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ICO SAGA 狼の章  作者: 古賀みなも
第1章 ライゾ
17/34

17 道標

「人間に魔法の力を授ける秘術を……ご存知ではありませんか?」


 こくりと唾を飲み込み、呼吸を整えたテュールは、真っ直ぐにサンブカスの目を見つめながら問うた。


「うん?何故(なにゆえ)そんなものを欲する?てっきり我らの石の細工物を望みに来たのかと思っておったのだが。人間は生まれつき魔法を使えると聞いておるがの……む、そなた、もしや」


「はい、ご察しの通り、私は魔法の力を持っておりません。あと一年の内に、自らの力を見つけることができなければ、この世界から追放されるのです」


 それを聞いた瞬間、黙っていたエレウーマン達が口々に話し始めた。


「もしかして向こう側の世界のこと?」

「あんなところ行くもんじゃないわ」

「魔法なんてほとんど残ってないのよ」

「あそこに住んでる子達、ずっと辛そうだわ」


「行ったことがあるのですか?」


 驚いてテュールが問う。


「ええ、ちらっとね」

「妖精の国はどこにでも繋がってるのよ」

「私達、エルダーの木のエルフだから」

「ドライアドだとかと同じで」

「自分の木から長く離れることはできないから」

「向こうの世界にはちょっとしかいられないけど」

「空気も土も重くて固くて息がしにくいの」

「妖精や精霊はほとんどいないみたいよ」

「エレウーマン達もどんどん消えちゃってるんですって」

「ねぇ、どうして行かないといけないの?」


「ええと、話せば長くなってしまうのですが……」


 テュールは川辺で彼に話した時よりも随分と落ち着いた様子で、人間の法や先祖返りについて簡単に説明した。事情を聞き終えたエレウーマン達は興奮した蜜蜂のように喋り始める。


「そんなのひどいわ」

「仔鹿ちゃんとってもいい子なのに」

「もうこっちの世界に帰ってこれないなんて」

「妖精の国にいてもダメなのかしら」

「お花になってここにいるのは、嫌?」


 出会ってすぐの頃の妖精の国への誘いは、純粋な悪戯心の中にちらりと酷薄さが覗くものであった。しかし此の度の提案は、どうにかしてテュールをこの世界に繋ぎ止めておいてやりたいという心からの暖かさに満ちたものであった。


「まぁまぁ。そなたらの気持ちは、きっとこの者にも伝わっておる。そう昂ぶらず、わたくしにも話させてたも」


 黙りこんで思案していたサンブカスは、エレウーマン達を制し、ゆっくりと口を開いた。


「まず、先ほどの問いかけについてじゃが。わたくしは魔術については疎くての。すまんが、直接そなたの手助けになるような事はできぬ」


「そうですか……」


 テュールは気丈に答えたが、膝の上でぎゅっと握られたその手が微かに震えたのを、彼は静かに見ていた。


「これ、そう泣きそうな顔をするでない。わたくしはこの世界ができてから根付いた木じゃ。まだ150歳を少し越えたばかり。故に古の知恵は蓄えておらんでの。そうじゃな。元の世界から移り住んできた者らを訪ねてみれば、何か道は開けるかもしれぬぞ」


「元の世界から?」


「うむ。砂漠の国にスピンクスが何頭かおるそうじゃ。全て向こうから来たやつらだと聞いておる。その齢は数千を越えておるとか。知恵深き生き物だそうじゃ、訪ねてみれば何かしら得るものはあろう」


「はい……はい!わかりました!」


「あとはのぅ、やはり海じゃな。海には太古からの生き物も住んでおると言うが」


「砂漠と、海ですね!ああ、ありがとうございます!」


 進むべき道を示してもらったことで気持ちに張りが出た様子で立ち上がり、すぐにでも立ちかねない様子のテュールを眺めながら、彼は話でしか聞いたことのない砂漠や海にぼんやりと思いを馳せた。


「まぁまぁ、そう急くでない。これだけではそなたがもたらしてくれたものには釣り合わぬ。しばし待っておれ」


 テュールを優しく宥め、サンブカスは老爺達を伴って立ち去った。固唾を飲んで話を聞いていたエレウーマン達も自らの長の言葉に安心したのか、また笑い合いながら竪琴を奏で始める。彼は立ち上がり、テュールの側に腰を下ろした。


「来た価値はあったようだな」


「はい!本当によかったです。ここで何も得られなければ、この先どうすればよいのかとずっと不安でした」


「里を出た後、安全な所まで進み、そこで食事だ。その後は、お前を村に繋がる道まで送ってやる」


「何から何まで、ありがとうございます。あなたがいなければここまで来ることは到底叶いませんでした」


「村へ着いたら、その後はどうするんだ?」


「まずは砂漠の国へ向かおうかと思っています。それから海ですね……どちらもお伽話でしか聞いたことのない場所です」


「道はわかるのか?」


「行商の馬車に乗せてもらったり、案内を頼んだりして少しずつ進もうかと。ドライアド様と狼に育てられたなんて生い立ちに匹敵するような数奇な育ちの方に案内をしてもらうようなことは、きっともうないでしょうが」


 テュールはそう言ってくすりと笑った。


「ね、何話してるの?」

「難しい話は終わったのでしょう?」

「蛍達も目覚めたし」

「長が戻ってくるまで」

「踊りましょうよ」


「踊りは駄目だ。こいつの次の行き先は聞いていただろうに」


 にべもなく断ると、エレウーマン達はけらけらと笑い転げた。


「残念」

「今のは冗談よ」

「狼の坊やがいなかったら」

「一緒に楽しめたかもしれないけど」

「じゃあ、見てるだけ」

「でもいつでも混ざっていいわよぉ」


 彼の髪を軽く引っ張り、困ったように微笑んでいるテュールの頬を撫で、彼女達はふわりと立ち上がり、踊りの輪を作った。数人は座り込み、竪琴を抱え直す。一瞬の静寂の後、切なくも人を惹きつける調べが流れ始め、乙女達が軽い足取りで踏みしめるタイムの香りが甘く漂った。

スフィンクスとスピンクスで迷ったのですが、持っている辞典では後者で記述があったのでそちらを選びました。


エレウーマン達の竪琴はlyre(ライラ、リラ、ライアー)と呼ばれる小さめのものを指しております。その中でもceltic lyreという種類のものの演奏をBGMに執筆しました。静かに心に染み入るような音色です。サウンドボード部分に絵が描いてあるものが多いのですが、それもまたいい雰囲気!

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