剣士の暴走と貴族の憂鬱と帰還
本日は第八十話を投稿します!
初っ端から美人剣士が熱弁をふるって暴走しています。
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「で・す・か・ら! ウィル殿達の腕前は既に王宮騎士隊に匹敵していると思うんです!」
拳を胸元で握り締め、熱っぽく語るヒルデガルト。若いうちからそんなに興奮しているとギルマスみたいに血圧の薬の世話になるぞ?
「聞いていますか?! 私の見立てでは新進気鋭の一角である冒険者パーティ『デュミナス』にも引けを取らないと思うんです!」
更に熱弁を奮うヒルデガルト──と言うか、オルト達『デュミナス』はそんなに評価が高いのかと感心した。オルト自身は性格に難があるんだが…… 。
「『デュミナス』なら昇級試験の時の試験官。私達はあの人達と戦って合格した」
俺がどう答えるべきか悩んでいたらルアンジェがあっさりと話してしまい、ヒルデガルトが再びビキッと静止する。その後ろでは興奮しているヒルデガルトに苦笑いを浮かべていたユリウスとヨアヒムが、ルアンジェの話を聞いて驚きの色を示す。
「ルアンジェ……」
「ごめんなさい。つい」
俺がジト目を向けると悪びれた様子もなくルアンジェが答えながら小さく舌を出す。ソレはルピィが良くやらないか?
「な、なるほど……あの『デュミナス』とも繋がりがあるなら、あの強さも頷けると言うものだ」
ユリウスは何やら感心頻りな様子だったが、そんなに感心されても色々困る。
「は?! デュ、『デュミナス』と戦って合格?!? そ、それって勝利したと言う事ですよね!?!」
一方、静止状態から再起動したヒルデガルトは文字通り目の色を変えて勢いのまま問い掛けて来た。緑青色の瞳をキラキラさせながらグイグイ顔を近付けてくる──ちょっ、ちょっと近いんだが?!
苦笑を浮かべながら俺とヒルデガルトの話を聞いていたアンの額に青筋が浮かんだ様に見えたのは気の所為……か?
「いや、まぁ、そう、なんだが…………」
「……ヒルデ。少しは落ち着きたまえ、ウィルが困っているじゃないか。ウィル、済まない。ヒルデガルトは、こと剣術絡みになると見境いが無くなるんだ。剣術そのものもだし、剣を扱う者に対してもだがな」
少ししどろもどろになって答えに窮する俺を見兼ねてユリウスがヒルデガルトを窘めながら軽く頭を下げて謝罪して来る。傍らに居るヨアヒムも何とも言えない顔をしていたが一緒に頭を下げる。
「はっ!? わ、若、申し訳ございません!!!」
窘められたヒルデガルトは、頭を下げるユリウスを見るなり紅潮から一転顔を青褪めさせた。そして大慌てに
「ウィル殿! 私の無知蒙昧な振る舞い、本当に申し訳ありませんでした!!」
全力で謝罪の言葉を口にすると、文字通り床に頭を擦り付ける様な土下座をしたのだ! 土下座まで全力だな!?
「ちょっ、ま、待った待った! わかったからそう言う事は止めてくれ! ユリウス達も頭を上げてくれ!」
本当にユリウスは実直過ぎるくらい実直な奴だな!?
「そんな事をしなくても謝罪は受けるから! ほらヒルデガルトもいつまでも土下座してない! ここは一応迷宮なんだぞ!?」
俺が慌ててそう言うとユリウス達は頭を上げ、ヒルデガルトも漸く土下座を解いたのである。
「いや、重ね重ね済まない。君達と居るとここが危険な場所だと言う事をつい忘れてしまうんだ」
そう言って今度はハハッと笑って、またもや謝罪するユリウス──どうでも良いが『精霊の鏡』に入ってから謝られっ放しなんだが?
『それはマスターの日頃の行いに起因するかと』
今まで黙っていたコーゼストが如何にも然もありなんみたいな言い方をして来た。
それはどう言う意味だ?! 人聞きの悪い…… 。
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そんなこんなでバタバタしたりもしたが無事Fエリアを攻略し、数度の戦闘を経てGエリアを越えHエリアまで到達した。ユリウス達はこのエリアにある帰還用の転移陣を使い外に戻るらしい。その目前で──俺達は魔物と遭遇戦を繰り広げていた。
「グウォォォォーン!!」
雄叫びを上げ梟熊の喉元に牙を突き立てるファウスト! 同時にヤトの薙刀とデュークの金属槍も梟熊の胸に深々と突き刺さり、断末魔の声を上げる間もなく絶命する梟熊!
もう1体はアンの弓矢を両目両腕に受け、ルアンジェに両脚を切り裂かれ動きを封じられ、ユリウス達が仕留めている所であった。皆んななかなか連携が取れている。
そんな事を頭の片隅に思いながら俺は、自分の前方にいる一際大きな個体の梟熊に向かい空裂斬を放つ! 斬撃波は束の間の距離を飛び、梟熊の胴を両断した! 身体が上下に分かれながら、ズズシーン……と音を立て倒れる梟熊!
本当ならあまり空裂斬とかは見せたくないんだが、まぁこれで最後だし大サービスである。
実は梟熊達が居た通路の奥が避難所なのだ。当然そこには帰還用の転移陣が置かれている筈なので、そうするとユリウス達とはここまで、と言う事になる。
「皆んな、怪我は無いか?」
梟熊の骸が光の粒子になって消えていくのを横目に見ながら、俺は全員に安否確認をする。ところでヒルデガルトがやたら大人しい──今までなら空裂斬とか見せたら飛び付いて来そうなのだが…… 。
「私とヒルデは大丈夫だ。ヨアヒムも問題ない」
「ルアンジェも私も大丈夫よ」
「こっちも平気!」
真っ先にユリウスが答え、続けてアンとヤトがそれぞれ無事である事を告げて来る。まぁ格42のBランクなら何ら問題無いんだが…… 。
因みにユリウス達も順調に昇格していてユリウスが格48、ヒルデガルトとヨアヒムは格45と、それぞれひとつずつ上がったとはコーゼスト先生の談ではある。
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「さて……と。これで避難所に入れるな」
「うむ。ギルドから聞いた話ならそこに転移陣が在る筈だ」
歩兵剣に付いた血をなめし革で拭い、鞘に納めながら何となく口に出た呟きにユリウスが律儀に答える。辺りに注意を払いながら梟熊が立っていた背後にある部屋の扉を開けると、見慣れた管理端末と魔法陣が魔導照明の明かりに浮かび上がって見えた。
「ここまでだな」
ホゥ……と小さく息を吐きながらユリウスが感慨深げに誰に言うともなく言葉を漏らす。その言葉には外界に戻れると言う悦びは勿論、この迷宮を去る寂しさも垣間見える。
「何だ? 帰りたくないのか?」
「いや何、帰ればまた変化の無い日常が待っているかと思うと、この1週間の冒険の日々が懐かしくて、ね……」
少し意地悪く訊いてみると、意外なほど素直な返事が帰って来た。まぁ確かに貴族の、しかも上位に位置する伯爵家の嫡男だと、俺達みたいに常に変化溢れる生活とは違い刺激の少ない変わり映えしない生活なのだろう──俺も伯爵家の三男だったが、俺の場合は割りと波瀾に満ちた生活だったんだけどな。
「だがユリウスが戻らないと心配する家族が居るんだろう? 勿論ヒルデガルトやヨアヒムもだが。それに『貴族』と言う責務を果たさないとな」
全く……その責務から逃げ出した俺が言えた事じゃないんだけどな………… 。だがユリウスには通じたらしく
「ふむ、『高貴なる者に伴う義務』か……確かにそうだな。ウィル、感謝する!」
と何やら俺を称賛して来る。そんなに誉められる事をしていないんだが?
『──またもや無自覚ですよね、我がマスターは?』
そしてコーゼストよ、その念話でも判るくらいの呆れた口調は何だ?!
俺がコーゼストに抗議しようかとブツブツ呟いていたら不意にユリウスが
「世話になったな、ウィル。アンやルアンジェ、それにヤトやファウストやデュークにも随分助けられた」
そう言いながら右手を差し出してきた。どうやら俺がコーゼストへの抗議に気を取られているうちに、ヒルデガルトとヨアヒムも帰りの準備が終わったらしい。
「そんなに大した事はしてないがな」
苦笑いを浮かべながらそう言ってしっかり握手を交わす。
「相変わらずだな、君は。だが過度な謙遜は相手によっては不評を買うぞ? これからは気を付けた方が良い」
握手した手を解きながらそんな事を言ってくるユリウス。その貴族らしからぬ言動に思わず笑いが込み上げてくる。
「その忠告は素直に受けるべきなんだろうな。わかった、ありがとうユリウス」
今度は俺から手を差し出し、再度握手を交わす。
「これからは少し不遜な態度で接する事を心掛ける様にするよ」
「ああ、是非そうしたまえ」
そう言ってどちらともなく笑い合う。
『ユリウス殿に対して不遜では無かったのですか? あとグラマス殿に対しても』
そう突っ込みを入れて来るコーゼスト──うるせぇ!
またもやコーゼストに念話で抗議をしながら、俺はポーチから小さな魔核を取り出し管理端末に配置すると、淡い光が灯り管理端末が起動する。
『──こちらは『精霊の鏡』Hエリア管理端末です。玄関まで戻りますか?──』
起動の案内が流れ、これで何時でもユリウス達を送還出来る様になった。
「これで還れるぞ」
俺は振り向きながら魔法陣の中に立つユリウス達に短く告げる。
「最後まで世話になるな、ウィル」
そう言って三度ユリウスが、そしてヒルデガルトが、ヨアヒムが握手を求めてきた。そんな3人とガッチリ握手をすると俺達は魔法陣から離れる。
『──玄関まで戻りますか?』
「ああ、頼む」
管理端末の問い掛けにユリウスが答え、魔法陣から光が溢れ出す!
「ではな、ウィル! 君達の冒険に神の加護があらん事を!!」
「本当に色々お世話になりました!」
「皆さんもお元気で!」
光に包まれながらユリウス、ヒルデガルト、ヨアヒムが別れの言葉を口にする。
「ユリウス! ヒルデガルト! ヨアヒム! 元気でな!」
「さようならーーー!」
俺とアンがそれに答えるのと同時にユリウス達が転移されていった。
「行ったな……」
「行っちゃったわね……」
「ん、これでまた静かになる」
「何とも賑やかな人間達だったわね」
俺の呟きにアンとルアンジェ、ヤトが言葉を重ねる。アンは兎も角ルアンジェ、そんなに騒がしかったのか? それとヤト、お前の方が何倍も賑やかだ!!
俺は帰還したユリウス達に思いを馳せながらも、この先に控える迷宮へと意識を切り替えるのだった。
まだ全行程の3分の1だからな、先は長い………… 。
無事に(?)ユリウス達は帰って行きました。
これにより今まで自重していたウィル達も、ようやく足枷が外れました!
次回から『精霊の鏡』の冒険は一気に進みます!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。