唸れ縦ロールドリル!婚約破棄からの令嬢無双
フィオーレ王国のオルキディア・タリアレッテは地味な顔面に不似合いな豪華絢爛な縦ロールヘアをした17歳の伯爵令嬢だ。重苦しい単瞼で薄赤の瞳、低めの鼻、色白というよりは青白い肌、薄く血色の悪い唇、丸顔でどことなくユーモラスな狸を思わせる顔の両サイドに、真っ黒の髪をくるくると巻いたわっさりもっさり縦ロールが配置されている。
せめて化粧をすれば良いものの、手入れが面倒すぎるという理由と、無意識に顔のあちこちを触る癖がある為に、何もしないで放っておかれている。それでも、せめて最低限基本のお手入れだけは!という侍女達の涙ぐましい努力により、それなりの肌質だけは保たれているのが救いかも知れない。
ではスタイルはどうかと言えば、低身長で無駄の無いボディ。小さくてスリムな可愛らしい妖精風では無く、単なるちんちくりんの幼児体型。少々ふんわりした下腹部は食べても太らないという、お年頃のレディの悩みとは無縁な素敵といえば素敵と言えなくも無い、否、満腹時にはパンパンに詰まったイカ飯みたいになる胃下垂残念ボディ。顔色の悪さと膨らんだ下腹部でふらふらと歩いていると、本人は満腹で苦しいくらいなのに飢えた餓鬼にそっくりな妖怪人間。
よく見れば小顔で足が長いという乙女達のみならず、野郎どもも欲しがる八頭身絶対的アドバンテージを持っているが、顔はもっさりロールで当社比三倍に膨らんでいるし、足は常に草臥れた白衣を着ているせいで折れそうな小枝みたいな棒が二本ちょっぴり覗いているだけだったりする。
とにかくレディの底辺的存在。それがオルキディア・タリアレッテ。
「義理とはいえ、あれが姉だなんて恥ずかしいですわ」
カレンドゥラ・ブカティーニ侯爵令嬢、16歳。オルキディアの従兄弟であり義妹となった、ツヤツヤ輝くストロベリーブロンドとエメラルドの様に輝く瞳、ボンキュッボンなわがままジュリエット的レディ。
義理の姉妹にも関わらず、家名が異なるのはオルキディアの家名を残す為だ。タリアレッテ伯爵家は魔法道具の大家で、攻撃から防御から生活まで、多彩な道具を生み出しそれに付随した利益を国に齎していたが、オルキディアが12歳の時、自作の魔法道具の材料をたった一人ふらりと街で買っていた時に、家族が新しい道具の実験に大失敗しオルキディア以外の全員屋敷ごと吹っ飛ぶという大事故が起きた。
オルキディアは家族全員を一度に亡くした事、屋敷に保管されていた一族の研究と道具が灰燼に帰した事、お気に入りの毛布どころか家の全てが吹っ飛んだ事、寧ろ地面もガッツリ抉れて何もかもが瓦礫に埋もれている状態になったという様な事が一挙に到来し、泣くよりも呆気に取られているうちに亡き母親の実家であり、母方の叔父が当主になっているブカティーニ侯爵家預かりとなっていた。
祖父母にあたる先代ブカティーニ侯爵夫妻は子供や孫に興味が無く、息子が成人して直ぐに当主の座を譲り信頼のおける使用人を複数引き連れ、憧れていた他国に移り住んでそれまで貯め込んでいた元手を使って高原に豪華リゾートホテルをオープンし、オーナーとしてそこそこの暮らしている。
娘が爆散しても、オルキディア宛に些少の弔問金と『追い詰められて犯罪者になる位なら連絡をしても良い』というメッセージを送るだけという徹底した世捨て人ならぬ、家族捨て夫婦っぷりを発揮した。その手紙もぼんやりと確認したオルキディアによって実験用ランプで燃やされたので、ある意味似たもの家族なのかも知れない。
オルキディアから見てブカティーニ侯爵は伯父にあたる。魔法道具で潤っているタリアレッテ伯爵家の財産が手に入ると皮算用して浮かれていたが、あれこれと絡みまくった国内の力関係と思惑のせいでオルキディアが相続した全ての利権は凍結状態になっていて、王家から毎月支給される援助金は手に入るものの、オルキディアが開発する魔法道具は王家の管理となるので期待に対して完全な肩透かしを喰らった。
とはいえ、援助金は結構な金額だし、オルキディアは最低限の衣食住が与えられて魔法道具の研究作成さえ出来れば文句も言わず、使う金額も些細な物なので、後見人として義理の親子登録をし屋敷の離れという名の物置小屋に住まわせておくだけで必要経費を引いた結構な補助金がまるっと手に入る事で溜飲を下げた。
フィオーレ王国には若い貴族を集めて高い学習、技術取得や交友を築く為のフィオーリ学園がある。16歳から入学出来る学園の裏庭にある老朽化が進んで使われなくなった元物置に、いつの間にやらオルキディアは住み着いていた。
物置を個人研究室兼居室に改造し、庭で実験用の謎薬草を生育。薬草学の講師と学生は大歓喜だが、変な掛け合わせ実験もしているので、気をつけないと噛まれたりする。がおー。なので、薬草畑は喜ばれているがオルキディアは恐れられている。偶に変な防犯魔道具が設置されていて捕獲された場合、救助に時間が掛かって晒し者になるし。
「父上、あの女が学園で何と呼ばれているか知っていますか?白衣の死霊ですよ!いい加減あれとの婚約を解消していただけませんか?」
「何度も言うが、婚約撤回は有り得ない。オルキディアはタリアレッテ家のたった一人の生き残りで、今まであの家が制作してきた魔法道具の権利を全て持っている。王家が製品化して売り上げの全てを国庫に入れられる契約をしているが、良き関係を築いているからこそだ。オルキディアが持っている知的権利を狙っているのは、国内だけでなく国外の商会や貴族王族もだ。あれとお前が結婚すれば、タリアレッテ家の知的財産は全てお前の、フィオーレ王国のものだ」
フィオーレ王には三人の王子がいる。長男26歳既婚、次男23歳既婚、唯一未婚で19歳のガロファーノが婚約者となり、オルキディアの各園卒業後に婚姻を結ぶ予定になっている。
整った甘い顔立ちに海の様な紺碧の瞳に太陽の様に輝くブロンドを持った、第三王子ガロファーノは二つ年下の白衣の死霊との婚約について、日々嫌だ嫌だと抗議を繰り返しているものの、フィオーレ王の『王国大切、王子は王国の為になる婚姻をして当然、歳周りもぴったりで良かった良かった』と繰り返すだけだ。
ガロファーノにとって最悪な事に、フィオーレ王国は王家であっても一夫一妻制だ。『そんなにオルキディアの財産を手に入れたければ、パッパかニイニイが側妃にすれば良いやんかー!』という手段は使えない。例外として、結婚後二年経っても妻が懐妊しない場合のみ妾を入れる事が出来る。この場合、妻が認めた妾でなくてはならず迎えた後も同等の待遇を与えなければならない。妾も懐妊しなかった場合、男性側に瑕疵があると認められて妻と妾両方に慰謝料付きの離婚を請求する権利が生じる為、中々ハードルが高い。
因みに再婚を果たした女性が懐妊しない場合、女性側に瑕疵があったという事になり元夫に慰謝料を返却、再婚相手に慰謝料付き再婚の権利が生じる。が、大概、再婚となる女性を娶りたいと考える男性はその女性自体に魅力を感じての求婚割合が高いので、養子を迎えて仲良く暮らすという事が多い。
血筋を残すべき王家まで一夫一妻なのは、元々フィオーレ王国は身分に関わらず一夫多妻が許されていた。が、数代前の王アシュッタ・フォルノ・フィオーレが『ハーレム!ロマンス!愛する者全て可愛がる!』と次々と『真実の愛の相手』を乱発。後宮三千人では無いが、王妃と側妃の為の離宮エリアに次々とお気に入りが入り、上は王妃から下は宮殿の職員まで全員妻という状態に。
それまで貯めておいた王家の財産がそれはもうゴリゴリ目減り、毎日がエブリデイで妻の誕生日やら記念日でイベント盛りだくさん。更に妻の親戚が鵜の目鷹の目で『王家の婚族だから良い仕事と地位を!』と謁見を申し込みまくって来る。
アシュッタ、後の愛幽王は大量の息子達と妻による後継者戦いの最中、夫の亡くし気弱病に伏せっていた皇太后に分厚いフィオーレ大図鑑の背でぶん殴られて脳震盪を起こした状態で捕獲、退位させられた。皇太后は泣きながら『バカでも、バカすぎても、底抜けどころかズブ抜けにバカでも、可愛い息子です。断種術を施したのち、妾が死ぬまでは皇太后宮で、死んだ後は隠居宮で男の使用人のみで暮らさせます』と宣言。大量の王の配偶者及び子供リストを側妃二人と共に延々整理して一番優秀で配偶者に一途な孫を王座に据え、今後、フィオーレ王国は一夫一妻とする詔を発した。
やらかした挙句、老婦人三人に心労を掛けたアシュッタは全く懲りもせず、なんとかして起死回生を!あのラヴとロマンとキャッキャウフフの生活を再びと画策したものの、ゴリゴリマッチョに阻まれ囲まれて余生を終えた。いや、全部お前のせいだぞ。
先祖のせいでフィオーレ王国がオルキディアの資産と能力を合法且つスムーズに取り込むにはガロファーノとの婚姻が必須なのだ。
「あんな研究ばかりしている幽鬼は自分の財産を理解して無いのですから、王国の為にという理由で譲渡証書にサインさせれば良いじゃ無いですか!」
「何度も言ったぞ。それをすれば必ず多方面から横槍が入り、『王家は国に貢献している研究家から資産を奪いとった。次は自分の所も狙われる』と貴族に不信感を抱かせて王権が揺らぐと。良いか、二年だ。結婚しても男女関係を持たず二年経てば、好きな娘を妾として娶れば良かろう。あの娘は研究開発さえしていれば懐妊の事など思いもしないだろうよ」
「相手はあの幽鬼ですよ?何の間違いが無くても謎の魔法道具の力で懐妊したらどうするんですか⁉︎ 姦通したと処罰しようにも、我が国では妊婦への処罰は禁止、産まれてみれば何故か私にそっくりとかあり得ますよ!」
「うむ、それはそれで良いでは無いか。そっくりな息子と溢れる資産で遊び尽くせ」
「嫌だああああああああ!」
ーーーーーー
煌めくシャンデリア。さざめく貴族達。香り高いワインと美味なる伝統的な食事に山海の珍味。
王宮自慢の大庭園でフィオーリ学園卒業式前の園遊会が行われている中、無駄にキリッと引き締めた表情のガロファーノが、庭園の端っこでボケーっと休憩用の椅子に座りながら、サクサクとノンストップでフロランタンを食べるオルキディアの前に仁王立ち。更に義妹のカレンドゥラや学生達が数人でぐるりとオルキディアを囲んだ。
「オルキディア・タリアレッテ、お前はブカティーニ侯爵家に保護されている未成年の学生という立場にも関わらず、侯爵家を出て勝手にフィオーリ学園の敷地内に住み着き危険な罠や魔道具を設置、教師や学生に危害を加えた。これを認めるか?」
「え?あ、はい」
「次に、私の婚約者という立場であるにも関わらず、交流の食事会やお茶会どころか城で行われる王子妃としての教育も研究が忙しいという理由で参加しない傲慢かつ歩み寄りの無い姿勢を貫いた。これを認めるか?」
「ええ、まあ、でもフィオーレ王が研究開発だけしていれば良いと仰られました」
「それでも!それでもだ!人として、婚約者を大切にしようという気持ちが無かったとは思わないのか?」
「あ、まあ、そうですね」
「更に、学生達からお前から嫌がらせや危害を加えられたという報告が上がっている。泥水を掛けられた、教科書を破かれた、噴水に落とされた、毒を飲まされた、大階段から落とされた。これに相違ないか?」
「え?」
ボケーっとした顔のままオルキディアは首をかくんと傾げる。因みに、サイドテーブルにはローストビーフてんこ盛りの皿とマカロンてんこ盛りの皿がある。フロランタンてんこ盛りだった皿は完食した。首を傾げたまま、片手を伸ばしマカロンを手に取り口に……。
「食べていないで返事をしろ!」
「ふぁ?え、覚えが無いので」
「覚えが無くとも保健室や生徒指導の記録が残っている。着替えを必要とした泥水だらけの生徒多数、破損した教科書の交換多数、噴水転落で重軽傷と着替えの報告多数、毒の中和と治療履歴多数、大階段に至っては余りにも多数の生徒が落ちているので滑り止め付きスロープに変更、落下地点にクッションを敷き詰め、壮麗なフィオーラ学園にあるまじき見た目になっているんだぞ」
「はあ、それは大変ですね。怪我をしない階段の研究が必要ですか?」
「そうだな……。いや、そうじゃない!お前が!お前が犯人だろうが!」
こきん、と首を反対に傾げて『むむう』と小さく唸るオルキディア。思考には糖分が必要なのでそっーっとマカロンを摘む。
「良いか!この事態に対し学園を管理する王家の者として、お前に損害賠償を求め、お前の様な多くの者を傷つけその痛みの分からぬ者との婚約を破棄させて貰う。これについても多額の慰謝料を要求するので覚悟しろ。しかし、我が王家としても魔法道具開発家としてのお前の貢献と腕は認めている故、体罰刑は免じてやる。全ての資産と研究開発結果を王国に収め、今後は城の隔離宮で王国と国民の為にその頭脳を惜しみなく使い貢献し続けるがいい。研究の為の資金は惜しまぬし、お前の才能を継ぐ後継者や弟子をとる事を認めよう。寛大な処置に感謝し、今すぐ態度で示すが良い」
「はあ。あ、あー、分かりました。恙なく婚約破棄承知しました」
「過ちを理解したのであれば早く跪いて頭を下げぬか」
「いえ、その、嫌がらせと危害の理由です」
「理由などどうでも良い。お前が危害を加えた事が問題なのだ」
「そうでなくて、結果に対する理由です」
よっこらしょと立ち上がるオルキディアにガロファーノ達は少し後に下がった。
貴賓席で高位貴族と歓談していた王と王妃もやっと到着し、園遊会の参加者は固唾をのんで話の行方を窺っている。
「ガロファーノ、何を勝手な事をやっておる」
「父上、母上、これがオルキディアの犯行の証拠書類です」
「うむ。ガロファーノの言う事が正しく証拠も揃っているのであれば、オルキディアを処罰する必要があるな」
「妃殿下に申し上げます。義姉の近くに寄っただけで多くの生徒達が大小の怪我を負っているのです」
「カレンドゥラ、わたくしも他の娘達から話を聞いているわ。オルキディアは大人しい研究家では無かったのね」
「母上、カレンドゥラは非情で悪辣なオルキディアの罪を、我が身の危険を顧みず姉妹という立場から必死に捜査してくれました。新たなる婚約者として迎えたいのですが」
「そんな、わたくしは王国の為に動いただけでございます」
「貴女の行動は大変立派なものだわ。後でゆっくりお話ししましょう」
「余はオルキディアを娘として可愛がっていたのに、実に残念だ。近衛騎士よ、オルキディアを貴人牢に連れて行け」
「え、ええと、弁明というか、説明しても宜しいですか?」
オルキディアの言葉に王が近衛騎士を静止し、小さく頷いた。
「泥水ですが歩いていると良く降って来るので、汚れを落としたのち乾燥させるクリーニングリングを開発しました」
「着たまま使えるあれだな。王宮にも導入し、他国にも良く売れておる」
「離席すると教科書が破損する事が何度もあったので、破損文章を修復する箱を開発しました」
「国立図書館が大喜びしており、他国の破損した古代文の修復にも喜ばれておるな」
「噴水と階段についてですが何故か中庭や大階段の近くを歩いていると、どこからか力を加えられ危ない目に何度かあったので、外部からの力を反射する簡易結界石を開発しました。これについては使い捨てなのでまだまだ改良が必要です」
「儂も愛用しておる」
「毒はタリアレッテ家の研究を盗もうとする間者に盛られる事があるので、物心ついた時から既にタリアレッテ家で代々使っている毒感知針を使っております。これは大変貴重な物なので王家に献上したいのですが爆破事故で吹っ飛び私が持っている一本しか無く、現在研究複製中です」
「そ、そうか。王家にも毒完治の魔道具があるが個人携帯には不向きな大きさだからな、早期の完成を願っておるぞ」
「ですので、フィオーラ学園で日常的に起きる危険を解決する必要があるかと思います」
ここまで話が進み、オルキディアに向けられた周囲の冷たい視線が変化した。
これって、オルキディアに向けた嫌がらせと危害が反射したんじゃね?さまざまな毒が効かないオルキディアに対して、偽の毒薬をつかまされたかもと試して自爆したり、オルキディアが無事なら大丈夫と同じ場所から飲食物をとった者が巻き込まれたんじゃね?
「ですので、私は何もしておりません。皆様の目の前で宣言していただきました婚約破棄の件は恙なく承知致しました。先日十八歳の成人となり後見人も不要となった為、今後は好きな場所で好きな様に研究開発していく所存です。魔道大国ドルイダスより素晴らしい条件での移住を打診されておりますし、タリアレッテ家の遺産は権利放棄しますのでお納め下さいませ。ではこれにて」
「なっ⁉︎ 近衛兵よ、オルキディアを確保せよ!」
「父上、タリアレッテ家の遺産があればオルキディアは必要無いのでは?」
「馬鹿者!伯爵家の大爆発でそれまでの記録は全て吹き飛んでおるわ!オルキディアの記憶と新しい発明を逃してなるものか!」
十二歳の時に母親が買ってくれた流行遅れの子供向けドレスをお子様ボディに纏い、成人したと胸を張って出国宣言をするオルキディアを囲む無骨な近衛騎士達。包囲を突破出来る筈が無いと皆が思った。
「陛下、フィオーレ王国では犯罪歴の無い成人が国外へ出国する自由を認められている筈です」
「ダメだ!タリアレッテ家とオルキディアの能力は全てフィオーレの物だ!早く捕まえよ!」
「父上、実力行使するのならもう私との結婚はありませんよね?」
「そんな事は今話す事では無いわ!多少怪我をさせても構わん!」
『魔導迎撃支援システム起動シマス』
近衛騎士達が小さな娘を力尽くで捕らえるという騎士道精神に反する勅命を受け、俺ちょっと俺ちょっと俺ちょっとという無言の譲り合いをしている中心、オルキディアから平坦な声が響いた。正確にはオルキディアの髪飾りから。
次の瞬間、オルキディアのわっさりもっさり縦ロール全八房がふわりと持ち上がり、頭から離れて本体を中心に囲う様に宙に浮く。わっさりもっさりが無くなった為、ヘアスタイルは地味な本体に良く似合うシンプルなミディアムショートに変わった。
貴族令嬢は髪が命なので、ミディアムショートのオルキディアを見て驚きの悲鳴をあげる令嬢達多数だが、本人は全く気にせずお子様ドレスのドレープに隠していたらしい鉄の扇二つを両手に持った。
『ドリルロールホーミング魔導ミサイルスタンバイ』
『近接攻撃用アイアンファン強化スタンバイ』
『魔導パニエ変形スカイ補助タイプ』
『魔導シューズ変形ウイングタイプ』
『周囲敵性行為実行準備中ト分析 専守防衛モード 攻撃ヲ受ケ次第反撃シマス』
「道を空けて下さい」
「逃がすな!」
腹を括った近衛騎士がオルキディアの腕を掴んだ次の瞬間、ふんわりしていた筈の縦ロールが『ギュリリリリ!』と嫌な音を立てて騎士の横っ腹に直撃。数メートル吹っ飛ばす。
これは拙い!と本気になった騎士達を次々吹っ飛ばす縦ロール事、ドリルホーミング魔導ミサイル。
『魔導ミッソー良好オーバー 周囲敵性勢力無力化率80%』
『魔導飛行開始シマス』
魔法道具を攻撃に使うのは気が進まないが、閉じ込められて依頼優先の好きでも無い研究をさせられるのは嫌だ。好きな研究だけして良いのなら閉じ込められても良いけれど。陛下は王国の為になる研究開発しかさせてくれそうも無いし、卒業式まで在籍していられなかったけれど潮時よね。と考えつつ、うむうむと頷き宙に浮かぶオルキディア。
縦ロールがヒットする度、『魔導ミッソーヒット』とメッセージが流れる。やっぱりミッサァィルよりミッソーの方が良いとオルキディアは思った。
空中浮遊シューズと、空中浮遊時の体制安定ジャイロパニエもテスト飛行をしないまま本番となってしまったが完璧な出来だ。隠しポケットには身分証明書と水と非常食と魔道具製作用具をパンパンに詰めた魔導ポーチも入っているし、このまま出国しちゃって良いよね。
「それでは皆様ごきげんよう」
空中で完璧なカーテシーを決めたオルキディアは遥か魔導大国目指して一路高速飛行を開始した。カーテシーの時にスカートの中が見えたせいで、失神する貴婦人と令嬢がいたがみっしりと詰まったパニエが丸見えになっていただけであり、肌着じゃ無いから恥ずかしくないというよく分からない基準でオルキディアは不問とした。
最高位の魔法道具職人とこれまでのデータを失ったフィオーレ王国は、オルキディアを取り戻そうとするも派遣された者は全て、生き生きと好き勝手に魔法道具研究開発製作を始めたオルキディアの新作迎撃システムに悉く撃破され、魔導ゴーレムの手によって見た目激しく恥ずかしい使い捨ての飛行全身タイツ、スケスケ白タイプを装着されて空輸返品された。
結局の所、正しい予算と計画を組んで治世を行えばフィオーレ王国が衰退する事は無い。タリアレッテの魔法道具があれば短時間で濡れ手に粟だっただけで、必要な物は適正価格で購入し真面目に地道に国を繁栄させれば良いだけなのだ。タリアレッテに頼っていた分が大変になったけれどそれは本来するべき事。
今までと同じ贅沢や横着が出来ないだけだが、暮らしの下方修正は難しく恩恵にあずかっていた者達は相応の苦労をした。
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フィオーレ王。今までは国家事業の予算不足を権利所有の魔法道具の売り上げから補填していたが、国外で最新道具が出るたび旧品の需要は低下。収入激減で地道に政治に取り組む。頭頂部にじわじわとダメージを受けつつありしょんぼり。
フィオーレ王妃。衣食に贅沢三昧、豪華パーティー開き放題生活が不可能に。日々の全体的なグレードダウンにストレスを溜めてしょんぼり。
ブカティーニ前侯爵夫妻。田舎でのんびり収支を気にせずリゾートホテル運営をしていたら優秀な孫に逃げられて、自分達が贅沢する分の仕送りが切られる。生活のグレードが一気に落ちてしょんぼり。
ブカティーニ侯爵夫妻。オルキディアへの援助金が無くなり、今迄気にせずツケ払いをしていた分を払いきれず家の調度品や宝飾品を売る事に。交友も爪弾きにされしょんぼり。
ガロファーノ。オルキディアの婚約者として得ていた多くの交際予算で、あちこちのレディ達に良い顔を見せてモテモテだったが金の切れ目が縁の切れ目、重要人物を国外に出したと肩身が狭い。正当な予算使用をしておらず横領とされたくなければ、プレゼントをした相手をまわって返却を求める様にという王命を受け、プライドバッキバキで行脚中。頭髪も順調に減少中。
カレンドゥラ。失脚したガロファーノに見切りをつける。家の財産が激減し本気の婚活開始。国内外問わず手を伸ばすも理想が高すぎ、落ち目のブカティーニ家の娘という事で成婚ならず。高齢貴族の後添いや妾枠を持ち込まれヒステリーを起こし、貴族社会でヒソヒソされている。
オルキディア。能力主義、変人揃いのドルイダス魔法総合研究所の契約所員となり、郊外に要塞ハウスを建築し好き勝手開発出来て幸せ。変人達からズレたアプローチを多数受けるも、研究所の食堂で同じ歳のゴーレム研究家に『君の魔法道具と僕のゴーレムを組み合わせて最高のゴーレムを二人の子供として開発したい。結婚して下さい』と言われた瞬間に縦ロールドリルを炸裂撃沈して以来平穏が訪れた。
が、ゴーレム研究家だけは『貴女のミッソゥと炸裂の瞬間に見せた可愛らしい笑顔に惚れ直しました!結婚して下さい!』と再プロポーズされ、再度黙らせたが、『僕のゴーレムが貴女の防衛システムに勝てたらお友達からの交際をお願いします!』と懇願されて了承。現在撃沈ゴーレム量産中だが、熱意と必死な姿は嫌いじゃないとちょっと思い始めている。
空中ガ■ナ立ち、縦ロール飛来の絵面が頭から離れなくなってやりました。
むしゃむしゃさせて(主人公が話の中で)やった。お菓子ならなんでも良かった。
今でも反省していない。