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炎上


「なんだ、その姿は……?」


先ほどの気色悪い笑顔は、完全に消えている。食い入るように私を見ている。


「これほどの魔力……!今まで隠していたというのか……!?貴様いったい何者だ!」


神父は少しづつ後ろに下がるが、壁にぶつかり、我に返る。


「そういえば、自己紹介をしていなかったわね」


態勢を低くし、両腕を交差させた。


「シエル・レッドソード。数日前に魔女になったばかりの新米よ。この状態、熱くて嫌いだから、もう行かせてもらうわよ!」



化け物の倒し方は今までと同じ。すぐにケリをつける!私はケルベロスに向かって走り出す。ヤツはまだ少しひるんでいる。この隙にやるしかない。相手の態勢を崩すため、左の前足を根元から切り落とした。


化け物は前のめりになって倒れそうになるが、足はすぐに再生された。思った以上に再生速度が早い。だが、再生される時のわずかな隙を見逃さない。ケルベロスの懐に潜り込み下腹に向かって技を出す。


炎流演舞(えんりゅうえんぶ)十字大華火(じゅうじおおはなび)!」


2本の剣を同時に振り下ろし、×の形をした火が勢い良く剣から放たれる。技は腹に直撃し、バーンとはじけるような音を立てた。ケルベロスは一瞬宙に浮き、悲痛な叫びを上げたが、すぐに態勢を立て直した。さすがにこれは有効打にならないか。


「な……何をしているんだ!そのまま踏みつぶせ!」


神父がケルベロスに指示を出す。ヤツは前足の間から私の位置を確認し、右前足で上から私を踏みつぶした。


大きな足音と床が壊れる音。そして訪れる静寂。神父は一瞬安堵の表情を浮かべたが、それはすぐに崩れることになった。


鋭い爪は剣を使って、重さそのものは体全身を使って、足の攻撃を受け止めた。そして、少しづつ押し返していく。


「こ、んな、もの……!修行、中に持た、されてた石に比べ、たら……軽いわぁぁぁ!!!」


足を跳ね返した。ケルベロスはひっくり返りこそしなかったが、大きくバランスを崩し、尻もちをつくように倒れた。


「腹からがダメなら、頭から行くだけよ!炎流演舞(えんりゅうえんぶ)舞飛火魚(ぶっとびうお)!!」


2本の剣を逆手に持ち替え、地面に向けて叩きつける。剣から炎を噴射し、その勢いで高く飛び上がる。一気に教会の天井まで来た。天井を蹴り返し、ケルベロスの頭部に向かって切りかかる。


「バカが。身動きの取れない空中から攻撃か。飛び上がったことで動揺を誘えるとでも考えたか?ケルベロス!」


3つの頭が私の方を向いた。息を吸っている。テトを壁まで吹き飛ばした、あの技が来る。


素早く態勢を整える。今度は2本とも順手。大きく振りかぶり、ケルベロスの攻撃にタイミングを合わせて、一気に剣を振り下ろす。


炎流演舞(えんりゅうえんぶ)火炎大太鼓(かえんおおだいこ)!」


ギィィン!

剣と何かが衝突した音。剣が一瞬止められ、振りぬけなかった。音圧だけでここまでの威力を……!?この状態で空中にしばらくとどまったが、ついに爆発し、煙で視界が遮られる。


「よし。あの爆発ではただでは……。!?」


煙を突き破り、ケルベロスの頭を狙う。相殺したかと思ったか?私の技はまだ死んでいない!!


技名の通り、太鼓を叩くように頭を床まで叩き落した。3つあるうちの1つの頭が床にめり込む。一度その頭に着地。その場所の傾斜を利用して体を一回転。


大輪火廻輪(たいりんひまわり)!」


リング状の大きな炎が回転しながら拡大し、3つの頭を同時に切り落とした。本来は水平方向の技だが、体を横向きにすれば縦方向への攻撃も可能だ。


技は床をえぐったのはもちろん、壁や天井にも到達した。上から天井の破片や砂埃が落ちてくる。ケルベロスが床下から現れた時から、この建物そのものが壊れそうになっている。崩れるのは時間の問題だろう。


「これだけめちゃくちゃやったんだから、当然っちゃ当然ね」


私は腕をまっすぐに顔の前で伸ばし、2本の剣を同じ向きに平行に構えた。

「次の技で終わりよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ありえないことが起こっている。


数日前から、魔女の気配は感じ取っていた。なぜこの町に来たかはわからないが、ニーナに接触を試みようとしている様子や、精霊が教会を探りに来たことから、事件の犯人探しをしていることは明らかだった。だが、それだけ。それだけのことだったはずだ。魔女の肩書きを持つ者は腐るほど存在する。大半が魔術学校で課程を修了しただけ。一般人と大差ない存在だ。その中の一人が、この件に首を突っ込んだところで、私の計画に狂いなど生じるはずもなかった。


だがこの魔力は、この力は。この魔女のレベルは()()()()()()では断じてない。


終わるのか?


こんなところで?こんな奴に?この私が?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」


神父は顔を真っ赤にして叫んだ。


「何なんだ貴様は!何のつもりだ!こんなことをして、ただで済むと思っているのかぁ!!」


「……」


「だいたい貴様、なぜこの件に首を突っ込んだ!貴様の親族でも殺されたか?貴様の友人でも殺されたか?無いはずだぞ!私は犠牲となった人間の経歴や人間関係はすべて調べてある!お前には何の関わりも無いはずだ!ニーナに対してもだ。なぜ貴様はあの娘にそこまで肩入れする!?何の義理があって助けようとした?貴様に何の得がある!?」


息を切らしながら、肩を上下させながら、神父は叫んだ。杖を強く握りしめ、小刻みに震えているのが見える。目を見開き、感情をあらわにするその姿からは、先ほどまでの余裕は微塵も感じられない。


「……ニーナはね、どこまでも純粋だったのよ。自分の病気も直してもらって、神父(アンタ)の事を完全に信じていたんでしょうね。そしてアンタはそれを自分の良いように利用した。あの子の人生を狂わせ、そして命まで奪った。研究だか何だか知らないけど、他人の命を弄ぶアンタの行動はまったく理解できない。私はアンタを絶対に許さない」



「許さない……だと?」



目を大きく見開き、口を半開きにして固まる神父。数秒後、その表情はみるみる怒りの表情へと変わった。


「この私に向かって、許さないだと!?魔女風情が、身の程を知れ!ケルベロス、教会はどうなっても構わん!何としてもあの魔女を殺せ!!」


燃え上がりそうなほど激高する神父。ケルベロスはちょうど頭の再生を終えた。再び大きな声を上げて威嚇してくる。


「忘れているようだが、回生獣(リフレインビースト)は核を消滅させなければ蘇り続ける。貴様がいくら切り刻んだところで無意味だ。勝ち目などない!」


「忘れてないわよ」


剣が一段と大きく燃え始める。この技で、ケルベロスの体も核も一気に消滅させる。肘を曲げて、横向きに剣を振りかぶる。


炎流演舞(えんりゅうえんぶ)……」


ケルベロスの口の中が光っている。今までのものよりも大きな攻撃を仕掛けようとしている。だが、それは私も同じ。私は剣を構えた態勢のまま走り出した。


「この私が、魔女如きに負けるはずがあるかぁぁぁぁぁ!!!」


化け物の口から放たれたのは、比べ物にならない威力の衝撃波。そしてほぼ同時に私も剣を斜め下に振り下ろした。


奥義(おうぎ)爆炎劫火(ばくえんこうか)!!!」


現れたのは、天井の高さにも匹敵するほどの炎の波。神父の声はかき消され、化け物の放った衝撃波は飲み込まれ、あっという間に化け物の体をも覆いつくした。炎の勢いはそれだけにとどまらず、教会の床を、壁を、天井を、すべてを巻き込み広がっていく。とてつもないほどの熱量。窓枠に残っていたステンドグラスは炎が直撃していない部分であっても、表面部分が溶け出していた。




ケルベロスは炎の中で、耳を塞ぎたくなるような痛ましい叫び声を上げながら、消滅した。




建物が崩れる音。焦げた匂い。そして燃え広がる炎。この世の終わりのような空間で、一人立ち尽くす。


終わった。


もう一度深呼吸。体から出ていた炎がゆっくりと消える。体中がヒリヒリする。当然だ。本当に体が燃えていたのだから。とにかく()()()まで行かずに終わらせることが出来てよかった。


燃えた天井の一部が突然落ちてきた。炎と煙、そして埃で視界が悪い。教会はあちこちが燃えており、今にも倒壊しそうだ。


「テト!どこにいるの?」


「こっちですよご主人」


先ほど落ちてきた天井の向こう側から声がした。テトは巻き込まれないように隅で待機しているのが見えていたが、無事で良かった。


「大丈夫?こっちに来れそう?」


「あー……、ちょっと難しそうです。でも大丈夫です。こっちも出口を見つけたので!ご主人はそっちから出てください!後で合流しましょう!」


こうしている間にも炎は広がり続けている。助けに行きたくても、瓦礫をよじ登る元気はない。


「……わかったわ。気をつけて!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「クソ……。こんなことが……!」


手足にやけどは負ったものの、神父はなんとか生き延びていた。いや、生き延びたのは必然かもしれない。意図してやったことなのか、無意識なのかはわからないが、あの魔女が放った炎は致命傷を避けるように神父にダメージを与えていた。


「あの魔女、人を殺すことを躊躇ったな……。絶対に、絶対にこのままでは済まさん……!だが、今は一度身を隠して……」


「どこ行くんだよクソジジイ」


聞き覚えのある声と品のない言葉使い。目の前には白い犬が立っていた。うつ伏せの状態なので、犬から見下されているような格好になっている。その状況に神父は内心腹を立てた。


「貴様……。隅で動けず震えていた無能が、何の用だ」


「脚色すんなよジジイ。そんなことよりすごいだろ、ボクのご主人は。お、どうした?杖がないと立ち上がれないのか?」


こんな犬の相手をしている場合ではない。教会は今も炎に焼かれ、崩れかかっている。一刻も早く地下室に隠れなければ……。


「貴様の相手をしている時間はない。目障りだ。早くそこをー!?」


起き上がろうとしていた神父が、バタリと地面に倒れこむ。なんだこれは?痛みはないが、体が痺れる。手足に力が入らない……!やけどが見た目以上に酷いのか?いや違う。これは……。


「今更生き延びようなんて考えんなよ。ここで教会と運命を共にしとけよ。あとあの化け物。ペットが飼い主であるお前を天国の前で待ってるかもよ。あ、地獄か」


「お、お前の仕業か……!」


回生獣(リフレインビースト)の動きを止めた技を使われたのか?屈辱だ。こんな魔獣如きに……!


手の届きそうな距離に、杖が転がっているのを見つけた。あれだ。あれさえあれば、この魔獣を黙らせることが出来る。感覚のない痺れた手を神父は必死に伸ばした。


それを察してか、白い犬はその杖の所まで歩き、炎の中に杖を蹴り飛ばした。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「あばよ、()()()()(笑)」


テトが神父の前を後にした瞬間。炎に包まれた教会は、大きな音を立てて崩壊した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私は崩壊していく教会を黙って見つめていた。東の空が明るい。もうすぐ夜明けだ。“朝までには戻る”その約束は、果たせなかった。


「ご主人」


テトが私に声をかける。白い毛はすすで汚れて、灰色の犬になってしまっていた。


「帰りましょうか」


崩れてなお火が燃え盛る教会を背に、私たちはゆっくりと来た道を歩き始めた。神父を倒すという目的は果たせた。だが、私がこの事件を解決したいと考えた真の目的、ニーナを苦しみから解放するという目的は、果たせなかった。




ニーナの家の前では、マリナーが膝を抱えて座り込んでいた。私たちに気づくと、ただ一言、おかえりなさいと、弱々しく言った。私も一言返事をして、家の中に入った。


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