3 身支度
「あ……ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
「うむ」
短く答えて身を起こす。葉に隠されていた裸の上半身が目に入ったらしく、途端にテュールの頬に赤みが差した。ぱっと下を向き、そのまま話しかけてくる。
「あのっ!服は、服は着ていないのですか?」
「俺は眠るところだった。上着は窮屈だから脱いだ」
「そ、そうでしたか、すみません。……下は履いているんですね?」
「ああ。何か問題はあるか」
「いえ、大丈夫です……」
俯いたままのテュールの頬の赤みが耳までうっすらと広がっていくのを不思議に思いながら寝床から起き上がり、枝から飛び降りた。遊び相手である山猫達のように完全には音は消せないが、彼らに習って膝を曲げ、柔らかく着地する。
飛び降りてくるとは思っていなかったのだろう。驚いた表情で顔を上げたテュールは彼を見た瞬間、大きな悲鳴を上げた。
「しっ、下って!!それ、下着じゃないですか!!!」
手で顔を覆った上に横を向いて、震え混じりの声で叫ぶ。
「間違ったことは言っていない」
彼が身に纏っていたものは、臍の下から太ももの中程までを覆っている麻の下履きのみであった。
「先程も言ったが、俺は眠るところだった。眠る時に衣服で締め付けられるのは好きじゃない。お前が他人の裸を見るのが嫌なのだとしても、お前が来ることは知らなかったんだからそう責めるな」
彼の言葉にテュールはぴくりと肩を揺らし、手で顔を覆ったままこちらを向いた。
「そ、そうですよね……!私が住んでいるところは身内同士でも滅多に肌を晒さないので、驚いてしまって……責めるつもりなんてなかったのです。大きな声を出してしまって、ごめんなさい。………ズボンは持っていますか?」
「そうか。服はお前の目の前のうろの中に入っている。着て欲しいならそこをどけ」
テュールは顔を隠したままじりじりと横にずれた。案の定、隆起したアッシュの木の根に躓き、ぐらりと体が揺れる。咄嗟に肩を支えてやったが、彼の手の感触に驚いて飛び上がり、結局転んだ。頑として顔を隠したまま、その場に座り込んでいる。
「気の小さいやつだ。そんなにびくびくしているのに、よく村からここまで一人で来れたな」
言いながらうろの中からズボンを出して履き、首元が大きく開いたシャツをかぶる。
「おい、終わったぞ」
靴下を履き、ブーツに足を入れながら声を掛けると、顔を覆ったまま蹲っていたテュールがおそるおそる目から手を外した。きちんと服を着た彼を見て、安堵の表情を浮かべる。
「なにか問題はあるか」
「いえ、大丈夫です。取り乱してしまって、すみません」
「謝罪はさっき受けた……うん?お前、泣いていたのか?転んだ時に、どこかをひどく打ったのか?」
少女の薄い緑色の瞳が少し潤んでいることに気付き、彼は酷く戸惑った。
「だ、大丈夫です!男の人の……は、裸を、こんなに近くで見たのが初めてで恥ずかしくて、驚いた拍子に少し涙が出てしまっただけで」
「恥ずかしいとはなんだ。どこかを痛めたのではないのならいいが……しかし……まぁ、俺のせいなのだろう?泣くほど不快な気持ちにさせてしまって、すまない」
彼の言葉に驚いた様子で目を見開いたテュールは、次の瞬間ふわりと微笑んだ。
「あなたが謝る必要なんてありません。私が勝手に慌てていただけです」
遠慮がちではあったとはいえ、その笑顔は暖かいものであった。
「泣かせてしまった事に変わりはないし、小さいものを気遣うのは大きいものの責任だ」
テュールはまたくすりと笑い、謝罪を受け入れます、と答えた。頭にきんと響く悲鳴を間近で聞かされた時は正直むっとしていたのだが、今のやりとりのおかげで気持ちは宥められていた。穏やかな沈黙の中、身支度を整える。
シャツの上からベルトをきつく締める。細々とした物が入っている皮の小袋をそれに通し、動きの妨げにならないよう腰の後ろにずらす。剣帯を右肩から斜めに掛け、ずれないようにベルトと固定し、最後に取り出した木剣を剣帯に収める。
友人が誂えてくれたこの木剣の斬れ味は鋭いが、植物を切ることはできない。その特性のおかげで、刃物嫌いの姉もこの剣を所持する事に関しては寛大であった。