食い逃げ
それから一時間後、査定を終えたリーナから代金として5万ギルを受け取ったロイはとりあえず宿を探すため街をうろついていた。その時、通りの酒場から男が飛び出してきてその背中を追うように「食い逃げだ!」との声が聞こえた。
男はロイの方へ受かって走ってくる。ロイは腰のロングソードに手をかけた。
「どけ小僧!」
男がナイフを高く掲げる。ロイが腰をおとし剣を抜こうとした瞬間、目の前で男の体が浮き上がった。男の驚いた顔がロイ目掛けて飛んでくる。ロイは思わず悲鳴を上げて飛び上がり男をかわした。男はロイの背後にあった露店に突っ込んだ。売り子が悲鳴を上げ、果物がそこら中に転がる。
騒然とする街の中、ロイは遠ざかる小柄なフードの人物を目で追った。しかしその姿はすぐに人混みへまぎれてしまった。
ロイは見た。食い逃げ犯がロイの元へ迫っているときにフードの人物がそっと足をひっかけたのを。一瞬だけ見えた横顔は陶器のように白くなめらかだった。おそらく女だ。フードをかぶりすぐに身を隠したあたり、魔族かもしれない。
ロイは気になってあとを追おうとしたが、「助けて」という声に引き止められた。売り子の少女が壊れた屋台の下敷きになっていた。ロイは彼女を助けおこしヒールの魔法をかけた。
「ありがとうございます」
「いえ、災難でしたね」
振り返った少女が壊れた屋台を見て涙ぐむので、昨日ステータスメニューで見つけた魔法のひとつを唱えてみた。それは修復魔法だった。すると屋台はたちまち元通りになり、散らばった果物も元通りに整列した。
「これで元通りです」
ロイが微笑むと少女は「怖かったよー」と抱きついてきた。あまり免疫のないロイはおろおろとするばかり。近くにはのびた食い逃げが転がっていた。
憲兵の取り調べが終わるともう日は暮れかけていた。今から宿を探すとなるとなんだかひどい疲労を覚えた。
「あの」
案内板の前で悩んでいると、昼間助けた少女に声をかけられた。
「ああ、怪我は問題ないですか」
「おかげさまで。今日はありがとうございました。よかったらお名前を教えてもらえませんか。それと、なにかお礼させてください」