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ICO SAGA 狼の章  作者: 古賀みなも
第1章 ライゾ
16/34

16 サンブカス

 はっとしてテュールが振り向く。エレウーマン達に渡されたシロップの水割りの爽やかな甘味をと香りを楽しんでいた彼も、声のした方へ目をやった。

 日は落ちきり、辺りは一面紫と藍に染まっている。蛍が動き始め、ちらちらと緑色の光が滲む幻想的な景色の中、エルダーの巨木の下に1人の女性が微笑みながら立っていた。

 古の言葉でエルダーを意味するサンブカスという名を冠する彼女こそがこの里の長であり、この森で最古のエレウーマンである。


「見て見て!」

「これ、私達の花で作ったのよぉ」

「お水に混ぜると、すっごく美味しいの」


 すぐさまエレウーマン達が駆け寄り、一斉に話し始める。小柄な彼女達よりも頭一つほど背の高いサンブカスはおっとりと頷きながら話を聞いている。その度に透けるような金髪がさらさらと流れ、精巧な彫刻を施されたフローライトの冠が煌めいた。


「おやおや、それはそれは。狼の子が素敵なお客人を連れて来たようじゃの。きちんともてなしはしたのかぇ?」


「もちろんよぉ」

「お喋りして」

「髪にお花を飾って」


「ふふ、それはそなた達がやりたくてやった事じゃろうて」


「そりゃ、やりたくてやった事だわ」

「でも嬉しいはずだわ」

「とっても可愛くなったんだもの」


 胸を張って答えるエレウーマン達の頭を苦笑しながら撫でた彼女は、静かに彼とテュールの元へ近付いてきた。

 太腿までを露出しているエレウーマン達とは異なり、サンブカスが纏っているトーガはその細い足首までをゆったりと覆っている。フローライトが編み込まれた金色のショールを肩に掛けており、歩く度にしゃらしゃらと小さな音を立てていた。


「狼の子よ、久しいな。長い冬であったが、ぬしの姉や家族らは息災にしておるかぇ?」


「ああ。長殿も変わりはなかったか」


「うむ。ここは永久にきよらな園であろうぞ……で、そなたは何者か?迷い子でもなさそうじゃが。なにやら皆を随分と喜ばせてくれたようじゃのう。この里の長として、礼を申す」


「はっ、はい!私はテュールと申します!あの、ここへ来たのは」


「まぁまぁ、話は後でゆっくりと聞くとして、いや全く、素晴らしい香りじゃ。早速わたくしも頂くことにしようかの」


 サンブカスは最も樹齢を重ねたエルダーの木の主であり、まだ年若いエレウーマン達の数倍は落ち着いているとはいえ、やはり彼女達や老爺達が楽しげに飲み交わしている盃の中身が気になった様子で、言葉を続けかけたテュールの事を優しく制し、シロップの瓶を持っているエレウーマンを手招きした。


「よき香りだこと」


 盃に注がれたシロップの水割りの香りを楽しみ、目を細める。


「私達のお花と蜂蜜が入っているのよ」

「黄色い果物は、あの子が持っていたのを分けてくれたのよ」

「ね、早く飲んでみて!」


 ゆっくりと盃を傾け、そのままこくこくと喉を動かす。一気に飲み干し、花の香の息を吐くと、うっとりとした表情で目を細めた。


「これはこれは」


「ね!素敵でしょう!」

「あの子をここに置いてもいいでしょう?」

「他にも素敵な事を知ってるかもしれないもの」


「望まぬ者を無理に留め置いても、そなたらが気まぐれに連れ帰ってくる若者と同じ道を辿ることになるじゃろう。話せぬようになれば石ころと同じこと。それでもいいのかぇ?」


「それは嫌だわ」

「ねぇ、じゃあどうしたらいいの?」

「せっかく作ったのに、もうなくなっちゃうわ」


「作り方を教えてもらえばよかろ?そなた達だけの力でこれを作り上げることができれば、ますます美味なるものになるかもしれぬぞ」


 サンブカスの提案にエレウーマン達はきゃあきゃあと歓声をあげ、テュールの元へどっと集まってきた。


「仔鹿ちゃん、今の長のお言葉、聞いた?」

「そんなことってあるのかしら?」

「私達で作ったらもっと美味しくなるの?」


「はい、自分達だけで作り上げたというものは、やはり美味しさも格別に感じるというのはあることだと思います。ええと、器具やレモンはジャンさんに持ってきてもらうように頼めば大丈夫でしょうが……火を起こすのが難しいかもしれません。ルーン文字は、その成り立ちなどをしっかりと理解していないと発動しないのです」


「あら、火は蛍達に借りればいいわ」

「ここの蛍は特別なのよ」

「あの緑色の炎が見えるでしょう?」

「あの炎を封じてフローライトを作っているの」

「とても熱いから木を燃やすなんて簡単よ」


 テュールは目を丸くして聞いていたが、エレウーマン達が呼び寄せた蛍がその儚くも見える燐光で簡単に葉に火を付けたのを見、納得した。レシピを書き残すと言えば、彼女達は飛び跳ねて喜び、ぎゅっと抱きついた。


「さあさあ、そうお客人を困らせるでない」


 サンブカスは目を白黒させて固まっているテュールに纏わり付いているエレウーマン達を優しく諫めると、静かにその場に腰を下ろした。


「では、お客人。テュールと言ったか。何故ここに参ったか、その訳を聞かせてもらおう。そなたは素晴らしい知識を授けてくれた。その対価はきちんと払わせていただこう」

のじゃ口調のキャラの一人称は妾、にしようと思っていたのですが、いざ書くにあたり調べたら、日本人ならではの細やかな機微が込められた一人称だな……ってことで急遽わたくし、に変更しました。考えすぎでしょうか。

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