15 エルダーフラワーのシロップ
もしお持ちであればエルダーフラワーのコーディアルかシロップの水かソーダ割りと一緒にお楽しみくださいませ。
橙色の夕焼けに、少しずつ紫色が混じり出した頃。
エレウーマン達はエルダーの花を枝から摘み取る作業を
終え、今はきっちりとまとめられていたテュールの髪をほどき、その栗色の髪に花を編み込むことに夢中になっている。
白いエルダーの花、薄いピンクのタイム、青いボリジ、その他にも彼が名を知らない小花を使い、華やかに飾り立てている。
テュールは最初こそ驚いていたが、何かを言ってやめてくれるような相手ではないことを察したようで、髪を好き勝手にいじられるのをそのままに、薄く切ったレモンを瓶に入れていた。
彼はレモンの酸味が好きだ。初めてジャンにこの実を差し出された時は、何も疑わずにそのままかぶりついた。舌が痺れるほどの酸味に身震いし、金輪際食べないと誓いを口にすれば、大笑いしていたジャンが涙を拭いて謝罪しながらこの果物の楽しみ方を教えてくれた。
水に入れれば夏の暑さを和らげる爽やかな飲み物となり、塩で焼いた肉や魚に果汁をかければ驚くほどに風味が変わり、次の一口を誘うものとなる。
暖かく乾いた空気を好むというその黄色い果実は、この森では自生しない。
彼が久々に嗅ぐつんとしたその香りを楽しんでいる内にも、テュールは手を休めずに作業を進めていた。
空の鍋に花と泉の水を入れ、小さな焚き火の上にかける。くつくつと音を立てた水が薄く色付き、花の香りが移ったところで火から下ろす。老爺達が持ってきてくれたネトルの布で濾し、薄い琥珀色に色付いたその水がまだ温かい内に蜂蜜を加える。ゆっくりと匙で混ぜて溶かし、そのシロップを瓶に静かに注いだ。
「出来ました。でも、あの……」
テュールの言葉を遮り、エレウーマン達からはしゃいだ声が上がる。
「素敵、素敵!」
「光に透けて綺麗な色ねぇ」
「仔鹿ちゃん、すごいわぁ」
「私達の花と蜂蜜でできてるんだから」
「仔鹿ちゃんが持ってるのよりももっと美味しいはずよ」
「早速みんなで飲んでみましょうよ」
「爺さま達も飲むでしょう?」
「あの!」
言いにくそうにテュールが口を開く。
「何日か置いて、味を落ち着かせる必要があるのです。すみません、先に言えばよかったのですが……」
「あら、そんなこと?」
「大丈夫よぉ」
「妖精の国はね、時間の流れ方が違うのよ」
「ちょっと持っていってくるわねぇ」
「落とさないように気をつけなくっちゃ」
言い終わると同時に、彼女達は瓶と共にふわりと風に流されるかのようにその姿を消した。
「まぁ……」
「すぐに戻ってくるだろう」
エレウーマン達を落胆させるような事にならず、安心した様子のテュールに近付き、いくつもの編み込みと沢山の花です飾られたその髪を手に取った。
「随分といじられたものだな。外すのを手伝ってやろうか?」
「え?あ、あら、こんなに……。いえ、とても綺麗にしてもらえて嬉しいので……もう少しこのままで」
「嫌ではないのか?俺もたまにやられるが、鬱陶しくてたまらん」
頭に花をつけている彼の姿を想像したらしいテュールは吹き出し、その声に笑いを滲ませた。
「やめて欲しいと言っても無駄なのでしょうね」
「あれらが言うことを聞いてくれるように見えるか?長と爺達と話すのは好きだが、いつもあいつらに割り込まれて邪魔ばかりだ」
「おや、そう言ってくれるのは嬉しいのう」
「ほんになぁ」
微笑んでいた老爺達もようやく会話に入ってくる。
「あの子らが急なことを言ったようで、すまんかったのう」
「しかしまぁ楽しげにしておったな」
「長い冬じゃったからのう」
「竪琴を弾くのにも飽いていたところにあんた達が来なすったから」
「娘さんなんぞがこの里に来たのは初めての事じゃったしな」
「そろそろ戻って来る頃じゃて」
その言葉が終わると同時にエレウーマン達が姿を現した。
「ただいまぁ」
「月が3回沈むくらい、置いてみたのだけど」
「この位でどうかしら?」
「あら、仔鹿ちゃんの髪を触ってたの?」
「かわいいでしょぉ」
「森を歩くには邪魔になりそうだ」
「もう、ダメな子ねぇ」
「女の子にはかわいいって言わなくちゃ」
「そうよそうよ」
「お花を褒めた後にあなたの方が美しいって言うのよ」
彼がうんざりして黙り込むと、瓶の中身を確認していたテュールが声を上げた。
「不思議ですね、数日が経ったもののようです。レモンもよく馴染んでいるみたいですので、もう飲めますよ。この泉の水で割れば良いですか?」
歓声をあげてテュールの元へエレウーマン達が集まる。先ほど使った鍋にシロップを入れ、水を加えて混ぜる。木彫りのコップにそれを注ぎ、すぐに試飲会が始まった。
「仔鹿ちゃんのも美味しかったけど」
「この花の香り!」
「ほら、狼の坊やにも分けてあげる」
「はぁぁ、これはええの」
「蜂蜜水とはえらい違いじゃ」
エレウーマン達のはしゃぐ声に混じって老爺達も驚きの声を上げていた。
「お気に召したみたいで、よかったです。そうですね、すごく香り高くできています、美味しいですね」
友好的とはいえ、人ならざる者達に注視されながらの作業はやはり緊張するものであったらしく、テュールは小さくと息を吐いた。その瞬間、柔らかな声が背後で響いた。
「今日はなにやら賑やかじゃの。この甘い香りは、なんじゃ?」




