第二話 赤い屋根の小さな家
静かにソリが止まる。次にプレゼントを届けるのは、あの赤い屋根の小さな家かな?
煙突も小さいなぁ。でぶっちょのサンタの爺さん、入れんのか? オイラが代わりに行って来てやろうかな?
いいや! お手伝いなんて、良い子のすることだ。黒サンタはそんなことしない。プレゼントがもらえる良い子なんて、大嫌いだ。
少しは困って泣けばいい。
へへへっ! この家ではくつ下に大きな穴を開けてやろうかな? あ! 良いこと考えた! プレゼントが入らないように、くつ下をヒモでしばっちゃおう!
足音を忍ばせて、家の人にもサンタの爺さんにも、気づかれないように歩く。
オイラがそおっと歩きながら、こども部屋を探していたら、ろうかのむこうから、小さなオルゴールの音が聞こえて来た。
バカだなぁ、夜更かししてる悪い子は、サンタクロースの爺さんにプレゼントもらえなくなっちゃうんだぞ! ちょっと教えてきてやろう。まだ間に合うかも知れないからな。
オイラがこっそりドアを開けると、なんだか嗅いだことのあるにおいがふわりと漂った。
甘いミルクと、洗いたてのタオルのにおい。汗とよだれと、しめったかみの毛のにおい。
……赤ちゃんのにおいだ。
天井のオルゴールメリーが、最後の音をポロンと小さく奏でてから、ゆっくりと止まった。ぶら下がった飛行機のかざりが、ゆらゆらとゆれる。
子供が夜ふかしして遊んでるんじゃなくて、赤ちゃんのためのオルゴールだったんだ。
きっと、可愛がられて、大切にされている赤ちゃんだ。
オイラはなるべく乱暴に歩いた。
寝ている赤ちゃんを気づかうなんて、黒サンタらしくないもんな!
ベビーベッドをのぞき込むと、ヒヨコもようの布団の中で、ちっちゃな赤ちゃんが寝ていた。オイラのはな息で、頭のうぶ毛がふよふよと、生き物みたいに動いてる。
あれ? ……何か思い出しそう。ほっぺを、ツンツンとつついてみる。ふかふかのパンケーキみたいに柔らかい。
なんだかお尻がムズムズする。ぎゅーって抱きしめたい気持ちと、ほっぺを思い切りつねってやりたい気持ちが、オイラのお尻をムズムズさせる。
『怖いことや、悲しいことから守ってやりたい』
『イジワルして、泣いている顔を見てみたい』
両方の気持ちがぶつかって、急にオイラは一歩も動けなくなった。
思い出したらダメだ。
オイラはイタズラ黒サンタ。楽しいクリスマスの夜に、幸せな人たちを、ほんの少し困らせる。
すぐに笑い話になるような、小さなイタズラを振りまいて歩く。
それでいい。それがいいんだ! 思い出したくなんかないんだよ!
オイラが部屋から、逃げ出そうとしたその時……。
赤ちゃんが目を開けて、オイラの顔をじっと見つめた。そうして、小さな小さな手を伸ばしながら、ふにゃふにゃって笑ったんだ。
ああ……、ミーナに似てる。もう二度と会うことが出来ない、オイラのかわいいミーナに。
夜よりも、影よりも黒い気持ち。それがオイラを黒くした。黒い服、黒いぼうし、黒いブーツ。真っ黒い気持ちが詰まった、大きな大きな黒い袋。
パンパンに膨らんでしまった袋の口を、オイラは必死で握った。袋から黒い気持ちがあふれたら、オイラはきっと……今よりもっと黒くなる。
真っ黒いバケモノになっちまう。
こんなところでバケモノになったら、オイラはこの赤ちゃんを、傷つけてしまうかも知れない。
「いやだ! そんなの、いやだ! オイラは……オイラはミーナを守ろうと思ったんだ!!」