不穏な朝
剣術大会本戦トーナメントの日の朝、ロイは曇空を見上げ何故か妙に不安な気持ちに襲われていた。
「ロイさん行きますよ!」
いつもと変わらないアイに苦笑していると、ロッテに強く背を叩かれた。
「がんばっといで」
「はい!」
スポンサーであるロッテから提供を受けた真新しい装備に身を包み、ロイは改めて気合を入れた。初戦の相手はいきなりAランク冒険者だというクレストという男だった。まだこの街にきたばかりのロイは対戦相手について何も情報を持っていない。しかしそれは相手だって同じだ。無名のロイがどんな戦いをするのか、注目している人はほとんどいないだろう。
そんな話をしながらアイと会場まで歩いていると遠くで雷が鳴った。「キャ!」とアイが身を竦める。
「雨が降らないといいんだけど」
「そうですね。なんだか、こんな時期なのに寒いですし」
そう言いながらアイはまた咳をした。
「大丈夫か?」
「はい、なんでもないです」
しかしその咳は昨日から止まらない。そしてブレッシングタウンではどうやら風邪が流行っているようで、ロイが今見回しただけでも咳をしている人が数人見受けられた。
それでも街は祭りとあって人でごった返していた。屋台の呼びかけがそこら中で飛び交っている。活気ある街の熱気でアイも少し元気が出たようだった。
「何か食べる?」
「ロイさんの試合が終わってからにします。それまでは緊張して食べれないですよー」
「なんで君が緊急してるの」
ロイが笑うとアイは真っ赤になって頬を膨らました。
その時、ロイの視界の端を白いフードが掠めた。ロイは振り返った。しかし人混みの中でその姿を見つけることはできなかった。
「どうしました?」
「いや、なんでも」
どうしてあのフードの人物がそこまで気になるのだろう。ロイは自分でも不思議だった。朝の鐘がなった。決闘の時間が迫っていた。
「さあ、行ってくるかな」
「頑張ってください!」
広場の闘技場へ向かう途中、ヒューイの執事であるハンスさんが駆け寄ってきた。
「ロイ様、お気をつけください」
「ハンスさん、どうしたんですか?」
「少しお耳を」
ロイが耳を近づけると、ハンスはこう言った。
「この街に魔族が忍び込んでいるという情報があります。彼らは祭り好きですから、もしかすると冒険者に化けて大会にも出場しているかもしれません。ヒューイ様はそれを確かめにこの街に来たのです。それから……」
その時ロイの名前が呼ばれ、第一回戦の時間になった。ロイは「あとでうかがいます」と声をかけ、闘技場の中心へ向かって歩いた。




