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第11話 約束

病室に戻ったわたしは、斉藤さんにこっぴどく叱られてしまった。

理由は、無許可で部屋を飛び出したことと、少しうす寒くなった夕空で遊んでたこと。


・・・いや、別に遊んでたワケじゃないんだけど。

とは言っても、無許可で部屋を飛び出したのは事実だから、シュンとなるしかなかった。


確かに、夕方の涼しい風に当たりすぎたのかもしれない。

翌日になって、わたしはまたダウンした。

昨日は比較的調子が良かったのに、今日は熱も高めで、ベッドから起き上がるのが精一杯だった。


ベッドの上で、しんどい体を横たえながら、美佳のことが心配だった。

彼女は、大丈夫だっただろうか。

手術に悪影響がなければいいけど。

気が気でないわたしは、定期的に検温に訪れる斉藤さんに、思い切って彼女のことを聞いた。


「手術は定刻に始まったんだけどねぇ。まだ終わってないの。長引いているみたい・・・。」


午前10時から始まった手術は、午後3時を過ぎた今も終わっていない。

想像が悪いほうに向かいそうで、思わず顔をしかめる。

斉藤さんは、「手術が終わったら、知らせに来てあげるからね。」と言って、パタパタと部屋を出て行った。


『だから・・・わたしは40%の可能性の方を信じるようにしてるの。』


昨日、わたしが言ったセリフ。

なんか、かっこよすぎるコト言ったなぁと思う。

でも、言ったからには信じなきゃ。

美佳の手術の成功はもちろんのこと・・・わたしの40%の未来も。

『ただの方便でした』ってことにするわけにはいかないんだ。


だけども、もし手術が失敗したら?

それでも、わたしは40%の未来を信じていられるだろうか。

『やはり自分もダメかもしれない』と思ってしまいそうな気がして仕方がない。


・・・どうして、わたしはこうなんだろう。

自分の心の弱さに、少し自己嫌悪する。

40%を信じてって言い出したのは自分の方なのに。


とにかく、今は美佳の手術が成功することだけを祈ろう。

今のわたしには、それしか出来ないんだから。


そんなことを考えながら、ウトウトしていたようだ。

パタパタという音で目が覚める。

その音は、部屋のドアの前で止まり、ノックとともにドアが開いた。

そして、斉藤さんは、ドアの向こうから半分だけ顔を出し、頭の上に両腕で大きく○を作った。


―――手術は成功した!


「やった!」


わたしは、病室の中にもかかわらず叫んだ。

でも、そんなことも構わないくらい嬉しかった。

そして、いつの間にか笑顔になっていたわたしは、同じく笑顔の斉藤さんと握手を交わす。

こんな笑顔になるなんて、一体どれくらいぶりだろう。


もう忘れちゃったなぁ・・・そんなこと。




2日後。

ぐんと回復したわたしの体調。

ようやく普通に歩けるようになった。

しかも、明日には退院の許可も出そうだ。


もう、車椅子は必要ない。

わたしは、自力でベッドを降りて、歩いて廊下に出た。

目指すは、美佳の病室。


斉藤さんから聞いた話では、今日は、術後、『ICU』すなわち『集中治療室』に入っている美佳が一般病棟に移る日らしい。

今、ちょうど14時。

何時に病室を移動するのかまでは聞いていなかったけど、ひょっとしたら、もういるかもしれない。


わたしは、ドアの上に出されたネームプレートを確認する。

・・・進藤美佳。

しんどうみか・・・って読むのかな。

『えんどうみか』と『しんどうみか』か・・・苗字までちょっと似ているとは。

おかしな偶然に、わたしは苦笑してしまう。


そんなことを考えながらドアの前に佇んでいると、突然ドアが開いて、看護婦さんが出てきた。

その看護婦さんは、ドアの前にいたわたしとぶつかりそうになって、びっくりしていた。

もちろん、わたしも突然のことだったので、びっくりしたけど。


・・・見たことのある看護婦さんだ。

確か、手術の前日、外で佇んでいた美佳をムリヤリ部屋に連れ帰った人・・・だったと思う。

少し色白で、20代前半くらいに見えるけど、なんとなく表情が固い人っていう印象があった。


「も、申し訳ありません・・・。」


そう言って、看護婦さんは深々と頭を下げた。

その瞬間、部屋の中のベッドが目に入り、こっちを見ていた美佳と目が合う。

美佳は、少しびっくりした顔をしてたけど、すぐにニコッと笑ってくれた。

その笑顔が嬉しくて、わたしも笑顔を返す。

でも、看護婦さんが頭を上げると、そんな美佳の笑顔が看護婦さんの身体で隠れてしまった。

そして、何事もなかったかのようにドアを閉めようとする看護婦さんに、わたしは慌てて声をかける。


「あ、あの・・・美佳ちゃんとお話できますか・・・?」


看護婦さんは、少し首を傾げて言う。


「進藤さんとは、どういったご関係でしょうか?」


・・・どういったご関係と言われても。

トモダチ、でいいのかなぁ・・・一度お話しただけだけど。

どう答えようか迷っているところに、背中から聞きなれた声が聞こえた。


「あら、くるみちゃん。美佳ちゃんに会いに来てくれたの?」


その声の主は、たまたま通りかかった斉藤さんだった。

・・・助かった。

わたしは、振り返って、斉藤さんに助けを求めるような視線を送る。

そんなわたしの視線に気づいてくれたのか、斉藤さんは苦笑しながら、目の前の看護婦さんに話しかけた。


「三木さん。この子が昨日話したくるみちゃんよ。美佳ちゃんと大親友なの。」


・・・大親友?

一体どんな話をしたんだろう?

・・・少し不安なんですが。


「そ、そうですか・・・。先ほどまでご両親と面会されていましたので、もうこれ以上は身体にさわるかと思いまして・・・。」


「そうだったの。じゃあ、先生に聞いてみるわね。」


斉藤さんは、こともなげに言い、白衣のポケットから病院用PHSを取り出す。

そして、慣れた手つきでボタン操作をして、先生らしき人と話し始めた。


「・・・ええ。あまり時間は取らせないようにしますので。はい。わかりました。」


ピッとPHSを切って、笑顔でOKサインをする斉藤さん。

わざわざ先生に許可まで取ってくれるなんて・・・なんていい人なんだろう。


「それじゃ、許可が出たから、5分だけ面会させてあげてね。いい? 三木さん?」


「わ、わかりました。」


なんか、この三木さんっていう看護婦さん・・・しぶしぶという感じ。

うーん。言葉遣いはすごく丁寧だけど、ちょっと冷たい印象だし、美佳があまりいい感情を持っていないのも頷けるなぁ。


早速、入室すると、美佳が笑顔で迎えてくれた。

さすがに、術後間もないので、少しぐったりしている様子。

でも、思ったより元気そうで良かった。


「お姉ちゃん。アタシ頑張ったよ。」


誇らしげな顔で言う美佳。


「うん。信じてたよ。」


わたしがそう言うと、美佳は「えへへ」と笑った。


「次は、お姉ちゃんの番だよ。」


「えっ?」


「40%・・・でしょ?」


『アタシは約束を守ったから、お姉ちゃんも約束を守って。』ということか。

美佳の、そんなストレートな言い方に思わず苦笑してしまった。

そんなわたしに、美佳はおずおずと右手の小指を差し出す。


「約束・・・しよ?」


美佳の無邪気な心がダイレクトに伝わってきて、素直に嬉しい。

わたしは、左手の小指を差し出して、この間と同じように指きりゲンマンをする。

指を離すと、美佳はまた無邪気に笑った。


「一緒に・・・生きようね。」


そう言う美佳の瞳は、とても澄んで、とても真っ直ぐな感じがした。


心臓という部位の手術は、予後も非常に重要だと聞いた。

手術が成功しても、予後が悪ければ、最悪『死』もありうる。

美佳は、これから予後とも戦わなくてはならないだろう。

そんな状況は、美佳だってわかっているはずなのに、それでもわたしを気遣ってくれる美佳。

わたしより、ずっと小さいのに・・・そのいじらしさに、わたしは不覚にも涙が込み上げてきた。


「・・・うん。」


かろうじて、こんな返事しか出来ないわたしに、美佳は、あの時と同じ言葉を返してきた。


「約束だよ?」


なんてことだろう。

これじゃ、どちらが年上かわからない。

わたしが彼女を元気付けるつもりが、逆に元気付けられている。


しっかりしなきゃ。

美佳に負けないように。

わたしは、込み上げる涙を堪えて、笑顔を作って答える。


「うん・・・約束だね。」


嬉しかったので、わたしは「ウフフ」と笑い、美佳も、嬉しそうに「エヘヘ」と笑った。


5分が経つのは早い。

三木さんが、「そろそろ時間ですので・・・。」と言ってドアを開ける。

・・・お帰りくださいってことか。

まあ、5分って約束だったし、しょうがない。

わたしは、開けられたドアから退室することにした。

その時、美佳が「ちょっと待って。」と呼び止める。


「そういえば、お姉ちゃんの名前・・・まだ聞いてないよ。」


思わず、振り返って美佳の顔を見る。

・・・あ、言ってなかったっけ。

記憶を辿ってみたけど、確かに教えた記憶がない。


「ゴメン。言ってなかったね。わたしは『塚原くるみ』っていうの。」


何故か、ニコ〜っと笑う美佳。


「可愛い名前だね。」


「そ、そうかな・・・。」


そんなこと、あまり言われないから・・・照れてしまう。


「またね・・・くるみお姉ちゃん。」


「うん・・・またね。」


わたしは、バイバイをしてドアを閉め、ドアの前に立ったまま、目を瞑って、ため息を一つ。


・・・一緒に生きよう・・・か。


次の瞬間、そばに人の気配を感じて、目を開ける。

斉藤さんだった。

・・・待っててくれたのかな。


「美佳ちゃん、いい子ね?」


優しく微笑みながら、斉藤さんは、まるで確かめるようにわたしに聞く。


わたしは、こっくりと頷いた。

本当にいい子だと思う。

そして、すごい子だと思う。

死と戦って、打ち勝って帰還した・・・そんな強さを感じた。


満足げに微笑んだ斉藤さんは、「じゃあ、お部屋に戻りましょうか?」と言って、廊下を歩き出す。

置いていかれないように、わたしもまたついていく。


廊下の窓から差し込む陽光が眩しい。

窓の外を見上げると、今日もよく晴れていた。

こんな日に、元気になった美佳をどこかに連れ出してあげたら・・・きっと喜ぶだろうな。


そんなことを考えながら、横を向いて歩いていたので、廊下の端に置いてあったストレッチャーにぶつかってしまった。

「ガシャン!」という思ったより大きい音に、前を歩いていた斉藤さんはもちろんのこと、ナースステーションの看護婦さんたちも、みんなこっちを驚いて見る。

・・・痛かったけど、恥ずかしかったので「テヘヘ。」と笑って誤魔化した。

誤魔化せたかどうかは・・・わからないけど。


病室に戻ったわたしは、斉藤さんに促されるまま、ベッドに腰掛ける。

「じゃあ、私は仕事に戻るわね。」と言って、ドアノブに手をかけて、足早に出て行こうとする斉藤さんを呼び止める。


「あの・・・ありがとうございました。」


斉藤さんは、少しだけキョトンとして、フフッと笑う。


「いいのよ、気にしなくて。わたしの方こそお礼を言いたいくらいだし。」


・・・?

なんでだろう。

わたし、なんにもしてないのに。

でも、斉藤さんは、首を傾げるわたしを見て、楽しそうに笑ってる。


「多分ね、美佳ちゃんには、くるみちゃんが必要なのよ。」


「?」


「手術の前日の夕方。病室に戻った後の美佳ちゃんはすごかったわ。あんなに憂鬱そうだったのに・・・まあ元気だこと。」


そういえば、『アタシ、元気が出てきたよ。』とか言ってたっけ。


「ああいう大手術は、患者本人の気持ちも大切なものだから。」


そういうものなのか。

でも、そうだとすると、あの時のわたしの励ましも、少しは役に立ったということかな。

それなら、すごく嬉しいけど。


「これからも・・・美佳ちゃんの話し相手になってあげてね。くるみちゃんのためにもね。」


わたしのため?


「ふふ・・・これからは、美佳ちゃんに元気を分けてもらうと良いわよ。」


あはは・・・。

なんとも返事がしづらくて、わたしは苦笑いをする。


「じゃあ、私行くわね。」


パタンとドアが閉められ、わたしは一人になった。

ベッドに腰掛けたまま、一つため息をつく。


さっき指きりゲンマンをした左手の小指を見る。

なんだか、美佳と話をする度に指きりゲンマンばかりしてるような気がするなぁ。

お互いが、病魔を抱えているもの同士。

きっと、『次』のために『約束』をするんだ。

ある時突然、『次』が来ないことになるかもしれない。

そんな無慈悲な想像に負けないために。


「約束は・・・守らなきゃね。」


わたしは、頭の中の美佳の笑顔に語りかけるように呟いた。

この約束は、未来への羅針盤。

見失わないように。

迷わないように。

大切にしよう。


―――『一緒に・・・生きようね。』

―――『約束だよ?』

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