残酷な切り札
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「正直、私は君が恐ろしいよ」「まったくもってバカげている。相応の処分を覚悟しておくことだ!」
説明してもわからないバカばかり。今の人類が、私のレベルに追いついていないのか。
お偉い先生(笑)の言葉通り、私は研究機関からクビを宣告された。そこからの人生は酷いものだった。それなりにあった金も地位も全部失った。
「君の論文、“新たなる生命の創生方法”。とても興味深いな」
貯金も底をつき、ついに路上生活になった私の目の前に、白いローブに身を包んだ……男?が現れた。
「クライム・アーチボルト。この研究、私のもとで完成させてみる気はないか?」
「あんたは、いったい……」
その日から数十年。潤沢な資金と最高の機材に囲まれ、研究を続けた。
すべて大司教様のおかげだ。
この研究成果を報告し、私は“天使”へと昇格する。
魔女の死体は、私の研究が優れていると証明するための追加資料としよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「麻痺咆哮!」
回生獣の動きが止まる。すかさず剣を突き立てる。
「灰燼ー送り火」
これで、最後。
部屋が焦げ臭い。自分の技のせいだが、こう空気が悪いと疲労が倍の速度で蓄積されていきそうだ。息が苦しい。気を緩めたら倒れてしまいそうだ。
「素晴らしい!」
神父は笑いながら拍手をした。
「いつ魔力が尽きて倒れるのかと思いながら見ていましたが、正直ここまでやるとは思いませんでしたよ。そこの四足歩行との連携も完璧でした。無名の魔女でここまでやる人はなかなかいませんよ」
神父がまた話し出した。何か長くなりそうな話題を振って、その間に……。
「休憩ですか?構いませんよ。何か聞きたいことがあれば遠慮なく」
バレてるし。
「そういえば先ほど、彼女にばかり汚れ仕事をさせたなどと言っていましたね。その間違いを正しておきましょうか」
神父は杖の装飾部分を触りながら話を続ける。
「私は彼女よりも死体を集めましたよ。殺さずにね」
「私が元犯罪者をこの町に集めているのは知っているでしょう。もちろん私の実験に使うためですが、罪を償い終えた人を手にかけたりはしません。する必要もない。社会から見捨てられ、他人に優しくされることを知らない者たちは、少し優しくしただけで簡単に私の言うことを信じてしまうのですよ。実に扱いやすい。そしてこう言うんですよ。“あなたは神に選ばれた。その肉体を捧げることで、すべての罪は許され天国へと行くことができるでしょう”と。そうしてくれる人はこの目でみればわかるんですよ、私には。5人に1人くらいですかねぇ。ニーナにはそれ以外の人、つまり私に従う見込みのない者を殺してもらっていた。それだけのことです」
悪魔。この話をしている時の神父の顔は悪魔そのものだった。私は怒りで震えが止まらなかった。
「わかりますか?人心の掌握には前払いの報酬が必要なんです。それはニーナも同じです」
おや、ニーナから聞かされていないのですか?と神父。前払いの報酬?ニーナはお母さんを生き返らせるという約束で殺しをしていたのではないのか。
「ニーナの母親がどうして死んだか聞ききましたか?心臓病ですよ。そしてそれは遺伝病でした。ニーナは早くもその症状が出始めていた。それを私が治したのですよ。私の研究成果を使ってね」
……!
「その通り。ニーナは心臓病の完治を経て完全に私の事を信じた。彼女は聖気と人間の臓器で作られた心臓を埋め込んだ、新人類なのだよ!身体能力は以前より向上しているように見える。成長はこれからも続くだろう。私の研究は思わぬ形で実を結んだのだ!」
神父は両手を広げて、大勢の前で演説するように大きな声で語った。
……どうしてだ。
母を亡くし、絶望のどん底だった少女が2人。それぞれの少女に、別の大人が手を差し伸べた。
一人は、少女に自ら這い上がるよう助言し、今後底に落ちても自力でなんとか出来るように育てた。
もう一人は、底から助けて上げるようにみせかけ、その場で躍らせ続けた。
この差はなんだ。
ニーナに最初に声をかけたのが師匠だったら、こうはならなかっただろう。
私がもう少し早くニーナに出会っていたら、こうはならなかったかもしれない。
時を戻すことはできない。起きてしまったことは二度と元には戻らない。
「と、は、言、え」
神父は急に真顔になる。
「ニーナが私を裏切ったのは事実。今まで飴を与えてきましたが、時には鞭も必要なようですね」
神父が手を前にかざすと、赤い光が現れた。それは少しずつ形を成していき、一定の間隔でリズムを刻み始めた。まるで心臓のような……。
「何、して……」
「10歳でこの痛みを与えるのはやり過ぎな気もしますが……。人を裏切るという行為はそれだけ重い罪だということを理解してもらいましょう」
神父はその赤い光を、感触を確かめるようになでまわし、そしてゆっくりと、握りつぶした。