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緘黙少女  作者: フェルミ⇸ヴェルナー⇸葉子
13/17

012 花火大会


 八月のとある土曜日──。


 この日、環が蒼井家に初めて遊びに来てくれた。

 

 わたしが初めて家に友達を連れてきたことに、父も母も舞い上がっていた。

 妹も嬉しそうだった。


 そんな家族のはしゃぐ様子を、恥ずかしく思ったが、これまで家に呼ぶ友達がいなかった自分自身が何より一番、恥ずかしかった。



 十五時までに勉強を終わらせると、二人で遊びに出かける準備をした。



 今日は十九時から、立川にある国立公園で、大きな花火大会があるのだ。



 環はわたしに眉の整え方を教えてくれ、一緒に化粧もした。

 最後に浴衣に着替えると、妹が「おねえちゃん、別人! 綺麗!」と嬌声を上げてくれた。父も母も目を細めて、嬉しそうに私を見ていた。




 ◇ ◇ ◇




 実を言うとわたしは、この花火大会に行くことが怖かった。

 場所が学校の最寄ということもあり、クラスメイトと会ったらどうしよう、とビクビクしていたのだ。


 そんな不安を環にこぼすと、彼女は笑ってこう言った。


「大丈夫だよ。何かあったら、アタシが守るから」


 そんな言葉が素直に嬉しくもあり、そう言われる自分の存在が悲しくもあった。

 それが嫌なら、早く緘黙かんもくを治して、環と対等の関係にならなきゃ……

 わたしはそんなことを、密かに胸に誓った。




 ◇




 会場の公園は、当然の如く人ごみで溢れていた。


 環は絶対に、はぐれないようにしようね、と言ってわたしと手を繋いだ。


 だけど、やがて花火が始まるという頃に、環は繋いだ手を突然、ほどいた。


「ごめん、なんか飲み物買って来るから待ってて」

 そんな言葉を残し、彼女はわたしの元を離れた。


 人混みの中に滲むようにして消えていく彼女の背中を見送り、急速に失われていく手の中の温もりを感じていると、不安に駆られた。


 所在ない感じで、わたしが一人オロオロと佇んでいると──背後から突然、声を掛けられた。


「こんばんは。君、かわいいねぇ~。ひとり? よかったら俺らと一緒に、花火見ない?」


 振り返ると、駅前でスケボーでもやっていそうな若者が二人。ニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていた。

 わたしは怖くて、身動きがとれなかった。もちろん、声は出ない。


 二人組みの片方が、わたしの方へ近づいてきた──「もうそろそろ、一発目が打ちあがる時間だねぇ」とか言いながら。


 恐怖で泣きそうな顔になっているのが、自分でも分かった。



 どうしよう!?!! とパニックになり、涙が出る寸前。再び、後ろから声がした。




「大丈夫?」




 環の声だった。

 環は声を掛けると同時に、わたしの肩を抱き寄せて、くるりとわたしを反転させた。

 そして、彼女はわたしを抱き締めて、頭を撫でた。

 彼女の肩にかかった甘栗色の髪から、甘い女の子の香りが漂い、鼻先を掠める。


「すみません。今、デート中なんで」


 環の顔は当然見えなかったが、わたしの脳裏には百点満点の笑みを作る彼女の顔が、鮮やかに浮かび上がっていた。

 そして、そんな彼女の美少女オーラに気圧されて、怯む二人組みの気配も感じられた。


 二人がすごすごと遠ざかって行くのが、足音ではっきりと分る。

 その足音が喧騒に溶けて無くなると、環は改めて、わたしの頭を優しく撫でた。



「大丈夫。大丈夫……」

 


 そんな二人のことなど、関係なしに……一つ目の花火が、タイムテーブルどおりに打ち上げられた。


 


 花火の上がる音を聞きながら、髪をいていく柔かな指の流れを感じていると、徐々にわたしは落ち着きを取り戻した。

 

 ゆっくりと顔を上げると、環がわたしの頭から手を離し、その手を腰にまわした。

 わたしも真似っこをするように、彼女の腰に手を伸ばす。





 次々と打ち上げられていく花火と、その花火を見る環の横顔に……わたしは見惚れていた。






 プログラムの最後となる、巨大な花火が夜空を埋め尽くしていた。

 観客の大きな歓声が、空へ空へと上ってゆく。



 パッと咲いた光の花。その花びらたちが、さらに小さな火炎の花を咲かせていく……

 その光芒が、闇を撫でるようにして溶けてゆく……

 

 全ての花火の煌めきが、夜空の中に消えいると……帰り支度を始めようと、多くの人影がうごめき始めた。

 人々の作るの黒い影が、ゆっくりと……賑わいと共に、公園の出口に向かって流れてゆく。


 

 わたしたちは駅へと向かう帰り道、二人。手を繋いで歩いた。

 環がこちらを見て、柔かな笑みを浮かべながら、唇を開く。



「来年……」

「……も一緒に、花火見ようね……!」


 彼女が全部言い終わらないうちに、わたしは言葉を重ねた。

 そんなわたしを見て、環は満足げな笑みを作り──。



 そして、「それから……」と、言葉を続けた。

 

「葵は絶対に大丈夫だと思うけど、今日みたいな、チャラチャラした男に引っ掛かったらダメだよ」

「……うん」


「これは、美少女の先輩からの忠告ねっ」

 そう言って環は、にへらと笑った。


 その笑顔を見ながら、わたしもいつか……こんな女になれたらなぁ、と憧憬にも似た気持ちが心の中に沸き立つのを感じていた。

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