18 フローライトの護符
笑いさざめきながら軽やかにステップを踏むエレウーマン達を見ているふりをして、彼はテュールの様子に気を配っていた。踊りが始まってすぐの内は体を揺らして手を叩いたり、竪琴の調べを口ずさんでいたが、少し前からぴくりとも動かず、黙り込んでいる。
「おい」
小さく、しかし鋭く声をかけると、テュールはびくりと肩を揺らして振り向いた。
「あ……あれ、私、なんだか……」
「取り込まれていたぞ」
「え……?」
「やつらの踊りに魅入られる者は少なくない。そのままふらふらとやつらの国へ行ってしまう。自分の目的を忘れず、気をしっかり持て」
小声のまま話しかけていると、ぼんやりとしていた薄緑色の瞳が澄んできた。それに伴い意識もはっきりしてきた様子で、テュールは顔を強張らせ、頷いた。
「甘い言葉で自分たちの国へ誘うのはやつらも悪心あっての行いだが、これに関してはわざとではない。悪く思わないでやれ」
「はい、わかりました……。あの、ありがとうございます。……とても優しい方々でしたので、すっかり気を許してしまっていましたが……そうですよね、人、ではないんですもんね……」
テュールはそう呟くと、どこか寂しげな眼差しで彼女達を見つめた。
昇り始めた月光の下、蛍が緑色の光を滲ませながら飛び交っている。竪琴の音色とせせらぎに合わせて手足を伸びやかに動かしながら踊るエレウーマン達の笑顔はひたすらに無邪気で美しく、それ故に、住む世界の隔たりを感じさせた。
それからほんの少しの後。静かな衣擦れの音と共にサンブカス達が戻ってきた。老爺達はビヨルクの枝で作った縦笛を持ってきており、各々適当な場所に腰掛けるとゆっくりと吹き始めた。その音色はエレウーマン達の竪琴の調べに優しく同調し、暖かく溶け合った。
「待たせてしまったのぅ」
彼とテュールの隣に腰を下ろしたサンブカスがおっとりとした口調で詫びながら、蛍光を封じたかのような輝きを秘めている緑色の石を差し出した。丸い穴が空いており、ネトルの糸が通されている。
「そなたに、これを」
「とても綺麗です……これは?」
「この里で取れるフローライトに、蛍の火を封じた物じゃ。この石は元来蛍の光を秘めておるものなんじゃがの、ここの爺殿達は光だけでなく、その熱までをも封じる技術を持っておるんじゃよ。この穴から覗けば、隠されたものも見えるじゃろう。身に付けておれば、魔のものに誑かされそうになった時、その熱でそなたの正気を取り戻すはずじゃ」
テュールはぎゅっとそれを握りしめた後、首に掛けた。
「こんなに貴重なものを……」
「なんのなんの、先ほどの甘露の礼には足りぬ程じゃ。うむ、そなたの瞳の色によく合っておる。爺殿達と、何色の石にしようか揉めての」
「蛍石は青や紫もあるでな」
「全部の色が混ざっておるものもあるんじゃよ」
「まぁ、欲ばらんと、緑一色のものにしておいて正解じゃったのぅ」
サンブカスも老爺達も穏やかににこにこと笑っている。テュールは言葉もなく、深く頭を下げた。
「では、長、爺達。俺達はそろそろ発つ。好意に感謝する」
「なんとお礼を言えばいいかわかりませんが……あの、本当にありがとうございます」
「うむ、息災にな。流れる水と木々を揺らす風が、そなたと共にあらん事を」
「あら、もう帰っちゃうのね」
「さっきのシロップのレシピと材料」
「絶対に持ってきてねってあの人に伝えてね」
「あなたもいつでも来ていいんだから」
「その時は私達が作ったシロップをご馳走するわ」
「狼の坊やも、またね!」
「仔鹿ちゃんのことちゃんと守ってあげなきゃだめよぉ」
踊りながら口々にエレウーマン達も別れの言葉を投げかけてきた。テュールは一つ一つに頷き、最後に大きく手を振った。
「また、来ます!」
名残惜しそうにしているテュールを促し、門まで戻る。全員が泉の元へ集まっている為に、そこはがらんとして人気こそなかったが、流れているそよ風は悪戯っぽくぶつかってきたり、かと思えば優しく彼らを包み込んだりと不思議な流れ方をしており、まるでエレウーマン達が側に居るかのように感じられた。
「行くぞ」
彼の言葉に頷いたテュールは最後にもう一度、源流の方へ向けて深く頭を下げてから、大岩の下をくぐった。




