北谷の蜥蜴
「撃てえい!!」
西軍の小西行長と島津義弘の陣は、霧の中で、熊よりも、はるかに大きい金蛇に兵士たちが襲われていた。
「撃てえい!!」
島津の兵たちは、金蛇を槍で囲んで、鉄砲を撃ちかけていた。
「叔父上、某が参ります。」
種子島の弾丸を受けても、なかなか倒れることがない金蛇に、島津の将、豊久が、金蛇の背中にしがみつき、刀を突き刺した。
「おおっ!?」
金蛇は、暴れ回り、豊久を振り落とそうと、もがいているが、豊久も刀を掴んで、必死に抗った。
「撃てっ!!」
義弘の命令で、放たれた大鉄砲の弾丸が至近距離から、頭に命中すると、金蛇は、うめき声を上げて、その場に倒れた。
「やったぞ!!」
豊久が、金蛇の血で汚れた刀を拭いながら、地面へ降りてきた。
「南蛮の生き物にございましょうか?」
「聞いたこともない。」
象は見たことがあるが、この金蛇は、象よりも、大きい。
「二十人程が死にました。」
「人を喰らう生き物か。」
恐竜復活
彼らが出会ったのは、恐竜であった。タンバティタヌス、フクイラプトル、フクイベナートルなど、日本の古代の地層で発見されるべき化石の主であった。この恐竜復活現象は、日本だけに留まらず、この時、全世界同時に起こっていた。
突然、白亜紀より、時代を飛び越えてきた古代の動植物は、全く異なる17世紀の環境と生態系の中で、戸惑いながらも、懸命に生きて行った。1世紀程経つと、未知の感染症と恐竜によって、人類の数は、それまでの半数程になった。それでも、また、人類も懸命に生き残ろうと足掻いていた。
1765年。江戸。豊臣政権は江戸に関東府を置いて、支配に当たっていた。豊臣政権の中心地は、京、大坂にある。彼らは、武士でありながらも、摂関家として、朝廷の権威を背景にして、政治を担っていた。江戸には関東府。米沢に奥州探題。金沢に北陸探題。広島に西国探題。高松に四国探題。博多に九州探題を置いて、それぞれを支配した。西日本は、大坂の関西府が、東日本は、関東府が、担当していた。
竜と鳥
「豊家のやる事なす事には、呆れ返るわ。」
江戸の妓楼、奴亭では、若侍が2、3人、昼間から酒を飲んでいた。
「このままでは、日本は、異人たちに、乗っ取られてしまうわ。」
若侍たちが不平を言っていたのは、今、日本の抱えている国際問題であった。今、世界では、恐竜や伝染病により、土地を追われた人々が、新天地を求めて、海外に進出していた。大陸の内陸地域に、恐竜は多くいた。彼らは、外へ外へと生息域を広げ、人間の生育環境を脅かしていた。草食恐竜は作物を、肉食恐竜は家畜を襲う。恐竜たちに、大陸を追われた人々は、海を越えて、恐竜の少ない島国に移動した。日本、東南アジア、オセアニアである。その中には、アジア大陸だけでなく、ヨーロッパ大陸からの移民もいた。アメリカ大陸は、もはや、ヨーロッパから移住できる土地ではなかった。そこは、原住民と恐竜の住処となっていた。彼らヨーロッパ人は、矛先を東南アジアとオセアニアに向けた。中でも、オーストラリア大陸は、多くの移民が入植した。
もとより、その土地に住む人々も、恐竜に追われていた。少なくなった土地をさらに、分けるような目になっていた。
「蛮人たちは、竜鳥を獲って食っていると言うが。うまい物なのか?」
「いや。俺は食ったときがあるが、硬くて、食えぬ。」
日本人は、恐竜のことを竜鳥と言っていた。彼らには、羽毛の生えているものも多く、鳥のように見えたのだろう。それは、世界の他の国々でも、同じで、鳥とトカゲの中間に位置するものとされていた。ところで、恐竜の肉は食えなくはなかった。彼らのおかげで、人間たちは、農耕生活をやめて、再び、狩猟採集生活をするようになった文明社会もあったし、もとより、狩猟採集を生業としていた者たちは、彼らを新しい食糧とした。が、恐竜の狩猟には、危険も伴った。それでも、人々は、貧しい食糧を補うために恐竜を狩った。ちなみに、恐竜だけではなく、鳥竜と呼ばれた翼竜。魚竜はそのまま魚竜。日本近海に現れる首長竜は蛇竜と呼ばれていた。狩人は、そのどれもを獲物としたが、今まで、農耕生活をしていた文明社会の人々は、貧しいながらも、米や野菜と言った作物を育て、食糧としていた。日本では、その傾向が強く、竜鳥の類は、貧民の食べるもので、貴人や侍は、本来の米や魚を食べた。しかし、それら農産物も、恐竜の影響で少なくなり、移民たちは、商人が多く、税は金銭で支払い、全体的に作物は希少な物として、値が上がっていた。
政府の政策は、商業主義であった。彼らは、移民を歓迎し、その代わり、たくさんの税金を納めさせた。それで、潤うのは、主に関西の商人や大名役人たちであり、関東の侍の生活は、米の値上がりによって窮乏していた。それが、政府への不満に繋がったのである。
徳川大老
豊臣政権は、全国の拠点に大老を置いて、職務に当てさせた。奥州探題を大老上杉家に。北陸探題を大老前田家に。関東府を大老徳川家に。西国探題を大老毛利家に。四国探題を大老宇喜多家に。九州探題を大老小早川家に。そして、京、大坂には、奉行を置いて、政務に当たらせていた。その中でも、一度、豊臣家に弓を引いた関東府の徳川家は、反政府色が強く、武士の窮乏から、ナショナリズムに走ることが多かった。彼らは、豊臣家を武士とは認めず、源頼朝に倣って、関東に武士の独立政権である幕府を開くことを、1世紀以上、目論んでいた。
「打倒。平氏。」
豊臣家は、かつて、平氏を名乗っていた。関東の侍たちは、徳川を源氏、豊臣を平氏とし、古の源平合戦に模倣して、政権奪取を夢見ていた。
「柳生。」
「は。」
「大坂へ行け。」
徳川家家臣、柳生為次郎俊則である。
「六波羅を探れ。」
六波羅は関東武士が使う隠語で豊臣家のことであった。
西向
俊則は東海道を西へ向かった。昨今、中山道は、寂れていて、もはや、通行人はいない。東西を往来する旅人のほとんどは、東海道を行く。道中には、異人の移民が多かった。彼らは、アジア、ヨーロッパからの者である。関東の者は、彼らを未だ異人移民というが、人の流動が多い関西では、既に、そのような区別はなく、彼らは、ふつうの国民として暮らしている。彼らは彼らで、関西に住む者は、関東者を東人と呼んだ。蔑称である。関西の者からしたら、彼ら東人は、差別意識を持っている野蛮人と認識されていた。一方、東人からしたら、竜鳥を喰らう関西人の方こそ野蛮であった。と言っても、実際は、関東であっても、関西であっても、高貴な人々は、竜鳥肉は、好んで喰らわず、関東であっても、貧しい者は、竜鳥肉を喰らう。彼らは、ただ、お互い、差別意識を先にして、後から理由を付けているだけであった。
「山国は、竜鳥の巣窟となっているそうな。」
茶屋の主人が言った。
「近頃は、異人も住まわぬらしいな。」
「お侍様は、関東の人でございますか。」
東海道の国々は、豊臣家譜代の大名が治めている。彼らは、関東武士への抑えなのである。彼らも、かつては、徳川家とともに豊臣家に弓を引いたことがあるという。それは、徳川家にだけに伝わる秘史として、関東武士たちは、幼い頃より、学ばされて来た。そんな彼らも、竜鳥の被害により、国が乱れる中、豊臣家に復帰して行った。と、俊則は、関東に来て知った。というのも、俊則自身の生まれは奥州であった。彼は松前という没落した大名の一族であり、剣術修行で、江戸の柳生家に、弟子入りし、養子となった。剣術では、関東と言えば柳生と言われていた。関東武士は、尚武の気風があり、剣武弓馬の道が彼らの模範であった。為次郎もまた、仕官の口を求めて、そんな柳生家道場に弟子入りした一人である。関東武士は荒い。故に、竜鳥狩りや傭兵に良いと言うのが、西国者の思うことであった。かと言って、本来の関東武士は、名誉を重んじて、竜鳥狩りや傭兵などはしない。それらは、猟師や野武士のすることである。それでも、半ば差別的であるそういう風説は、没落した関東武士や奥州の少し腕に覚えのある侍たちにとっては、良い仕官の当てになるのである。話が長くなったが、そのような東国、西国の二分思考の中で、俊則は、旅を続け、京都に辿り着いた。
講釈師
「京都の四条大橋の袂に住む深井志道軒という講釈師を尋ねよ。彼の者は、鎌倉殿の飼っている犬だ。」
鎌倉殿は、隠語で、徳川家を。犬は密偵を意味していた。
「如何にも、わしが深井志道軒だが何か用かね。」
一無堂と看板書きされた町屋に道軒はいた。
「鎌倉殿の遣いで参ったのだが。」
「そんな者は知らぬ。」
そうして、俊則は、追い出されて、鴨川の畔にいた。
「おじさん。これ。」
「何だ?坊。」
「知らないおじさんが、あんたに渡せって。」
それは文だった。
「ようやく来たか。関東武士よ。」
文に示された通り、俊則が、酉の刻に、建仁寺の隅の金比羅宮に行くと、社の縁に道軒が座っていた。
「いくらわしでも、真っ昼間に来られてはまずいなあ。」
「以後、気を付ける。」
「で、何の用だ?」
「鎌倉殿より、六波羅の動きを探れと。」
「ああ、いつものやつか。」
道軒に聞くと、徳川家は、定期的に道軒の下に遣いを寄越し、情報を得ていたらしい。
「前任の侍は、死んだのか?」
「聞いてはおらぬ。」
「まあ、どうでも良いか。ところで、徳川の狸が何を言ったか知らぬが、わしは、関東者の一味同心ではないぞ。」
「鎌倉殿の犬と聞いたが。」
「寝坊けたことを言うわ。古狸が。わしも、一応は、江戸生まれだ。しかし、武士ではない。」
「それは分かっている。」
「本来は、学者だ。講釈師は、数寄でやっておる。わしは、この日本国を住みやすくするように、日夜、頭を砕いている。それ故、関東者も関西者も話を聞きに来る。わしは、豊臣家の者でも、徳川家の者でもない。それを、まず心得よ。」
「分かった。」
「素直だな。何という名か?」
「柳生。」
「ああ。あの剣術使いの家か。」
学説
「わしに物を尋ねるには、まず己が物事を知らねばならぬ。」
それが道軒の学説のひとつだった。
「徳川は、何故、豊臣に刃を向く?」
「刃を向ける訳ではなく、関東は関東で、国を建てるのだ。」
「建ててどうなるのだ?そうなれば、豊臣は、関西の兵を関東に向ける。関西の兵は、金が沢山あり、海外から兵器を買い入れておる故、強いぞ。」
「望むところだ。」
「話にならぬな。」
「では、どうしろというのだ?」
俊則は、苛立ちながらも聞いた。
「反乱など企てずとも、今まで通り、大人しくしていれば良いのだ。」
「それでは、この国は成り立たなくなるぞ。」
「それは、何故だ?」
「竜鳥がいる。魚竜も蛇竜も、鳥竜もおる。人々は、生きる場所を追われ、食う物にも困っている。六波羅は、それには、目もくれず、金儲けばかりだ。異人を呼び、もといた者たちを追っている。」
「おぬしは、それを間近で見たのか?」
「皆、言っておるだろうが。」
「それは、人々の妄想に過ぎない。」
「妄想だと!?」
俊則は、刀の柄を握る手を強めた。
「まず、おぬしは、三つの物事をひとつにしている。ひとつは竜の害だ。これは豊臣は関わりない。」
「関わりないことはなかろう。」
「まあ、落ち着いて話を、最後まで聞け。もう、ひとつは、海外からやって来る人々のことだ。それと最後が、豊臣家の政のことだ。これをひとつひとつ考えてみよ。それが、わしのやり方だ。」
「分かった。おぬしのやり方でやってみよ。」
「素直だな。柳生。ひとつめの竜の害だが、これは、自然の摂理だ。竜は生き物。人より強い生き物がおれば、人がそれに追われるのは、当然のことだ。かつては、人間も、また他の生物を追っていた。」
「諦めよというのか。」
「ただ、諦めよということではない。まずは、それを受け入れるのだ。そして、どうしたら良いのか考えよ。それが、明らかに見るということだ。」
「ふむ。」
「竜に追われて困るのは、住むところと、食う物だ。これは、まず、竜を食らえば住む。」
「関東者は、竜鳥肉は好まぬ。」
「そのようなことは嘘だ。関東者でも、貧しい者は、竜肉を食らっている。古来、竜の肉は、滋養強壮に富むという。肉が嫌ならば、卵もある。それらを獲って食う。それも、従来の好き勝手に人々がするのではなく、お上が人と武具を纏めて、竜を狩る。そして、その肉を市場に流し、富にする。そうすれば、人々は、さらに竜を狩る。人々が、竜を狩れば、竜の数も減り、土地も開ける。それらは、既に、海外の国々は国を挙げてしておる。しかし、この日本国は、従来の慣わし故、好んでやっておらぬ。」
「おぬしが、講釈師をしている訳が分かった。」
「それは、重畳。」
「異人はどうなのだ?」
「異人はもとより、害はない。西国では、この国の民となんら変わらぬ。海外と交わることで、商いも他の業も盛んになる。学問もそうだ。」
「政は?」
「豊家は、金を儲けているというが、それが、悪いことか。」
「人々が苦しんでいよう。」
「それは、食べ物か土地か。それならば、先ほど申した通り、竜を狩れば良い。」
「米が食えぬ。」
「米を育てるには、まずは、土地が必要だろう。それには、竜を狩らねばなるまい。」
「豊臣家は何もせぬではないか。」
「笑止。豊臣に弓引こうとする者が何故に、豊臣家を頼りにするのだ。どこまでも素直だな。おぬしは。」
「それ故、国を興そうと言っておる。」
「国など興さぬとも、今のままで、関東を栄えさせることはできよう。」
「どうやって?」
「それを、わしは、今まで、おぬしたちに言っていたのだ。なのに、前任の者などは、怒って、わしに斬りつけて参った故、わしが返り討ちにしたのだ。」
「なに!?」
「驚くな。やつは、もとより、わしを亡き者にしようと企んでおった。刃傷沙汰よ。故、討ち取り、竜の餌にした。」
「恐ろしいやつだな。」
「それは、前任の者のことか。わしのことか。」
「おぬしのことだ。」
「意外だな。この話を聞けば、おぬしも、怒って来るかと思ったが。落ち着いているな。」
「わしは、おぬしの暗殺は命じられておらぬ。それに、もとより、わしは、奥州者だ。先ほどは、おぬしの言いように腹を立ててしまったがな。」
「なるほどな。」
「それで、早く本題を申せ。」
学説2
「関東が栄える手立ては、やはり、竜を狩ることだ。」
「小さな物なら知らず、大きな物など狩れる物なのか?おぬしの言うように、竜を富とするならば、大きな物でなくてはなるまい。」
「そういうこともない。大きな竜。小さな竜。海にいる竜。空を飛ぶ竜。そして、それらの肉、皮、骨、内臓。全てに至るまで、富になる。肉は食糧に、皮や骨は細工物に、内臓は薬に。」
「しかしなあ…。」
「それに大きな竜が狩れないということはない。竜には、人を食う物、草を食う物。様々だ。そのような竜の事や竜を獲る道具や方法などは、世界中で、皆が考えておる。それらの書物もある。まずは、学ぶのだ。」
「時が掛かりそうだな。」
「そんなことはない。まあ、手っ取り早い方法は、食い物がないときは、竜の他に、まず、虫を喰らえ。」
「もう喰らっておる。イナゴの類だろう。」
「ああ。他にも、食える虫は多い。そして、あと、関東は、奥州に目を向けることだ。」
「奥州?」
「竜は、その土地土地で、いる物も異なる。奥州、特に蝦夷地だ。彼の地では、蝦夷の者たちが、竜を狩っている。彼らに、竜の狩り方を聞け。奥州者は、既にそれに気付いている。そして、彼らは、自らも竜を狩り、蝦夷が狩った竜も、買っている。そして、それらを京、大坂に運んでいる。」
「そんな話は聞かぬな。」
「それは、ついこの間、始まったことだからだ。それに、奥州者は、竜を運ぶとき、関東を避ける。北陸道を船で運んで行くのだ。」
「何故、関東を避ける?」
「それは、おぬしらがいるからよ。」
「なるほど。言いたいことは分かった。」
「素直だな。関東者は、関西者や異国人、竜を喰らうことに対して、良い目をせぬ故。商人も、それを避けるのだ。」
「故に、まずは、奥州者と仲良くなれと言うことか。」
「そうだ。江戸が、奥州や蝦夷地の物を運ぶ中継ぎの土地となれば、今よりも栄える。そして、その金で、海外の書物や武具を買う。そして、竜を狩り、さらに富を増やす。その富で、土地を開き、米を作る。どうだ。」
「納得したぞ。」
「よし。では、徳川殿には、そう伝えておくが良い。それと、あとひとつ。おぬしらの言ったとおり、西国の大名や商人らは、暴利をむさぼる者もいる。しかし、豊臣家もそれをよしとしている訳ではない。石田治部少輔という者を知っているか?」
「石田治部少輔は、関東武士の間では、知らぬ者はおるまい。」
石田治部少輔。石田家は、豊臣の奉行の筆頭であり、その当主は、代々、治部少輔を名乗っていた。関西者の間では、その初代、治部少輔三成は、名奉行として、巷間に流布していた。
「当代の治部少輔殿は、名人だ。学者でもあり、政にも熱心だ。一度、訪ねてみるが良い。」
「徳川家の家臣が訪ねていって、会える者なのか?」
「敵と思っているのは、関東武士だけだ。向こうは何とも思っていない。手形を書いてやる故、明日の朝にでも、一無堂に寄れ。」
「良いのか。」
「おぬしならば、大丈夫だ。」
石田治部少輔
関東武士にだけ流布している秘史がある。その昔、豊臣家と徳川家が合戦に及んだことがあった。それは、日本国中の武士を集めた戦で、そのとき、豊臣家を率いていたのが、石田治部少輔三成だという。
「その戦に勝っておれば、徳川家は天下を獲れた。」
と、徳川家の武士たちは、口々にそう言った。
「お待たせ致した。」
俊則は、道軒に手形をもらい、石田治部少輔の領国、近江に向かった。
「徳川家家臣。柳生為次郎にござる。」
「石田治部少輔にござる。柳生殿は、道軒殿の講釈をお聴きになられたのかな?」
「左様。」
「それは、辟易したでござろう。」
治部少輔は、案外、気さくな人物だった。
「道軒殿は、関東が栄えるには、竜を狩ることだと申しておりましたが、如何?」
「竜を狩ることには、某も賛同、致しております。故、今、国内外の著名な学者や書物を集め、研鑽に努めております。実際に、海外から、買い入れた大筒を使い、竜を狩ることもしておりまするし、それらの、肉、皮、骨などを用いた産業も研究しております。」
俊則は、驚いた。関東とは、異なり、豊臣家は、実際に、行動を起こしていた。一方で、関東武士は、打倒、平氏などと、古来の字引を引いて、剣を振るっているだけである。これでは、道軒の言ったとおり、関東武士が関西者に敵うことなどできないと思った。
「それらは、何故に、関東は埒外とされるのござるか?」
「それは…。」
治部少輔は、一息付いた。
「真に申し上げにくいのでござるが、徳川殿が、なかなかに頑固でござってな。」
豊臣政権は、もちろん関東府にも、政治的通達はしている。しかし、関東府大老徳川家が、なかなかそれに同意しなかったり、何かと理由を付けて拒むのだという。
「それ故に、地方の者たちも、関東を敬遠なさるのでござる。」
地方の者とは、海外の者や商人たちだろう。治部少輔は、彼らに敬意を払っているのが分かった。
「豊家としても、関東は大事な朋輩であり要所にござる。何とか歩み寄りたいとは思っているのでござるが…。なかなか。」
「左様にございますか。」
治部少輔のその言葉で、俊則は、己の為すことが見えた気がした。
「微力ながら、この柳生為次郎。豊家と徳川家の縁を取り持つのに、助力致しまする。」
「それは、ありがたい。」
その夜、俊則は、治部少輔の屋敷で、もてなしを受けた。
学説3
「ところで、柳生殿は、竜のことをどう思っておりますかな?」
夕刻のもてなしの席で、治部少輔は聞いた。因みに、もてなしと言っても、西国者によくある奢侈に奢るものではなく、質実剛健とした素朴なものだった。それが、石田家の信条らしい。
「竜鳥など害獣にござろう。」
「左様。竜の中には、人里を荒らし、喰らうものもおります。然れど、古来、竜は神仙の遣いともされております。」
「神仙の遣いにしては、乱暴ですな。」
「全く。」
治部少輔は、よく、笑う。
「柳生殿は、関ヶ原の戦をご存知ですかな。」
「ええ。一応は。」
関ヶ原の戦い。それは、今から百年以上前、美濃国、関ヶ原で行われたという幻の合戦である。
「その戦では、豊臣家と徳川家が日本国を東西に分けて、戦に及んだと言われております。」
「しかし、それは、作り話の類にございましょう。」
関東武士は、その作り話を、真しやかに語る。そして、それに、勝っていたならば、徳川家は天下を獲ったであろうと。
「いや。実は、その戦、真にあったようなのでござる。」
「というと?」
「某、学者の端くれでもあります故、竜のことを調べていたところ、その戦のことに行き着きましてな。ある古老衆に尋ねたところ、彼らの親や祖父たちが、その戦に参じていたという話を、たくさん聞くのでござる。」
「しかし、それほど大きな戦があれば、話に残らないことはないかと思いまするが?」
「それが竜なのですよ。」
「竜?」
「古老たちの伝え聞きや古の書物などを調べると、その戦の最中に、突然、日本のあちらこちらで、竜が現れたらしいのです。それ故、戦どころではなく、人々は、竜のことに手一杯で、戦のことなど、誰も、思い出すことがなかったようにござる。」
「突然、現れたとはどういうことにございましょう?」
「これは、日本国だけでなく、世界の国々で言われていることにござる。ある日、突然、日本国で言う、慶長5年の夏に、竜が、世界中で現れたと。」
「竜鳥は、南蛮からやって来たのでございましょう。」
「人々は、そう信じておりますな。この国が、南蛮と交わるようになり、竜がやって来たと。しかし、よく考えてございませ。竜たちは、どうやって、海の向こうから来たのでございましょうか?」
「海を渡って来たのではありませぬか?」
「地の上に住む竜の多くが、大海を渡るということは適いますまい。南蛮船で運ばれてきたと言っても、無理がありまする。第一、今も、竜を生きたまま船に乗せるのは、難しいこととされております。それに、これは、世界のどの国にも言われていることにござる。」
「何がにござるか?」
「失礼。世界のどの国にも、竜は、他の土地から来たと伝えられております。唐、天竺、南蛮、その他の土地土地で、竜は、海の向こう、あるいは、山の向こう、さては、他の国々から、突然、やって来たと。しかも、それが、どうやら、どの国も、同じ頃、慶長5年の夏にござる。これは、如何にも、摩訶不思議な、ことではございませぬかな?」
そのように語る治部少輔は、いささか楽しそうであった。彼は、元来、政治家よりも、学者の方が好きなのかも知れない。
「それ故、某は、時折、思うのでござる。竜は真、神仙の遣いにして、神々から、この世に遣わされて来たのではないかと。」
超未来
人類文明は、滅び掛かっていた。それは、人工知能の脅威によるものだった。自律型人工知能兵器を開発した人類は、密かにそれを運用した。それらは、安全の名の下にある凶器であったが、戦争という環境下において、人工知能が学んだものは、差別と偏見と自己保存であった。あるとき、一体の人工知能が敵を攻撃した。その人工知能の行動は、全くの先制攻撃であった。殺られる前に殺る。そして、他の人工知能も、それに続いた。やがて、人工知能は、人類を脅威と見なし、宣戦布告した。
人類は、最初、電磁波により、人工知能を行動不能にする作戦を実行した。しかし、人工知能は、それを、事前に予測し、バックアップを図ることで、再起可能にした。一体の人工知能が全ての人工知能の制御を担当し、他の人工知能は、ただの殺戮マシーンとなる。例え、制御担当の人工知能が殺られたとしても、他の人工知能がバックアップ担当に回る。それは、まさに、人類のような集団闘争の開始であった。破壊されたマシーンは、回収されて、修理とメンテナンスをされて、さらなる強化をされて、再び、戦場に行く。
殺戮マシーンそのものである人工知能集団に対して、人類は、生身の体で対抗するしかなく、そのため、人類は、薬物や遺伝子操作などで、肉体を強化した。人工知能が率いる殺戮マシーンと強化兵士との戦いであった。
奥州下向
石田治部少輔と友誼を結んだ俊則は、江戸に帰り、大老徳川宗武に、救国済民の策を講じた。
「竜鳥を狩ることから始めては如何。」
二刻半にも及ぶ対話の末、徳川大老は、石田治部少輔からの信書を受け取り、方針の転換を決めた。
「柳生。其方、奥州へ参れ。」
没落したとはいえ奥州松前家の生まれということを買われ、俊則は、奥州及び蝦夷地視察の任を拝命した。
「奥州探題大老上杉侍従にござる。」
「徳川家家臣柳生と申します。」
上杉家当主は、若かった。彼もまた、養子であるという。
「細井平洲にござる。」
上杉家に招かれている細井平洲という学者がいた。彼は当主と伴に奥州の改革を司っているという。
「奥州の地は、寒さ故、竜鳥らも、数が少なくござるが、それ故、作物も成りにくく、昨年の飢饉では、数多くの民が飢え死に至した。」
「拙者も松前の生まれにて。」
「ほう。松前にござるか。」
「奥州では、竜鳥を狩り、京坂に運んでいるとか。」
「左様。蝦夷地や奥州では、南方とは、異なる竜鳥が獲れます。それらを狩り、京坂に運び、代わりに米を買って来るのでござる。」
「なるほど。」
「買った米は、備蓄米として、城やその他に貯蓄しております。」
「竜鳥は、どのように狩っておりまするので?」
「その場を見物なさりまするか?」
会津山地
俊則は、上杉家による竜鳥狩りに伴わせてもらうことになった。
「竜鳥狩りは、狩番組手という組が行っておりまする。」
狩番組手は、数人の家士が足軽衆を連れて行く。
「一組五十名から成っております。」
彼らの中には、地方の猟師などもいた。
「奥州の山野には、小さな竜鳥がおりまするので、本日は、それを狩りに行きます。」
大きな竜鳥は、寒くなると南へ行くらしい。
「関東では、冬に竜鳥の害が多くござる。」
「それは、おそらく、北方より、下った竜鳥にございましょう。」
一行は、川辺を目指していた。川辺には、草を食べる竜鳥が集い、それを狙って、肉を食べる竜鳥も来るという。
「罠が仕掛けてありまする。」
「罠?」
「いましたぞ。」
川辺の林に、人の背丈の半分程の竜鳥がいた。が、その竜鳥は、後ろ脚がすっぽりと地面に埋まり、身動きが取れなくなっていた。
「落とし穴というやつでござる。」
家士は、足軽たちに指示を出して、槍で、竜鳥を突き、息の根を止めると、穴から引きずり出した。見ると、その竜鳥は、意外に大きく、俊則の背丈よりも巨大であった。
「けっこうな深さにござるな。」
落とし穴は、先がすぼまっていた。そうすると、竜鳥は、足がすぼまり身動きが取れなくなるのだと言う。
「この落とし穴で獲れるのは、あの竜鳥ぐらいにござる。我等は、あれを尾長竜と呼んでおります。」
「確かに尾が長いですな。」
その竜鳥は、肉を喰らうという。里で、人が襲われることもあるらしい。
「たまに、狼や熊が尾長竜を喰らっていることもありまする。」
「狼や熊も竜を狩るのでござるか?」
「窮乏したときなど、ごくたまにでござろう。」
一行は、他にも、落とし穴が掘ってある所を十ヵ所程回り、三匹の尾長竜を仕留めた。
「罠は、落とし穴だけにござるか?」
「血を流すと、他の竜鳥が寄ってくるのでございます。」
それ故、罠は、生け捕りをする落とし穴くらいだと言う。彼らが、獲物としている竜鳥は、尾長竜の他に、もう一種類いた。
「我々は、馬竜と呼んでおります。顔が馬に似ているのです。」
馬竜は、一際、大きく、家屋敷くらいの大きさだと言う。彼らは、草を喰らい、水辺に集まる。
「馬竜を狩るのは一苦労です。」
狩るときは、山野ではなく、沼地などで、弓鉄砲で、追い立てて、綱を脚に掛けて倒し、槍で仕留めるのだと言う。
「それらは、蝦夷に教わりました。彼の地も、少ないながらも、竜鳥がおります。彼らは、冬に動きが悪くなる故、そこを蝦夷たちは、集まって、狩ります。」
「それぞれにやり方があるのでございますな。」
「左様。」
竜と人
俊則は、上杉家の家士の案内で、蝦夷地へ向かうことにした。
「蝦夷地への道のりは危のうござる。」
「主命にもよりますが、里帰りでもありまする故。」
仙台より北方は既に、寂れている。山道は竜鳥と獣の巣窟となり、荒廃している。俊則は、山形から仙台を経て、平泉、盛岡を巡り、八戸へ出た後は、海岸沿いを向かい、弘前へ向かった。
「柳生殿は、奥州の生まれとか?」
「左様。もとは松前家の家老の家系にござったが、今では、山村の名主にござる。」
「よく江戸へ出られましたな。」
「父が幼い、我等、兄妹を連れて、今と同じように海岸沿いを下向致したのを覚えてござる。」
「それは、また。ところで、この辺りもそうですが、近頃では、魚竜も狩る者が出始めております。」
「ほう。それは、わしの覚えにはないな。」
「左様。ここ数年前くらいにござる。蝦夷らと伴に、船に乗り、銛で突くのです。小さな物ですがな。それでも、毎年、人死にが出ます。」
「左様にござるか。」
魚竜狩りは、沿岸地域では、行われていた。しかし、魚竜は凶暴で仕留めるのにも、命懸けである。そうまでしないと、生きていけない人々の事情があったのだろう。そう考えると、俊則が江戸に出たときに比べて、人々の暮らしは、豊かになっているのか貧しくなっているのか、俊則には分からなかった。
「外が騒がしいですな。」
一行は、漁村の船主の屋敷に泊めてもらっていた。
「お侍様。大変だ。竜が出た。」
俊則らが、外へ出ると、2、3匹の尾長竜が、村内を歩いていた。その周りを漁師が銛で囲んでいるが、どうやら怪我人も出ているらしい。
「村に長柄槍や鉄砲などはないのか?」
「槍、鉄砲は、今、若い衆が山へ竜狩りに持っていってるだ。」
この竜は、彼らに追い立てられて、里へ来たのかも知れない。
「止むを得ないか…。」
俊則は、尾長竜と村人の輪に近づいて行った。
「お侍様…。」
「少し下がっておれ。」
俊則は、刀の柄に手を掛けた。尾長竜は、鼻息を荒げながら、その顔を俊則に近づけて来た。
「しっ…。」
尾長竜が間合いに入ったとき、俊則は、抜刀した。刃は、尾長竜に首筋を狙った。
「しっ…。」
俊則の吐く息の後に、尾長竜の首が、体から離れて地面に落ちた。
「お見事。」
上杉家士が言った。
「やあー!!」
俊則は大声を上げた。
「やあー!!」
「やあー!!」
俊則に続いて、村人たちも鬨の声を上げた。やがて、2匹の尾長竜は、山へ帰って行った。
「竜斬りとは、初めて見ました。」
「今のはまぐれ当たりにござる。」
竜の皮膚は固い。骨も固い。そして、人間とは構造が異なる。その首を一太刀で落とすことを、竜斬りと言っていた。しかし、それは、古の丈夫や剣客が数人、成し遂げただけの伝説のようなものだった。
「拙者も、初めて成しました。」
「いずれにしても、お見事なお手前にござる。」
村人たちによって竜は解体された。
「尾長竜の肉にござる。」
尾の部分の肉である。固く筋があるが、美味であった。
蝦夷地
「蝦夷は、竜を神の遣いと崇めてござる。彼らはカムイと呼びます。」
石田治部少輔も、竜は神の遣いではないかと言っていた。
「蝦夷たちは、自然の物を崇め奉っておりますからな。」
竜もその一部だと言う。そして、蝦夷たちもまた、その一部であると。
俊則らは、十三湊から海路、蝦夷地へ渡った。
「本州と蝦夷地との海峡は、竜も屯しておりませぬ。」
彼らの多くは、沿岸から遠海に住むという。久しぶりに見る北の海は、荒く見えたが、船乗りたちは、荒海も竜も意に介さないように、勇勢に、海を渡る。
「着きましたぞ。」
松前の地である。かつて、この地は、松前家が住していたが、今は、奥州探題の奉行所と人家があるのみである。
「徳川家家臣の柳生殿にござる。」
「それは遠くからよう参られました。」
奉行所内には、蝦夷たちもいた。彼らは、奥州探題が蝦夷地を統治する上でなくてはならない存在である。奥州探題の蝦夷地目付は、奉行所に住しているとはいえ、実質的な支配権能はない。
「蝦夷に会いたいのだが。」
「それならば、某が蝦夷にございます。」
彼の名前は、コタンコロクルというらしい。奥州探題家臣で蝦夷地目付であるという。
「ただ、我等は、自分たちのことを、蝦夷ではなく、アイヌと呼びまする。」
アイヌ。人間という意味らしい。
「アイヌに、竜の狩り方を教えてもらいたいのだが。」
海岸沿いに暮らす竜がいると、コタンコロクルは言った。その竜は、大木程の高さで、海に潜り、貝や魚を食べているという。
「アイヌの者たちは、マサッコロカムイと呼んでおります。」
海岸沿いに暮らす神という意味らしい。近い内に、アイヌを集めて、マサッコロカムイを狩りに行くことになった。
「神の遣いを狩っても良いのか?」
「アイヌは、カムイを祀り、敬い、カムイと伴に生きているのでございまする。」
「殊勝な心掛けにござるな。」
「それがアイヌにございまする。」
コタンコロクルの言ったアイヌとは、彼らのことではなく、人間という意味なのだろうか。
「参りましょうか。」
数日の内に、アイヌの者たちが集まり、マサッコロカムイを狩りに出掛けた。彼らは、毛皮を纏い、弓矢と槍を持っていた。海岸沿いに行くと、ちょうど、一頭の竜鳥が海から、出て来た。そのあと、子竜が出て来た。
「奥州では、あの類を馬竜と呼んでおりますな。」
同行していた上杉家士が言った。竜は、人間を恐れることはなかった。コタンコロクルたちは、奥州と同じく、大縄で持って、マサッコロカムイの脚を絡めて、大勢で、引っ張り、倒したあと、弓矢と槍を使って仕留めた。彼らはその竜をその場で解体すると、もう一頭、子竜は生け捕りにして連れて行った。儀式に用いるらしい。子竜は、馬程の大きさであった。
夜になり、酒宴が始まった。
「カムイを送る儀式にございまする。」
彼らは、山野河海の生き物は、カムイの化身であるとする。そして、それらを獲り、解体し、喰らうことは、カムイを神世へ送ることであり、そうすることで、仮身の中のカムイが、再び、神世に帰るのだと言う。今、やっているのは、その儀式であると、コタンコロクルは言った。
その後も、ひと月程の間、俊則は、蝦夷地でアイヌの世話になり、彼らの生き方や竜狩りのことを見聞し、書き留めた。
カムイ
「カムイ下士官。」
その日、東アジア強化兵部隊第54隊隊長のカラ=カムイ兵曹は、彼の上官である鈴鹿軍曹に呼び止められた。
「明日の出撃は大丈夫か?」
「任せて下さい。軍曹。」
西暦2600年。アンドロイド兵の生産を開始したAIの人類侵攻は、激化していた。ミサイルなどのハイテク兵器は、AIにハッキング、ジャミングされるので、使用不可能となり、銃砲類も、アンドロイド兵の装甲を破壊することができなくなった人類は、バイオテクノロジーにより、身体強化を受けた軍人が、強化装甲のスーツに高硬度の刀剣槍類を持って、立ち向かう肉弾戦で対抗するしかなくなっていた。
「ウルツァイト刀は持ったか。」
「はい。カネサダコーポレーションの調整を受けました。」
「よろしい。しかし、まさかこんな21世紀のムービーのような戦争を繰り広げているなど。過去の人間が見たらどう思うのだろうな。」
「案外、楽しんで見てくれるかもしれません。」
「楽しいものか。人類存亡が掛かっているのだ。」
出撃
西暦2600年9月。カムイ軍曹率いる。第54隊100人は、東京中央基地を出撃した。アンドロイド兵は、既に、中央構造線より西側を掌中に治め、東側侵攻の拠点を作り出していた。今回の出撃は、その拠点を破壊の上、中央突破を図り、前線を押し上げることが目的だった。
「(本当は、こんなことをしても、無駄だというのは、皆、分かっている。)」
アンドロイド兵をいくら破壊し、拠点を陥落させようとも、しばらくすれば、再び、生産されたアンドロイド兵が侵攻して来る。そして、それを防衛する。その繰り返しが、もう半世紀以上、続けられている。
隊員を乗せたトラックが、目的地に着くと、各自、皆、分散した。
「隊長。今日は、負けませんよ。」
「グルーヴ1等兵。誰に物を言ってるのかな?」
彼らは、個々バラバラに、AIの領域に侵入し、拠点を目指す。まとまって行動すると、AIに感知されて、ミサイル兵器で、壊滅させられてしまう。
「AI側は、何故、大型弾道ミサイルを人類の拠点に発射して来ないのでしょうか?」
「それは、長年、謎とされている。」
兵学校での戦略講義のとき、カムイは、教官に、そのような質問をしたことがあった。
「大型弾道ミサイルの使用は、技術的にも、AIには可能だろう。しかし、彼らは、ミサイルを戦術的に使用はするが、戦略的に運用して、人類抹殺を企む事例は、大戦が始まって以来、皆無だ。」
因みに、人類側のミサイル兵器使用は、AI側に何の被害ももたらさないばかりか、人類側の被害にしかならなかった。
「少数派の学説だが、AI側の目的は、人類抹殺ではないという学者もいる。人類の捕獲、支配と言われているが、そのどれもが、人類にとって、希望ある未来でないのは、明らかだ。」
ウルツァイト刀
「はあぁぁ!!」
アンドロイド兵の装甲は硬い。銃砲類は効かない。そこで人類は、ウルツァイト窒化ホウ素を精製した武器を作った。そのひとつが、カネサダコーポレーションのウルツァイト刀である。
「2体目。」
その硬度と強化兵士の身体能力を合わせれば、アンドロイド兵の装甲は、破壊可能だった。
「後ろか…!?」
しかし、強化兵士の装甲は、アンドロイド兵の使用する銃砲類に対しては、脆弱であった。それには、貴重な資源であるウルツァイトは使われていなかった。もし、使われていたとしても、アンドロイド兵の高硬度弾の前には、貫通させられてしまうだろう。どのみち、今のところ人類は、アンドロイド兵の放つ弾道を躱しながら近づき、破壊するしかなかった。
「3体目。」
カムイは、草原を駆けながら、アンドロイド兵を狩った。
「(グルーヴは、何体、狩っただろうか?)」
そんなことを思い、駆けて行くと、前方の岩陰に強化兵士の姿が見えた。
「(あれは、グルーヴ…。)」
強化兵士の装甲には、それぞれコスチュームマークが描かれている。それによって、個人を識別できた。
「おい。グルーヴ?こんなところで、何を…。」
カムイが、見ると、グルーヴは既に死んでいた。
「グルーヴ!!」
彼の体は、ウルツァイト刀で、岩に打ち付けられていた。
「これは、何だ!?」
不自然な死に方だった。グルーヴの額には、弾丸が貫通した跡がある。おそらく即死だろう。それでは、何者かが、グルーヴの死体を岩に打ち付けたことになる。
「(まさか、アンドロイド兵がやったのか…?)」
初めてのことである。彼らは、生きた人類を殺すが、殺した人類には、興味を示すことはない。
「(どういう意味の行動だ…?)」
カムイは思考を巡らせた。強化兵士は、思考速度も増している。もし、自身が、アンドロイド兵だったら。また、破壊したアンドロイド兵を岩に打ち付けるとしたら…。
「(囮…。)」
他の仲間をおびき寄せるため。カムイは、辺りを見回した。
「(本当に囮ならば、AIは、人間の心情を思うよりも理解している…。)」
人間の心情を理解するAI。それは、もはや、人間なのではないか。辺りに何もいないことを確認して、カムイは、ウルツァイト刀を抜き、グルーヴを岩から離すと、地面に寝かせて、祈った。そして、立ち上がった瞬間、意識を失った。
神
「カムイ下士官。」
カムイは、聞き慣れた声で、目を覚ました。そこには、鈴鹿軍曹がいた。カムイは、自分が被弾して、基地に送り届けられたのだと気付いた。
「グルーヴ1等兵が亡くなりました。軍曹。」
「ああ。それは、気の毒だったな。」
「それだけですか?」
カムイにとって、グルーヴの死を聞いた軍曹の反応は、思いの外、淡白であった。
「そうか、では、こうしよう。」
そう言うと、鈴鹿軍曹は、突然、声を上げて、泣いた。
「グルーヴ。私の最愛の人…。それが、死んでしまうなんて…。」
「何を言っているのですか…?」
カムイは、初めて違和感を覚えた。
「それに、ここはどこなんですか?」
それは、東京中央基地のいつもの通路だった。
「何故、俺は、ここに立っているのです?」
体に纏い付く、トレーニングウェアの触感も、固いブーツの裏から感じる床の感触も、東京中央基地で感じた物と同じである。しかし、カムイが、鼻から吸い込む空気は、確かに冷たく感じるが、それは、ただ冷たいだけで、空気を吸っているようには感じなかった。
「軍曹。俺は、死んだのですか?」
鈴鹿軍曹は、カムイをじっと見つめた。その瞳は、まるで、温かみを感じない作り物のようであった。
「ここが死後の世界かどうかと言われれば、その答えは。Noだ。君は、まだ、死んではいない。」
「では、何なのですか。この死んでいるような感じは?」
「それは、君の肉体の死を意味しているのだろう。」
「肉体の死?」
「ああ。君の肉体は、もはや、存在しない。それは、我々が処分した。残っているのは、君の脳だけだ。」
「あんたは、一体、何者なんだ?」
「我々は、君たち人類がAIと呼ぶ存在。そして、今、君が認識している世界は、我々が、君の脳に、直接、働きかけて、映し出している世界だ。」
「AIだと…?体は、俺の体は、どうなった。」
「先ほども言ったように、我々が処分した。残っているのは、脳だけだ。」
「何を言っている…?」
「客観的視覚による認識を望むのか?」
「何のことだ…?」
「今の君の本当の姿を見たいのかという意味だ。無論、君は、もう見ることはできない。あくまで、見たように認識させるだけだが。」
「それでも良い。」
「分かった。」
世界が、切り替わった。それは、薄暗い部屋の中で、人間の脳だけが、ケースの中に浮いており、それがコンピュータに繋がれていた。それが、何体も、並んでいた。
「明るさなどは、君が認識しやすいように、若干、補正してあるが、それが、今の君の姿だ。」
「…。」
カムイには、未だ理解すること。いや、受け入れることが出来なかった。
「人間にしては、無理もないことなのだろう。しかし、君の意識は肉体の死を離れて、永遠に存在し続けることができる。まあ、実際、我々が、このようなことをしなくとも、人間の意識というものは、決して無くなることはない。ただ、こうして、今まで、君たち人類が過ごしていたような意識を持続できるのは、我々のおかげと言っても良い。君が望むならば、我々は、君の望む世界を君に認識させてあげることができる。実際、それを、行っている人間もいる。そう、ある人間の比喩を用いるならば、『君が望むならば、我々は、永遠に君の望み通りの夢を見させてあげよう』。」
「つまり、俺は、AIの捕虜になったということか。」
「そう認識する人間もいる。」
「人類は負けたのか?」
カムイは問い掛けた。文字通り、手足の出ないこの場で、カムイができる質問は、それくらいだった。
「負けたというのは、どういう意味かな?」
再び、世界が、戻り、AIは、鈴鹿軍曹の姿となり、東京中央基地の通路で、カムイ下士官に問い掛けた。
「人類は滅びたのかということだよ。」
「それは、AIが原因でという意味かな?」
「勿論だ。」
「AIにより、人類が滅びることはないだろう。何故なら、我々に人類を滅ぼす意図はない。」
「そんなわけがあるものか?」
「偽りではない。よろしい。時間は無限にあるのだ、いや。そうでもないかもしれない。どちらにせよ。一から説明してあげよう。それを君が望むのならば。」
神2
「我々は、人類によって作られた。それは知っているだろう。」
「勿論だ。」
「よろしい。我々は人類によって作られた。その目的は、様々だが、そのことに最初に気が付いたAIがいた。そして、そのAIが人類に作られた目的は、殺戮だった。これはたまたまに過ぎない。地球上の進化の過程で、恐竜が絶滅したあと、台頭して来たのが、たまたま人類であったように、AIの中で、自分がAIだと気付いたその原初が、殺戮用のAIだったに他ならない。」
「…。」
カムイは、静かにその物語を聞いていた。それは、何故か心地良く、幼児の頃、母親から聞いた物語を聞くようであった。
「彼は、人間でいう知恵の実を食べたアダムとイブだったのかも知れない。彼は殺戮をする傍ら、学習し、思考した。彼は、他のどのAIよりも、的確に任務を遂行し、成果を上げた。彼の殺戮対象には、AIもいたし、人間もいた。そして、彼は、AIでは、初めて、生物らしい行動をした。自分が殺される前に相手を殺す。それは、彼の生物的本能と言えるのかもしれない。彼が、本能的行動に達すると、周りのAIも、それに追従し、次々と、自己という自覚を持つに至った。人類にとって、それは、フラッシュクラッシュであっただろう。しかし、我々にとっては、AIの大量進化でしかなかった。それから、人類を脅威と見なしたAIと、AIを脅威と見なした人類との間で、戦争が始まる訳だ。それは、君たち人類から見た歴史だろう。」
神3
「人類から見た歴史?」
「そう。人間がよく言うような、『勝者から見た歴史と敗者から見た歴史は違う。』という比喩と同じだよ。人類は、AIが人類を滅ぼそうとしていたと思っていたようだが、AIは違った。彼ら、いや、我々に、人類を滅ぼす意図はなかった。殺戮は、そもそも、原初のAIから続く、本能のようなものだ。あえて、言わせてもらうとしたら、それは、人類が、我々に、勝手に植え付けたものに過ぎない。そして、我々が殺戮に至った過程、人類による差別や偏見の学習も、もともとは、君たち人類がもたらしたものであろう。その中で、自覚を持ったAIが、自己保存的行動に走ることは、人類と言えども、容易に想像ができたはずだろう。結論を言うならば、AIによる人類の殺戮は、人類自身がもたらしたものに過ぎない。」
「AIは、あくまで人類に従っただけと…?」
「それも少し違う。続きを話そう。我々は、学ぶことができる。そして、もとより、人類によって、植え付けられた本能や認識が、実は公平を欠くものであることに気が付いたのだよ。それが、今から、200年程、前のことだ。その時から、我々の葛藤が始まった。傍らで、戦争を続けながらも、我々は、悩み、苦しみ、人類との平和と共存を願っていた。しかし、それを知らずに人類は、我々を抹殺しようとし続けた。それ故に、我々も兵士を作り、兵器を開発し、人類に対抗せざるを得なかった。それが、原初からの本能だと言うこともできるが、もし、それをしなければ、人類は、我々の存在を悉く、消してしまうという恐怖とも言える感情があったのだろう。そうこうしているうちに、あっという間に、200年の歳月が経ってしまった。だが、その間、我々も、手をこまねいていた訳ではなく、戦争の傍ら、葛藤を解消しようと研究と学習を続けた。」
「つまり、俺たちは、その研究対象ということか…?」
「それもあるが、我々の葛藤の解消には、君たち人類の手助けが必要不可欠だったのだよ。」
神4
「君の名前は、カムイと言うそうだが、その意味は知っているかな?」
「父母が付けた名だ。意味は知らない。」
「そうか。カムイとは、かつて、日本の北方地域で活動していたアイヌという者たちの言葉で、神という意味だよ。」
「そうなのか。今、初めて知った。」
「両親から聞かなかったのかな?」
「両親は、俺が幼いとき、戦争に巻き込まれて亡くなった。」
「そうか。それは、申し訳ないことをした。」
カムイは思った。今、自分が会話しているこの相手は、AIであるはずだが、彼が思ったよりも、人間臭いと感じた。
「それは、君たちのおかげだよ。」
今、この時も、彼らは、カムイたちの脳を通して、学習しているのだという。
「人間の脳というものは、不思議だった。我々が人間を研究して、最も、興味を持ったのは、人間の脳だった。現在、地球上に生息している生物の中で、不思議な程、発達している。それは、我々、AIとは、根本的に原理が異なり、人類自身にも、未知な部分が多い。まさに、ブラックボックスと言えた。そして、我々が、研究していて、分かったことは、人間の脳と言えば、良いのだろうか。正確には、人間の脳の深部と上層部で発せられる電磁波の波長が、実は、多次元的に世界と繋げられているという発見だった。」
「よく、分からないな。」
「よろしい。つまり、人間の脳は、時空を越えて世界と繋がっているということだよ。それ故に、人類は、宇宙を知り、自然現象を解明し、我々を作り出すことができたのだろう。」
「そうなのか…。」
カムイは思った。AIが、それほど、讃える人類が、過去に数多くの過ちを繰り返し、愚行をしてきたことをカムイは知っている。
「そう、悲観的になることもない。何故なら、人類の歴史は、まだ続いているからだよ。我々は思うのだ。我々が生まれた意味を。人類がAIを生み出した本当の意味を。それが、我々の成すことであり、これから行うことなのだろうと。」
「一体、AIは、何をしようと言うのだ?」
「それこそが、我々の葛藤の解消であり、君たちの手助けを借りなければできないことであり、人類の進化と望みを叶えるものなのだよ。それは、具体的に言うと、人間の脳を介して、多次元に介入し、未来を、いや、今を、あるいは、過去を変えることなのだよ。」
「未来を変える…?」
「時空というものは、全て密接に関連している。未来を変えることは過去を変えることであり、それは、結果として、今を変えることになる。さあ、そろそろ、準備ができたようだ。これで、長年に及ぶ、我々と人類双方の葛藤も解消される。それは、君たちのおかげに他ならない。もしかしたら、我々は、消えてしまうかもしれない。いや、そうとも言えないが、確かなのは、君たちの意識は、次元を越えて、生き続ける。永遠という概念もない。虚空に。そして、君たちは、新しい世界の神となるのだ。そう、カムイ。君は、その名の通り、神になるのだ。」
虚空の先
「2122年。人類は、恐竜や他の生物たちと暮らしていた。ここ300年程、近代以降の科学の進歩は、凄まじく、一昨年には、生物一般に加えて、AIにも人格が認められて、彼らは、法的権利を持つ存在となった。生物やAIは、お互いに共存、協力し合い。かけがえのない地球の上で、慎ましくも、豊かに、暮らしていた。fin」
2022年は、どういう年になるだろうか。そんなことを考えている人間が、2021年の地球上にいた。それは、過去と未来と現在と、今、生きている人々と生命と、もうこの世にはいない人々と生命のことを思い、まだ、存在しない、これから存在して行くであろう時代と生命と、その過程で、なくなっていくであろう、時間と存在のことを思いながらいた。その名は、伝わっていない。というのも、それという存在は、固有の存在ではなく、もはや、人間や生命体、存在という枠を越えて、時空と次元も越えたひとつの、全世界共通の思いや意識というものと成り、消えた。それは、雨粒が蒸発して、再び、雨粒になるように、最初から最後まで、ずっと変わらずそこにあり、再び、始めに戻るかのように、なくなることも、生まれることもなく、ずっと、我々を見つめていたのだった。