6 霧の中の脅威
彼の体と同じくらいの体積があるその塊は、彼とテュールの丁度間に落ちてきた。咄嗟に突き飛ばさなければテュールの真上に落ちてきていただろう。何が起こったのか理解できず呆然としている少女の腕をひっ掴み、自分の背後へ回らせる。
(siveか、厄介だな)
小さく舌打ちをした。
落ちた衝撃でつぶれ、地面に平らに広がっていたシーヴァは、表面を波打たせながら体を動かし、ものの数秒で碗を伏せたような円錐台状の形になった。
「なっ、なっ」
「絶対に触るな。触れた瞬間に取り込まれるぞ」
混乱しているテュールに早口で言い置き、足元に転がっていた頭程の大きさの石を投げつける。石は少しの抵抗を感じさせながらシーヴァの体内に沈み込み、地面から数cmのところで止まった。 白みがかった緑の半透明の体は、霧と苔ばかりの周囲の景色に溶け込んでおり、石だけが浮いているように見える。
ぽこり ぽこり
小さく籠もった音を立て、シーヴァは触手のようなものを幾本も作り出した。ゆっくりと彼の方へ伸ばしてくる。
「下がれ。目は離すな。転ばないよう、確実に、しかし急いで歩を進めろ」
すぐに言った通りに移動し始めたテュールの気配を背中で感じつつ、シーヴァから視線は外さずに彼も後退を始めた。
再度、拾い上げた大きめの石を投げつける。触手で自らを庇うような動きを見せたが、勢いをつけて投げられた石は防ぎきれない。先ほどのものと同じように、静かにシーヴァの体内に沈み込んでいった。
彼の無礼な振る舞いに抗議するかのように、シーヴァはぶるりと体を震わせた。次の瞬間、大きく跳ね飛び、一気に距離を詰めてきた。動作に予兆はなかったが、そのような動きをすることも知識として頭に入っている。難なく身を躱し、飛びすさりざまに、また一つ石を投げつける。辺りに視線を走らせ、すぐに新たな石を拾う。
たまに予想を超える動きで距離を縮めてくるシーヴァをあしらいながら、石を投げ続ける。やがてその体のほとんどを石で埋めつくす事ができた。
現れた時のシーヴァは、彼が大股で歩くのと同じくらいの速度で這い寄ってきていた。しかし今は取り込んだ石の重さが枷となり、蝸牛が這うほどの早さでしか動けなくなっている。こうなればもうほとんど危険はない。振り返ると、震える緑の瞳と目が合った。
「石を溶かしきるまでには数日かかるだろう。それまでは碌に動けん。もう大丈夫だ。行くぞ」
真っ青な顔でこくこくと頷きながらも何度も振り返るテュールを促しつつ、彼も一度だけ後ろを見やった。
シーヴァは恨めしそうに触手をこちらへ伸ばしていたが、すぐに霧にその体を包まれ、霞んで見えなくなった。




