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VS転売屋(3)

「悪い、少し遅れたか?」


 と、『ディラン』の個室へ入るとと、


「オマエはどうせ今日は見ているだけだ」

「作戦開始まであと一分あるみゅん」

「あのチートプログラムと一体何をしていましたの!?」


 一斉に言葉が飛んでくる。どれに返事をすべきか一瞬、戸惑って、だがやはりただ一人こちらをキッと睨んでいるアリシアをスルーするわけにはいかず、その隣に腰かけながら、


「別に、何も大したことはしてない。料理を作って食べてもらったりしたくらいだ」

「はあ? 料理? あのチートプログラムに、ですの?」

「ああ、他に誰がいる」

「はぁ……なんていうお金の無駄遣いを……。本当に、つくづくあなたはとんでもないお馬鹿さんですわね」

「お前への借金はちゃんと返してるんだ。自由に使える分はどう使おうが俺の勝手だろ」


 なぜか妙に突っかかってくるアリシアに思わずムッとする。アリシアはまだ何か言いたげに口を開いたが、それを制するようにゆりりんが言った。


「アリーローズ、ロキ、時間だみゅん。心の準備はオーケー?」

「無論ですわっ!」

「同じく」


 アリシアはこちらへの怒りそのままに、ロキは長い前髪の下から鋭い目を光らせてゆりりんに答える。ゆりりんは楽しげに微笑みながら頷いて、


「よーし、じゃあ、いざ参りましょうかみゅん」


 と手元にキーボードと一つのモニタを出現させ、そのモニタの上にさらに三つのモニタを出現させる。そして、上段右の真っ暗なモニタ――プログラミング言語らしきものが表示されているモニタにダダダダと機械のような速度で何やら行をつけ足し、


入札(エントリー)と観覧者が多いほうの戦い(オークシヨン)から、ゆりりんたち以外の人間を追い出し完了。ついでに、出品者のIPアドレス以外の新規入札(エントリー)もシャットアウト完了」


 ゆりりんの言う通り、下段のモニタで既に変化が表れていた。


 その画面には転売屋が出品している商品リストが映し出され、現在の入札(エントリー)者数と観覧予約者数も映されていたのだが、タペストリーの入札(エントリー)者数が七から一になり、四百近くいたはずの観覧者数もまた同じく一になっていた。


 ついでに、五分ほどあった残り時間が、タペストリーのほうだけいつの間にか一分を切っている。


「タペストリーの入札(エントリー)は七人で、ヴァルトラマンは四人。ついでに観覧予約者数もタペストリーの方が上だったね。ってわけで、ロキくん、申し訳ないけど、転売屋と戦うのはアリーローズだみゅん」

「……そうか。まあ、今回は譲ってやるさ」

「ええ、このわたくしに任せておけば勝利間違いなしですもの。どうぞあなたはごゆっくり休んでいるがよろしいですわ」


 では行って参ります。そう言ってアリシアは立ち上がり、湧磨の後ろを通って扉へと向かうが、その時、湧磨の耳元で、


「湧磨、後で話が」


 そう囁いた。


 なんだ? その声と吐息に不意を衝かれて驚いているうちに、アリシアはカツカツとヒールを鳴らして個室を出て行ってしまう。それを呆然と見送っていると、


「うみゅ、さっそく来たみゅん!」


 ゆりりんが言って、ハッとモニタへ目を戻すと、確かに先ほどまで一だった入札(エントリー)者数が二に増えている。


 ゆりりんはタペストリーの詳細ページへと入り、そこに記されている入札(エントリー)者の名前をチェックする。すると、アリーローズの下にあったのは、


「『ラッキータウン』。これが転売屋の別アカウントなのか?」

「まず間違いないみゅ。こんな数秒で傭兵を雇うなんてのは無理だろうしね。……はい、オッケー。入札(エントリー)締め切り。ロキくんも、そろそろお願いだみゅん」

「……解っている」


 と、ロキは気怠げに部屋を出て行く。


 すると、直後、今まで真っ暗だった上段中央のモニタにアリーナの映像が映った。ゆりりんが、そのモニタをテーブル中央へと指で弾くように押し出すと、それとほぼ同時、アリシアが扉を押し開けてそこへ姿を現す。


それから、ぐっとカメラが引いて映されたその場所は、どうやら夜の高速道路上である。橙色の光に照らされたアスファルトの橋が、高層ビルの合間をうねるようにして突き抜けている。


そこに現れた金髪碧眼のバニーガールは、ニーハイの網タイツを穿いたその足を見せつけるように颯爽と道路中央へと歩き、挑発的に腕を組む。


 と、その前方、二十メートルほどにあった道路沿いの非常扉が開き、一人の男が前のめりに飛び出してきた。その数瞬後、


『Ready Fight!』


の文字が画面に現れるが、その文字の裏で、ラッキータウン――どことなくバッタに似たデザインの、真っ黒なメカスーツに身を包んだ男が叫ぶ。


『おい、テメエ! 俺の出品にクラッキングしやがっただろ!』

『クラッキング? なんですの、それ? わたくしは何もしていませんわ』

『ふざけんじゃねぇ! こっちはなぁ、生活がかかってんだよっ!』


 喚きながら、ラッキータウンはアリシアに殴りかかる。


『っ!』


 予想外の速さだったのだろうか、躱すのかと思いきや、アリシアはガード越しではあるがその拳をまともに受ける。


 その衝撃で、細い身体はふわりと宙に浮く。後方へ宙返りしながら難なく着地するが、その瞬間、ラッキータウンが放っていた光線銃の銃撃を胸に喰らってしまう。


「アリシア!」


 湧磨は思わず叫ぶが、当然ながらアリシアはそれなりの準備をして戦い(オークシヨン)に臨んでいたらしい。一撃で倒れるなどということはなく、第二撃以降の光線は的確に腕を振るって弾き飛ばす。


弾き飛ばされた光線が、道路脇のコンクリートや傍に立つビルの壁を砕き割り、辺りに砂塵を降らせる。やがてアリシアの姿がそれに呑まれ見えなくなると、ラッキータウンがその丸い目を青く光らせながら、その中へと突進する。


『きゃぁっ!』


 叫びながら、アリシアが砂塵の中から後方へと吹き飛ぶ。ラッキータウンは飛ぶような速度でそれを追跡し、青い光を集めて作ったような一本の大剣をその手に生じさせると、空中のアリシアに向かってそれを振り下ろした。


『っ……!』


 ガード効果があるらしい白い魔方陣を直前に出現させたために致命傷は免れたようだが、アリシアは再び吹き飛ばされ、無残にアスファルト上を転がる。


 アリシアが負ける? 思いもしなかったその光景に湧磨は唖然としながら、


「お、おい! ゆりりん! どういうことだ! アイツ、滅茶苦茶強いぞ!」

「そう? 別に滅茶苦茶ってほどではないみゅん」


 と、ゆりりんは退屈そうにストローでコップの氷を突っつきながら言い、それからニヤリと笑う。


「まあまあ、落ち着いて見てなよ。これは完全に予定通りだから」

「予定通り? これが……?」


 モニタに映し出されているのは、勝利を確信したヒーローのように、光の大剣を肩に載せて立つラッキータウンである。


 どこからどう見たってピンチにしか見えないが、ゆりりんはあくまでリラックスした様子で、店のメニューを開いて何かスイーツを注文しようとし始めている。


本当に大丈夫なのか? 確かにアリシアのLPはほぼ満タンのままだが、だからといって無事というわけではないはずだ。暢気極まりないゆりりんの横顔を困惑しながら見つめていると、


『ハハッ! 何がクイーン・アリーローズだよ! この雑魚が!』


 ラッキータウンの哄笑がモニタから響いた。見ると、ラッキータウンが、なすすべもなく後退し続けるアリシアに容赦なく光の大剣を振るっていた。


『くっ……!』


対処しきれなかった刃が肌を掠め、鮮血が飛び散る。アリシアの顔が痛みに歪み、どうにか相手を引き剥がそうとするように回し蹴りを放って反撃を試みるが、あえなくそれは跳び上がって躱され、空中からの振り下ろしの一撃をガード越しとは言えまともに喰らう。まさに防戦一方である。


「お、おい! アリシア、どうしたんだ! やられっ放しじゃ――」

「清里くん。コールしないとアリシアには聞こえないよ」


 ゆりりんに言われて、自らのメニューウィンドウを開いてアリシアにコールをかける。ややあって、アリシアは応答する。


「おい、アリシア! 何をしてるんだ! いつものお前らしくないぞ!」

『う、うるさいですわねっ! あなたは黙って見ていればいいんですよのよ! それより、ゆりりん、まだですの!? そろそろわたくし、別の意味で限界ですわよ!』

「あとちょっと待ってみゅん」

『ちょっとって、どれくらいですのっ!?』


 ラッキータウンの前蹴りをガードの上に喰らって吹き飛びながらアリシアが尋ねると、


「あと二秒、一秒……で、はいオッケー。ご苦労様、アリシア、もうやっちゃっていいみゅ~」


 いつの間にかテーブルの上に現れていた苺パフェをはむっと口へ運びつつ、ゆりりんは言う。


 と、直後、モニタからバァンッ! という破裂音が鳴り響いた。


 驚いてそれを見ると、映し出されていたのは、突き出した両手の前に紫色の魔方陣を生じさせているアリシアである。


 アリシアが魔方陣を通して睨んでいるその先には、大剣を握る右手を振り上げた姿勢で動きを止めているラッキータウンがいる。がしかし、そこにはもう剣はおろか右腕さえもない。


 右腕の行方は定かでないが、光の刃を失った剣の柄の部分が、後方のアスファルト上をカン、カン、と虚しく跳ねた。


『な……に……?』


 ラッキータウンが、無に帰した自らの右腕を見ながら後ずさる。アリシアはその様子を氷のような目で見つめながら手元から魔方陣を消し、ヒールを高らかに鳴らしてラッキータウンへ詰め寄る。


 見ると、ラッキータウンのLPゲージは既にゼロに近い。先ほどまでの気勢を右腕と共に失ってしまったように、後ずさる踵を地面に引っ掛けて尻餅をつく。


 と、溜め込んだ怒りをぶつけるように、アリシアがそのヒールでラッキータウンの腹部を踏みつけた。ガン! と金属をハンマーで打ったような音が痛快に響き渡る。


『よくも、このわたくしを雑魚呼ばわりしてくださいましたわね。ですが、まあ今回は特別に許してさし上げますわ。何せあなたは、わたくしと、わたくしの友人がほしかった物をほとんどタダでプレゼントしてくださるんですもの』

『友人……? なっ、まさか……!』


 ラッキータウンもまた気がついたらしい。湧磨は既に、ゆりりんの出しているモニタの一つを見て気がついていた。


 ヴァルトラマンの母の人形を争う戦い(オークシヨン)の入札(エントリー)者数と観覧者数もまた、いつの間にか一になっている。そして、その戦い(オークシヨン)は入札(エントリー)者数一のまま期限を終え、たった一人の入札(エントリー)者が誰とも戦うことなく出品物を――否、初恋の人を手にしていた。


『テメエ……仲間とつるんでやがったのか! ハメやがったな!』


 と、ラッキータウンがアリシアの足首を掴むが、アリシアはニッと犬歯を見せ、その周囲に巨大な黒い魔方陣を出現させる。と、その魔方陣に覆われている部分のアスファルトが全て、ドンッ! と五センチほど沈み込む。


『ッガハッ……!』


 自らの腕の重みに耐えきれなかったようにアリシアの足から手を放しながら、ラッキータウンはクレーターの中心地で呻き声を上げる。


『あら、どういたしましたの? まだお休みになるのは早くってよ』


 アリシアはタッキータウンの腹に載せていたヒールを下ろし、右手に青い魔方陣を出しながらそれを軽く上へ振る。すると、アスファルトから大きな氷が生え出し、ラッキータウンの腕や足を拘束するように呑み込みながら彼を立ち上がらせた。


『お、おい、やめろ……! 俺になんの恨みがある? そんなにこの商品がほしかったのかよ? それなら、ちゃんと予約して買わないテメエが悪いんだろうが。こ、これは俺がちゃんと予約して買った物なんだ。自分で買った物をどうしようと、それは俺の勝手だろうが!』


 まるで磔にされたような格好で、ラッキータウンは声を震わせて早口にまくし立てる。


『ええ、全くその通りですわね』


 ラッキータウンに背を向け、ゆっくりと離れていきながらアリシアは苦笑する。やがて足を止めて振り向き、


『けれど、そんな素晴らしい理屈が通じるのは現実の世界だけですわよ。あなた、いま自分がどこにいるのかご存じかしら? ここは、気に入らない人間はぶっ殺していい、夢のような世界ですのよ』


と、右手に赤い魔方陣を生じさせると、それへと腕を通して、燃えたぎる炎を右の拳に纏わせる。


『ま、待てよ……! っていうか、おい! 運営は何やってんだよ!? コイツらルール違反してんだぞ、さっさと退会処分にしろよ!』

『ここは運営者が創り出した世界、つまり運営者はルールを超えた存在なのですから、あなたにそれを強要する権利などありませんわよ』

『だ、だとしても、こんな滅茶苦茶なことが許されるわけ――』

『ふふっ。自分の都合が悪くなると、他人にはモラルを要求するんですのね。いいこと? 自分がモラルに欠けた行動をするということは、自分がそれをされても文句を言えないということですのよ。とんでもないお馬鹿さんのあなたはご存じでなかったようですけれど』

『っ、俺は、何も……!』

『まあ、言って解るような人間であれば、初めからこんなことはいたしませんわよね。というわけで、鉄拳制裁、させていただきますわ』


 言って、アリシアは青火が迸るほど右手の炎を猛らせながら半身に身構える。そして、ヒールから火花を散らしてラッキータウンへ突進し、


『死にやがれですわ! このクソ転売屋ッ!』


 燃える拳を、その顔面に叩き込んだのだった。


 ラッキータウンは砕け散った氷の破片と共に吹き飛び、道路上をバウンドしながら転がって、やがて打ち捨てられた鉄クズのように動かなくなる。


「よ……よし、流石はアリシアだ」


実際、転売屋があまりにも憐れに思えなくもなかったが、まあ因果応報だろうかと湧磨が微妙な心持ちで握り拳を作った、その時、


「え? なんだみゅん、これ?」


 と、ゆりりんが目を丸くして手元のモニタを見つめた。


 見ると、先ほどまでは二つしかなかった出品物が、いつの間にか三つに増えている。どうやら魔法が出品物らしい戦い(オークシヨン)だが、出品者のラッキータウン本人は、グッタリとノビている最中である。


「なんだ? あの転売屋、アリシアに殴られる直前に出品でもしたのか? それなら俺が入札(エントリー)して――」

「いや、これはおかしいみゅん。何かイヤな予感が……」


入札(エントリー)時間残り一分、入札(エントリー)者一名のその表示をゆりりんは強張った表情で見つめ、その詳細ページを開く。すると、そのページの入札(エントリー)者の所には、


「なっ……お、俺?」


 なぜか、『ユーマ』の名前があった。と思うと、その下に、


『Alte』


 というアカウント名が、パッと表示された。


「アルテ!? ど、どういうことだ? 何が――」


 何が起きているんだ。そう言おうとした瞬間、湧磨の身体の輪郭が、まるでアルテがテレポートする直前に見せるような緑色の光に包まれた。


「ダメ! キャンセルできない、間に合わないみゅん!」


ゆりりんがキーボードに何か打ち込みながら叫んで、大きく見開いた目でこちらを見る。その目を見つめ返してしかし、何もできないまま湧磨の視界は暗闇に閉ざされた。

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