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第3話 昼休みの憂鬱

翌日。

城南高校2年A組の教室で、わたしは昼休みの時間を過ごしていた。

窓際の自分の席で読書、がいつものわたしの休み時間のスタイル。

周りを見渡せば、机に座ってしゃべりこむ女子生徒たち、追いかけっこするかのように走り回る男子生徒たち、その他めいめいの方法で昼休み時間を満喫する生徒たち。


その中にあって、わたしは、まるで異空間に隔離されているかのようだ。

わたしから、誰かに話しかけることはない。

そして、他の生徒たちから話しかけられることもない。


ふと、文庫本から目を離し、空を見上げる。

空一面の鉛色は、今にも泣き出しそうだった。

午前中は、比較的青空もあったのに。


でも、それはどうでもいいことのはずだった。

例え、青空が広がろうと、曇り空だろうと、わたしにとっては灰色の風景にしかすぎないのだから。

それなのに、昨日見たオレンジ色の夕景は、あの灰色じゃない風景は、一体なんだったんだろう?


12歳の夏。

あの時から、わたしは灰色の世界に佇んでいる。

あれから5年。

ずっと、目に見えるもの全てが灰色だったのに。


突然、心臓が「ドクン」と揺れる。

12歳の夏のことが頭をよぎるだけで、いつもこうなる。


・・・いけない。

あの時のことは、思い出したくないよ。


わたしは、ムリヤリ思考を中断して、頭を軽く振る。

どうやら、鉛色の空を見つめながらボーっとしてしまっていたみたいだ。

気を取り直して、わたしは、もう一度文庫本に目を戻した。


今の昼休み時間も含めた休み時間を、わたしは全て読書に費やしている。

別に、読書が好きなわけじゃない。

一言で言えば、間が持たないから。

つまりは、時間つぶしだ。


さらに言うなら、読書をしていれば誰も話しかけてこないから。

今となっては、読書をしていなくても誰も話しかけてこないだろうけど。

真剣に文庫本を読んでいるわたしからは、きっと「話しかけないで」というオーラが色濃く出ていることだろう。

わたしは、誰にも話しかけてきてほしくない。

だから、読書は都合が良かった。


今、わたしが読んでいる本は、主人公の少年が仲間と一緒に宝探しに出かける冒険活劇。

途中、泣かせるエピソードを交えながら、仲間を増やして、いろいろなテキと戦い、最後に宝を見つけてハッピーエンド、というストーリー。

もう何回か読んだものだから、だいたいのストーリーは頭の中に入っていた。

それでも繰り返し読むのは、きっと時間つぶしのためだけじゃないと思う。


小説を読む時、わたしは主人公に感情移入する。

そして、主人公が新たな仲間を得た時、わたしも仲間を得たような気になる。

それは、現実では絶対にありえないことだけど、妙な高揚感を感じることが出来て心地よかった。


喧嘩をする時もあるけれど、困った時には命をかけて助け合う。

でも、決して馴れ合わない。

そんなステキな仲間たちと、わたしも一緒に冒険する。


でも、所詮それは本の中でのことに過ぎない。

本を閉じれば、わたしだけが現実に取り残される。

わたしは、主人公とは違う存在なのだと認識させられる瞬間。

魅力的なキャラクターが縦横無尽に活躍するこの物語が、比較的気に入ってはいた。

けれど、わたしにないものをたくさん持っている主人公をうらやましく感じ、ほのかに嫉妬の感情すら抱いてしまうことがあるのが、気に入らない副産物だった。


でも、今日は小説にのめり込めないでいる。

あのオレンジ色が、頭を占拠しているかのように。

しおりも挟まずに本を閉じて、また鉛色の空を見上げる。

周囲は、あい変わらず昼休み時間の喧騒に包まれていた。


高校に入学した当初は、わたしに話しかけてくる生徒が何人もいた。

希望に満ち溢れた新入生だち。

わたしとは違う人たち。


友だちを作る気はなかった。

いずれ、辛いことになることがわかっていたから。

それが12歳の夏に得た教訓。


話しかけられても答えない。目を合わせない。

まるで、わたしは異世界の人間であるかのように。


わたしに話しかけようとする生徒がいなくなるまで、それほど時間はかからなかった。

普通なら、イジメの対象にでもされていたかもしれない。

でも、そうはならなかった。

一度だけ、トイレで、わたしのことを話すクラスメイトの会話を聞いた。


「ねぇ。あの塚原くるみってコ。長くは生きられない病気なんだって。」


「ええ〜。ウソォ〜!」


「ホントらしいよ。小中で学校が一緒だったって娘に聞いたもん。」


「それであんなに暗いんだぁ。少し納得。」


「あんまり関わらない方がいいよね。」


「そうだね。」


病名は、先天性循環器機能不全症候群。

20歳まで生きる可能性は40%。

あまり正しくは伝わっていないようだけど、それで十分だ。

他のみんなも、わたしの病気のことを、大なり小なり知っているのだろう。

わたしは、みんなと違うということを。


鉛色の空を見上げながら、ため息を一つ。

本当なら、わたしは、もうここにはいなかったはずだった。

それなのに、どうしてわたしは、ここでため息なんかついているんだろう。


赤い血の滲んだ白いハンカチ。

秋月幸太と名乗る、リストカットの痕を持つ男性。

そして、あの鮮やかなオレンジ色の夕景。


「そういえば、年も聞かなかったな。」


わたしは、心の中だけでなく、頬杖をつきながら実際につぶやいていた。

かなり年上に見えたが、何歳だろうか?


涼しげな瞳。

銀色フレームのメガネ。

少しずつ、彼の記憶が鮮明になっていく。


そもそも、なんでわたしを止めたんだろう?

それも、あんな無茶な方法で。


『キミは・・・遺される者の辛さを知るべきだ。』


手首を切る直前、彼は確かにこう言っていた。

普通なら、自分の手首を切ってまで自殺を止めようなんてしないはず。

せいぜい何かキレイごとを言って、それでダメなら逃げていくだろう。


いくら考えてもわからない。


どうして、昨日見たオレンジ色の夕景だけが灰色じゃないんだろう?

どうして、彼は、自分の手首を切ってまでして、わたしを助けたんだろう?


答えは何一つ出ることはなく、代わりに出るのはため息ばかり。


なんかヘンだ。

わたしが、他人のことを考えているなんて。

ずっと、他人に興味を持たないように生きてきたのに。


やがて、昼休みの終了を告げる予鈴が教室のスピーカーから響くと同時に、窓にぽつりぽつりと水滴が出来始めた。

空は、さらに濃い鉛色になっていた。

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