バッタとカマキリ
ある晴れた穏やかな日に、バッタとカマキリが道で出会った。
バッタはカマキリを見た瞬間に、こいつにはかなわないな、と思った。
というのも身体は大きいし牙もするどいし、なんと言ってもあの大きな鎌のついた腕。あれでがっちり捕まえられたら逃げようがなさそうだ。
だからバッタは決めた。できるだけこいつとは仲良くしようと。
間違っても喧嘩なんかするもんかと。
そうすれば、きっとなんだかんだで上手くいくさ。
カマキリはぶるぶる震えるバッタを見ると、にやりと笑って言った。
「なあバッタくんよ。君はなんだっておれの前に立ちふさがるんだ?」
「いえいえカマキリさん。滅相もございません。ぼくは決してカマキリさんの前に立ちふさがったりなんかはしていません。」
「どう見ても立ちふさがっているだろう?邪魔で通れやしないよ。君は僕に謝るべきだとおもうぜ?」
バッタはなんで自分が謝らなきゃならんのだと思った。
しかし、ここでカマキリを怒らせてもしょうがない。
かないっこないんだから。
「そいつぁすみませんでした。このとおり、ぼくは道のわきにどきましょう。」
そう言ってバッタは道のはしにどいた。
カマキリはこいつはいいやと思った。
「うんうん、わかればいいんだけどね。ところで、謝るんなら誠意を見せてくれなきゃな。」
バッタははてなと思った。
「誠意ですかい?」
カマキリは意地悪そうな顔をして言った。
「そうさ。お詫びのしるしをよこしておくれ。」
「ぼくはあげられるような物はもってやいませんぜ。」
「君の翅はずいぶん丈夫そうじゃないか。素敵だよ。きみが本当に申し訳ないと思っているなら、その翅をおくれ。」
バッタはびっくりした。
翅をあげてしまったらもう飛べやしない。
「カマキリさん。そいつぁ困ります。翅がなければ飛べません。」
「おいおいバッタくん。君は僕に申し訳ないと思ったんだろう?それともさっきの言葉は嘘だったのかい?」
バッタは困った。
しかし、ここで意固地を通すとカマキリと喧嘩になってしまう。
「しょうがない。それでカマキリさんの気がすむんなら。」
バッタは自分の翅をちぎってカマキリにくれてやった。
カマキリはもらった翅をムシャムシャ食べた。
「ああバッタ君。」
「どうしました、カマキリさん?」
「君がくれた翅のなんと固いこと。お陰で歯が折れてしまったよ。どうしてくれるんだい。」
カマキリはぽろぽろと涙を流してわめいた。
「いやはや、そう言われましてもね。頑丈なのがぼくの翅なんです。」
「君のせいで、僕はすっかり歯抜けだよ。どうしてくれるんだい。」
バッタはなんで自分が責められるのだと思った。
しかし、ここでカマキリを怒らせてもしょうがない。
きっと面倒なことになるんだから。
「そいつぁすみませんでした。」
「うんうん、わかればいいんだけどね。ところで、謝るんなら誠意を見せてくれなきゃな。」
また誠意か。バッタは苦い顔をした。
「誠意ですかい?」
「そうさ。お詫びのしるしに君のアゴをおくれ。折れた歯の代わりに使わせてもらうから。」
「カマキリさん。そいつぁ困ります。アゴがなければ噛みつけません。」
「おいおいバッタくん。君は僕に申し訳ないと思ったんだろう?それともさっきの言葉は嘘だったのかい?」
バッタは困った。
しかし、ここで意固地を通すとカマキリと喧嘩になってしまう。
「しょうがない。それでカマキリさんの気がすむんなら。」
バッタは自分のアゴをちぎってカマキリにくれてやった。
カマキリはアゴをぽいっと投げた。
歯など折れていなかったのだ。
「ああ、バッタくん。」
「今度はどうしたんです?」
「君は僕のことが嫌いだろうねえ。」
正直バッタはカマキリにうんざりしていた。
しかし、そんなことを言えば喧嘩になる。
「いえいえ、カマキリさん。そんなことはございやせん。ぼくはカマキリさんのことが大好きですよ。」
心にもないことを言ってみた。
「本当にそう思っているのかい?」
「ええ、本当です。」
するとカマキリは怖い顔をして言った。
「バッタくん、君は嘘をついているね。」
バッタは本心を見抜かれてしまったのかと思いあわてて首をふった。
「滅相もございませんぜ、カマキリさん。何を根拠にそんなことをおっしゃるんで?」
「だって君には立派な脚がついている。僕のことが嫌いだから、そんな立派な脚でもって逃げようって魂胆なんだろう?」
脚のない虫などいないではないか。
バッタはそう言いたかったが、ここでカマキリを怒らせてもしょうがない。
せっかく今まで仲良くしてきたのだから。
「そいつぁすみませんでした。」
「うんうん、わかればいいんだけどね。ところで、謝るんなら誠意を見せてくれなきゃな。」
また誠意か。俺はすっかり誠意持ちだなあ。
バッタはすっかりふてくされていたが、そんな気持ちをぐっとこらえた。
「誠意ですかい?」
「そうさ。もし君が僕のことを本当に好きなら、もうその脚は不要だと思うんだ。僕から逃げる必要も、僕を蹴飛ばす必要もないんだから。」
「カマキリさん。そいつぁ困ります。脚がなければ一人で動くこともできません。」
「おいおいバッタくん。君は僕を信用してないな?僕は君の友達なんだから。脚のなくなった君の脚がわりになってやるさ。」
バッタは困った。
しかし、ここで意固地を通すとカマキリと喧嘩になってしまう。
「しょうがない。それでカマキリさんの気がすむんなら。」
バッタは自分の脚をちぎってカマキリにくれてやった。
カマキリはもらった脚など目もくれずにバッタに近づくと
柔らかい腹からムシャムシャ食べてしまった。
バッタはしまったと思ったが、もはや翅で飛ぶことも、アゴで噛みつくことも、脚で走ることも蹴飛ばすこともできなくなっている。
バッタはすっかりカマキリに食べられてしまった。
だから君たち。
もし、自分に害をなすような者と出会ったら、
そいつの話など決して聞かないことだ。
決して謝ったり、誠意を見せたりなんてしないことだ。
君の持てる武器でそいつをすっかりのしてしまうか、
全速力でそいつから逃げるか。
それだけが君の生き残る道なんだ。