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金色の嵐。

 学校を終えて帰宅し、半ばクセのようにすぐさまパソコンを起動する。

 

 今朝、出がけに着信した奇妙なメールにはウィルスが添付されていたのではと学校で気づいて心配していたのだが、どうもその様子は見られずホッと安堵する。しかし、


「ん?」

 

 メールの受信箱をチェックして、眉を顰める。ない。今朝、着信したはずのあのメールが、忽然と消えている。

 

 いや、それとも寝惚けて幻覚でも見ただけだったのだろうか。解らない。解らないが、パソコンの調子に怪しさがあるわけでもないし、ウィルス対策ソフトはちゃんと入れているから、

 

 ――今はとりあえず様子を見るしかない……か。

 

 ということにして、着信していたオークションの通知メールを開き、取引ページのチェックをする。

 

 すると、そこには既に商品を発送したというメッセージが来ていた。ありがたい仕事の早さに頭を下げてから、そういえば今日の晩飯は何にしようと考える。

 

 冷蔵庫を開けると、中には卵とうどんしか入っていない。

 

 ――今日もうどんにするか……。

 

 というか、するしかない。エロMODに大金を注ぎ込んだせいで、財布だけでなく口座にもほとんど金が残っていない以上、父からの仕送りが振り込まれるまでの後二週間ほどは、徹底して食費を切り詰めなければならない。

 

 エロに金を払う前にちゃんと食事を摂るべきなのだろうが、しょうがない。あの代物はどうしても見過ごすことはできなかったのだ。いざいよいよ金がなくなったら、父に事情を説明すればなんとかなるだろう。きっと全て解ってくれるはずだ。

 

 まあ、なんとかなるさ。とパソコンの前に戻り、『オレカノ』のアイコンをクリックしようとしたその直前、ドアチャイムが鳴らされた。

 

 まさか、もう商品が到着したのだろうか。期待して玄関へと向かい、何やらやけに苛立った様子でチャイムが連打される玄関の扉を開くと――なぜかアリシアがそこに立っていた。

 

 雲間から差した夕陽でその黄金の髪を後光のように輝かせながら、アリシアはさながら威厳に満ちた女神のごとく顕現してこちらを睨みつけている。

 

 だが、なぜ? 湧磨はひたすら頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、


「な……何か?」

「わざわざ商品を届けに来て差し上げたのに、『何か?』とは、とんでもないご挨拶ですわね」

 

 と、アリシアは手に持っていた、一封の大きな茶封筒をこちらの眼前に突きつける。

 

 それには、サインペンで書かれた丸文字が横一列に書かれており、よく見ると、英字と数字を組み合わせたその文字列にはどこか見覚えがあった。いや、激しく見覚えがあった。間違いない。これは自分が競り落とした、『全裸MOD』の出品者のアカウントである。ということは、


「そ、それは、まさか……! っていうか、なんでそれを……!?」

「そんなことはどうでもよろしいのですわ。それよりも、落札者があなたで間違いないかどうか、このROMに入っているデータの内容を仰ってみていただけません?」

「は? こ、ここで……それを? な、なんでそんなこと……」

「理由はお解りでしょう? わたくしはこの手の趣味にはあまり興味がないもので、制作者本人からごく簡単な説明しか受けていませんけれど、これは無関係の方の手に渡っていい物ではないということだけは念入りに聞かされてきていましてよ」

「あ、ああ、まあ……」

「では、これに何が入っているのか、教えていただけるかしら?」

「いや、でも、流石にそれは……」

「ふぅん……そう。では、残念ですけれど、これは持ち帰らせていただきますわ。今回の取引はなかったことにするということにいたしましょう」

「な、なんでだよ! そんな一方的な話があるか!」

「わたくしに文句を言われても困りますわ。わたくしはただ使いとしてここへ来ただけですもの」

「くっ……!」


 アリシアのつんと澄ました表情が憎らしい。湧磨はギリッと歯ぎしりして、かつては世界の何よりも美しく見えたその顔を睨みつける。だが、その効果はまるでない。こちらを小猿か何かとでも思っているように、こちらを睥睨するその眼差しはどこまでも冷め切っている。


 男には、大切なもののために恥を堪え忍ばなければならない時がある。そして、きっと今がその時なのだろう。湧磨はそう状況を受け入れると、羞恥を噛み殺して、言った。


「も、MOD……それに入っているのは、MODだ」

「MOD、とはなんですの?」

「何って言われても……べ、別に、単なるアレだ。ゲームのキャラクターに、普通の設定では着させられない服を着させたり、そういうことをするやつというか……」

「それは、例えばどのような服ですの?」

「ど、どのようなって……普通の服に決まってるだろ」

「そう。残念ですけれど、それはわたくしが聞いてきた話とは違うようですわ。ですので、やはり今回の取引はなかったことに――」

「ま、待てっ! そのMODは、そ、その……ぬ……脱がせるものだ」

 

 だんだんと声を細らせながら言うと、アリシアはその目を薄く冷たくして、


「脱がせる? ふぅん……それは誰の服を、ですの?」

「それは、まあ……キャラクターの……」

「キャラクターとは、どのような?」

「じ、自分で作った、その……び、美少女の……」

「最っ低……。あなた、とんでもない変態ですのね……」


 ありったけの嫌悪感を込めたような声でアリシアは言った。

 

 まるで、全世界の女性の敵になってしまったような気分だった。その居たたまれなさで心が潰れそうになるが、


「も、もういいだろ! なんで俺がこんな辱めを受けなきゃならんのだ!」

 

 と、湧磨はアリシアの持つ封筒へ手を伸ばす。が、ひょいと腕を持ち上げてアリシアはその手を躱し、


「『なぜ』ですって? あなた、未成年がこんなモノを買っていいと思っていますの?」

「う……。それは……」

 

 痛い所を突かれ、思わず狼狽える。なんとも反論のしようがなく、先生に叱られた小学生のように目を泳がすことしかできない。すると、


「ところで、一つ、あなたに聞いていただきたいお話があるんですけれど」

 

 と、アリシアが不意に調子を変えて切り出した。こちらを試そうとしているような微笑を浮かべて、


「あなた、『闇オークション』に興味はないかしら?」

「闇オークション……?」

「ええ、普通のオークションとは違って、お金ではなく、自らの力で商品を勝ち取るオークションですわ。しかもそのオークションでは、商品だけではなく多額のファイトマネーも手にすることができますの。

 ……どう? 興味はおあり? おありですわよね、あなたは今、とてもお金に困っていらっしゃるんですもの」

「な、なぜそれを知っている?」

「それくらい簡単に解りますわ。あなたのみすぼらしい顔が、最近いっそう貧相になりつつあるのを見ていればね」

「誰が貧相な顔だ。っていうか、そんな変化が解るほど、お前は俺のことなんて見てないだろ」

「え? ああ、ええと、それで、ですけれど……! あなた、わたくしのチームに入りません?」


 と、アリシアはなぜか慌てたように話を進める。湧磨は眉を顰め、


「チーム?」

「つまり、これはスカウトですわ。あなたのその並外れた欲深さを見込んで、闇オークションに参加しているわたくしのチームにあなたを招き入れたい。わたくしたちはそう考えていますの」

「勘弁してくれ。冗談かどうか知らないが、俺は違法なことに首を突っ込む気はないぞ」

「あなた、もうとっくに違法なことをなさっているじゃありませんの」

 

 と、アリシアはCD-ROMの入っているらしい茶封筒を軽く振って見せて、


「あなたのやっているこのゲーム、改造データを使うことは禁じられているのでしょう? しかも、こんな類のモノは尚さらに」

「い、違法って言ったって、それくらい可愛いものだろ……」

「片棒を担いでいるわたくしが言うのもなんですけれど、違法行為に可愛いも何もないのではなくて?」

「う……」

「もしわたくしがこの件を通報すれば……あなたはどうなるのでしょうね? もしあなたが反省し、そしてわたくしたちの仲間になってくださるのであれば、今回だけは見逃してさし上げようかとも思いますけれど……」

「お前……俺を脅迫するつもりか」

「さあ、脅迫と受け取るか、あるいは温情と受け取るか……。それはあなたのご自由ですわ」


 見上げられているにも拘わらず、まるで遙か高みから見下ろされているような圧迫感が湧磨にのしかかる。だが、答えは決まっていた。全ては全裸MODのため。そのためにここまで恥を掻いておいて、今さら退けるわけもない。


「……解った。正直、話は全く理解できてないが……仲間になればいいんだろ」

「よろしい。欲望に忠実なそれでこそ、わたくしたちが見込んだあなたですわ」


 と、俯いた湧磨の目の前にアリシアは茶封筒を差し出す。


「い、いいのか?」

「今回だけは特別、だそうですわ」

 

 もうダメかと思った。思わず感動しながら封筒を受け取ると、アリシアはドアの陰からスーパーのビニール袋を持ち出し、ケーブルか何かの入っているそれも湧磨に手渡す。


「なんだ? こんな物、俺は買ってないぞ」

「そういえば、言い忘れましたわね。先ほど言った闇オークションですけれど、それが開かれているのはネットの中ですの。その袋に入っているのは、そこへと行くのに必要な装置ですわ」

「『必要な装置』? ちょ、ちょっと待て、話が全く――」

「ともかく、一度見にいらっしゃい。サイトのパスワードや装置の身につけ方は袋の中に入っているメモを見れば解りますわ。安心しなさい。何も怯えることはありませんわ。ちょっとだけビビッと来て、気絶――ではなくて、少し眠るだけですから」

 

 うふふっ、とお嬢様然と微笑んで、アリシアはアパートを去っていった。

 

 何が何やら。嵐が過ぎ去った後のように、湧磨は封筒とビニール袋を持ったまま玄関先に立ち尽くすしかなかった。

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