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アリーローズ(1)

 目の前の全てが、ペンキで塗り潰されたような一面の青に覆われた。


「な、なんだ……!?」

 

 驚き困惑しながら辺りを見回すが、どこを向いても青、青、青……滲みもムラもない、全てが平面に見えるほどの青一色の世界である。


 と思いきや、ちょうど背後に一枚のドアがあった。地下室へとでも続くような鉄の扉が、ブルースクリーンの中にいるような空間にぽつんと佇んでいる。

 

 それへと歩み寄ると、湧磨の身体の前に、キーボードが一つ、ホログラムで映し出されたように浮かび上がった。

 

 ひょっとして、ここにあのパスワードを打ち込むのだろうか。そう察して、湧磨はキーボードに手を載せて、そして気がついたのだった。


「なっ、なんだこりゃ!?」


 手が、ただの青い棒になっている。それだけではない、身体を見下ろすと、全身がまるでトイレの男性マークのようになっているではないか。


『安心しなさい。何も怯えることはありませんわ。ちょっとだけビビッと来て、気絶――ではなくて、少し眠るだけですから』

 

 去り際に、アリシアがそう言っていたのを思い出す。

 

 ――ああ、そうか、ここは夢の世界か。

 

 それにしては意識がはっきりしている気がするが、明晰夢とはこういうものなのかもしれないし、夢だと思う以外に現状を理解する方法がない。

 

 とりあえずは全て夢だと思うことにして心を落ち着かせ、湧磨は再びドアのキーボードに両手を――二本の棒を載せ、棒の先の縁をどうにか使って、確かメモ帳に書いてあったパスワード、『BISHOUJO YURIRIN』を打ち込む。と、


『Welcome to Ex-Machina』

 

 キーボードのやや上にその文字が浮かび上がり、ガシャンと鉄扉の鍵が開く音が聞こえた。

 

 ホログラムのキーボードが消え、湧磨はその手をドアノブに伸ばす。この棒の手ではドアを開けるのにも一苦労しそうだと思ったが、軽く手を触れただけで、ドアは向こうへと滑らかに開いた。そしてその先には――民家の玄関があった。


 白と木目を基調とした、モダンでオシャレなデザインの玄関である。夢にしては凝った映像だなと、靴箱の上に置かれてある小さな観葉植物を眺めつつ立ち尽くしてから、靴など穿いていない、青い棒の足を玄関の先の廊下へ上げようと思ったが、その前に一応、言っておく。


「あのー、すみません」


 夢の中でこんなことを言って意味があるのか? 我ながらそう思ったが、


「どうぞ~。ご自由に上がってくださいみゅ~」


 と、意外にも返事があった。『みゅ』という語尾は気に懸かったが、とりあえずお言葉に甘えて上がらせてもらい、廊下の奥にあるリビングへと続くらしい扉を開けた。

 

 すると、そこは開放的な作りの広いリビングである。

 

 扉の正面には大きな窓があり、その外には水平線が丸く歪んで見えるような一面の海原が広がっている。玄関と同じで、リビングの家具もモダンなデザインの白で統一されており、海や空の青とのコントラストが爽やかで目に心地よかった。


「よろしい、時間通りに来ましたわね」


 そこには二人の女性の姿があった。ソファから立ち上がってまずこちらに声をかけてきたのは、まるで海外の映画女優のような金髪女性である。

 

 スラリと長身でありながら、胸にはまるでバレーボールのような双丘を携えたセクシーダイナマイツな外国人女性が、腰まで届く金髪をなびかせながら湧磨の前まで歩いてきて、中分けにした前髪をポーズを取るように掻き上げる。


 女性はなぜか、胸のほとんど全てが露わになるようなマイクロビキニ姿である。腰にはトップと同じ純白のパレオを巻いているが、その下には間違いなく際どいモノを身につけているに違いない。


「ちょ、ちょっと……いくらなんでも見過ぎではなくて?」

「あ、すみません……! って、ん? その喋り方は……アリシア?」

 

 姿は違うが、この特徴的な喋り方はアリシアのものである。それに、いくらか大人っぽくなってはいるが、顔立ちもアリシアにとても似ている気がする。そう気づいて湧磨がキョトンとすると、女性は巨大な双丘をたゆんと揺らして胸を張り、


「ええ、よくすぐに解りましたわね。これはわたくしのアバター、この世界での仮の姿なのですわ」

「アバター……?『アバター』って、ゲームとかネットで使うキャラクターの、あのアバターのことか?」

「無論、そうですわ」

「ちょっと待て。どういうことだ? ここは俺の夢の中じゃないのか? いや、夢だったらなんでもアリなんだから、別におかしくはないが……」

「何をあなたはゴチャゴチャと仰っていますの? ここはあなたの夢の中などではなく、れっきとした現実の空間ですわよ。まあ、実際に地球上には存在しない場所だという意味では、現実ではありませんけれど」

 

 夢の中じゃない? 何を言っているんだ、そんなわけがない。そう湧磨が反論しようとした矢先、


「やっほー、清里くん、いらっしゃいだみゅん」

 

 部屋の左手奥の壁を一面、占領している広いパソコンデスク、その前に座っていた少女がこちらへ駆け寄ってきて、


「アリシアから話は聞いてるよ。ゆりりんはゆりりん。よろしくだみゅん!」

 

 と、湧磨の棒状の腕を掴んでぶんぶんと握手をする。


 少女は小学生か、中学生になりたてというくらいの背丈である。髪型も真っ黒な長い髪をツインテールにした幼げなもので、八重歯がその笑顔にいっそうあどけない輝きを添えている。


 がしかし、身につけている黒いタンクトップの緩い胸元からは、無垢の笑みよりも遥かに強力な輝きが放たれていた。


 デカい。


 その身長とはあまりにもアンバランスに膨らんだ胸が、今にもタンクトップからこぼれ出しそうである。加えて、真っ赤なホットパンツから伸びるむっちりと健康的な素足が、心臓に悪いほど白く眩しい。


「あなたは本当に……とんでもない変態ですわね」

 

 今日の夕方に浴びせられたのと全く同じ、汚物を見るような眼差しでアリシアがこちらを睨んでくる。湧磨はゆりりんの太ももから目を逸らし、


「なっ……そ、それは言いがかりだ。そんな格好を目の前でされたら、男だろうが女だろうが誰だって目が行くだろ。変態なのは俺よりお前たちのほうだ」

「だ、誰が変態ですって? しょうがないでしょう。こういう格好のほうが人を集められるのですし、それにここの運営者がとんでもない変態のせいで、強い装備であるほどこんな格好になってしまうんですもの。わたくしだって、何も好きこのんでこんなハレンチな格好をしているわけではありませんわ」

「ゆりりんは好きでやってるから、いくらでも見ていいみゅん」

 

 と、ゆりりんはタンクトップの胸元に右手の人差し指を引っ掛け、湧磨に向かってその中をちらりと見せつつウィンクする。

 

 またアリシアに睨まれるのはゴメンだ。湧磨は慌てて目を逸らし、


「って、っていうか、ここは一体どこなんだ? 俺の夢じゃないんなら、俺はいつの間にこんな海辺の家に……?」

「ここは仮想現実の世界ですわ」

 

 ほとんど頂点しか隠されていない大きな胸を揺らしながら、アリシアは海原の広がる窓を見やり、


「視覚だけでない、全ての感覚と直結した全感覚型VR空間。それがここ、『Ex-Machinaエクスマキナ』ですの」

「全感覚型VR……? バ、バカな、ありえない。そんな大それた技術、今の人類はまだ持っていないはずだ。やっぱりこれは夢か、夢じゃないとしたらお前たちの策略だ。こんな日本かどこかも解らない場所に俺を連れてきて、一体、何をするつもりだ」

「へぇ……中々鋭いみゅ。こんなに早く、これがゆりりんたちの策略だって気づくなんてね……」

 

 猫被りの皮を脱いだように、ゆりりんがその黒目がちな円らな目に冷たい光を宿らせる。が、


「――あたっ」


「今は真面目な話をしている最中ですわ。冗談は後にしなさい」


 と、アリシアがゆりりんの頭に軽くチョップをして、鼻で笑うような表情を湧磨へ向ける。


「『こんな技術、まだ人類は持っていない』ですって? まるで、自分が人類社会の全てを知り尽くしているかのような言い方ですわね。あなたはどこぞのお国の諜報部員か何かなのかしら?」

「いや、確かに俺は何も知らないが、でも……」

「デモも何も、現にあなたは今『この場所』にいて、『このわたくし』と言葉を交わしているでしょう。これ以上、どんな説明が必要だと仰るの?」


 と、姿形はやや違えど、その口調も何もかもアリシア本人である目の前の女性は、ヒョウタンのようにくびれた腰に手をついてこちらを見やる。

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