謎の転落 殺人事件
2020年9月15日
栗林賢のもとに不可解な死亡保険金請求の業務が回ってきた。
顧客担当、高木淳也からは通常の保険金請求の案件として上申されたものであったが、内容がどうもおかしい。上申書にある被保険者の死亡状況は次の通りであった。
同年7月10日
宮城県と山形県の山間を結ぶ国道48号線、作並温泉から山形県側へ2キロほど先で1台の乗用車がガードレールを突き破り30メートル崖下に墜落。車は大破し運転手の今野卓司氏が全身を強く打ち死亡。直接死因は脳挫傷と診断されている。スリップ痕もなく飲酒反応もなかった。夜11時という予想墜落時間から推測して本人の運転操作の誤りで墜落したのだろうということとなった。当初、事件性も疑われ警察も出動し捜査にあたったものの、タイヤの状態、ブレーキ回りなどの調査結果では不自然な点は何ら無かったという。今野卓司の司法解剖ではアルコール反応に加え薬物反応も検出されなかった。後日の実証見分では墜落時の車のスピードはガードレール損傷の度合いから110キロと推測されている。
目撃者もなく家族、知人関係者の聞き取りからしても不自然な点は無く、その事件は発見時から事故として処理されていた。
(栗林の疑問)
保険会社の部長職である栗林は、上申書本文を素読みした当初、スピードの出し過ぎで生じた交通事故で、運悪くガードレールを突き破り崖下に墜落したのだろう、と考えた。
しかし、保険金の支払額が1億5千万円であった。
今野卓司氏は一般的な会社員だ。年齢45歳、年収は700万円。通常の会社員が加入する保険ではない。基本の保険掛け金だけでも月収の約四分の一になる。まして、その保険には交通事故特約が付加されていた。トラック運転手やタクシードライバーならまだしも、今野の職種は事務職であった。本来であれば、脳卒中などの疾病特約又はがん特約を組み入れるところだ。
栗林は、上層部に願い出て所轄である宮城県警に話を聞くこととしたのである。
(宮城県警からの情報収集)
保険会社の上層部は何かと行政方面にも顔が利く。栗林は、直接警察署の帯刀秀樹課長を紹介された。帯刀は気をまわし最初に交通課の高梨と彼を面談させたのであった。スリップ痕が無い墜落事故であるから、当然わき見運転、居眠り運転などが予想された。
「車を改造したような痕跡もありませんでしたし、単に不運な交通事故でしょうね。」
「どんな事でもいいですから、気になったことなど無かったでしょうか?」
「特段何も…。ただ、あの曲がりくねった山間道でよくも110キロの速度が出ていたな、と思います。栗林さんも運転されてみれば分かりますがせいぜい60~70キロ出せれば良いでしょう。それから車はガードレールにまっすぐに突っ込んでいます。センターラインを跨いだ形跡はありませんでした。」
「そうですか…。」
「はい、ハンドルを真っすぐに保ったままですから、もし居眠り運転でないとしたら自殺と考えたいくらいです。」
「ところで、その車にはブレーキアシストのような機能はついていなかったのですね。」
「はい、10年来の車の様でした。走行距離は4万キロ。年数にしては少ない距離数でしたね。」
「ありがとうございました。」
交通課の聞き取りを終え、刑事課の話は直に帯刀課長が対応してくれた。
「お忙しい所すみません。」
「いいえ、大丈夫です。私らは事件がない時はそう忙しくもありません。ただ、何事かあれば即座に動かなければなりません。話を打ち切らせてもらうこともありますからご了承ください。」
そう前置きをした後、帯刀課長は捜査のあらましを話してくれた。
「まずは、あの墜落には事件性が無いですな。車に何か仕掛けが無かったのか?専門家に調べてもらいました。それから、本人の健康状態を司法解剖を行い確認をしましたが何も気がかりな点はありませんでした。」
捜査基準に照らし、今野氏の家族、友人、会社関係からも聞き取りを行ったそうであるが、怨恨のようなことも伺えなかったそうである。
「ところで、目撃者は?」
「夜の11時ですからな…だれもおらんよ。0時前に通りがかった車からガードレールが壊れているという110番をもらって、事故を確認できたのが夜中の1時過ぎだった。」
「近所の聞き込みは如何ですか?」
「近所といっても、山間だからね。現場から300メートルほど離れたあたりに住宅が数件あるが特に情報は得られなかったよ。」
「そうですか?」
「年をとった婆さんだが、しばらく耳鳴りが続いていて、いつかこんな事故がおこるだろうと予想していた、というじゃないか。耄ろくしてたな彼女は。もうあの辺は若い者は住んでおらん。将来、家々は無くなるだろうな。」
栗林は、帯刀課長と昼食を共にして警察署の情報収集を終えた。何も得るものは無かったと感じた…(その時は)。
(栗林の検証と故人の身辺調査)
栗林は自分自身、何が腑に落ちないのか?整理している。
何をおいても保険金の金額が大きすぎる。そして穿ってみれば、なぜ交通事故の特約契約など結んでいたのか?
次に今野氏はなぜ、夜11時に山間の道路を運転していたのか?彼は単身赴任で仙台市長町の会社に勤務していたというから、何かの事情で山形県寒河江市の実家に戻ろうとしていたのだろうか?
そして、なぜ猛スピードで一直線にガードレールに突っ込んだのか?
警察は全く事件性が無い、と断言しているが彼はこの事故を検証することにした。プロファイリングとはいわないが「定石」で推察してみよう…。
まずは、最初の疑問について。今野卓司氏の妻、恭子に直接、顧客担当の高木から聞いてもらうこととした。
近所の評判も良い人物と聞いているが、私生活も疑って掛かることとした。「何らかの方法で」保険金殺人を画策したとすれば決して一人ではできない。統計上も男・愛人がいる。これに関して、栗林は興信所に依頼し、身辺調査から対人関係を調べてもらっている。
また、栗林は今野氏が事故を起こしたものと同じ型の車を捜し出し事故現場まで行ってみることにした。国道48号線作並温泉界隈はまさに山間を走るという感じだった。直線走行となる区間は限られており距離も500メートルにも満たない。特に墜落現場の近くはヘアピンカーブも入り交じりとても110キロのスピードを出せる道路ではなかった。
さて、保険金というものは約定に従って、通常は保険金請求が行われてから客観的な異議が無い限り、一定の期間以内に支払わなければならないのである。その猶予はあと1カ月まで迫っていた。
そして、何の糸口も見つからず1週間が過ぎた時、複数の事実が判明したのである。
(1) 保険の加入について…今野卓司氏の妻、恭子の話によれば、当社の営業マンに強いセールスを受け3年前に保険を増額変更したとのことだった。これは嘘。当時契約を結んだ会社OB社員の話では、今野卓司氏が転職により待遇が良くなり社用車を運転する機会が多くなる「予定」だから保険を切り替えるとのことだった。
(2) 夜中の自動車移動について…事故の当日、今野氏の母親が急激な腹痛を訴えたという。救急車を呼ぶことになり、その前に恭子が卓司氏に電話を入れ彼は大急ぎで実家に戻ろうとしたものだった。尚、母親は救急車で運ばれたが食あたりだろうと診断され、点滴を受けた1時間後に帰宅している。
(3) 身辺調査・対人関係について…近所ではとても評判の良い恭子だったが、一抹の危惧の通り、愛人がいた。その男は桜井幸太郎といった。大学時代からの知り合いだという調査結果だった。現在は、生徒20人ほどの絵画教室を運営していた。恭子はその教室の生徒であり、二人は美術大学の国内最高峰、東京芸大の卒業生であった。
(4) 転落前の車のスピードについて…実際にライセンスを持つレーサーに実験をしてもらった。物理的には110キロ以上のスピードは出せる。出せるけれども、減速出来ずカーブは曲がれない、というものだった。
少しは成果が出たようである。
だが、冷静になると何も解決していない。この4つのパズルが全く繋がらないのだ。
(保険金支払いのタイムリミットが栗林を動かす)
2020年10月9日~10日
栗林は、休日を利用し高木を伴って事故現場付近を訪れた。休みを返上され不快感をあらわにした高木には近くの作並温泉に一泊し、帰りにゴルフをやらせることにしてある。
二人は朝早くから事件現場の国道を歩いてみることにした。山形方面(西)に向かって左側に山裾が続き、右側にはわずかな木立があり、すぐ奥が断崖となっている。その下には浅瀬の渓流が流れていた。
衝突で破壊されたガードレールは未だ修復工事に着手しておらず、ビニールシートと警告コーンが立ててあった。
「今野氏は、猛スピードでこのカーブに差しかかかり、左にハンドルを切らずそのまま真っすぐにガードレールに突っ込んだ、ということですね。」
「そうだな…。」
「故意に衝突したので無ければ?居眠り運転でもないとすれば?…車に細工をしてハンドルを固定させるか、後ろから追突させるしかありませんね。」
「そうだな…。」
…アクション映画で考えれば、道路の左側をふさいでしまい左折させないという方法がある。頑丈なワイヤーロープで進路をふさぐということもあるだろう。(しかし、現実的には???)
「高木!崖の下に降りてみよう。」
二人は断崖を避け、1時間もかけ遠回りをして崖下までたどり着いた。場所の特定は高木がスマホアプリを使い見つけてくれた。車の残骸は既に片付けられ綺麗な川が流れて風光明媚な環境が広がっている。
「こうしてみると崖は高いですね。」
「そうだな。しかし、この高さからの墜落だったら、車はおそらくかなり潰れただろう。車に何か仕掛けがされたかどうか本当に調べられただろうか?」
(事故が前提だから詳しい調査は無かったかもしれない。)
「いえ、栗林部長、日本の鑑識は世界のトップレベルです。どんな事故でも日本の鑑識は徹底的に調べますよ。」
「そうか…。」
(そうだな。鑑識が何の細工も無いと言えば無いのだ。)
「高木、温泉に行って一休みしよう。」
「はい。」
二人は予約してあった作並温泉(一の坊旅館)に向かうことにした。が、高木が思い出した。
「栗林部長、国道沿いの現場に近い所の民家で少し聞き込みをやってみましょう。」
「お、そうだな。」
宮城県警、帯刀課長の話では聞き込みは手薄だったと受け取れる。この事故が事件だとすれば犯人は事前に下見をする筈だ。そうでなくても何らかのヒントが見つかるかもしれない。
二人は、帯刀課長から聞いた現場にほど近い所にある住宅を訪問した。国道から数メートル入り込んだ場所に古い民家が3軒あった。うち一軒は空き家となっている。栗林は、近藤文五郎という表札の家のドアをたたいた。
「ごめんください。」
(しばらくして…)
「はい、どなたかな?」
栗林は自分のことを告げ、7月10日に起きた転落事故のことを聞きたい旨を説明した。近藤は80に近い男性だった。
「それはご苦労さんだな。」
「いえ。」
「あれはかわいそうな事故だった。おれは生まれてからずっとここに住んで居るがあんなことは初めてじゃ。」
「その事故の日、何か変わったことなど無かったでしょうか?」
「いや~、真夜中にサイレンと救急車の音が凄くてなあ、おれはびっくりしたよ。」
「はあ。事故が起きる前に何かありませんでしたか?」
「一杯飲んで寝とったからわからんよ。」
「事故の数日前とかも含めて何か変わったことは無かったでしょうか?不審な人を見かけたとか?小さなことでも結構ですので。」
「んー、特に何にもないねえ。最もおれは日中、畑にいるからな。ここで葡萄を作っているのじゃよ」
「そうですか…。」
「おう、隣の志津ばあさんにも聞いてみるといい。一緒に行こう。」
志津ばあさんというのは、帯刀課長が聞き取りした女性だった。畑を耕し年金暮らしをしている。色んな会話をしたが参考になるようなものはなかった。
「ところで、志津さんや、夜中の耳鳴りはおさまったかね?」
「文五郎さん、おかげさんで耳鳴りは起きないよ。調子がいい。」
「そうかそうか。」
栗林はふたりにお礼をして帰ろうとした時、高木が思い出したように声をかけた。
「ところで、近藤さん、家の前の道は農道にしては広いですね。この道を先に行ったら何かあるのでしょうか?」
「おうよ。この辺は今じゃ過疎化で人はいないが、昭和50年位までは大勢住んでいたのよ。この先に学校があったのんじゃ。」
「学校?」
「そうじゃ、正確には建物はまだある。廃校じゃ。」
栗林と高木の二人は(何も気づかずに)その廃校を見ていくことにした。
「随分古いですね。」
「そうだな。」
「なぜ解体しないのでしょう?」
「あまり知られていないが、日本に廃校がいくつあると思う。解体の順番が回ってこないのさ。さあ、帰ろう。温泉だ!」
その時、また高木の「気づき」があった。
「栗林部長!道に車のタイヤ痕があります。この廃校に誰かが来ていますね。」
「なんだと!」
二人は引き返し、近藤さんから次の話を聞いたのである。
「そういえば、不審な人ではないがテレビ局の人が何度かこの辺に来ているな。この頃、野宿?…いやキャンプというものが流行っていてテレビ番組を作っている、ということだったな。何回も大きなヘリコプターを持ち込んでやっていたな。」
「ヘリコプター?」
高木はスマホを見せて近藤さんに問いかけた。
「近藤さん、そのヘリコプターはこんな感じでしたか?」
「おう、そうじゃ。これじゃ。」
「栗林部長、これは工業用ドローンです。」
「ドローン?空撮か?」
テレビ局の名刺がある、ということでその連絡先を控えその日の聞き込みを終えた。収穫があったような無かったような聞き込みだった。
翌日、約束通り、栗林は高木をゴルフに連れて行った。事故現場に近いゴルフ場(作並ゴルフ倶楽部)だ。栗林と高木は一回り以上年が違う。高木はスポーツ会系のタイプでこのところゴルフに心酔し栗林に勝負を挑んでくる。栗林はいわゆるアベレージゴルファーで接待向きのプレーだが、勝負となれば熱が入る。アウトコース(前半)インコース(後半)それぞれ1打差について1,000円を賭けていた。
アウトは、栗林46(点)高木41で高木の勝ちとなった。
「今日は、ショットが冴えているな。」
「練習しましたから。」
「そうか。俺は後半で巻き返しだ。俺はビールが入ると調子がいいぞ!」
二人はハーフタイム、昼食をしながらゴルフ談義となった。しかし、栗林は事故の真相が気になって仕方がない。おかげでドライバーショットが安定しないのだ。
「ところで高木、今野氏の家はどんな感じだった?」
「はい、質素な家で家族は喪に服している、という感じでした。」
「奥さんは保険金の催促をする様なことは無かったかい?」
「いいえ、ありませんでした。おとなしそうな人なので、例の興信所の話を聞いた時はびっくりしました。」
「そうか。何か気になることは無かったかい?」
「いえ、何も。ただ、家の中に不釣り合いなものがありました。」
「なんだい?」
「実は、私のおやじが昔から日本画が好きで私も少しばかり知っているのですが、今野氏の家に東山魁夷の日本画がありました。」
「それは高価なものかい?」
「はい、数千万はするかと思います。それと…。」
「それとなんだい?」
「全く同じ絵が二つありました。」
「二つあったらおかしいかい?」
「文化勲章を受章するような画家が全く同じ絵を何枚も描きません。」
「んー。おかしな話だな。」
「そうなのです。」
後半のゴルフも栗林は墜落事故のことが気になってなかなか集中が出来なかった。
(今野さんから聞いたテレビ局の人間が気になる。テレビ番組制作でドローンを使うことはよくある。しかし、高木がスマホで見せてくれた大型のドローンは間違いなく工業用・農業用だ。)
栗林は、ティーグランドに立ち目をつぶり、プチッと眉毛を一本抜いて刮目した。
バチィィィーン!
ドライバーショットは力強い弾道でやや左方向に飛び出しドロー(左)回転をましながらフェアウェイセンターに落下した。
「部長!凄いですよ!280は飛んでいます!」
(栗林はトリックの一つを見抜いたのだ。)
ホールはパー5、530ヤードの2打目、グリーンエッジ(淵)まで240ヤード。栗林は3番ウッドを手にした。
(それにしても、今野家に高額な日本画があるのか?二つは無いものが二つあるのか?…んっ、一つは贋作か!)
彼はフェアウェイのボールをカッと見つめ、
バチィィィーン!
と打ち出した。
「部長!ツーオンです!」
(栗林は二つ目のトリックを見抜いたのだ。)
後半のゴルフは、栗林35(点)高木40で栗林の勝ちとなった。通しでイーブン。高木は栗林のスイングに圧倒されたようだった。
「部長!今日はありがとうございました!」
「おう、申し訳ないが帰りがけ、昨日の廃校に立ち寄って行こう!」
「わたしも気になっていました。」
「そうか。」
二人は昨日の廃校に立ち寄った。中に入れるかどうか?が一番知りたかったところだが、既に鍵が取り外されており簡単に入ることが出来た。
そして、栗林はそこで誰かが何かの作業をした「痕跡」を確認した。
(再捜査)
その日から3日後、栗林はまた会社上層部に願い出て宮城県警帯刀課長と会議の時間を設けてもらった。
「帯刀課長、今日はお忙しい所たいへん申し訳ありません。早速、進めさせていただきます。高木!」
「はい。実は7月10日に国道48号線で起きた自動車墜落事故は…、事件である可能性が非常に高いのでご説明いたします。」
「なんと?」
「まずはスクリーンをご覧ください。」
会議室の蛍光灯が消され暗室となった。映像は、運転席から見たドライブ映像のVTRだ。かなりのスピードで事故現場に近づいている。近づいて左にハンドルを切った。
「次の映像もご覧ください。」
次の映像も同じ道路を走る運転席から見たドライブ映像のVTRだった。やはり猛スピードで事故現場に近づいている。が、次の瞬間、帯刀課長が声をあげた。
「えっ!」
左カーブの国道が直線道路に変わっているのだ。映像の中で車は直進し小さく消えていった。
「なんと?これは合成かね?」
「はい、こちらは私が映像を合成して作ったVTRです。しかし、これを、実際にやることが可能です。」
「本当か?」
「スパイもの映画などでも使われているトリックで~実際の風景を絵で置き換えて人をだますトリックアート~だまし絵です。」
「風景を変えて、道路が無い所に道路があるように見せるのかね?」
「そうです。」
「余程巨大なだまし絵が必要だな。」
「はい、横10メートル、縦15メートルは最低必要かと思います。」
「そんなものをどうやって設置するのかね?」
「タペストリーカーテンをご想像ください。劇場の緞帳でも結構です。両端をワイヤーで固定して工業用ドローンで持ち上げるのです。今ご覧になっているスクリーン自体も天井から吊るされていますが、これをドローンが持ち上げているとお思い下さい。」
こちらも説明用のVTRが作られてあった。
トリックアート(だまし絵)をドローンが持ち運び、道路上に垂れ下げることにより、左カーブ道路が消え、直線道路になるのだ。
「まさに映画の世界だな。」
会議室の照明を戻し、次に高木は仮説を説明した。内容は次の通りである。
今野恭子と絵画教室の桜井幸太郎は、何らかの理由で今野卓司氏を殺害しようとした。
事件当日、恭子が母親の急病を電話で知らせたことにより今野氏は猛スピードで山形の実家に向かった。今野氏は生来、母子家庭であったこともあり母親が泣き所であった。母親の状態は相当に切迫していると伝えられた筈である。
桜井幸太郎は、今野氏が現場に差し掛かる時間を計算し、(現場)上空で巨大なトリックアートのスクリーンを吊るし待ち構えたドローンを垂直降下。ホバーリングしながら定位置で道路上にトリックアートを垂れ下げたのだ。今野氏には本来の左カープ道路が見えず、一直線にガードレールを破壊し崖下に墜落したのである。
また、その裏付けとして、高木はいくつかの事象を説明した。
(1) 今野氏宅には、不釣り合いな高額な日本画が2枚あった。しかも1枚は贋作。恭子と桜井幸太郎は芸術大学美術学部を卒業し相当の画力がある。
(2) 巨大なだまし絵を制作するのはアトリエが必要。そのスペースには現場近くの廃校を利用した。廃校からはスプレーのりの空き缶が見つかり、床には絵具の跡が残っていた。
(3) テレビ局が現場付近でキャンプを題材にした番組を作っていた、という情報があったがこれは嘘。名刺も偽装。
(4) 志津ばあさんが、夜中に耳鳴りがする、と言っていたのは実はドローンの風切り音。大型のドローンであるから60デシベル位の音が出でいたもので、犯人は何度も予定時刻に実験・リハーサルを重ねたと思える。事件後、志津婆さんの耳鳴りは起こっていない。
説明後、栗林が口を開いた。
「すべては、帯刀課長から志津婆さんの耳鳴りの話を教えていただいたことから推測しました。地道な地取り調査に敬服いたします。」
「そ、そうか。」
栗林は、ちらっと高木を見た。
(思いっきり課長を持ち上げたぞ…)
「よし、再捜査だ!」
(エピローグ)
宮城県警刑事課により本件は殺人事件として再捜査された。
桜井幸太郎が購入した工業用ドローン、強度ワーヤーロープの裏取りが行われ、押収したスマートフォンからはGPSアプリ履歴が確認され、また彼のパソコンに保存されていた現場付近の写真データなどが犯行と結びつける間接的な証拠となった。
それでも桜井幸太郎は口を割らなかった。しかし…
「今野恭子も同罪だな。彼女も逮捕されることになる。」
その一言で桜井の態度は一変した。
「恭子さんはまったく関係ありません。わたしが単独でやったことです。」
…1年後、事件公判で桜井幸太郎は懲役18年を求刑された。今野恭子は取り調べで終始無言だった。
二人の過去はいまだによく分かっていない。しかし、二人は芸術を通して結びついていた。刑期が終わったら今度は二人で暮らしていくだろう。
~終~




